1005 東には大量の
「これは……違うな、単なる棒切れだ、こっちも違う……」
「ご主人様、たぶん関係ないけど凄そうな暗器を見つけましたっ、これで敵をブスっと、胸ポケットに引っ掛けられるフック付きです」
「おほう、どれどれ……ってボールペンじゃねぇかっ!」
「何ですかそれ?」
「異世界筆記用具だ、字が書ける、あと人に先端を向けてはいけない、危ないからな」
「へぇ~っ」
時折わけのわからないモノや、それからどう考えても異世界からやって来たアイテムが存在していることは、この世界に来て長い俺にとってもはや当たり前のこと。
おおかた誰かがこの世界に来た際、神界の方で回収し忘れたとかそういう類のモノなのであろう。
基本的に危険性が少なくてどうでも良いアイテムばかりなのがその証拠、きっと女神の奴が気付いても回収には来ないような、本当にちょっとしたものばかりだ。
で、それは良いとして、お目当ての品についてはなかなか発見出来ないのが現状である。
もうひとつぐらいあっても良いというのに、もしかして本当にあの棒切れだけなのか?
と、ここで精霊様が何かを発見したらしい、手に持っているのは小さな果物ナイフのような武器だ。
それには欲している効果が付与されているようには見えないのだが……いや、付与されていないのではなく効果を失っているのではなかろうか。
確かに刃の表面、ごくわずかに残っている塗装のようなものがあり、それから妙な力を感じるその果物ナイフ。
相当に古い品のようだ、もちろん俺やカレンなどより『年齢』が上であるはずだし、ここの今の店主が仕入れたものかどうかも怪しい古めかしさ。
早速精霊様からそれを手渡され、目を凝らしてまじまじと見つめると、そこに付与されていた効果、あの棒切れと同じ、時空を歪めて攻撃するような効果が、かつてはこのナイフにあったということが判明した……
「間違いないぞ、もうその用途には使えない、単なるサビッサビの果物ナイフだがな」
「どうしてこうなっちゃったのかしら? あの棒とは全然年代が違うシロモノのようだけど」
「わからんが、とにかくコイツを購入しておこうぜ、そうすればちょっとぐらいは研究することが出来るだろう」
「少し厳しいかもですけどないよりはマシですね、おじさん、このお店って小悪魔割効きます? 出来ればタダにして貰えると……あいたっ」
「サリナ、お前は変な幻術を使うんじゃない、おっさん、正気に戻って請求書を作成するんだ、もちろん国宛の請求でな」
「……はっ、あ、はいわかりました、あれ~? 何だか無料な気がしてしまって、そんなはずないのに」
極めて無駄なことで武器屋に損害を与えようとするサリナ、普通に俺達の財布から金が出ていくわけではないというのに。
まぁ、悪魔なので仕方がないのだが、基本的に困窮している、またはこれから困窮するであろう王都の様々なショップには、今のうちに少しでも利益を出させ、存続可能性を高めておくのが正解だ。
で、銀貨5枚というかなり控え目な請求書を武器屋の店主が作成し、それを発送することが可能な状態にしたのを見て、俺達はその果物ナイフのようなアイテムを袋にしまった。
研究所には先程このことを説明済であるから、もう一度戻ってこの『サンプル』を渡しておくこととしよう。
別に明日でも良いかとは思ったのだが、結果が出るのは早ければ早いほど良いのだ。
あとは冒険者ギルドへ立ち寄って、本日の午後だけで完結するような簡単な護衛ミッションがないかというところを確認しておくべきだな。
もちろんあったとしたらどこへ行っても構わないのだが、可能であれば北の森以外、つまり昨日様子を見た場所以外のエリアで、物体の動きが変わっているかどうかを確認しておきたいのだ。
ということで研究所でサンプルを受付に手渡し、何かわかったら連絡をくれとだけ伝えて出る。
その足で冒険者ギルドへ向かった俺達は、まっすぐに護衛募集の掲示板を目指して進む……
「さてと、今日はどんな感じで……依頼が少ないですわね、どうしたんでしょうか?」
「ホントだ、今日はほとんどの狩猟採集グループが定休日なんじゃないのか?」
「いえ、それならば明日とか明後日とか、しばらく先のものが貼ってあったりするんじゃないですかね?」
「そう言われてみればそうだな、ちょっとアレだ、カウンターで聞いてみるか」
壁に掲示されているのは数枚の依頼書、どれもこれも、かなり初期に掲示板に張られたもののようだ。
きっと相場を見誤って、待遇が悪い案件であるとみなされて残ったものなのであろうというものばかり。
そもそも『護衛部隊だけで行って採集をし、利益の半分を寄越せ』だとか、『無給で費用持ち出し、そのぐらいはして当たり前』など、まるで仕事を依頼することの意味がわかっていない、搾取する気満々のものまで見受けられる始末。
これは『今ある案件』というよりは、むしろ最初からなかったも同然の案件であり、この先も誰一人この落書きを壁から剥がし、カウンターへ持って行く奴は居ないであろう。
他にも完全出来高制(護衛とは関係のない狩猟の成果による)であったり、業務委託ではなく激安のアルバイト雇用であったりなど、とても護衛を依頼するだけの要件を具備していないと考えられる貼り紙が大半を占めているな。
今現在こんなものしか残っていないということは、きっと昨日から先、もちろん本日になってからもだが、顧客側が誰もこの掲示板を利用していないということになりそうだ……
「いらっしゃいませ、あ、勇者パーティーさん、昨日の分の報酬が確定しています、こちらを受け取って、この受領証に血判を押して下さい」
「血判かよ物騒だな……まぁ良いや、プスッとやってここをグッと、これで良いか?」
「はいOKです」
「他人の角を安易に使わないで欲しいですの……」
指から血を出す際に便利なのは鋭く尖った悪魔の角の先端、ユリナは不愉快なようだが、角で他人を突き刺して出血させるという悪事を、受動的にでもやってしまうことを許されたのだから我慢して欲しい。
そして報酬の中身を確認しつつ、ここであの掲示板における依頼の少なさについて、それを聞かれるであろうなと予想を立てているような顔をしている受付係に尋ねてみる……
「……え~っと、実はですね、昨日王都から出た狩猟採集グループのおよそ半数が未帰還でして、もちろん今日戻るかも知れないですが、それでほとんどの方々が警戒してしまったようでして」
「そうなのか、てことはアレだな、やっぱり物体の動きが変化していたことに起因して……」
「そうだと思います、私達も昨日帰還したグループから報告を受けていますが、護衛の方があっという間に殺られてしまったりとか、それで命からがら逃げ延びてとか、そういうグループが大半でした」
「まともに戻って来たのはどのぐらいの割合だ?」
「そうですね、護衛対象に死者が出なかったのは筋肉団の一部メンバーが付いていたところぐらいでしょうか、勇者パーティーのところも1人……あ、アレは自分で特攻したんですね」
「マジか、で、筋肉団の連中は大丈夫だったのか?」
「そうですね、10人で護衛に付いていて、そのうち5人が中破、3人が大破、小破で済んだのは2人だけです」
「重傷とかじゃなくて大破とか中破なのか奴等の基準は……」
「もう誰も人間だと思っていませんからねあの方々については、単位を『人』とすることさえやめた方が良いのではないかという意見も出ているぐらいです」
「・・・・・・・・・・」
俺達でさえ多少ビックリした物体の動きの変化、それであるならば、筋肉団の連中であっても、まぁそのうち誰が付いていたのかは知らないが、普通に負傷したり逃げる際に盾となって攻撃を受けなくてはならないような状況に陥ることもあるはず。
それは良いのだが、どうしてあの人間を丸ごと喰らい、その場で消滅させてしまう物体の攻撃を受けて、一般的なダメージを負うだけで済んでいるのか。
それは筋肉団の連中が特殊すぎるゆえかも知れないが、昨日あの唯一死亡した狩猟グループのメンバーを喰らった際も、あの物体はジワジワと溶かしていたな。
あれが攻撃の一種ではなく、単なる捕食の形態であったとなると、もはや人間を一瞬で吸収して、魔力に変換してしまうという驚異さえ、それが今後もその形のまま固定され、戦う際の指標となり続ける可能性は低いということだ。
これは改めて対策を考え直さなくてはならないような気がするな、一旦屋敷で仲間と話をして、マリエル経由で国の方に会議の開催を要請するのがベストな選択肢であろう。
そして、その方針が確定するまでのしばらく、完全に王都から出ることを禁止し、城門を固く閉ざしてしまう必要がある。
今ある馬鹿な募集要項を掲げた馬鹿な連中は馬鹿なのでどうなっても良いが、一般的で良心的な狩猟採集グループは、多少締め付けてでも保護しないとならないのだ……
※※※
「え~、ということでじゃ、ここで物体対策会議を開催するものとする、一同起立! 礼!」
「いや何に対して礼させてんだよ」
「わからんが、王に対してではないことだけは確かじゃ、安心せい」
「全く、それで、まずは何から始める? 俺達が見た物体の動きを良い感じに再現しようか?」
「うむ、それは是非頼みたいところじゃ、ほれ、そこに『物体変身セット』があるでの、それを使って物体の新たな動きを見せてくれ」
「単なる黒いカーテンじゃねぇか……」
仕方ないので用意されたカーテンを被り、俺は物体になり切って地面に這い蹲った。
相対する人間役を担うのはセラ、ダンボールで作ったニセモノの剣を構え、攻撃の姿勢を取っている。
これは何という演目なのだ、幼稚園のお遊戯でももう少しまともなセットを準備するのではないか。
などと不満に思いながらも、俺はついこの間北の森で確認した『飛び掛かり攻撃』を再現する……
「うわーっ、やられたーっ」
「ふむ、そういう感じで攻撃してくるのか、厄介じゃのう」
「さらに、一瞬で吸収してしまうのでなくて、こう絡み付いてジワジワと溶かし殺す動きも確認した、それそれそれそれっ」
「イヤーッ、きゃはははっ、くすぐったいっ」
「……わかったので会議の場でイチャつくのはやめるように」
『すみませんでした……』
セラをくすぐって遊んでいたら怒られてしまったのだが、とにかくそんな感じで俺達の見たことを会議参加者に伝える。
次に、俺と同じ格好をしたゴンザレスが出現し、今度は単独で、王都の西側で確認したという、俺達も知らない物体の動きを丁寧に再現した。
尖ったかたちに変化し、ドリルのように回転しながら相手を突き刺し、その内部から吸収していく方法や、ネットのような形状を取って獲物を包み込もうとする方法などである。
というか、黒いカーテンを被っただけの人型生物が、どうやってその動きを詳細に再現しているのかがまず謎だが……まぁ、ゴンザレスなので何が起こっても驚いたりはしない。
で、ひと通りの『演舞』の後、これまでの動きについて、その対策の話し合いを始めるのだが……正直無駄になりそうな気配が凄い、そう思ってしまう。
ここで出ただけでいくつかのパターン、最初にやっていた触腕を伸ばすような動きだけでない攻撃が出てきたのだから、この先もまだまだ、俺達が知らない行動を取る物体が出現するはずなのである。
そう考えると、今紹介されたものともともと存在していたもの、それに対応するための作戦を考えるだけでは、かえって無用な犠牲者を増やしてしまうだけになるような気がするのだ……
「なぁ、その話よりもさ、やっぱこう、どうして物体の動きが変化しているのかについて考えないか? その方が建設的な気がするんだよ俺は」
「そう申してものう、わしらは実際にその物体とやらを見たわけではないのじゃし、想像で何かを考えるということの方が不毛な気がしなくもないのじゃが……どうじゃ?」
「う~む、そう言われてみればそうか……」
「おう勇者殿、やはりあの物体の行動予測を立てるうえで重要なのは、俺達のような現場の人間の仕事のような気がするぞ」
「というと?」
「おうっ、何度も王都の外へ出て、確認の回数を重ねて、その攻撃パターンから変化が分析出来る程度の情報を、頭を使う側の人間にもたらすんだ」
「なるほど、それじゃあアレか、やっぱり護衛任務を多く受けて……その護衛任務自体がなくなっているのも問題なんだが?」
「勇者よ、そこは大丈夫であるぞ、この前の1週間ほどは戦勝記念祭じゃったろう? そこで処刑すべきであった魔王軍のゴミカス共が、あの襲撃事件のせいでかなり残っておるのじゃ、それを餌にして物体をおびき寄せ、おぬし等は効率良く実戦経験を積むのじゃよ」
「ふ~ん、それよりはさ、物体の数が増えているっていう東側へ行ったらどうかしら? その方が効率的じゃない?」
「む、確かにその報告は上がっておるの、それから調査にも出ていない……あ、そういえば一度出したけれど1人も帰還せんじゃったかの? 別に気にするほどの連中でもなかったので覚えておらぬが、それはそれで良いかも知れぬぞ」
「すげぇ言い草、未帰還の調査部隊が浮かばれねぇぜ全く……」
物体の数が増えているという王都の東側、そこへ行けば餌など用意せずとも、簡単に多くの経験を積むことが出来るのではないかという予想をしたのがセラ。
もちろん物体が『魔力値が高くてお手頃サイズの獲物を好む』という性質は、少なからず変化なく残っているとは思うので、上級魔族を餌に使い、こちらは力を隠して行動すれば『餌作戦』も有効であろうが。
というかこのクソババァ、護衛すべき狩猟採集従事者の代わりに餌を用意するということは、元々その従事者達を餌の代わりにしようと考えていたということではないのか。
極めてふざけた話ではあるのだが、まぁお偉いさんの感覚などこの程度なのであろうなと、妙に納得してその話を終え、多数決によって決められたセラの案が適用されることを確認しておく……
「で、すまないがもうひとつだ、物体対策に非常に有効であると見込まれる武器を俺達勇者パーティーが確認した、そのことは伝わっているな?」
「うむ、おそらくここの全員が聞き及んでおるぞ」
「それがな、最初に発見されたひとつについては引き続き俺達が使用するとして、この間もうひとつ、つまりふたつ目のそれを発見したんだ……残念ながら古すぎて効果は失われていたがな」
「ほう、それもわしには報告が上がっておるな、知らぬ者も居るじゃろうが、それで、そのふたつ目がどうしたと?」
「それも俺達が発見した、全て勇者パーティーの手柄だ……以上!」
「それだけかい全く……まぁ良い、では本日はこれにて散会とする、勇者パーティーと王都筋肉団はそれぞれ活動せい」
『うぇ~いっ!』
会議後、俺はゴンザレスと廊下で立ち話をして、明日以降どのような動きをするのかについて話し合った。
筋肉団は予約されていた護衛任務がもう1件だけ残っているらしく、動き出しは翌々日以降になるとのことだ。
ゆえに明日1日は俺達だけで準備と、それから王都東側の状況に関しての情報収集を行い、筋肉団の予定が空き次第、該当するエリアを『実体験』していこうということに決めた。
屋敷へ帰った俺とセラは、早速皆にそのことを伝えるのだが……屋敷に居る人数がそこそこ不足しているではないか。
どういうことなのかと、半分寝ながら掃除をしていたアイリスに問うてみると、どうやら一部が隣の居酒屋へ行っているらしい。
そしてその居酒屋には、ついこの間俺達が護衛した狩猟グループのメンバーが、追加相談のためにやって来ているという情報も得た。
ちょうど良い、王都東側に行く際、ついでに護衛の報酬もゲットするための勧誘をしてしまおう。
すぐに階段を駆け下りた俺とセラは移動し、暖簾を上げて店の中の様子を覗き込む。
今日も奥の座席を陣取って話をしているようだな、一緒に居るのはルビアとジェシカ、それに精霊様の3人か。
既に護衛以来の相談を進めているらしいところだが、そこへ割って入り、会議での決定事項も交えて説明をしていく……
「なるほどね、それじゃあ王都の東側へ行きたいんだ、あっちのオークは結構巨大なのも居るし、狩猟としては問題がないわね」
「ただな、かなりアレな噂も流れているようで不安だぞ、半数が未帰還とか? 俺達はたまたま勇者パーティーが付いたからあのときはセーフだったが、今度は……」
「大丈夫、今度も俺達が護衛に付くわけだし、なんと今なら筋肉団までセットで付いて来るというキャンペーン中だ、鉄壁の守りだぞマジで」
『ウォォォッ! 最高じゃねぇかっ!』
キャンペーンの告知によって、狩猟グループのハートをガッチリと掴むことに成功したようだ。
もちろん調査の方もしっかりとやらなくてはならないのだが、どうせ無償か低廉な報酬しか提示されないため、ここで利益を得る可能性を確保出来たのはかなり大きい。
あとは明後日、筋肉団にも追加の護衛任務のことを伝えておいて、報酬の一部を肉などの現物で流すことだけ伝えればOKであろう。
理由については一切不明であるが、とにかくこの間通過した王都の東側に大量発生しているという例の物体。
それを調査するため、というかその調査活動に際しての安全を担保するため、明日は準備に時間を掛けることとしよう。
ついでに魔王や副魔王にもその物体を見せて、何か気付くことがないかを聞いてみるべきだな。
行くのを嫌がるのはだいたい想像が付くところだが、そこは得意の強制連行で乗り切ろう。
ということで次の行動も決まり、翌日の準備も済ませ、そして翌々日、実地調査の日がやって来た……




