1017 真犯人目撃アンケート
「たっ、大変ですっ! それらしき破れたページは発見したのですが……その、危険すぎて触れることも出来ません」
「まさかっ、ここへ物体が入り込んでしまったってのか? とにかく近付くな、マジで危険だし、誰かが喰われると皆が迷惑を被るからな」
「はっ、はいっ……ですがあのブツは人を喰ったりなどしないかと」
「その油断が死を招くんだ、俺達はな、そのブツと散々戦ってきて経験しているんだ、アレを舐めると大変なことになるぞ」
「舐めるって、あんなもの舐めたりなんかしませんよ普通は、そういう趣味趣向の人ならともかくですがね」
「……何かさ、勇者様の言っているのとこの兵士さんが言っているの、モノが違うような気がするんだけど?」
全く噛み合わない俺とそのブツを発見したというどこかの兵士の話であるが、セラが指摘したように、やはり想像しているものが全く異なるタイプの噛み合わなさなのかも知れない。
そもそもあの物体がここへ入り込んでいたとして、それを発見した、それの近くに本の破れたページがあることに気付くほどにまで接近した連中が、単に大騒ぎをする程度の状況にしかなっていないのがまずおかしいのだ。
通常であれば直ちに喰われ、その魔力の源に変換されてしまうはずのところ、それのうち1人が戻って来て、しかも残りの連中もまだ健在な様子で騒いで……笑っている奴まで。
だがまぁ、物体の動きというのも最近は変化してきているのだから侮ることは出来ない。
まるで生物のように『進化』していくその攻撃の方法が、さらに予想だにしないものへと変化している可能性がないわけではないのだ。
もしかすると、小さなボディーと攻撃性を感じないような動きをまず見せて、それで油断させておいて物珍しさに集まったターゲットを一気に……というぐらいのことはしてくるかも知れない。
いや、あの物体がそこまで高度なものになっていたとしたらそれこそアレなのだが、今はとにかくそれが物体であるか、それとも別の何かであるのか、それを実際に目で見て判断しなくてはならないところである。
ということでその兵士の指示に従い、書棚が入り組んだ先にあったというその本の破れたページと、同時に発見されたというブツを検認するべく入って行った……
「臭っ! 何コレうわ臭っ……ってウ○コじゃねぇかぁぁぁっ!」
「いえ、ですから物体というかブツというか、そういうモノと同時に発見されたと……」
「だからってウ○コはねぇだろっ! ウ○コだぞウ○コ! しかも上に乗ってる紙って……まさかっ⁉」
「そのまさかだと思います、特徴や破れた感じなど、また捜索すべしとされていた書籍の記述方法と一致します、何か縦書きみたいな感じだし」
「重要書物でケツ拭いてんじゃねぇぇぇっ!」
「そう仰いましても、我々がしたウ○コではなく、この書籍を毀損しようと企んだ何者かがしたウ○コですので」
「……まぁそうなるわな……いやしかしウ○コって、もっとこう、別の方法があったろうに」
参考になる書籍の一番重要な部分、物体についての記載がある場所を破り、それを抹消せんと企んだ犯人が何者なのかということはわからない。
だがひとつ言えることは、その犯人が俺達を小馬鹿にしている可能性が半分、そしてそうではなく、犯人自体が大馬鹿である可能性が半分、間違いなくそのどちらかである。
まず前者としては、俺達が物体と呼んでいるブツを、自らのブツに置き換えるという、相当に高度で性格の悪い悪戯を仕掛けつつ、そのようなことをしても絶対に捕まらない、自分の損になるようなことはないと考えて、このような犯行の方法を思い立ったと考えることが出来る。
そして後者、こちらはこの世界において実にありがちなことなのだが、自らの犯行によって『破れた本のページ』を所持していたのだが、たまたまにしてウ○コがしたくなってしまったため、ちょうど良いとしてケツを拭くのに使用したという、その先のことを何も考えていないパターンだ。
当然のことであるが、俺達の敵として出現する者のタイプは後者が圧倒的に多い、それはこの世界特有のことなのかも知れないし、単に俺達がそういう奴を引き寄せがちなだけということも考えられる。
だが前者、これが全く存在しないわけではなく、一定数以上、俺達のミッションを妨害する、妨害しなくてはならない連中の中に紛れ込んでいるはずだ。
特に現状は冒険が進み切り、魔王という最終ターゲットを討伐した後の、追加の、裏面的なミッションをしている段階なのだ。
そういう『(頭の)強い奴』がいきなり出現したとしてもおかしくはない、いやむしろそちらを中心に敵の捜索をすべきかも知れないな……まぁ、ひとまずセラ達の所へ戻ろう。
「やれやれ、とんでもないブツをご覧になってしまったぜ」
「どうしたの勇者様そんなに疲れて? 結局本の破れたページは見つからなかったの?」
「あったさ、あったにはあったんだ……ウ○コされて、それでケツを拭かれたとしか思えない状態でな」
「なんて酷いことを……見に行かなくて良かったわ」
「でもそれじゃあどうするのよ? さすがに私もその……なんて言うの、そういう状況の……」
「……魔王、話をするときはモゴモゴせずに正確に話せ、で、ウ○コベッタリのページが何だって?」
「だからっ、そんな状態のもの見たくもないし、解読するなんて絶対にイヤよ」
「わかっているさ、最悪『不潔なのが平気な奴』とかにその言葉を教えて、それでどうにか内容のみ再生するんだ」
「まぁ、それしかないと思うわ、それで、誰がそんな酷いことをしたのか、見当は付いているのかしら?」
「そこなんだよ、もう犯人は破れた本のページを所持していない、だから持ち物検査で炙り出すとかはかなり困難になった、そこで、犯人にしかない唯一の特徴なんだが……わかるかセラ?」
「言わせないでよ汚いんだから……」
「そう、この亜空間においてウ○コをしたということだ、そこで副魔王、ウ○コって10回言ってみて」
「イヤですよ汚らしい……」
「そうかそれは残念だ、で、今回の捜索に参加しているのは色々な場所から集められた組織の構成員だから、どこのどいつであっても単独で参加していることはない、かならず複数人で行動しているはずだ」
「それでどうするの?」
「簡単だ、周りで誰かウ○コのために離籍した奴が居ないか、居るのであれば報告をせよということで、その報告された奴の中から『ウ○コ犯人』を探せば良いのだ、簡単だろう?」
「果たしてそう上手くいくか、というところだけどね……」
ウ○コした奴の中から犯人を見つけ出す、それはそんなに容易なことではないとは思うが、誰かに『ウ○コしに行ったこと』を目撃されていさえすれば、その者は候補に挙がるのだ。
この状況で誰にも気付かれずに長時間離籍して、あんな場所で半ば野○ソとも呼べる行為を済ませ、何食わぬ顔で仲間の所へ戻るというのは困難なはずである。
もちろんウ○コをしたからには手を洗わなくてはならないし、妙にスッキリした顔で仲間達の所へ戻ることになってしまうのだ。
その所作から全てがバレるわけではないが、離籍の時間とも相俟って、『あ、コイツはウ○コしてきたな』という考えを、周囲の者に持たせることにはなるのだから……
「ということでだ、これから全員にアンケートを取る、この中で、この亜空間に入ってからウ○コをした者が居るか、居るのならばその名前を、アンケート用紙に記載して提出してくれ」
『ウォォォォォッ!』
「いや盛り上がるところじゃねぇから、なお、ウ○コによって重要物を毀損した犯人が見つかるまで、誰もこの亜空間から出ることが出来ないので注意すること、以上!」
『ウォォォォォッ!』
「だから盛り上がるところじゃないってば、ということでアンケート用紙を受け取って、それにウ○コ野郎の可能性がある奴の名前を全て記載してくれ、もちろんひとつでも名前のあった者は容疑者となる、今度こそ以上!」
『ウォォォォォッ!』
謎の盛り上がりを見せる捜索隊の連中、最初は『物体に関する書籍を探せ』という、それぞれの雇用主の命令によってここに来ていたのだが、その状況は随分と様変わりしてしまった。
どこかにあるはずの『本の破れたページ』を探すというミッションへの変更、正直これが最も大変であったはずだが、その次は今居る全員の中から、『犯人』であるウ○コ野郎を炙り出すという何とも言えないミッションへと移行したのである。
しかしひとつ困ったことがあるな、犯人を絞り込めない、つまりウ○コしに行った奴の中で、あのウ○コがそいつのものかも知れないという奴が複数出現し、そのいずれもが自らの犯行を認めないパターンだ。
俺達はウ○コの専門家ではないし、そのウ○コを誰がしたのかなどということを確定させることなど到底出来ない。
そうなるとその候補者の中から1人を名指しして、犯人だと決め付けなくてはならないのだが……ここは犯人をでっち上げて、それで終わってしまうような簡易な『犯人捜し』ではないのだ。
少なくともその犯人から情報を、物体に関する記述のある書籍を毀損したことも含めて話を貰わなくてはならないので、本当は何も知らない、ただ怪しいというだけの奴をどうこうしても始まらないのである。
最悪の場合は多数決で犯人を決めるとか、その他いい加減なことは一切出来ない今回の犯人捜し。
なるようにしかならないとは思うが、ひとまずはアンケートの集計結果を得てから考えることとしよう……
※※※
「はーいっ、じゃあ書いた人はこっちに提出して下さーい」
「おーいっ、仲間を庇ったりしても良いことはないぞーっ、そういう奴もまとめて『ウ○コ犯』として処理するからなーっ」
「主殿、結構集まってはきたんだが……これを集計するのには相当な時間を要するぞ、皆『目撃情報アリ』の方に提出しているようだ」
「だな、だが多くの人間に目撃されている奴が居るはずだ、そういう奴には票も集まっているだろうから、まずそこから重点的に探れば良い、とにかく今はアンケートの回収だ」
必死になって集め続けるアンケート、何も書かずに提出している、つまり誰かがウ○コをしに行ったのを見ていない者がかなり居るのではないかと見込まれたが、実際にはそうではなかったらしい。
もちろん氏名不詳の誰か、自分達の組織とは一切関係のない他人である場合には、このアンケート用紙に名前を記入することが出来ないのであるから、『誰か知っている奴』がそうしているのを見たということになる。
現状、何も見ていない方に投票しているのは、入り口からかなり離れた位置で作業をしていた連中の一部だけ。
これはどうしたものか、この亜空間において、それほど多くの参加者がウ○コをしに行ったということなのか。
或いは、他の誰もが名前を知っているような有名な者、例えばどこそこの貴族の子飼いであって、凄く腕の立つことで有名な剣士が……いや、そういえばこの亜空間に送られているのは使い捨てても良い馬鹿ばかりのはずだ。
そんな高名な何某がここに参加しているとは思えないし、もしどこかの参加組織の代表が無理矢理にそれを向かわせたとしたら、周りの部下からのリスクに関する忠告で、既にその参加の取り下げがなされて戻っていることであろう。
そもそも、そんな凄い奴がこんな場所まで来てウ○コをするはずがないのだ、というかもし万が一していたとしても、そいつがこの事件の犯人である可能性は極めて低い。
犯人はもっとわけのわからない奴に決まっている、この件について、そういう高名な奴がこの場でとやかくしたということについては忘れた方が良いのだが……にしてもこの状況だ……
「う~ん、凄いわね、ほぼほぼ名前を書いて提出したわよ、と、これで全部ね」
「何だかさ、周りの奴を陥れたい馬鹿がわざとやっているような気がしなくもないんだが……」
「わからないけど、とにかく集計してみましょ、そうすれば色々と判明することがあると思うわ」
「だな、じゃあちょっと面倒だが……ミラ、あとユリナとサリナ、すまないがアンケート用紙に記載された名前を読み上げて、ジェシカと精霊様がそれを集計してくれ」
『うぇ~いっ』
ということで作業開始、堆く積まれ、今にも崩れてきそうなアンケート用紙の山を、キッチリ3等分に分け、裏返しにしたまま読み上げ係の3人に配布する。
ここに名前が書いてあるから、それを読み上げるだけなのがこの3人の仕事であり、複数の名前が出てきたとき、大変になるのは間違いなく集計係の2人であろう……
「じゃあいきますね、えっと、最初は『国王様』、『王』、『駄王』……」
「私の方も『王』……が続きますわね」
「え~、『国王』、それから『どっかの馬鹿』……というのは?」
「王様のことでしょうきっと、私のは……『馬鹿』というのもありますが、これも王様のことですね」
「……駄王ばっかりじゃねぇかぁぁぁっ……あ、いや確かに、あいつ来て早々ウ○コがどうのこうので」
「スッキリした顔で帰って来たわよねそういえば……」
「ちょっと話を聞く必要がありそうだな、お~いっ、誰か駄王を引き摺って来てくれ、きっと亜空間の外に居るはずだ」
「私が行って来るわ、どうせこれなら集計作業員は1人で十分でしょ」
精霊様の言う通り、その後特に新たな名前が出るようなこともなく、ひたすらに駄王の名前、王である旨、救いようのない馬鹿である旨の記載が入ったアンート用紙が読み上げられる。
もう奴がウ○コをしたのは間違いない、俺達のミッションを邪魔する犯人を炙り出そうとして、単にウ○コしがちなだけの馬鹿が炙り出されてしまったということだ。
そしてもちろん駄王が『悪意を持った犯人』であるということは考えられない、そもそも自分が率いる人族全体を不利にする行為だし、あの馬鹿が実は敵であったなど考えようがないのである。
で、そうこうしているうちに精霊様が戻って来た……汚いので素手で触れないようにと、バールのようなものをマントの襟に引っ掛け、ぶら下げた状態でのご登場だ……
「おぉ勇者よ、いきなりわしに用があるとは、何か困りごとかの?」
「あぁちょっとな、お前さ、ここへ最初に来たときに便所を探しにいったよな? 見つかったのか便所は?」
「おぉ勇者よ、探しながら考えたのじゃが、こんな亜空間に便所などあるはずがないのじゃよ」
「それでどうしたんだ?」
「もちろんその辺でウ○コしておいたぞい」
「ケツはどうやって拭いたんだ?」
「ん? あぁ、適当に書棚から本を取っての、何枚かビリッとやってトイレットペーパーの代わりにしてやったわい」
「……貴様かぁぁぁっ!」
「へぶぽっ!」
「おいっ、ちょっと全員でボコろうぜっ、この馬鹿をブチ殺すんだっ!」
「ギェェェッ! どうして普通にウ○コしただけでこんな目に遭わぬとならんのじゃっ!」
「大問題が生じてんだよお前のその行動のせいでぇぇぇっ!」
寄って集って駄王に暴行を加える、もちろん全員バールのようなものを用いて、徹底的に痛め付ける所存だ。
紛れ込んだ敵がこのようなことをしたと思って捜索を始めたのに、まさか真犯人がこの馬鹿であったとは。
いや、ウ○コをしたところまではいつも通りなので良いのだが、今回探していた大変に重要な書籍を、ピンポイントで手に取ってしまう辺り、そしてその中から一番重要な部分を選び、それを何も知らないままケツを拭く紙にしてしまう辺り、相当に間が悪いというか何というか。
とにかくコイツ1匹のせいで、これから得られるであろう知識、そして構築されるであろう作戦が、かなりの範囲でアウトになってしまった感がある。
この馬鹿さえ居なければ、ここへ来る前に便所に行かせておきさえすれば、このような事態にはならなかった、即ち今現在の時点で書籍を持ち帰って、その精読作業に入っていたのだと思うともう……
「とりあえずお前、壁にでも刺さっておけフンッ!」
「ぐぇぇぇっ……」
「さて、これからどうするのかってことよね、王様のせいで本のページは永久に失われちゃったし、あとは……」
「ねぇ、私が口を出すのもアレなんだけど、検索した結果として出てきていたのは50冊ぐらいの本なのよ、その他のものを当たったらどうかしらと思って」
「むっ、確かにそうだ、他にも検索にヒットしていた本があったな、えっと、端末で……さっきの検索履歴からいけば……っと、出てきたぞ」
「凄いわねこの魔導端末、もう王様が汚した本、『汚損』って表示に変わっているわ」
「あぁ、で、それが今ここにあるわけであって、あとは……一番近いのでもここから3㎞ぐらい離れているみたいだな」
「そこそこに気合を入れた捜索が必要になりそうですね、主に迷子とかにならないようにしないとです」
「ふむ、まぁ実際には駄王に紐でも付けて行かせるってのが得策だと思うぜ、俺達の安全を考慮すればな」
「あの、そうするとまた余計なことをしてしまうんじゃないかと……」
とにかく、まだ可能性が潰えたわけではないということが、魔王が放ったひと言によって判明したのである。
もしかしたら他の書籍、魔王が見た者とは違うものに、馬鹿のせいで失われたそれよりも詳細な情報が載っていたりするかも知れないし、探してみる価値があるどころかそうしなくてはならないであろう。
だがその書籍の位置はかなり分散しており、最も遠い1冊については、まさに冒険をしなくては到達することが出来ないであろうと思えるような距離に存在しているのだ。
これをどうにか搔き集めるために、責任のある駄王だけでなく、もう数十人程度で良いとは思うが、『決死隊』紛いのムーブをしつつ、回収に走る実働要員が欲しいところだな……




