1000 大団円とはいきませんが
『みなさーんっ! ステージには近付かないで下さーいっ! 死にますよーっ!』
『ギャァァァッ!』
『押すんじゃないっ!』
『死んだぁぁぁっ!』
「勇者様、逃げ遅れた方が数名死にましたが、どうしますか?」
「遺族に死体の片付け代を請求するんだ、それよりも……カレン、さっき言っていた怪しい系の奴のアジトと思しき場所へ案内してくれ」
「わうっ、でも何か食べてからにしましょう、騒ぎ出すのが早すぎて、どこも行けずにここへ戻って来ましたから」
「そうよね、トラブルが起こったのはここだけだし、お祭りに余計な混乱を出さないためにも、一旦落ち着いて色々と考えるべきだし、まずは何か食べましょ」
「まぁ、セラがそう言うならそうしても良いか、ただその辺のボッタクリ店はな……」
晒し台の上に吊るされた魔王を狙う輩、その連中が昨日の凱旋の際、俺に対して攻撃してきた連中、さらに今朝も殺気を送ってきた凶悪犯罪者と同一であろうということは、その攻撃の様態やら何やらから判断することが出来る。
そしてカレンが朝のうち、戦勝記念祭の開始前にそういうのを追跡し、確認してあったアジト。
そこに何が居て、実働部隊以外の奴が居るのかどうかもわからないが、とにかく確かめてみる価値はありそうだ。
また、どうしていつものように勇者たる俺を狙っただけでなく、既に捕まり、晒し台で無様な姿を晒していた魔王を襲う必要があったのかということ、これも確認しなくてはならない事項である。
別に今更魔王を暗殺する必要はないはずだし、俺の敵であるということは敵の敵で味方、そういう考えが出来なくもないと思うのだが、悪の世界においてはそうではないのか。
まぁ、社会全体を恨む無差別テロリストで、影響力が大きそうな奴を狙って話題を掻っ攫うことが目的であったのかも知れないが……にしても動きが素人ではないな。
攻撃も特徴的で逃げ足も速い、もちろん本気になって徒競走をしたら俺達の誰もがその犯罪者よりも速いのだが、この人ごみを利用し、周りの一般人をズタズタに引き裂いてまで追跡することが出来ないのを利用して逃れるのは良い作戦である。
ということでさすがに社会に対してキレた単なる馬鹿ではないということなのだが、俺も仲間達も、そしてエリナも見当が付かないとのことなので、あとは狙われた本人から話を聞こう。
ついでに意見を集めるため、近くで労働などしている仲間も全員ここへ連れて来て、色々と食事しながらの話し合いをするべきか。
火炎瓶の投擲によって炎上し、今は完全に鎮火したステージに集まった全員で腰掛け、隣のドライブスルー専門店出張所からデリバリーされたサンドウィッチだのバーガーだのを片手に、それをもの欲しそうな顔で見ている魔王に話し掛ける……
「そんで、お前も副魔王も、さっき言っていたように『恨まれるような覚えはない』ってんだな?」
「当たり前よ、特にあんな連中、見たことさえないわよ、それよりもその美味しそうなの、私達にも寄越しなさいっ」
「ダメだ、こんなことになってしまったが、本来今は晒し刑の時間中だからな、昼休みには余った食材でも食わせてやる、それまで我慢しろ」
「そんなっ、せめて1時間速く休憩を……ダメかしら?」
「調子に乗ってっとカンチョーすっぞ」
「すみませんでした……」
何も知らない、わからないうえに態度だけは一丁前の魔王を黙らせ、副魔王にも同じ質問を投げ掛けてみる。
だが答えは同じ、やはり誰かに恨まれるようなことをした覚えはないと、本当にそう思っているのなら相当にアレなのだが、そういうことであれば仕方がない。
で、俺の方にも特定の心当たりなどはないのだが、やはり異世界勇者というポジション上、パッとしない陰鬱な連中に、一方的に恨まれるようなことは多いのだ。
それゆえ、そういう連中が束になって今回の事件を起こしている、というか昨日から俺の暗殺を企んでいるのであろうが、結局その連中が魔王までも狙ったことについての説明は付かなかった。
やはり1匹か2匹生け捕りにして、そいつから情報を引き出す他ないのであろうな……これはこれで少し、いやかなり面倒だが。
もちろんカレンが見つけたアジトへ行けば、その生け捕りに出来る可能性というのはかなり高まりそうではある。
ただあの犯人やその他の連中が、果たしてその後の拷問によって何かを吐くような連中なのかどうか、それについてはかなり疑問だ。
食事を終え、そろそろ動き出そうというところなのだが、今回の件はこれで、魔王と副魔王を引っ込めたことで終わり、あとは俺が警戒しているだけで良いということからも、イマイチやるくが出ないのが現状だな。
戦勝記念祭初日の雰囲気も楽しみたいところだし、何かをするにしてもタダで食せる高級ディナーの時間までには戻って来たい、そう考えると……
「あのご主人様、私達、そのアジトらしき所へ普通に行って襲撃とかするんじゃなくて、何というかこう、普通にお祭りを楽しむ感じで動きつつ警戒しませんか?」
「はーいっ、私もサリナちゃんに賛成ですっ!」
「なるほど、そうすれば祭りの高揚感を損ねることなく、警戒の方も……狙われるの俺だけじゃね?」
「大丈夫よ勇者様、私が一緒に行くから」
「じゃあセラと俺で囮役な、魔王はさすがに隠しておこう、バイトに明け暮れる皆と、マーサ、ユリナとサリナは交代でも良いから管理を頼むぞ、余計な餌は与えるなよ」
『はーい』
「他の、会場内をウロつくメンバーは、常に怪しい奴の気配を感じ取ること、狙われる、つまり暗殺しようとする奴が姿を現し易い俺とセラの居場所を常に把握しておくことだ、OK?」
『うぇ~いっ!』
これで祭りを堪能することが出来ると、そう思って皆でバラバラの方向へ……今の俺の話は全く考慮されていないようだな。
カレン、リリィ、マーサはもう見えないほど遠くへ行ってしまったし、そのマーサに対し、ユリナとサリナが魔王と副魔王に与えるための食事を確保して来るよう依頼していた、餌などやってはダメだと言ったはずなのにだ。
また、焼け焦げたステージの裏には魔王と副魔王が放置され、誰も見張っていない状態のままシートの上に転がされているではないか、このブースの責任者である精霊様はどこへ行ってしまったのか。
などなど、トラブルの元となりそうな要素は星の数ほどあったわけだが、とにかく魔王と副魔王だけどうにかしなくてはならないと、ひとまずルビアが手伝わされているシルビアさんの店に持ち込むこととした……
「あら~、さすがに生身の魔王とか副魔王は下取り出来ないわね、でも委託販売なら大丈夫よ」
「いや売らないですって、てか誰が買うんですかこんなヤバい奴等?」
「ロリコンの変態が嬉しそうに買って行くわよ、しかも言い値で、鼻息荒くしながら即金で払って行くと思うわ」
「……魔王、副魔王、お前等売れるのか、しかも高いのか」
「ちょっと勇者さん、私は良いですが、魔王様を売るようなことはしてはいけませんよ、この後魔族のまとまりとか、軍残党の行動とかにも影響が出ますから」
「そうかな? まず売り払って、適当なところで買主を殺害して脱出、また戻って売って……みたいなのを繰り返したらどうなるかな? なかなかのビジネスモデルじゃないかな?」
「確かに、買主が死んだ呪いの何とか、みたいな触れ込みで……って何言ってんですかっ!」
「ビジネスの話だが?」
副魔王との茶番劇はこのぐらいにしておいて、シルビアさんの店の後ろには、在庫商品などを置いておくためのテントが張られているため、そこに魔王と副魔王を入れようと、セラと話し合って決めた上で本人の承諾を得る。
シルビアさんの店は乗馬具などを販売し、革製品を主として取り扱っているのだが……手伝わされているルビアの趣味で、最近はお仕置き用の鞭だの革の板だのの占める割合がかなり多くなってしまっている様子。
そして魔王と副魔王を放り込んでおこうとしたテントの中にも、そのような『グッズ』が大量に、とんでもない規模で積み上げられていた。
壁に並べられた鞭は先が見えないほどに遠くまで同じものを……というかここはテントの中ではなかったのか?
そう思って外に出てみると、確かに建物の壁沿いに設置されただけの普通の小さなテントである。
なのにもう一度中へ入ってみると……やはり無限に続くのではないかという奥行きを誇る亜空間だ。
横幅はそうでもないのだが、壁から壁まで人間が2人、直列で寝られる程度の距離は確保されている。
「……ルビア、このテントはかなり高かったんじゃないか?」
「さぁ? どこかで貰ったものだと思いますよ、女神様とかにバレると凄く厄介なことになるからって、お母さんは特別な仕事のときにしか出しませんけど」
「やべぇなマジでこれは、おい魔王、お前、絶対に奥へ逃げるんじゃないぞ」
「わかっているわよ、私もこんな空間で迷子になりたくないし、ここで大人しくしているわ」
こうして魔王と副魔王の管理もどうにかなり、また、この場所であればそうそう暗殺犯が狙ってくることもないであろうということで、俺達は安心して祭り会場へ繰り出すことが出来たのであった……
※※※
「え~っと、次はリンゴ飴ね、その後はわたがしよ」
「セラ、そんなのばっか食べていると腹だけ太るぞ、あとはガリガリのままな」
「大丈夫よ、さっきから勇者様への攻撃を500回以上防いで運動しているし、それから……」
「あそこの奴だな、上手くやれば捕まえられそうだぞ」
「待って、私達が動くまでもないみたい、精霊様が……マーサちゃんを使うのね」
セラと2人で祭り会場を回り、そろそろ甘い者も食べ飽きたなという時間帯、ちなみに金は路地裏でチンピラを殴って確保したため、財布には安定感があるのだが、このままだと夕食に悪影響を及ぼすのではないかという時間帯。
ここで改めて注目した俺を暗殺せんとする攻撃者のうち、手頃な奴に狙いを定めてみようとしたところ、その必要がないということがセラの指摘でわかったところである。
建物の影からウサ耳がひょこっと出て、俺の方に集中し、その狙っていることが気付かれていることに気付いていない馬鹿暗殺者は、ニヤニヤしながらショボい投石用の網を振り回し始めた。
その投げるモーション、後ろに腕を動かした瞬間に、建物の影から出ていたウサ耳がパッと動く。
暗殺者はニヤニヤしたまま、もうおかしな方向に曲がってしまっている腕を振り下ろそうとして……状況に気付くと同時に気を失ってしまったようだ。
いや、今のはマーサの攻撃であったか、速すぎて俺にも目視出来なかったのだが、とにかく暗殺者を殺さず、しかも会話が可能な状態で捕縛することに成功したではないか。
後ろに控えていた精霊様が俺達に合図を送り、夕食前の腹ごなしも兼ねて、一旦コイツをとんでもない拷問に掛けようということで合意し、シルビアさんの店のテントへと戻る……
「ふぅっ、馬鹿な奴が居て助かったわね、この馬鹿、自分のスキルを過信して後ろがお留守だったの」
「あぁ、前から見ても隙だらけだったぜ、さて、何か知っていると良いんだがな、おい起きろっ! もう治療は終わったし、これから『イイコト』が体験出来る夢の時間だ、オラッ!」
「あぎゃっ……ひぃぃぃっ! い、異世界勇者!?」
「この反応、ホントに雑魚は共通でしてくれるんだな、で、お前は何だ? 誰かに雇われているのか? 答えないとこの場でミンチにすんぞ、ギリギリまで意識を失わないようにな」
「……雇い主も居るし、この国を滅ぼしたいとも思っている、そして魔王も、こんな情けない、勇者に敗北して醜態を晒すような魔王ではなくっ!」
「こんな魔王ではなく?」
「新しい魔王を召喚させるのだ、魔王が死なぬ限り新たな魔王は召喚されないと、雇い主がそう言っていたから、魔王に情けを掛ける勇者も、そしてそれに甘える魔王も消し去って……」
「お前が消えろやボケッ!」
「ギャァァァッ!」
暗殺者は単に特殊な訓練を積んだだけの人族であり、少し強めに蹴りを入れたところでモザイクが必要な状態に成り果ててしまった、今はルビアを呼んで治療させている。
しかしなるほどな、確かに『魔王が死ねば新たな魔王が召喚される』というのはこの世界のルールであったな。
つまり今目の前に転がっている魔王を殺害することによって勇者としてのミッションはクリア、新たな魔王は何も知らない状態でこの世界へやって来て、しばし戸惑ってしまうということだ。
だが俺はそれをしないしさせない、魔王を滅ぼし、次の魔王が力を付けるまでの平和よりも、今この場で現在の魔王を押さえたまま、それによる平和を享受すべきのは当然である。
もちろん、その行いがこれまでの慣習からかけ離れているのは事実であろうし、本来は定期的に魔王と勇者の戦争をして、その度にそれぞれの技術がレベルアップして……などという感じでこの世界が発展していくこととなるのだから。
同時に、それは人口が増えすぎないための調整としての機能も有していることは確実。
巻き込まれたその辺のモブキャラが勝手に死んでいくことによって、人族も魔族も、ある程度以上には増えないこととなるのだ。
そう考えると魔王と勇者の戦争も、デメリットばかりであるとはいえないのだが、それは道徳的にどうなのかといったところ。
いくら何でも『戦争で技術発展、人口抑制』などという行動には出るべきではないし、そんなことをしていたらいずれ、どこかの馬鹿が一撃で世界全体を滅ぼしてしまうのだし、今回もそれをやりかけてしまった奴が相当数居る。
よってこの馬鹿な暗殺者とその雇い主の『提案』については受け入れることが出来ず、またその企みを阻止するための作戦を、これから先の行動のひとつに加えていかなくてはならない……と、ここで治療されていた馬鹿が目を覚ましたようだ……
「それで、お前の雇い主はどういう身分のどんな奴なんだ? 言わないとまたグチャグチャにすんぞ」
「……神だ、魔界の神、それ以外については何も知らされていない、とにかく神様なんだよ俺達の雇い主はっ! 本当だ、疑うならアジトへ行って確認してくるが良いっ!」
「ほーん、また神か……いや、今まで対峙したのは神界のはみ出し者連中ばかりだったからな、魔界の神となると……」
「初の対決になりそうね、気合を入れて殺さないと」
「ひぃぃぃっ! おっ、お前等魔王は滅ぼさないのに……神殺しはするってのかぁぁぁっ!」
「当たり前だ、勇者様舐めんなよコラ」
連中の目的が判明し、またカレンが見つけていたアジトらしきものが、やはりこの連中の本拠地であるということもわかったところで、暗殺者はもう用済みとなった。
ここで殺してしまうとシルビアさんの店の商品が汚れ、ルビアが正座させられることとなるため、暗殺者は精霊様に引き渡して、広場中央のステージにて処分して貰うこととして完結する。
しかしこれからは色々と問題が多いな、物体の対策もしなくてはならないし、新たな魔王を迎えさせるため、現在の魔王を殺害しようとする、しかもその魔王を殺さない勇者である俺までどうこうしてしまおうという、良くわからない魔界の神の存在が気掛かりだ。
とはいえ、これで俺達勇者パーティーの『本来的な業務』である魔王軍との戦争における勝利は成し遂げられたのである。
この戦勝記念祭の後は、これまでのことについて魔王とも副魔王とも、それから捕らえてある他の魔王軍幹部とも情報を共有し、次以降の作戦に役立てていくのだ……
「さてと、こんなことをしている間に、そろそろディナー会場へ行かなくちゃならない時間だな」
「えぇ、給仕は救ってあげた魔王軍の方々が全部してくれて、ディナーショーは本当は逃げずに戦わなくちゃならなかったのとか、そういうのの処刑と……魔王および副魔王への処罰とのことですが……」
「それは厳しいだろうなこの状況じゃ、魔王、良かったじゃないかお前、ディナーショーで、しかもその周りを一般市民も見ている状態で尻を叩かれなくて済むみたいだぞ」
「あら、それは残念ね、私じゃなくて暗殺者のせいね、それからその雇い主のせい」
「ちなみに、その分は後程埋め合わせをさせるからな、利息も付して、必ず王都民の前で醜態を晒させてやる」
「望むところだわ、やれるものならやってみなさい」
「……お前、やっぱりドMだったんだな」
「そうじゃなくてっ! もう知らないっ!」
拗ねてしまった魔王ではあるが、一応ディナー会場にて、厳戒態勢のもと公開したいとの要請があったため、防御魔法を何重にも張り巡らせた檻に閉じ込めてステージまで運搬する。
戦勝記念祭初日の夜はそのまま、いくらでも出てくる酒と料理と、それからクソ以下の魔王軍関係者(野郎キャラ)が上げる断末魔の叫びを堪能しつつ、夜遅くまで続いた。
会場はこのまま、1週間の予定で毎日何かしらのイベントが執り行われる予定のこの祭りにて、どれだけの数の暗殺者や単純な襲撃犯などから情報を得られるのであろうか。
そんなことを帰り道に思ってしまったのだが、今はまだ、それについて深く考えるのはやめておくこととしよう。
俺達はひとつの冒険を終えて、新たな旅立ちに向けた充電期間に居るのだから……
「ねぇ勇者様、この後の勇者パーティーはどんな感じで運営していくつもりなわけ?」
「そうだな、対処すべきは対処しつつ、普段はユルッと良い感じにだ」
「それと勇者様、予算の増額も強く求めていかなくてはなりません、いえ、このまま何も言わないと『戦争は終わったから』ということで減額されたりもしかねませんよ」
「これ以上減額されたら逆に支払うことになりそうなんだが……」
などと他愛もない話をしていたのは、最初に冒険を始めた、森で出会ったセラとミラの2人と俺との3人であった。
最初は俺1人、森で3人、リリィが入って4人、さらにカレンとルビアが……という感じで発展した勇者パーティー。
今は他のメンバーも居て、そして向かうところ敵なしの最強勇者パーティーである。
このペースで今後も頑張っていこう、まだまだこの世界にはやることが多く、そしてきっとこれからも様々な事件が起こるはずだ……
遂に1000話となりました、ここで本編は終了……というノリでいきたかったのですが、まだまだ続けることとします。
なお、なるべくではありますが、毎日投稿は続けていきたいと考えています。
ここまで読み進めてくださった方、ありがとうございました。今後ともよろしくお願い申し上げます。




