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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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1003 抜群の効果を誇る

「見えたな、確かに物体だが……そこまでの大きさじゃないな」


「弱い魔族を1体か2体ぐらい吸収した感じですかね、まだこちらには反応していないようです」


「あぁ、すまないがセラかルビア、ユリナでも良いが、おそらくサリナが狙われるから、ちょっとアピールして向こうの意識を逸らしてやってくれ」


「ええ、それなら作戦がありますわ、交代で力を上げて、ターゲットがブレブレになるようにしますの」


「じゃあ私からね……っと、気付いたみたい……」



 人の手が入らなくなり、かなりあれた状態へと変貌を遂げていた王都北の森、その入口、いや入口としての街道が繋がっていた部分付近に、どうやらひとつだけ、比較的大きめの物体が存在しているようだ。


 本体は半ばほどまで草木に隠れ、その全容を窺い知ることは出来ないのだが、これまで戦ってきたことによる蓄積をもって、その隠れている部分は見えている部分とさほど大きさが変わらないであろうということが言える。


 問題は草むらの中、完全に隠れてしまっている小さな物体が本当に存在しないかどうかということだ。

 強さやら放っている力やら何やらでは判断出来ないため、これに関しては接近して目視確認するしかない。


 真ん中に『ゲスト』である狩猟チーム、あとは狙われがちなサリナを囲むような陣形の俺達は、後ろの方で力を交互に放ち、より強い魔力に反応し易いという物体の特性を用いた撹乱を試みつつ、辺りに警戒しながら前進していく……



「……おいっ、飛び掛かってくるぞっ! ジェシカが対処しろっ!」


「わかった! ハァァァッ……あぐっ、結構重いぞ……」


「この攻撃パターンは初めてですっ、でも後ろとか下ががら空きで……前の方と同じ硬さでしたっ」



 これまでに戦った物体は、ほぼ全ての攻撃がイカの触腕のようなものを伸ばし、それを予め選定してあるターゲットに向けて打ち込み続けるというものであった。


 だがこの初めてこの場所で遭遇した物体は、なんとかつてない、全体を飛び上がらせて圧し掛かるような、そんな動きを伴った攻撃を仕掛けてきたのである。


 これには少し驚いたのだが、どうにか対処してその物体を地面に落とし、後ろに回ったカレンと前を抑えるジェシカ、さらに移動を繰り返しつつ牽制するミラとマーサによってその場に固定された。


 その攻撃の隙間から、俺とマリエルがチョビチョビと長物を突っ込み、物体に対して追加ダメージを与えていくのだが……その場所を使いたい、隙間攻撃を繰り出したいのがもう1人居るのだ。


 お気に入りの棒切れ、大変な危険物ではあるのだが、飽きるまではそれを手放さないであろうリリィが、いつ自分の順番が回って来るのかと、ワクワクした表情で戦闘の経過を見守っている。


 仕方ない、なかなかダメージが通らない敵との長期戦が面倒なわけでは決してないのだが、ここは戦闘経験を積みたい若いドラゴンに場所を譲ってやることとしよう、本当に仕方なくだ。



「リリィ、ここへ入って攻撃をしても良いぞ、俺は戦うのが面倒だから代わってやる」


「やったーっ、でもご主人様、本音が出てますよ」


「やべっ、俺は十分に経験値を稼いだから代わってやるに訂正しておいてくれ、『魔王を倒した伝説の異世界勇者語録』をな」


「そんな本ないと思うんですけど……まぁ良いや」


「あぁ、もう何でも良いさ、とにかくそれを物体に向かって試すんだ、果たしてどうなるか」


「おいちょっと! お前達、そんな棒切れで戦わせるのか? しかも強いとはいえ子どもに」


「あの棒切れ、冒険始めたての人がどこかの王様から貰う系の弱っちい武器じゃないかしら……」



 リリィの新武器である『棒切れ』についての不安を口にする護衛対象者達であるが、まぁそれは無理もないことだ。

 この武器は一般的な視点から見たら単なる棒切れであるし、サイズと質感的に、どう考えても俺の聖棒よりヤバい。


 子どものチャンバラごっこか、それとも学校の帰りに何げなく拾った、家に帰り着くまでだけの『相棒』か、その程度のものにしか見えないのが非常に残念なところである。


 だがその効果のほどを知っている俺と、それからその情報を既に得ている仲間達については、今この場で驚くようなことをせず、黙って戦闘経過を見守る構えだ……



「いきますっ、とりゃぁぁぁっ!」


「入ったっ! 凄く入ったぞっ!」


「わっ、こっちに貫通してきそうで……これ溶けてます、溶けてますよっ!」


「凄いっ、私のウサちゃんパンチよりも貫通力高いじゃないのっ!」


「マジで何なんだこの棒切れは……リリィ、ちょっとこのまま連続攻撃に移ってくれ、効果抜群どころの騒ぎじゃねぇぞこれは」


「はーいっ! それそれそれそれっ! うりゃっ!」



 およそ10秒間であった、リリィによる一方的な攻撃が続くと、物体はどんどんその構成部分を消滅させられ、次第に、いや凄い勢いで小さくなり、最後は完全に消えてなくなってしまった。


 これまで相当に苦労してきた物体である、この個体も、おそらくは10分以上戦い続けてどうにかこうにかというつもりで戦闘を開始したというのに、なんとその棒切れを使えば10秒。


 大変にお得で時短な結果が今ここに現れたのだ、それはだれもここまでとは予想しなかった『ちょっとダメージ多いと良いな、そうならないかな』程度に思っていたのが、期待を良い方に、凄まじい乖離幅で裏切ったのである。


 剣……ではなく棒切れを腰に戻したリリィは満足そうな表情で、これからもどんどん戦っていきたい、そして自分が前に出て、切り込み隊長を務めたいという趣旨の発言をした。


 だがそれを止めようとする者は居ない、単体で出た場合にはリリィが単騎で、複数出現した際には最も厄介なサイズ感の敵に対して宛がうことによって、想定していたよりもかなり早いペースで今回のミッションを完遂することが出来るのだ……



「こりゃすげぇぞ、勇者パーティーの護衛があれば、何の苦労もなくこの森で色々活動出来るぜ」


「あぁ、だがその棒、1本しか持っていないのかい? 勇者さんがいつも持っている長い棒は違う?」


「これは違うんだよ色々と、俺の初期武器にして最強の棒……だったはずなんだが、この物体との戦いにおいては完全に抜かされたな」


「ご主人様、私にもアレと同じのを探して下さい、もっと短いやつ」


「だな、もしかしたら棒切れだけじゃなくて、普通の武器にこの効果を付与出来るかも知れない、今日帰ったら早速研究所に問い合わせようぜ、明日の朝までに詳細を判明させろってな」


「また主殿は公共機関に不当要求をしようと……」



 この棒切れの『対象付近の時空を歪めて攻撃する』というわけのわからないシステムなのだが、これさえ解明してしまえば、きっと量産をすることも可能となり、そうすればとてもステキなことになるのは言うまでもない。


 ある程度の強さを有している、つまりこの物体によってあっという間に吸収されてしまうような雑魚出ない限り、集団で臨めば比較的スムーズに討伐をしてしまうことが可能になるのだ。


 もちろんその辺の上級魔族クラスでは無理であって、おそらくは大魔将程度の力を必要とするミッションだが、そういう奴が居ないわけではないし、最悪大魔将そのものを駆り出して戦わせれば良い。


 この件については早急にどうにかするべきだな、本当にすぐ詳細がわかるとは思えないのだが、依頼すべき研究所に対して毎日のように催促し、2日に1回程度は発破を掛けたり脅迫したりと、すぐにやってしまわなくてはならないような状態に追い込むのだ。


 まぁ、不眠不休の解析作業によって研究者が過労死したりなどするかも知れないが、そんなことは別にどうということはない。

 むしろこの俺様の利益ためにその命を消費することが出来たと、感謝しつつこの世から立ち去るべきところなのだ。


 で、この棒切れ(時空を歪める)量産の件については後程考えるとして、まずは森へ入り、今日やるべきことを進めてしまうこととしよう。


 少し早めに出発したこともあってか、狩猟グループが計画していたよりも長い時間狩りが出来そうだ。

 また、棒切れのイレギュラーによって、狩りの質も、従事者の集中力も、それなりに高い状態でミッションを進めていくことが出来るであろう……



「え~っと、まずはこっちだよ、イノシシが多かったエリアを中心に回ろう」


「イノシシ大好きですよイノシシ! あ、結構大きめの物体だ、ブチッと」


「すげぇな、それ、元々結構苦労して、触腕みたいなのが出たところを切り刻んで……みたいな戦い方してたサイズだろうに」


「さっきの奴と戦っていた途中から慣れてきたんで、このぐらいなら一撃です、あ、また居ました、今度は小さいからプチッと」


「もはやサイズなんぞ口で言うだけの擬音の違いでしかないのか……」



 恐ろしい限りではあるのだが、とにかくこれのお陰でサクサクと前に進めることだけは事実。

 そして俺達は目的としていたポイントに到着し、周囲に物体が居ないことを確認してから、ようやく狩猟グループを前に出したのであった……



 ※※※



「……居た、イノシシが2頭……結構大きいわね、アレをやっつけるのかしら?」


「え? あぁそこか、凄いね君、どうやってわかったの? あ、やっぱウサ耳?」


「ふふんっ、耳も鼻も良いのよ私は、凄いでしょう?」


「じゃあさ、今度バイトで狩猟に参加しない? 肉あげるからさ、凄く良い部位だよ」


「ふふんっ、草食なのよ私は、凄いでしょう?」


「えぇ……」



 素早さも高く、そして感覚も鋭く、ウサギ魔族だけあって森での行動もお手のものであるマーサ。

 だが完全な草食ゆえ、恐ろしいほどに才能があるのではないかという次元の狩猟に対して一切興味を持たないのである。


 まぁそれに関しては人それぞれ主義や首長、趣向といったものがあるため、狩猟グループのメンバーもそれ以上勧誘したりはしないのだが、後ろのカレンがバイトしたさそうな顔でそちらを見ていることには、誰も全く気付いていない様子だ。


 もちろんカレンが参加したところで、得物など一撃で粉微塵になってしまうのだし、食肉以外にも価値を有する部位がある獲物に関しては任せることが出来ないであろう。


 で、そんなカレンはアピールしたい感じを醸し出しているのだが、きっとメチャクチャをしてしまうであろうという予想のもと、無駄に飛び出して参加したりしないよう押さえ付けておく。


 そして配置に着いた狩猟グループが、音を立てずに武器を構え、まずは射手が同時に、それぞれ別の獲物に向かって弓を射る……



「ヒットした! どっちもデカいから死んでないぞっ!」


「全員出ろ! 周囲の安全は確認済みだっ!」



 イノシシのうち1頭は怒り狂ってこちらへ、もう1頭はパニックになり、そのまま逃げだそうとして木にぶつかったり散々である。


 すぐに茂みから飛び出した狩猟グループの弓以外を担当するメンバーは、なかなかのスピードで2頭のイノシシを相手に戦う。


 数十秒程度か、比較的素早くイノシシを討伐した狩猟グループ、癖なのか、その場で再度安全確認をしてから解体作業に移行するらしい。


 ……ふむ、しかしこの仕事、練習すれば俺達にも出来ないことはなさそうだな、もちろん技術はないし、強すぎるせいで肉がアレなことになってしまうかも知れないが、『食べ物を得る』ということであればどうにかなるはず。


 ついでに言うと獲物の解体などもそこまで上手いとは言えず、というかミラぐらいしかやり方を知っている者が居ないのだが……そこは獲物ごと王都に持ち込めばそれで大丈夫か。


 今度冒険者ギルドへ行った際、狩猟免許はどこで取得することが可能かといったことを質問しておこう。

 それで儲けが出るかどうかはわからないが、いざというときにタンパク源を獲得出来るのは非常に都合が良い……



「よしっ、これで十分な成果を確保出来たぞ、このまま夕方まで狩りを続ければ大収穫だぜ」


「俺、今日の狩猟が終わったら王都の公衆便所でウ○コするんだっ」


「脅威もゼロみたいなものだし、もしかしたら凄く安全なんじゃないのこの森?」


「おいおい、フラグは勘弁してくれって言って……ふたつ目のは何でもないとは思うが……」



 出発前に続いて、作戦行動中にさらなるフラグを建立してしまった狩猟グループのメンバー達。

 わざとやっているわけではないと思うのだが、これはフラグ実現の可能性が極めて高い状況となってしまったであろう。


 当人達はそのことについて特に気に留めていないようだが、長らく通常では考えられないほどに過酷な冒険や戦闘を重ねてきた俺達には良くわかる、これはもう避けられない運命なのだ。


 で、きっと死ぬのはリーダーなどではなく、もちろん若い唯一の女性メンバーでもなく、きっと残りのうちの誰かであるに違いない。


 どいつが犠牲になって、それで『事案』がスタートするのか、これについて注意深く見守っていくこととしよう。

 そしてそう感じているのは勇者パーティー、つまり護衛をしている側の全員、わかっていないのは呑気な狩猟グループだけだ……



「うむ、じゃあ次のスポットへ移動しよう、イノシシは2頭で十分だからな」


「あら? イノシシは食べて良し毛皮良しだというのに、もっと獲らないのですか?」


「王女様、森の獣は獲りすぎちゃ良くないんだ、何でもかんでも狩っていったら、そのうちに絶滅してしまうからな」


「その言葉、見境なく人や魔を喰らう物体にも聞かせてやりたいところですね……と、その物体が出現したようです、非常に小さなものですが」


「おっとそうか、リリィ、すぐに潰してしまえ」


「あ、はーい……ってどうしたんですかこのおじさん?」


「いやなドラゴンの嬢ちゃん、俺も一人前の森に生きる者としてだな、この地をこんな風にしたあの物体は許せねぇんだよ、だからさ、ちょっとその武器、俺に貸してくれねぇか?」


「ちょっとっ、やめなさいよあんた、おっさんの癖に新人ハンターで、このチームの中じゃ一番弱いんだから」


「だからさ、そこそこの年齢になって中途採用された俺が、短剣使いなのに腰痛持ちで四十肩でまともに戦えもしない俺が、この業界で頭角を現すためには何をすべきかってこと、わかるだろう?」


「……あんた死ぬわよ」



 ここでフラグの実現が起こるらしい、そのことはもう誰にでも、いや調子に乗っている本人を除いた全員によって推察されたことであろう。


 基本的に気さくな連中であり、良い奴等ではあるのだが、こういう感じで粋がる奴が出現した場合の対処は難しい部分がある。


 それに自らの武器の借用を請求されたリリィも、そういうことならやってみてくれ、この武器の強さを自分と共有してくれと言わんばかりのムーブをしているため手が付けられない。


 念のため、死んでしまっても誰かの責任としない、自分がすべて悪かったこととして素直に成仏するという誓約をさせておいた方が無難であろうか。


 そう思った矢先、既にミラが誓約書を用意し、おっさんには宣誓させたうえで、その誓約書へ血判を押させておく、これでバッチリのはずだ……



「はい、じゃあこの伝説の剣をどうぞ」


「ありがとう、俺の名前は……(どうせ死ぬので名前なし)って言うんだ、覚えておいてくれよなっ」


「それもフラグな気がするんだが……まぁ聞き取れなかったので良しとしよう、頑張ってくれたまえ」


「おうっ、では参る……キエェェェッ!」



 もうどうでも良くなってしまったため、ひとまず好きなようにやらせておくこととして流れに任せる。

 名無しのモブおじさんはリリィから受け取った棒切れを構え、気合十分で謎の奇声を上げた。


 そしてごく小さな、通常の攻撃でも一撃で消し去ることが可能な物体へと突撃し……秒で敗北し、今はもう喰われ始めている。


 しかもこの物体、まだ分化して時間が経っていないのか、それともどこかの奴から零れた破片であってまともに機能していないのか、『人間を喰らうペース』がイマイチのようだ。


 まるでアメーバが他の微生物を取り込むかのようにジワジワと、おっさんのボディーを溶かしながら貪り喰っているではないか……



「ギョェェェェッ! たっ、助けてくれぇぇぇっ! このままじゃ、このままじゃ喰われちまうよぉぉぉっ!」


「あっ……と、武器は回収しました、汚れたりしてません」


「そうかそうか、でもおっさんが持った部分は触るなよ、後でちゃんと熱湯消毒するんだ」


「はーいっ」


「タスケテ……タスケ……タス……」



 物体に喰われたモブのおっさんは、徐々に全身を溶かされ、最後はドロドロの蝋人形のような姿になりながら無様に死亡した。


 これはこれで正常なことであり、ひとまずフラグが回収されたようで皆ホッとしているし、依頼人の方も特に気にしていないようなので一安心だ。


 だが気になるところがまだ残っている、おっさんを喰った物体はいつもと挙動が違った、いや、今日最初に遭遇したものも、これまでになかった攻撃方法を有していたではないか。


 となると何かこの物体に変化の兆しがあるということであって、もしかしたらこれは進化しているということではないのか。


 そうだとしたらこれからどういう状況になるのか、まぁ、良い方に転ぶようなことは決してないとして……少し考えた方が良さそうだな……



「なぁ、今の物体のムーブについてなんだが……」


「私も気になったわね、さっきのもそうだし、ちょっとヘンだわ」


「精霊様もそう思うか、これはもしかしてもしかするのかも知れないな」



 物体に起こっているのであろう何かの変化、この件については国とも情報を共有し、他の護衛に出ている強者の方ではどうなのかという点も確認しておく必要がある。


 だがまぁ、俺達には『伝説の棒切れ』、もちろん伝説になったのは今日この日なのだが、これが存在しているのだ。


 物体がどういう変化、いや進化を遂げようとも、これの使用でどうにかしていけば問題など生じないであろう……

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