1014 カーテンの向こう
「いけそうじゃないか、良くやったお前等、魔王や副魔王にもキッチリこの活躍を伝えて、確実に覚えさせておくこととしよう」
「やったぞ、これで俺達は大出世だ」
「あぁ、廊下に落ちているウ○コ処理係からも脱却出来そうだ」
「魔王軍幹部に取り立てられるかもだぞ」
「魔王城って廊下にウ○コ落ちてんのか……まぁ、もう魔王軍なんて機能していないし、お前等も無様に死ぬんだけどな」
『何か?』
「あ、いや何でもないこっちの話だ、それよりウ○コの話をしよう」
舞い上がる馬鹿な魔族連中に対して、うっかり真実を告げそうになってしまったのだが、頭が悪いので特に何かを察してしまうようなことはなかったらしい。
とにかくこの連中の活躍によって、俺達が今居る何だか知らない亜空間と、目的地である魔王城地下書庫のピンクのカーテンを潜った先とが繋がったとのこと。
あとは自らこの向こう側へ行って、そこが本当に目的の場所であるのかということの確認、および本来のミッションである物体に関する記述のある書籍を捜索するのが、これから必ずやらなくてはならないことである。
すぐに仲間を書棚のある部屋へ集め、いつの間にか元に戻っていた壷を破壊、もちろん初期位置に修正されていた書棚を押して動かし、時空の繋ぎ目であるその壁のドアを開けた……
「よし行け駄王、お前が無事に向こう側へ辿り着いたことを確認したら、俺達も順次そちら側へ向かうことにするよ」
「おぉ勇者よ、仮に向こう側へ生きたまま辿り着けたとして、その、敵とか居て襲われるみたいな可能性が……」
「だから、そのためにお前が行くんだよ、もしお前が死んだら、それで敵の存在が明らかになるだろう? そうなったら俺達はもっと警戒して、戦う姿勢を保ったままそちら側へ行くという寸法だ、わかるかその梅干の種以下の脳味噌で?」
「……じゃあおぬしらが警戒した状態で最初に行けばどうじゃ?」
「うるせぇサッサと行け!」
「ぐへぇぇぇっ!」
「……と、反応がないんだが、死んだかな?」
『い、いや大丈夫じゃ、ここにはエッチな本が沢山あって、夢のような光景が広がっておるぞいっ!』
「生きてんなら最初からアクションしろやこのボケッ!」
全く使えない駄王が生きているということは、ひとまずこの先には危険がないということである。
ならば俺達も行こう、行ってその先でやるべきことをやってしまうのだ、そうすればあの忌々しい物体をどうにかすることが出来るのだから。
で、もう少し確かめるためにまずモブ魔族連中、そしてババァと女神を先に行かせた後、改めて安全が確保出来たということで、残った俺達が境界線を通過するフェーズに移行した。
魔王も副魔王も、書庫の管理者も連れて、前衛から順番通り……というわけにはいかず、恐がってしまったマーサは俺とマリエルが両サイドで手を繋いでやっての移動である。
ドアの開いた部分にポッカリと、まるでそこだけ何もなくなってしまったかのような、漆黒の闇が口を開け、俺達を待っているのだが、そこへ入るのにはそこそこの度胸が必要なのは言うまでもない。
合図を出し、目を瞑って耐えているマーサを引っ張るような感じで飛び込んだその漆黒の先には、しばらく何も見えないような空間が続いた後、再び明るい場所があるということを確認した……
「ほい到着、マーサ、もう大丈夫だぞ」
「ホント? もう恐くないのよね……あ、本が一杯ある……」
「そうなんだ、おいお前等、ここが目的地、魔王城の地下書庫ってことで間違いないんだな?」
「ええ、この書籍の内容からして、間違いなくピンクのカーテンの向こう側です、ほら、このタイトルなんてもう口に出して言えないようなものですよね?」
「確かに、どれだけ口に出しても『ピーッ!』とかに変わってしまうだろうな、不思議なことに」
ここは間違いなく書庫、図書館のように一般の利用客がどうのこうのではなく、ひたすらに書籍を掻き集め、収蔵しておくためだけの配列をした、まさに書籍の倉庫である。
そしてその管理者が言うように、とんでもないタイトルや表紙画像、本文の挿絵などなど、ここにあるものはどう考えても18禁……いや、公的な機関から発行を指し止めされるレベルのヤバいシロモノばかりだ。
つまりここはその地下書庫における『ピンクのカーテンの向こう側』ということであり、この中のどこかに、物体に関する記述があるという、かつて魔王がその召喚の参考にした書籍があるということになる。
だが見渡す限り、本当に無限とも思えるほどの書籍の数、そんな場所からどうやってたったの1冊を見つけ出したら良いというのであろうか。
これはここに居る全員が、しばらく飲まず食わず、眠りもしないで頑張り続けても無駄だと感じる。
念のため、この書庫の管理者にエリア内の書籍の数についての質問をしてみることとしよう……
「えっとだな、その……何冊ぐらいあるんだここ?」
「そうですね、100億冊……が毎日新しく収蔵される程度でしょうか、それが何千年、何万年と積み重なっていますから、もしこの延々と続く書棚が途切れる場所まで行こうと思ったら、ほとんどの生物は数十回の世代交代をしなくてはなりませんね」
「……もうこれ無理じゃね? どうやって探すんだよこの中から、おい魔王、せめてどこでどういう風に発見した本なのか、それだけでも伝えろ」
「そんなこと言われてももう忘れちゃったわ、色々読み漁っている中で、たまたま見つけたような本だったもの」
「貴様! その重要なことを忘れるとはっ、この、尻叩きだっ!」
「いでっ、あいたっ、叩いても何も出ないわよ」
「しょうがないわねホントに……で、これからどうやって探索を進めるわけ? 見たところ物体とかは入り込んでいないみたいだけど」
「そうだな……うむ、ここへ至るまでの安全なルートを確保しようぜ、それで王都で人員募集、もちろん無償労働だ、その連中に色々と漁らせて、それっぽいものを発見した奴には俺様の直筆サインをくれてやる……そんな感じでどうだ?」
「最後の報酬以外は良いと思います、勇者様の直筆サインとか、どんな業者もトイレットペーパーと交換してくれないでしょうから」
「……ともかくだ、この作戦でいくこととして準備を進めよう、一旦王都へ戻るぞ」
「して主殿、どうやって戻るのだ? もしかしてまたあのトラップだの何だのの中を通過して……」
「あ、そうだったな、あんなルート二度とごめんだぞ、魔王、それか副魔王、お前等がどうにかしろ、また無理だと思った場合には尻を突き出せ、さっきみたいに引っ叩いてやるからな」
『どうぞ』
「・・・・・・・・・・」
一切何も考えず、最初から無理だとして罰を受ける姿勢を取った魔王と副魔王、隣ではなぜかルビアが尻を突き出しているのだが、もう面倒なので3人共その辺に落ちていた鞭でシバき倒しておく。
しかしこのままではここまでの安全なルートを構築するどころか、俺達が帰還するというだけのことさえ非常に面倒な、時間を要するミッションとなってしまう。
ここへ至るまでの道程で、ある程度トラップだの何だのがある場所は把握しているのだが、それでもうっかりしていたら引っ掛かるし、そもそも距離的にかなりアレなのだ。
「う~ん、そういえばここも亜空間なんですわよね? ならばもう一度どこかに接続面を作って、そこを現実空間の、王都の王宮のどこかに繋げることが出来れば……そう思いますの」
「なるほど、それなら楽チンで移動出来るし、せっかく集めた人員がここへ辿り着く前に全部死亡なんてくだらないことにもならないだろうな……よし、やってみよう、ということでこの亜空間に見事接続を果たしたモブ魔族の諸君、頑張ってくれたまえ」
『ウォォォッ! これに成功すれば大出世だぜ!』
「ということで俺達はちょっとでもこの付近を捜索してみよう、案外近くにあったりして、すぐに見つかるなんてこともないとは言えないからな」
「ちなみに、皆遠くへ行っちゃダメよ、捜し出すのが大変だし、もしかしたら二度と元の世界へ戻れなくなるかも知れないわ」
「だな、じゃあカレンとリリィ、2人はジェシカ先生と一緒に行動するように、魔王と副魔王は俺が見張る、そんな感じでいこう」
『うぇ~いっ!』
ということで作戦開始、モブ魔族の方々が頑張って作業してくださっている間、俺達は今居る付近の捜索を、書庫の管理者の指導の下執り行うのである。
俺とセラは2人でペアになり、同じくペアの魔王と副魔王の監視をしつつ、まずは手近な所にある書棚の本を適当に取るところから始めた。
まずは1人30冊程度だな、魔王と副魔王の分を考えると、4人で合計120冊をチェックすることとしよう。
そうすれば無数にある書棚の、数百段はある棚の1列の、その10分の1程度を一気に攻略することが出来て……どれだけ先が長いというのだ……
※※※
「これも関係ないですね、こっちも違う、これは……凄くエッチな本ですね」
「おい副魔王、エッチな本に見入っている暇じゃないんだぞ、キビキビ働け」
「それを言うなら勇者さんだって、さっきから全然手が動いていないですよね?」
「……読めねぇんだ、字が難しくて」
「それは失礼しました……」
およそ1時間後、俺とセラは完全にリタイヤしてしまった状態であって、俺はボーっとしつつ魔王と副魔王の監視を行い、セラは挿絵だけで内容がわかるエッチな本を食い入るように見ている始末。
周りを見渡しても、どこかへ行ってしまわないか心配であった2人は既に寝入ってしまっているし、マーサとマリエルは何やら遊んでいる。
必死になって本のページを捲っているのはババァ総務大臣と、あとは疲れた表情をしているジェシカぐらいのものか……ルビアは頭の上に本を乗せて何をしているのであろうか、綺麗に歩く練習か?
ちなみに、駄王に関しては先程から行方が知れない、いつもの如く酒の飲みすぎで腹の調子がおかしくなったらしく、便所を探すといって離籍したままとなってしまったのだ。
今頃はこのほぼ無限に続く亜空間の中で、元の場所に戻る手段もわからず、ついでに便所など到底見つからず、臭っせぇウ○コを垂れ流しながら彷徨っているに違いない、本当に汚らしい奴だな。
「……と、王様が戻って来たみたい、どうやったらここへ辿り着くのかしらね?」
「チッ、もう二度と顔を見ることもないと思ったのに、本当に運だけは良い奴だな、しかもあのスッキリした顔、もしかして便所を発見したのか?」
「そうじゃないかしら、汚い話だから聞こうと思わないけど」
「だな、しかも誰かに構って欲しそうな顔をしているぞ、戻って来たところで輪から外れてぼっちになって、どのグループにも属することが出来ないでいるんだ……とりあえずガン無視してやろうぜ」
「そうね、こっちは忙しいのよ色々と」
どういうわけかウ○コを済ませたような感じで戻って来た駄王、この書庫の中に便所などあるのかという疑問が生じているのだが、セラも言ったように、あんな汚らしい馬鹿と話をして、詳細を聞こうとは思えない。
まぁ、戻って来たということはそういうことなのであろうが、もしかするとその辺で……いや、さすがに想像するのはやめよう、考えただけで脳が腐ってしまう。
で、そのウロウロとどこかのグループに入ろうとしている駄王の方を見ず、なるべくこちらへ来ないようにと願を懸けつつ静かにしておく。
……と、横を通過したようだな、そして遊んでいたマーサとマリエルの所へ行って……完全に拒絶されたらしい、臭いなどと罵られているのだが、それが真実なので仕方ないところだ。
その後、結局1人でその辺の本を取り出し、適当に開いては戻しを繰り返し始めたらしい。
くだらないことをしてくれるよりは幾分かマシなのだが、役には立ちそうもないのでなるべく視界には入って欲しくないし、静かにしていて欲しいと切に願う……
「う~ん、ダメね、もう疲れてきちゃったわ」
「私もです魔王様、少し休憩にしましょう」
「おいお前等、誰が勝手に休んで良いと言ったんだ? 手を止めるのであれば縄で縛り直すぞ」
「もうそれでも良いわよ、てかさ、縛られてなくても今更逃げたりしないんだけど」
「そうですよ、私はともかく、魔王様まであんな格好にさせることはないと思いますよ」
「ダメだダメだ、お前等は反省が足りないからな、この何か縄で縛る挿絵が入っているエッチな本の縛り方を試してやる……というかどうしてセラはこんなのを必死に見ていたんだ」
「そういうこともあるのよ、で、どれをやってみるつもり? このほら、エビみたいな格好にして天井から吊るすのとかどうかしらね」
『ひぃぃぃっ! そういうのはやめてっ! ちゃんと働きますからっ!』
「よろしい、では作業に戻るように」
『は~い……』
という感じでくだらない話しなども交えつつ、俺とセラが監視している状態の2人は黙々と作業を進め、しばらくするとその目の前にチェック済み書籍の山が形成されたのであった。
それでもお目当ての書籍どころか、それ以外に関連していると思しきものも発見することが出来ない。
他の場所でも同様にチェックを進めているのだが、どこもここと同じ状況であるようだ。
やはり多くの人員を集めて根気良く、継続的にやっていかないとかなりキツいであろうな。
それと、書庫の管理者には『新しく入ってきた書籍』を別の場所へ移させるなど、これ以上調べるものが増えないような対策を講じさせなくてはならない。
まぁ、その辺りの方法についてはここから考えていくこととして、そろそろモブ魔族様方が作業を終えて……ちょうど戻って来たようだ、表情からして上手くいったようだな……
「おつかれ、首尾はどうだった?」
「あぁ、バッチリ現実空間と接続したさ、その、何だっけ、人族の町の中の、比較的良い場所に繋げることが出来たぞ」
「本当か、で、その扉はどこに設置したんだ? また書棚を動かしてのパターンなのか?」
「いや、今回はもうちょっと捻りを加えたぞ、付いて来てくれ」
そう言われてモブ魔族の1匹に付いて行く俺、もちろんセラも行こうとしたため、ついでに魔王と副魔王も連れて行くべきということで、2人を立たせて襟首を掴み、そのまま連行してやった。
案内されて向かった先には、どうも読書スペースのような場所があって、なぜか木々が生い茂り、中央にはいかにもな感じの白い椅子とテーブルが設置されている。
きっと魔王やその他の幹部がここを訪れた際、あのテーブルセットで茶などしながらエッチな本を読み耽る、そのための場所なのであろう。
しかしその中には、特に接続面のようなものは発見できないのだが……確かに何らかの力は感じるゆえ、こことどこか別の場所が繋がっているのは確かなのだが……
「おいおい、扉も何もないじゃないか、どこに隠したっってんだ一体?」
「ふっふっふ、今回はそこだっ! ほら、マップを回転させるとだな、この気の裏に実は樽があって、それを破壊すると……」
「……なんと階段を見つけたっ!」
「なるほどこういう仕掛けなのね、感動しちゃうわ」
「どうだ、これで魔王様もお喜びになるであろう、魔王様、如何でしょうか?」
「あ、別にどうでも良いかも、それよりも安全は確認したの?」
「はいっ、直ちにやらせて頂きますっ、この俺がこの階段の初の使用者で……せ、狭かった……ギョェェェッ!」
「前と同じ展開で死んだじゃないの、やり直しておきなさい」
「へへーっ、畏まりましたでございますっ!」
俺に襟首を掴まれ、まるで猫のように持ち上げられた情けない状態で調子に乗る魔王。
そんな感じで恥ずかしくないのかと問いたいところであるが、本人が気にしていないようなので特に言及しないでおこう。
で、そもそもの通り道が狭すぎるという、同じ轍を踏んで1匹が死亡し、やり直しを始めたモブ魔族連中。
このままの勢いで色々とやらせていけば、処刑などする前に全て死に絶えてしまうかも知れないな、そう思うほどに危うい連中である。
作業が進む間、俺達は書庫の方へ戻るのも面倒だということで、その隠し階段が設置された場所の近く、例のテーブルセットがある場所にてくつろぐこととした……
「セラはそっちな、俺はこっちの椅子に座るぞ、で、魔王、副魔王、おすわりっ!」
「私は犬じゃないんだけど……」
「へへーっ! 魔王様も早くっ、へへーっ!」
「ふむ、躾のなっていない駄犬が1匹紛れ込んでいたようだな、鞭をくれてやるっ!」
「ヒギィィィッ! 痛いわねぇ、変なとこ叩かないでちょうだいっ!」
「黙れこの駄犬がっ、駄犬! 駄犬! 駄犬!」
「はうっ、ぐっ、痛いっ、ひぃぃぃっ! も、もっとお願いしま……私は何を言っているのっ?」
「ふむ、魔王もようやく『こちら側の生活』に慣れてきたようだな、ほれ、次は伏せをしろ伏せを、追加の鞭をくれてやるからよゲヘヘヘヘッ」
「ぐぬぬぬっ、いつか仕返ししてやるんだから、寝ている間とかに……と、ほら、作業が終わったみたいだからそろそろ茶番をやめないと」
「おっと、あまり魔王をいじめているところを見せるわけにはいかないからな」
「何を今更って感じよね……」
俺と魔王のしょうもないやり取りに、顔を見合わせてクスクスと笑うセラと副魔王。
馬鹿にしやがって、2人共後で魔王と同じように鞭打ちの刑に処してやろうぞ。
で、それはともかくとして、ようやく階段の拡張が成功したらしいモブ魔族様方。
もう一度実験し、確かに安全であるということをこちらに向かってアピールしているが……俺以外誰も見てなどいない。
とにかくこれで安全確実に、短時間で王都に帰ることが出来るようだ、皆を呼び、荷物をまとめたうえで、一旦帰還して作戦を立て直すこととしよう……




