1002 新勇者パーティー
「え~っと、先程の件なんですが、国の方でも『明らかに質の悪い悪戯であること』の確認が取れたそうです」
「ですよね」
「ちなみにもう元の名前に戻っていますが、以前と区別するため便宜上『新勇者パーティー』と呼ばせて頂きます」
「すげぇな、何か知らんがグレードアップしたような気がするぞ」
「主殿、中身は変わっていないうえに、経緯を知られれば恥ずかしいだけだからな」
「ですよね」
精霊様が悪戯で勝手に変えてしまった勇者パーティーの商号、このままでは勇者事業に支障が出てしまうということで、どうにかこうにか元に戻して貰ったのだが、全く余計な手間を取らせやがってといったところだ。
で、これにてようやく元々やるべきこと、王と周辺の森などに跋扈する『物体』の脅威から、食肉を求めて狩りに出るハンターなどを護衛する役目の、その民間バージョンへの登録を済ませることが可能となった。
せっかくだし、ここは『新勇者パーティー』ということで、一般の方々にも(手続をする際の名前だけ)新しくなった俺達の力を見せてやりたい。
こういった業務については国の方からの要請で動くのがメインになることかとは思うが、やはりギルド経由で、少人数の民間狩猟部隊のような護衛もこまめに受注していきたいところだな……
「え~っと、はい、これで登録完了です、あとは王都から出る許可を持った冒険者とか、非冒険者の依頼人の方々がここに出している護衛募集の張り紙を見るなどして頑張って下さい」
「張り紙……あった、こっちです、結構沢山ありますね」
「なるほど、やはり狩猟部隊の規模とか、あとはその連中の属性によって報酬が変わるのか……無理難題を押し付けておいて、激安定額報酬の国よりはナイスだな確実に」
「それどころか主殿、かなり割の良いものもあるようだぞ、こういうのはすぐになくなってしまうだろうがな」
ちなみに何人で行ったとしても報酬は同じらしいが、物体の強さは尋常なものではないため、どう考えても1人や2人では事足りない。
他の登録者がどのような人数構成でいくつもりなのかはわからないが、物体の脅威を知っている俺達は、もちろん毎回パーティー全員、それが無理でも最低で半数以上の大所帯で臨むこととしよう。
これでひとまず登録は終わり、現在ある依頼等を軽くチェックした俺とジェシカ、カレンとリリィは購買の方のカウンターにて、売ることが出来ない干し肉の欠片などを貰って喜んでいるようだが、そろそろ帰らないとまたミラ辺りにどやされてしまいそうだ。
とは言いつつも、実は少しだけ確認しておきたいことがある、現在リリィが侍のように腰に帯びている謎の棒(危険物)の効果が、通常の人間やその他の敵に対してはどの程度の効果を発揮するものかということである。
精霊様にさえ相当量のダメージを与え、お仕置き後はルビアの回復魔法が必要となるレベルであった『時空を歪めて攻撃する棒切れ』。
もうあからさまに普通ではないアイテムなのだが、もしかしたら凄く有用な何かなのかも知れないと、そんな予想をしているため、使ってみたくなるのも当然だ。
ということで、干し肉の欠片を袋一杯に貰って満足しているリリィに、棒切れを返却するようお願いする……なんと拒絶されてしまったではないか。
俺もそうだが、リリィも先程この棒の効果を確認しているため、やはり実際に試してみたいとのこと。
そしてこの棒切れに関して満足を得る、というか飽きてしまうまでは、絶対に手放すつもりはないと主張している……
「ダメですからね、ぜ~ったいに返しませんよ、早く使ってみたいし」
「う~む、俺もこれでその辺の馬鹿に攻撃してみたいんだが……」
「主殿、大人げないことを言っていないで、リリィ殿が使用するのを確認していれば良いではないか、ここは譲ってやれ」
「確かに俺はイケてる大人の男だからな、わかった、その代わりだ、無駄に壁とか建物とか、あと何かムカつく顔をしているだけの善良な市民とかに攻撃するなよ、良いな?」
「はーいっ!」
少々不安ではあるのだが、リリィがどうしても自分で使用したいというのであれば仕方がない。
ここは譲ってやって、当人が飽きた後に俺が回収して使ってみることとしよう。
もっとも、これからの『試用』においてそれほどの効果が発揮されないということも考えられるし、そうであった場合には、もうこの棒切れはお払い箱……いや現状で効果があった精霊様に対するお仕置きのための棒ということにしてしまえば良い。
で、やはりリリィは帰り道でこの棒切れの力を試してみたいと言い出したため、その実験を遅くなった、ついでに命じられた買い物もまともにしていない理由として挙げ、路地裏へいどうすることに決まった。
まぁ、どうせなので商店街付近で実験をすることとしよう、現在は王都内の物資が不足しているため、その限られた資源が多く集まる商店街のその裏側には、当然砂糖に集るアリのように、悪い奴等というのも集結しているはずなのだ……
「うむ、この辺りで良さそうだな」
「では主殿、私とカレン殿は先に買い物を済ませて来る」
「わかった、じゃあリリィ、俺達は路地裏へ行って、悪い奴等を討伐してしまおうか」
「よっしゃーっ!」
カレンは今日のうちに王都の外へ出て、強大な力を持った物体との戦闘に臨まないことにつき不満な様子だが、やはり食欲の方が勝っているようでジェシカの買い物に付き合う感じ。
俺はリリィと2人で、薄暗くジメジメした路地裏へと入り、俺達の顔を見ても逃げて行かないような、新顔のチンピラを探していくこととした。
……というか、王都が封鎖されている以上、こういったチンピラの流入もなくなってしまうのであって、今居る連中を狩り尽くしたらそれで絶滅してしまうではないか。
今回のように武器を試すには非常に良いターゲットであるのだが、居なくなるに越したことはないためまぁ良しとしよう。
物体を討滅して平和が戻れば、自然にそういった馬鹿共もまた流入するようになってしまうであろうが……
「やべっ、勇者だぞアレ、ドラゴンの奴も居る」
「凶悪だぞ、精霊に次いで凶悪な2人だぞ、気を付けろ」
「普通の感じでやり過ごすんだ……ご、ごきげんよう」
「ごきげんようじゃねぇよコラッ、ブチ殺されてぇのか?」
「ひぃぃぃっ! すっ、すみませんっしたーっ!」
「何謝ってんだよ? 何か悪いことでもしたのか? したんだな、そうだな、よしリリィこの馬鹿3匹を練習台にすんぞ……おい逃げんなゴラァァァッ!」
『イヤダァァァッ!』
全速力で逃げ出すチンピラ風のモヒカン野郎3匹、だが当然のことながら逃がしはしない。
俺達を見て恐れ戦き、逃げ出そうとするということは、警察を見て逃げ出しているのと同義なのだから。
もちろん罪状については不明だし、単なるヤンチャ風で特に凶悪な犯罪行為に手を染めていない小悪党なのかも知れないが、そんなことは俺達にとってどうでも良い。
最近は突っ掛かってくるような馬鹿が希少になってきていることもあって、そんなレアモンスターを苦労して探すよりも、『手近な悪者系雑魚』を使った方が効率が良いのである……
「うむ、もう逃げられねぇぞ、お前等、ちょっとそこに並んで正座しやがれ……早くしろやオラァァァッ!」
『はいぃぃぃっ!』
「よろしい、じゃあリリィ、まずはコイツから、その棒で殴ってみてくれ」
「あぁぁぁっ! ちょっと待って下さいまし、そのお方に殴られたら、そんなショボい棒切れでも結構なダメージを……」
「あっ、おいリリィ、コイツさ、お前の最強武器を『ショボい棒切れ』などと揶揄したぞ、どうしてくれようか?」
「やっつけますっ! とりゃぁぁぁっ!」
「・・・・・・・・・・」
「……何かやべぇな、スカッと消滅してしまったぞ」
「ホントに手応えも何にもなかったです……」
『ひっ、ひぃぃぃっ!』
何の反応もなく、特に殴られたような音を立てることもなく、モヒカンのチンピラはスッと、リリィが棒切れを振り下ろすのと同時に消滅してしまった。
次いで、残った2匹について薙ぐようにして、横一直線に斬り払う動作で攻撃するリリィ。
またしても消えてしまった、まるで湯気でも吹き飛ばしたかのように、何の反応もなくこの世から消滅してしまったのだ。
これは本当に危険なアイテムだな、どうしてこのようなシロモノが武器屋に販売されていたのかについては不明だが、どう考えてもこの世に存在していて良いようなものではない。
とはいえ、もしかしたらこれは物体との戦いで使うことが出来るのではないかと、同時にそう思ってしまう。
ひとまずカレンとジェシカと合流して、今この場で起こったことを伝えてやらなくてはならないな。
特に賢さの高いジェシカに対しては、意見を求める意味でも早く詳細を伝えてやりたい……と、2人共向こうからやって来たではないか、どうやら買い物は終わったらしい……
「うむ、こちらで雑魚そうな連中の命乞いが聞こえたように思えたのだが、やはり主殿とリリィ殿であったか」
「でも敵の人の死体がないですよ、食べちゃったんですか?」
「食わねぇよそんなもんっ! というか、チンピラの方々は綺麗サッパリ消滅したんだ、一瞬で、何の手応えもなくな」
「シュッと消えましたよシュッと、凄い武器ですこれ、私専用にしたいですっ!」
「まぁ、一番持たせちゃならん奴が占有しているってのが問題なんだがよ、実際のところ」
「シュシュッ! これで世界を……じゃなかった悪を滅ぼしますっ!」
「怖いこと言いかけていやがるしな」
これまでにない効果を有する『凄い武器』を手に入れたリリィは上機嫌であるが、しばらく監視していればそのうち飽きて忘れてしまうであろう。
問題はその際、普通にゴミ箱などへ捨ててしまったり、その辺に放置してしまうことなのだが……結局完全に興味を失うまで、俺が見ていてやるしかないということか。
で、効果の詳細を知ったジェシカは特に驚きもせず、先程俺がチラッと考えたような、物体との戦いにコレを役立ててみてはどうかという意見を述べる。
カレンがそれに便乗し、では明日からもうギルドの護衛依頼を受けて、とっとと戦いに出ようなどと言い出すからたまらない。
ひとまず屋敷に帰って相談し、全員の意見を聞いてからどうするべきかを決めることとしよう……
※※※
「で、結局いきなり実戦使用ということになったわけだが……」
「ちょっと壁に貼ってある募集を見て来ますの、なるべく割の良いものを選ばないとなりませんわ」
「だな、国の方の依頼はまとめてになるからそうそう入らないだろうし、ここで稼いでおかないとリアルに破綻すんぞ俺達は」
「私も行きます、ユリナちゃん、サリナちゃん、一緒に吟味しましょう、ついでにケチ臭い募集には苦情を書いてあげましょう」
「良いですね、他の組織が騙されないようにしましょう」
「こらこら、依頼書に何か落書きしたら尻を叩くぞ」
『はーい』
ミラ、ユリナ、サリナの3人で掲示板の方へと向かい、ひとまずどんな依頼を受けるのかについて吟味することとした、その間俺達は適当に座って待機だ。
今回の件については、様々な内容の依頼があるわけではなく、『狩猟採集の護衛』という単一のミッションが大量に出されているのみなので、どれを受けてもそれほど待遇に差がないであろうという予想である。
だがその分、その横並びの中で頭ひとつ抜けて好待遇なものを、金にうるさいミラを中心に選別してくれると非常に助かるのだ。
と、ここで入って来た筋肉団団長であり、自らは伝説のMランク冒険者であるゴンザレスが、いつも通りの挨拶を投げ掛けた後に掲示板へと向かい、ノールックで1枚の依頼書を剥がしてカウンターへと向かった。
どうやら報酬の良し悪しを気にしないような集団もあるのだな、まぁ奴等に関しては慈善事業的な面も含まれているのであろうから、そういう行動を取っても致し方ないと思うが……あまり『良くない依頼』をやりすぎると、それこそ市場原理がアレなことになってしまうような気もするな……
と、ミラ達もどれにするか決定したようだ、1枚の依頼書を掲示板から剥がし、そのまま俺達の方へと……向かっては来ず、普通にカウンターで受付を済ませている。
どうやらこちらの意見を聞くまでもないような、非常に待遇の良い依頼を見つけたようだ。
サッサと受付を済ませた3人は、依頼者との打ち合わせについての合流場所を指示され、そして戻って来た……
「これにしましたの、今日打合せの後で午後から出発らしいですし、行く場所も森の入り口付近、激アツですわよ」
「やったっ、今日中に戦えるんですね、早く行きましょう」
「まぁ待て、えっと、集合場所はどこなんだ?」
「なんと、これから依頼主がここへ来る予定だそうで、このまま待っていれば良いし、お昼も奢ってくれるらしいです」
「マジか激アツの極みだな、じゃあこのまま座って待とうか」
ということでそのまましばらく、カウンターにやって来る人間をコイツか、コイツも違うかと眺め続ける。
そしてようやく、ギルドの受付係が、1人の狩猟従事者らしきおっさんに対し、こちらを指差して指示しているのを確認した。
おっさんの仲間は別のおっさんが3人と、それから若い女性と強そうなおばさんがそれぞれ1人、合計6人の狩猟チームのようだ。
全員が野生動物ないし魔物のものらしき毛皮をマントのように装備し、その下はかなり動き易そうな格好である。
装備はリーダーらしきおっさんともう1人、それから若い女性が弓で、あとは短剣のような感じのものだ。
やはりそれほど戦える感じではないのだが、それでも森の一般的な魔物には負けたりしない、その程度の強さであると考えて良いであろう。
もちろん物体、その切れ端などと遭遇してしまえば、全員あっという間にこの世から消えてしまうこととなるのだが……と、どうやら合流しようということらしい、リーダーのおっさんが目線で合図してきた……
「いやはや、いきなり勇者パーティーが護衛とはね、これで今日の夜も全員で酒が飲めそうだよ」
「獲物さえゲット出来ればね、あと勇者でも敵わないようなバケモノと遭遇しなければ……これはフラグだったわね」
「いえ、そういうのやめて頂けます? ガチでフラグほど怖いものはないんで」
「ハッハッハッハ、確かにそうだな、俺の知人もこの間それで死んだよ、殺人鬼が潜んでいる旅館で、『犯人かも知れない連中と一緒に居られるかっ!』とか言って単独行動したらしい、翌朝……まぁ、この話はよそう、縁起が悪いからな」
わりと気さくな感じの連中らしくて安心した、若い女性はふざけるのが好きらしいが、遊びでやるこっくりさんなどと同様、ふざけてフラグを建てるのはリアルにやめて頂きたいところである。
で、話を進めていくうちに、どうやら今回の護衛任務に就いては、良ければ今後も個別に、あまりよろしいとは言えないが冒険者ギルドなどを通さずに受けて欲しいとのこと。
まぁ、別にギルドを通さないとならないという決まりがあるという話は聞かないため、そういうことをしても大丈夫だとは思うと伝え、さらに本日行う予定の狩猟計画について話を進める。
可能な限り早く出発し、少しでも多くの食肉を、明るいうちに獲得しておきたいというのが希望のようだ。
ならば昼を待たず、歩きながら食べられるような簡単な食事を持って出れば良いと進言し、それについても承諾を得る。
これは物体事変が収束した後、王都の北、元々俺の領地であった場所(魔王城が不法占拠している)にて再開するドライブスルー専門店への顧客誘導にもなるな。
徒歩での移動で利用することも構わないし、この狩猟グループのメンバーも以前に利用したことがあったりといった感じだ。
「よっしゃ、そういうことなら早い方が良い、店のスタッフは……屋敷に居るな、すぐに行って何か作って貰おう、片手で食べてもソースとかがベチャッとしないやつをだ」
『うぇ~いっ!』
冒険者ギルドを出て一旦屋敷へ戻った俺達、あり合わせの食材であっという間に完成したバーガー類を手に、ついでにもしものための非常食も備え、既に狩猟グループが得ていた許可書で王都の北門を通過する。
誰も居ない街道、目の前には巨大な魔王城が聳え立っているのだが、もちろん避難すべきは避難し、残った者は全て物体の餌食となってしまったため、もはや何かの気配など感じ取ることは出来ない。
そしてその魔王城の裏側には、ここのところほとんど人間が立ち入らない、かつては雑魚冒険者や他の町へ買い付けに行く商人らが多数利用、通過していた王都北の森。
思えば勇者パーティーのスタートもこの森からであったな、そして今ここから、魔王軍をとっちめた伝説の勇者パーティーとして、新たなスタートを切ることになったのだ。
サクサクと移動して魔王城の裏側へ回り、久しぶりの森に目を向ける……そういえば道がかなり草に覆われてしまっているな、初夏という時期もあるが、やはり人が通らないのは影響が大きいようである。
「さてと、早速だが何か見えないか、というか物体の影なんぞがないか、誰かチェックしてみてくれ」
「はーいっ、えっと……魔物とかは見えませんね、あの黒いスライムみたいなのは……1匹だけ見えてます」
「そうか、それほど数が増えたりはしていないようだな、このまま進もう、狩猟グループを真ん中にして、前衛の4人、それからリリィと精霊様は前後で、俺とマリエルガ横をカバーだ」
『うぇ~いっ!』
こうして俺達の新たな活動が始まった、魔王軍との戦争に勝利したところからまだそう日は経っていないのだが、早くこの生活にも慣れ、一刻も早くあの物体の討滅を果たし、もう少し楽な生活を送れるように、また新たに発生し続けるであろう『やるべきこと』にも対応出来るようにしていくのだ……




