1016 落丁本
「あったか? というか読めねぇのかこんなわけのわからない字は」
「そうね、全部挿絵から推測するしかないんだけど……一般の捜索部隊の人達はどうやってここにある本を読んでいるのかしらね?」
「いや、その辺の奴を見てみろ、どいつもこいつもエッチな挿絵しか見ていないぞ、内容なんぞそっちのけだ」
「あら、それじゃ私と一緒じゃないの」
「馬鹿ばっかりなんだよな結局……これじゃ相当に時間が掛かるぞ、というかもう諦めた方が良いかも知れない」
既に始まった大規模な作戦、数多くの人員が、かつて魔王が手に取り、物体召喚の参考にしたという1冊の書籍を求めて、食い入るように……エッチな本を見ているだけか。
そもそも、この件に関してやる気十分なのはこの連中を指揮していて、もしその部下がヴィクトリーを達成した場合にはその全てが自分のものになるという状況に置かれた金持ちと、それに心酔する一部の幹部のみなのだ。
実際のところ、末端の連中についてはイマイチやる気がない、もちろんそれぞれの組織がしていた出発の際の式典においては、周りの雰囲気に流されて盛り上がっていたのだとは思うが、現状はもうこの有様となっている。
というか、人族には読めないような魔族固有の文字で記述された書籍について、その内容から関連のあるものだと判断し、これはどうですかと誰かに質問するのは難しい。
どの組織もそういう専門家のようなものを用意せずに、そのまま動かせる私兵などばかりでここへ赴いているのだが……まぁ、どう考えても魔族の文字が読める者は居ないな。
ところで、そんな難しい記載方法の書籍、俺よりもかなり早かったとはいえ、この世界に来てから日が浅い魔王が、どうしてそれを読解することが出来たのかという点について疑問なのだが……
「魔王お前さ、ここにある本って全部読もうと思えば読めるのか?」
「え? そんなわけないじゃないの、ユリナとかから魔族の固有言語を習ったりしたけど、基本はこの世界の共通語ベースでしか考えないわ、だからこの書庫にある難しすぎる本も、今居る人達がしているみたいに『挿絵で読む』ことぐらいね可能なのは」
「あ、やっぱそうなんだな、まぁ同レベルで安心したぞ」
「いえ、あんたよりは勉強が進んでいると思うの、ほら、この比較的簡単なのなら読めちゃうわけだし」
「ふんっ、調子に乗るなよこのボケが、俺だってそのうち……勉強はしないが不思議な力で読めるようになるさきっと」
「至極いい加減ね勇者様は、ほら、サボってないで手を動かす振りだけでもしなさい」
「へーい」
魔王と俺、同郷の者同士で勝手に話をして、勝手に盛り上がっているのが気に喰わない様子のセラ。
手が止まっていることを指摘して、どうせ読めもしない謎の書籍に俺の視線を注がせる。
しかし簡単な記述の本だけとはいえ、魔族の言葉が読めるというのは羨ましいな……もし俺にも読めれば、このエッチそうな本の内容も詳細に……いや、それには時間が掛かりそうだ。
きっと魔王も、相当な時間を費やして魔族の固有文字の読み書き、いや書くことまでは出来ないのであろうが、とにかくそれを少しばかり会得したのであろう。
もちろんそれだけ頑張っても、今だのうろ覚えであって読解の際に様々な問題が生じて……そういえば物体に関する書籍はどうであったのか、そこが疑問だな。
もし魔王がその本を完全に読めていたとしたら、それはそれで物体の呼び出しに成功したということになるのだが、それが不完全で、少しばかり間違えた理解をしてしまっていたとしたらどうか……
「なぁ、ちょっと皆に聞いて欲しいんだがな、特に魔王だ、お前、当時詠んだ物体の召喚に関する本さ、ちゃんと読めていたのか? そうじゃない可能性があるよな?」
「あ、確かにそうよね、今現在がさっき話していたような感じだったとしたら……」
「その点については私も疑問に思いますね、当時、魔王様からその本について何か問われた記憶はありませんし、他の子で魔王様が相談するとしたら……ユリナかサリナ、エリナ辺りでしょうか? とにかくその子達からもそういった話は聞きませんし、どうなんでしょうか魔王様」
「……まぁ、読解のミスってことはないと思うわ」
「ほう、その根拠は?」
「だってその本、日本語で書かれていたもの」
「……日本語……ってのは何だっけか?」
「あら、もうその言葉の意味すら忘れたのね、かなりヤバいわよあんたの記憶力、それこそチンパンジーの脳みそと取り換えた方が良いんじゃないかしら?」
「うわ、めっちゃディスッてくるじゃねぇか、何がそんなにムカつくんだよ?」
「何でもないけど、前の世界のことを忘れるのはほどほどになさい」
「前の世界のこと……完全に覚えているはずだがな?」
「・・・・・・・・・・」
黙ってしまった魔王、俺が転移前に居た世界は魔王のそれと同じであり、科学文明が発達していて魔法がなくて、勉強が出来ないというだけでクソ扱いされるクソのような世界であった。
そこで俺はクソ野郎候補生としての学生ライフを満喫していて、友人の顔も覚えているし、その他のことについても全て記憶に留めているはずだ。
魔法ではない何か不思議な力で走るマシンの免許も持っていたし、それこそチンパンジーでもオランウータンでも、簡単に合格することが出来る程度の資格などを有していた記憶もある。
そんな俺が何を忘れているというのだと、そう魔王に問い掛けたくなったのだが……偶然話を聞いていて、うっかり俺と目が合いそうになった女神がそそくさとその場を離れたではないか。
これは間違いなく何かあるな、きっと女神の奴、俺をこの世界に召喚する際に何か設定等のミスをしたに違いない。
その件に関して問い詰められる前に、慌てて俺から話し掛けられ辛い位置に移動したのだ……
「ちょ、俺は女神に蹴りを入れに行って来る、それから拷問の時間だ」
「あ、待って勇者様、さっきの魔王の話の続きを先にしないと」
「ん? それは……あそうか、その物体に関する書籍の記述、その言語に係る話だったな、何だっけ?」
「凄い忘れっぷりなのねあんたって、言葉がね、私達が元々居た世界の言葉で書かれていたのよ、その本が」
「えっと、何の本がだ?」
「そこから説明しないといけないとは……ひとつ頭に入るとひとつ抜けていくのね……」
「いえ、ちょっと待ってちょうだい、いくら何でも勇者様がアホすぎるわ、普段はこれよりちょっとだけ、本当にちょっとだけだけど聡明だもの」
「つまり、今の勇者さんが何かおかしいと? 普段通りにしか見えないんですが……」
「おいお前等、何か知らんが俺がおかしいなどと勝手に、3人共尻を引っ叩かれたいのか?」
「あ、話題が変わったらいつものオーラを取り戻したわね、発言も完全にクズのものだわ」
「なるほど、さっきの話題になるとちょっとアホさが進行してしまうというわけね……」
大変に不思議なことだと、そのような話をするセラ、魔王、副魔王の3人に対し、俺はいい加減にしろと忠告してその場を収める。
俺が何か異常なのではないか、生きていくうえで重要なことを忘れているのではないかと、そういう内容の話を目の前でされるのは実に不快であるためだ。
で、話の内容を戻しておくと、確かに魔王がその当時読んだ書籍につき、記述されている言語が俺と魔王が元々居た世界のものであった、逆に言えばこの世界のものではなかったという点が、この話題においては重要なこととなる。
これに関して予想されるのは……①異世界からやって来た馬鹿が、この世界において獲得した知識に基づいて、俺達のような異世界人のために書き記した書籍であるというパターン。
そして②だが、ガチでその書籍自体が俺と魔王の転移前の世界からやって来たものであるというパターンも、場合によっては考えられなくもない。
もっとも、俺達が居た世界には魔法も何もないわけであるから、あのような物体を召喚するということ自体、記述して広めようとしても無駄なことである。
もちろん、書籍自体がその世界から、こちらの世界に存在している誰かに向けられたものであるという場合には話は別であるが。
もしかすると俺が居た世界にも、別の世界のことを知っていて、魔法の存在にも気付いていた人物が居て、そいつが……などと考え始めるとキリがないな……
「それで、内容の方は……忘れたって言っていたな、しかし今のは凄いヒントになりそうだぞ、その言語による記載がなされた本に限定して探せば良いんだ」
「確かにそうよね、この書庫、検索システムとか存在しないのかしら? あるんならサッサと使った方が良いわ」
「う~ん、それはどうかしら……私じゃわからないわねそんなこと」
「使えねぇ魔王だな全く、ちょっと管理者に聞いて来る」
というわけで全体の案内係をしていた、俺達と違って大変に忙しそうな管理者を捕まえ、質問を投げ掛ける。
一瞬困った顔をされたのだが、どうやらあるにはあるとのことで、すぐに使い方を調べ直すという。
かなり長い間使っていないようだし、そもそもこんな場所で書籍の検索をする奴が居るとは思えないからな。
それに検索といっても、ある程度条件を絞り込んで、その内容のものがどこにあるのかを示すぐらいのことであろう。
で、管理者は自分がかつて使っていたという、執務用の机に向かって何やら始める。
しばらくして光と共に出現した謎の魔導端末は……どう考えてもタブレットの類だな、『魔導』かどうかさえ怪しいビジュアルだ。
「ようやく召喚に成功しました、前回の使用はえ~っと、50年前ですね、思ったよりも最近使用していたみたいです」
「50年前を最近というかどうかは別としてだな、その魔導端末、ちゃんと動作して役に立ってくれるんだろうな?」
「操作を誤らなければ大丈夫だと思いますよ、もっともあまり高性能なものではないんで、ちょっとした絞り込みぐらいしか出来ないとは思いますが……」
「操作を誤ったら?」
「たぶん爆発します」
「なるほど、そういうノリである以上この世界の端末だな、ちょっとアレだ、前の世界にあったものに似ていたから疑ってしまったのだが、もう気にしなくて良い、あと爆発させたら承知しないぞ」
「えぇ、わかっています、では早速何か調べてみましょうか? 試しにキーワードをどうぞ」
「キーワードか……うむ、じゃあ『勇者』と調べてみてくれ、俺に関する記述がなされた書籍が見つかるかも知れないからな」
「そう仰いますが、ここ、エッチな本ばかりの書庫ですよ、勇者に関しての本なんて……いくつもありましたね、一番オススメなのがこの『勇者をボコる美少女のパンツが見える本』ですね、ボコられて足蹴にされる勇者視点での挿絵が入っていますよ」
「何だその屈辱的な本は? 俺は美少女をボコる方が好きな性質なんでな、そういうのはパスだ、というかもっと建設的な内容の本をだな」
「エッチな本のなかで建設的って……あ、そうですね、じゃあこちら、『サルでもわかった! 誰でもわかる(ただし当代の異世界勇者は除く、マジで脳みそ入ってんのかアイツは)! 大人の数学!』なんてどうでしょう? タイトルのカッコ内だけですが、一応勇者に関する記述があって、しかも比較的建設的な内容の……あ、ちょっと怒っていますか?」
「お前、大勇者様デコピンと大勇者様お尻ペンペン、好きな方を選べ」
「ひぃぃぃっ! 私が書いた本じゃないのにっ!」
「黙れっ、答えないなら自動的に大勇者様デコピンが選択されるぞ、穴が空いても知らないからなっ!」
「いやぁぁぁっ……はぐっ!」
デコピンによって吹っ飛んだ書庫の管理者、近くの書棚にめり込んでいたのを救出しつつ、二度と調子に乗ったことはしないと約束までさせておく。
しかしなかなか高精度な検索が出来る魔導端末だな、もっとこう、フワッとした感じの絞り込みしか叶わないと思ったのだが、『勇者に関する記述がある本』など、具体的に指定すればどうにかなるようだ。
そしておそらく、書籍ごとに記述されている言語について検索することも可能であるし、もちろん条件をしっかりすれば、魔王がかつて読んだという物体召喚関連書籍を見つけ出すことも可能であろう。
問題はその先、その本がこの亜空間のどの辺りに存在しているのかということなのだが……と、今調べた本の在り処が、おおよそマップで表示されているではないか、近くにあるものは、誰かが調べている最中なのであろうが動いたりしているのまでわかる。
これなら相当に上手くいくのではないか、そんな予感を抱きつつ、ひとまず魔導端末を借りて魔王が調べ物をしているテーブルへと戻った……
「おい、これを使おうぜ、ほら、検索出来る端末だ、ちゃんとこの世界のものみたいだから安心して良いぞ、女神に見つかってもキレられることはないからな」
「そうなのね、でもどう見たってそれ……」
「気にしたら負けだ、早速検索してみて欲しい、ほら、タッチパネルになっているから入力も楽だぞ」
「……もう気にしないことにするわ、で、検索は……『日本語で書かれた書籍』ね……5億件以上ヒットしたわ」
「どんだけあんだよそんなモノが、ちょっと検索条件を追加だ、え~っと、じゃあ幻想魔王」
「幻想魔王っと……それでも1億件ね、じゃあここに物体っていうキーワードを入れると……あら、ゼロになっちゃった、そしたら幻想魔王を抜いて……凄いっ! 30件ちょっとになったじゃないの、しかも近くにあるのもいくつかよ」
「ホントだ、これなんか書棚の位置に表示されていないし、誰かに持ち出されている感じかもな」
「いえ、この感じはアレですね、書棚から移動させようとして落ちてしまった、そのまま通路とかに放置されているみたいな」
「なるほど、だとしたら早速それから拾って調べようぜ、すぐ近く……こっちだな」
「勇者様、こっちだと思うわよ、ほらこの通路のずっと先」
「フッ、今のは方向を間違える系のギャグだ、ガチではない」
「つまらないこと言っていないで早く行くわよ」
俺の渾身のギャグ……であることにしておくのだが、とにかく誰もわかってくれないようで実に寂しい。
で、早速検索にヒットした書籍のうち、なぜか床に落ちてしまっていると思しきものを探していく俺達。
早速発見されたようだな、真っ黒い本で、タイトルも確かに見覚えのある字で書かれているようだが……もう俺には関係のない世界のものだ。
その本を拾い上げると、魔王が何かを思い出したような顔をして、すぐにタイトルやその他の事項を確認させろと言い始める。
中を開いて見せてやると、どうやらインデックスにご興味がおありのようで……あったあったと大騒ぎを始めたではないか。
「これだわこれっ! 間違いなくこの本、『召喚術大全~エッチな何かを呼び出そう~』の、えっと……第5章のところに書いてあったはず、312頁から355頁ね」
「ホントか? じゃあこれで解決して……ちょっと待て、所々ページが足りていないんだが……特にほら、こことか5ページ分ぐらい一気に破られているぞ」
「あらっ、しかも一番重要な箇所じゃないの、物体の危険性について書かれているところが……この本の破れたページを探さないとっ!」
「……せっかく発見したってのにこのパターンかよ」
「困ったわね、本自体はさっきの魔導なんちゃらでどうにか探すことが出来たけど、その破れたページまでってなると……普通に無理よね」
「だな、それにもしかしたらこの破れている部分、何者かが意図的にやったことかも知れない、物体についての何かを隠すためにな、そしてそうだとしたら……」
「もうこの破れた部分は処分されているかも知れないと、そういうことね」
一瞬だけ、本当に一瞬だけだが喜びを共有した俺達は、そのまま直接どん底まで叩き落されたのであった。
せっかくの物体に関する記述がある書籍、しかも魔王がアレを呼び出すのに用いた、特殊な呪文が紹介されている書籍であったというのに。
だが諦めるのはまだ早い、可能性にすぎないが、犯人は意外と近くに居て、この反抗もつい最近なされたばかり、そう考えることも出来なくはないのである。
この書籍自体が下に落ちていたというのも気掛かりだしな、まさかとは思うが、捜索隊の中にヤバい奴が紛れ込んでいて、そいつが俺達の物体討滅作戦を妨害するためにこのようなことをしたのではなかろうか……
「う~む、ひとまずはだな、この書籍が発見されたこと、また何者かによって重要なページが破り去られてしまっていることなど、捜索に参加している全員に伝えようか」
「それ、逆に危ないんじゃないの?」
「いや、牽制のためにも広く伝えておいた方が良いと思う、ここに来ている大半が犯人側というわけじゃなくて、おそらく紛れ込んでいるのは数匹程度だからな」
ということで捜索の方法、というかターゲットを変更する旨、既にこの亜空間に入って作業を開始していた全員に伝える。
ここからは本ではなく、この亜空間のどこかに投棄されている可能性が高い『本の破れたページ』を探す動きに移行するのだと。
さすがに犯人も燃やしたりはしていないであろうな、そんなことをしたらこの亜空間に設置された火災報知器が反応して、今頃全員水浸しになっているはずだ。
また、亜空間から出て王都へ、ボッタクリバーへと戻る際には、全員荷物の検査を受けているはずなので持ち出しに関しても特に問題とはならない。
それゆえ今はひたすら探すのみ、探させるのみであって、そのうちに発見の報告が舞い込んで……と、元々この書籍が落ちていた場所の付近、書棚が変な形に入り組んだ辺りで騒ぎが起こる。
早くも発見したようだな、そこでブツを確認したと思しきどこかの兵士が、慌てふためいた様子で俺の所へ報告にやって来る……少し慌てすぎな気もするが……




