1007 人間の技
「てぇぇぇいっ! どうだっ……あ、そこそこ効いてますっ!」
「とはいえ一撃じゃないんだな、相当にやり手だぞこの物体」
「でもどうして分身しないのかしらね? この大きさならもう4つか8つぐらいになっていても良いような気がするんだけど」
「何か性質に変化があったってことだよな、良くわからんが、とにかくこれまでんものとは違うと考えた方が良さそうだ」
「でもだんだん小さくなってきました、このまま押し切りますっ!」
これまでにないサイズの物体であったそれは、リリィの攻撃によって徐々に萎んでいき、今では俺や他のメンバー達、それから筋肉団員の攻撃も通るようになってきた。
もちろん他にも物体らしき姿は見えているため、また見えていない、草や木の陰などに隠れてしまっているものも多いであろうから、全員が攻撃に参加することは出来ない。
それでもどうにかなるということは、やはりこの『時空を歪めて攻撃する』という謎の効果が付与された武器さえあれば、これが護衛として王都の外に出る全員に行き渡るようになれば、物体はもはや脅威ではなくなるのかも知れないな。
まぁ、そこまでではないにせよ、俺達勇者パーティーやその他の王都に滞在する主力部隊がこれを持てば、その庇護下にある限りは基本的に安泰と、そんな感じの心構えで活動することが出来るのだ。
ということになることのメリットは大きい、護衛対象が自分の身を案じつつ、完全に護衛に任せ切らずに狩猟採集に従事するよりは、もう物体の件は任せ切って、自分達は自分達の仕事に専念して貰った方が、遥かに効率良く、より多くの物資を王都にもたらしてくれるはずである。
研究所に渡してある役目を終えた古の『時空を歪める果物ナイフ』について、その本来の力を解明することが出来さえすればもうリーチなのだ。
ほぼほぼ研究所員の肩に懸かっているのだが、俺達も影ながら応援したり、早く頑張れと発破を掛けたり、ついでに失敗したら殺すなどの脅迫的手段も用いて、少しばかりの助力をしてやるべきであろうな……
「それっ! とぉっ! あ、全部消えました」
「良くやったぞリリィ、これで前代未聞の巨大物は討伐完了だ、まぁ今のはイレギュラーというか、何かの不具合で分裂しなくてここまで巨大化したとかだろうから、特に気にしないで……どうしたカレン、何か見つけたのか?」
「いえ、そこの茂みに物体の小さいのがふたつ居たと思ったんですけど……何かくっついてひとつになりました、とりあえずやっつけますね」
「おう頼んだ……って何だってぇぇぇっ!? は? 物体がくっついてひとつに? ふたつがひとつでお得なセットに……どういうことだっ?」
「凄くテンパッているわねこの異世界人は……」
「いやぁ、だってよ、物体は分裂するけどさ、融合するなんて今まで……てか今のデカいのももしかしてそういうことなのか?」
「そうとしか思えませんね、分裂以外に、集合して巨大化する形質も獲得していると……」
物体はデカければデカいほど強く、攻撃も通りにくく、そして戦っているこちらのリスクは桁違いに上昇する。
そう考えると分裂を繰り消し、小さいものばかりになってくれるとやり易いのだが、今回はその逆を行ってくれたということだ。
まぁ、最初はある程度の大きさになってから分裂していたのが、今は当時の欠片のような、本当に小さなものまで存在しているということを考えると、分裂に至るサイズが変更され、この程度の大きさではまだそのままとなる『個体』が生じたのではないかということも考えられるのだが……その可能性はそこそこ低いか。
とにかく、ここからは物体が『集合』をして、こちらががこれまで経験してきた、戦ってきたものよりも遥かに大きなサイズでその辺りをうろついている可能性があると、そういう認識で臨まなくてはならないのであろう。
今のかなり大きなサイズのものはかなり手こずったのであるが、場合によってはこれよりもさらに巨大な、もしかすると現状の武器では太刀打ち出来ないようなものが出現するかも知れない……
「えいっ、よいしょっ、これでお終いっと、この辺りのは全部潰したはずよ、動いている音も聞こえないし、これで見つけられないような隠れ方をしているなら、きっとウサギさんでも食べられちゃうわよ」
「うんうん、ウサギさんの耳が最強にキマッていることを祈るぜ」
見えている範囲で最後のひとつ、ごく小さな物体を捻り潰したマーサが、周囲の音を聞きつつそう告げる。
同じく感覚の鋭いカレンもその意見に同意しているようだし、この周辺にはもう、本当に物体が存在していないと考えて良いであろう。
基本的にはその音で感知して、こちらのメンバーのいずれかをターゲットに据えているかどうかを確認するのみなのだが、遠くからみた感じではどの物体も勝手に動き回っていたわけだし、その『音だけによる判定』において安全だというのであれば、それは安全であるということなのだ。
周囲は筋肉団員が囲んで警戒しているし、狩猟グループがこれからやりたいこと、行きたい場所を聞き出すためにも、ここで小休止としておくべきであろう。
ゴンザレスにも了解を取って、改めて付近に、本のひと粒でも、本当に小さなものでも、隔日に物体が存在しないことを入念に確認した後、適当な場所へ座って体を休める……
「う~む、これは多種多様としか言いようがないな、パターン化はどこまで進みそうだ?」
「難しいですね、たださっきのを見て思ったんですが、王国伝統の槍の技術を用いているような物体が……気のせいでしょうかね?」
「王国伝統の槍の技術って……人間が使うものなのか? チンパンジーの曲芸とかじゃなくて」
「ええ、一応は武術として開発されたものになります、もちろん私もその流れを汲んでいてですね、これは王国の開祖が槍使いであって……(どうのこうの)……」
「中身がないうえに長い話をありがとう、で、マリエルが言いたいのはだな、今日遭遇した物体の中に、人間の技を使うタイプのものがあったと、そういうことなんだな?」
「ええ、端的に言えばそういうことになります」
「じゃあ最初からそれだけ伝えやがれっ! カンチョーッ!」
「はうぅぅぅっ!」
カンチョーされて悶絶しながら、どこか嬉しそうな表情をしている王女に、この場に居る一部の者はドン引きの様相を呈している。
とまぁそれはどうでも良いとして、気掛かりなのはマリエルが気付いたことの内容の方だ。
非生物である物体が人間の技を用いるなど、その存在からして考えられない
物体は物体であり、変化こそすれど学習はしないはずなのである。
その前提を無視した動きをしてしまったら、それこそアレ危険性というのが高まって……
いや、そういえば物体の元々の姿は『幻想魔王』であって、魔王がどこかから呼び出した魔力の塊で、オリジナルは当初、魔王が身に着けていた、脱ぎたてホヤホヤのパンツを装備することによって、まるでホンモノの魔王であるかのように振舞っていたではないか。
これがどういうことなのかというと、別に物体は人間に近い動きが出来ないわけではないということ。
何か『指示』のようなものがあればその通りに動く可能性もあるわけだし、もちろん人間の真似もすることがあるはずだ。
で、最初は魔王の真似をしていたということだな、脱ぎたてホヤホヤのパンツという、当人との密着度が極めて高かったモノを装備したことによって、その当人から『指示』を受けていたのと同等の動きをしていた、そうであった可能性が高まってきた。
そして現在、『野生化』した物体がそれを動かす『指示』として利用しているのは……と、ここで仲間に動きがあった、隣で地べたに座り、干し肉を齧っていたカレンがシュバッと立ち上がったのである……
「何か来ますっ……矢が飛んで来たっ!」
「ホントだ、しかもこれ、物体の欠片で出来ているじゃねぇか」
「どこかから遠距離攻撃してきたんですね、勇者様、避けないと危ないですっ」
「は? さっきまでの軌道じゃ俺の方には……と危ねぇぇぇっ! 何か曲がりやがった! しかも地面に落ちねぇぇぇっ!」
「私に任せて下さいっ! そりゃぁぁっ!」
どこからともなく飛んで来て、そして凄まじい軌道で休憩中の俺達を襲ったのは『物体の矢』ともとれる破片であった。
そんな矢の1本如き気にせず座っていたリリィが立ち上がり、自慢の武器でそれを消滅させたため事なきを得たのだが、放っておいたらそれなりに被害が出ていたかも知れない。
しかし今のは一体何であったのか、付近には物体が存在していない、それは絶対に確認済みだし、そうなるとかなり遠くからの攻撃であったということになるな。
もしかしたらそういう形質、超々ロングシュートを獲得した物体があるのではないか、いや、そうでなくては説明が付かない。
ここはひとまず、護るべき対象だけでも中心に集めて、少し木が抜けない状況にはなるが、周囲をキッチリ警戒しながら休憩を続けるしかなさそうだな。
と、魔王と副魔王はそれをわかって自ら動いたのだが、そもそもが戦闘員ではない狩猟グループのメンバーは……しゃばみこんでガタガタと震えているではないか、そんなに今の攻撃が怖かったというのか……
「どうしたおっさん達? 今の攻撃、そんなにも恐れ戦くようなものだったのか?」
「あ、あぁ、今のは、今の矢は間違いねぇ」
「あんな矢の軌道、他に見たことがないわよ……」
「ん? もしかして今のアレの動きを知っているってことなのか? だとしたら詳しく教えてくれないか、何かヒントになるかも知れないからな」
「い……今の矢、あんな感じで追尾してくる矢は、王都でも1人しか放つことが出来ねぇ……狩猟界№1の腕前と名高い、そして狩猟界№1のプレイボーイ、貴族が遊びでやるハンティングのご指名も当然に№1……伝説の射手、ヤリオンの矢だっ!」
「酷い名前だなその人……」
「だが先日、狩猟のためにこの付近の森に入ったという情報があって以降、その際に付いたという護衛の連中と共に未帰還だ、きっと奴は今頃……」
「物体の餌食になって、そして物体があの攻撃を……ということになりそうだなこれは」
そのヤリオンという男、ふざけた名前のプレイボーイ(笑)ではあるのだが、その弓の腕はガチでホンモノであったらしい。
どこにでも売っている普通の弓と矢を用いていたのに、一撃で10頭のクマを撃破したとか、10km離れた先からミジンコを打ち抜いたとか、放った矢が森を一周し、多くの獲物を串刺しにした状態で手元に帰って来たとか、もう人間業ではない弓の技術を誇っていたとのこと。
冒険者ギルドの掲示板に、全く護衛依頼の募集がなくなってしまったのも、その辺のモブ狩猟グループがどうのこうのではなく、その男が未帰還であるという事実に基づくものではないのか、そうも噂されているという伝説の存在だ。
で、その伝説の射手の、完全オリジナルの技が、つい先程『物体の攻撃』として俺達を襲ったのである。
マリエルが見たという、王国の槍使いの伝統スキルとも相俟って、これはもう、物体が吸収した人間の技術をも取り込んでいるとしか思えない状況となってしまったではないか……
「おい魔王、お前この件についてどう思う?」
「どう思うって、まぁ、そういうこともあるんじゃないかしら? だって元々は私の分身を、魔力体で作るために呼び出したんだから、そのときのデータ? が残っていて、そういう感じの動きをしたとしてもおかしくはないと思うわよ」
「そういうことか……で、それを解除する方法は?」
「ないわよそんなの、勝手にその方向へ進まなくなるのを期待するしかないわね」
「ふざけやがって、お前、帰ったら拷問に掛けるからな、何か思い出すまで痛め付けてやる、覚悟しておけよ」
「酷いことするつもりねっ、負けないわよ私だって」
「いや、何と戦うつもりなんだお前は……」
その後、筋肉団と俺達による協議の結果、もう狩猟グループも完全にダメな状態だし、本日の探索はこのぐらいで切上げようということに決まった。
報告についてはゴンザレスが、その足で王宮へ向かってしてくれるとのことである。
俺達は屋敷へ帰って、魔王にこの『人の技を用いる物体の性質』について何か心当たりがないか、無理矢理にでも聞きだす所存だ。
ということで森を抜けた俺達は、来た道を戻って王都の東門へ……そういえば先程の幽霊紛い門兵事件はどうなったのであろうか、そうも思いながら屋敷を目指した……
※※※
「ひぎぃぃぃっ! 痛い痛い痛いぃぃぃっ!」
「あの勇者さん、魔王様を叩くなら私の方を叩いて下さいっ」
「ん? お前、叩かれるのが趣味なのは構わんがな、喋って話が進むような情報を持っていないのなら静かにしておけ、今は魔王の尻と口に用があるんだっ!」
「ひぃぃぃっ!」
「どうだ? 尻をブッ叩かれた衝撃で何か思い出したか?」
「そんなわけないでしょっ! もう痛すぎて自分が何者なのかさえも忘れるところだったわ」
「そうか、喜んで頂けたようで何よりだ、ここで100発追加してやるっ!」
「痛いっ、あのっ、もう許してっ、お許しをぉぉぉっ!」
叩けば埃、ではなく情報が出るものだと思っていたのだが、魔王は一向に有益な言葉を口にしようとしない。
四つん這いにさせて鞭で叩いているから悪いのか、逆さ吊りにして、口を下にした方が情報が溢れ出し易いか、いやそんなことはないか。
で、一応ここまでで魔王が口にした、というか叩かれて吐き出したような物体に関する情報なのだが、とにかくわざわざ調整などをしたことによって、あの幻想魔王のような形になっていたわけではないとうことである。
そして吸収した人間の真似をするという形質は、何かこちらから作用させて消去することが出来るようなものではないとの判断を、魔王、そして副魔王も、さらには魔王が鞭打たれるのを見て隣でニヤニヤしていた精霊様も下している。
ちなみに魔王は、自分があの物体を召喚した際の術式などについても、『本で見ただけのことであるので再現すら出来ない』と開き直っている始末。
追加でお仕置きを加えなくてはならないが、これ以上やると本当に怪我をしてしまうので、それについてはまた後程としよう。
一旦休憩とし、その場に魔王と副魔王を正座させたところで、叩かれた尻を擦っていた魔王が何かを思い出したような顔をする。
スーパーのタイムセールの時間にギリギリで気が付いたような、というかその程度の気付きであったようなのだが、それでも何かこの剣に関連する情報である以上、語って頂かなくてはならない……
「はいどうぞ魔王さん、何か気が付いたことがあるんだろう? 早く話してみろ」
「いえ、別にどうでも良いのよ、ちょっと気になったってだけのことだから」
「ダメだ喋れ、さもないと今度はこうだぞっ!」
「ひぃっ、拳骨はやめて……わかったわよ、喋ればいいんでしょ喋れば、単に気が付いただけのことなんだけど、もし城に、魔王城に戻ることが出来たら色々とわかるかもよってこと」
「魔王城に……だがあそこは現状物体地獄だろうよ、そう簡単に突入することが出来るのか?」
「そうね、私の『魔王軍NET』を使えばどうにかなるかも……城内の様子を探りながら進めば……」
「あ、そういえばお前はそういう力を有していたんだったな、しかしなるほど……」
「勇者様、どうしてネット……網なんか使うわけ?」
「あぁ、NETってのはアレだ、網じゃなくて異世界の、俺達がここへ来る前に住んでいた世界のものでな、ほとんどの人間が使っていたものだ」
「へぇ~、それってどんな網? 釣った魚とかも取り込めるのかしら」
「だからそういうネットじゃなくてだな、何というかアレだ、まぁ一般的にはデマを垂れ流して情報の受け手を混乱させたり、匿名で他者を誹謗中傷したりって使い方をするツールだな」
「何それ最低じゃない……」
ここでセラに何を説明してもわからないとは思うが、とにかく魔王が居さえすれば、間黄綬内に入った際の安全ルートなどを確保することが可能かも知れないということ。
そして魔王城内の書庫か何かで、あの物体の召喚に関する記載のある書物を……きっと探すのは相当に困難なことであろうな……いや、そうでもないではないか。
そういえばウチで預かった投降魔王軍関係者、そのうち約半数が、魔王城の書庫を管理していたチームの者であるということを思い出した。
今は地下のそのまた地下に設けられた収容所にて大人しくしているようだが、それを引っ張り出して、魔王城の書庫に関する情報を吐かせれば良いのではないかといたっところ。
そのことを仲間達に話すと、早速そうしてみようということになって行動を始める。
魔王に関しては、そこに居るだけで当該書庫の番人達が萎縮してしまうのではないかということで別室に移してのことだ。
まぁ、もし魔王から意見を聞きたい、その場で参考人として招致したいと考えた場合には、別室からリモートで参加させるという方式を取ればよいであろう。
話が出てすぐに地下へ向かっていたルビアが戻った際には、まるで電車ごっこのように縄で繋がれた書庫管理者のリーダーの女性とその部下数人……と、どうしてルビアまでその後ろで縛られているのかは謎だ。
「あの~、私達、何か悪いことでもしてしまったのでしょうか……」
「いやそういうことじゃない、ちょっと情報が欲しくてだな、魔王城の書庫に関するものをだ」
「あ、そういうことでしたらなんでもお尋ね下さい」
どうやら何か勘違いしていたらしい、先程までこの場で魔王を痛め付けていたことを知らない書庫の管理者達は、その辺に転がっていた鞭が自分達のために用意されたものだと疑い、恐怖していたのだ。
そうではないことがわかった今、この連中は俺達に全面協力してくれるに違いない。
管理者達から情報を得て、これから必要な書物を発見するための最初の一歩を踏み出すこととなった……




