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ファーストフラッシュのお値段 その二

 帝都の北側小椋区にある帝国魔導学園は石造りの重厚な建物で蔦に覆われた四つの尖塔が特徴的だ。帝国の魔法研究の中枢である帝国魔導院に隣接した中等・予科教育(中高一貫+大学教養課程・但し中学は四年)施設でほとんどの卒業生が魔導院か少し離れた練金技術院に進学する。魔術師、錬金術師養成のエリートコースの最初の関門であり俺はそれなりの成績でここに入学した。


 エリート校に相応しく自由な校風で何でも出来たが三男坊の気軽さか俺はつい趣味に走りがちになり、また扱い難い特技が開花してそれに振り回された事もあり中等科では一部の科目以外は壊滅状態になってしまった。それでも研究志望だった俺は予科初年のクラス割で現実を突き付けられ頭を抱える事となった。


 実技はともかく教科でも低空飛行だったのは言い訳が出来ない。実家に呼び付けられて家族総出で叱られて俺は年度頭からかなりへこんでいた。


「えと…護尋くん?二年の花屋敷先輩がこれをって…」


 このクラスで初めて一緒となった女生徒が少し顔を赤らめながら折った紙片を差し出して来た。護尋家は何故か美形が優性遺伝で俺も一族の平均的な容貌だったので異性からはこう言う反応になる事が多い。とは言ってもその時点の一日後に出会う筈の周囲の空間自体を作り変えてしまうような本物には遠く及ばない。せいぜい数年に一度ストーカーに付け狙われるくらいだ。クラスだと一ヶ月後には言動その他でドン引きされて居心地が良くなる。別に寂しくなんか無いんだからね!


「あ、ありがとう」


 それを受け取りながら花屋敷ってあの花屋敷だよなと呟く。


 現在の魔導学園には名物と言っても良い人物が在籍している。創立以来の天才にして希少な空間魔法の適性者でもある花屋敷莞爾はなやしきかんじ氏はその挙動でも注目を集めていた。オカマキャラである。保守的な帝都の気風に抗して性癖の自由を掲げ、ある時氏は自らの性自認を公表し化粧をして登校を行った。


 教員室では相当紛糾したらしいが結局それは黙認された。猫の首に鈴を付けに行く者が誰も居なかったからだ。ほぼ全ての教員が莞爾氏に授業でやり込められた事があり議論に引き込まれて自分自身の性自認まで揺らぐ事を恐れたと言う。


 はっきり言って行きたくない。しかし有名人を蔑ろにしたら後が怖い。本人の噂をまともに取れば怖れる必要は無いと思うけど後で周囲の噂がどんな風に転ぶか予想が付かない。


「そうか…慶も遂に貞操を捨てる時が来たか?あ、僕はそっちは結構なので巻き込むなよ」


 現に後ろで江頭の間抜けがそんな事を言い出していた。


「なあ、蓮也くんまさか予科のクラスまで付き合ってくれるなんて俺と離れるのがそんなに悲しかったのかな?でも俺は君の想いには応えられないんだ。その()が無いから」


「ああ?」


 その後の醜い言い争いを制した俺は机にのの字を書いて落ち込んでいる江頭を置いて南の尖塔に向かった。やはり好きなキャラから性癖が透けて見えるのは突っ込まれやすいと言えよう。適当にマスキングしないとね。


 呼び出された場所は流石に尖塔の上と言う事は無くて上へと伸びる螺旋階段の登り口となる一室だった。手摺の付いた窓からは中庭の咲き誇る桜並木が見えその前に花屋敷先輩が立っていた。偉丈夫と言っていい体格の先輩だったけど化粧をしてアクセントになるアクセサリーを付けると黒の制服とも不思議に似合っていて確かに男女とは別カテゴリーの存在に見える。


「ふふ、お呼び立てして済まなかったわね。すぐに終わるから心配しないでね」


 いや、その言い方だと今まで感じなかった危機感がじわじわと増してくるんですが!


 俺が思わず後退るとにっこりと笑う。


「やだ!やっぱりかわいいわね慶三郎くん。どうしましょ?」


「やっぱり??いや!色々自分間に合ってるんで失礼して良いでしょうか!」


「うふ、冗談よ」


 オカマキャラ定番のギャグですか?本当ですか?信じて良いんですよね!ガクブルになっている俺に先輩はさらっと質問を投げかけて来た。


「金曜会って知ってるかしら?」


「は?」


「帝立四校の初学年首席で構成される秘密の学間親睦会。伝統ある会で歴代会員は政財軍の要職に就ている」


 先輩は流れるように言葉を紡ぐ。金曜会そのものは噂話程度だけど俺も知っていた。


「そりゃ帝立四校のトップならいずれ要職に就くのは当然でしょう」


「その会は帝国を裏から操り、帝室の命運も左右する」


「街で困っている人が居れば駆け付け、悪を正し怪異を収める」


 俺は聞いた噂を並べた。


「まあ、秘密の会だから尾鰭は色々付くわね」


 そこで俺はこの人が中等科入学以来誰も挑戦する事すら夢想し得ない実力で各種の試験を制して来た事を思い出す。その会が実在するならこの人は間違いなく会員だろう。自慢をする様な人では無いから俺は意図が掴めずに混乱した。


「ま、まあ俺には関係無い話ですけどね…その、どう言う事でしょうか?真実の活動を知って欲しいとか?」


「金曜会は一応秘密組織よ。真実の活動を部外者に教えるのは禁止されているわ。それどころか次年度の会員に対してすらよ、慶三郎くん」


「…その言い方だとまるで俺が今期の会員みたいですね。特典が付かなきゃ嫌だな」


「そうね、学園卒業後魔導院の希望のコースに入るって言うのは如何かしら?」


「は?!いや、待って下さい!俺の成績知らないと思いますが進級すらギリギリだったんですよ。いやいや、クラスから呼び出した時点で分かるじゃ無いですか?」


「そう言えばあなたの順位は調べなかったわね」


「…どう言う事です?」


「金曜会の会員資格に学業首席って条件は無いの。ただ前年度の該当校の会員が指名するってだけ。首席って言うのは結果としてそうなったってだけなの」


「結果としてそうなったなら何か必然があるんじゃないですか?」


「そうかしら?所詮親睦会よ。堅苦しく考える必要はないわ…あたし慶三郎くんの事が気に入っちゃったのよ」


「いつですか…どうもおかしいな。親睦会だからこそ伝統が全てじゃないんですか?異分子が入り込んだら親睦もクソも無いですよ。大体他の学校の会員は納得するんですか?」


「どうかしら?でも、初学年の成績首位って言うのも正確じゃないのよ」


「どう言うことですか?」


「だって入試の順位が一年間維持されるなんて限らないじゃない?」


「…確かに」


 江頭と馬鹿話をしてた時にそう言って金曜会なんか無いってやり込めた事が有ったっけ。


「で、学校ぐるみでそう言う事にしちゃうの。伝統の為せる技ね」


「トラブル多そうだな…」


「でしょ?あたしはそこに一石を投じたいわけ」


 俺は先輩を改めて見直す。銀のラインの入った黒の学生服はそこは維持されていたものの生地もシルエットも変えられて流麗なお洒落な雰囲気に変わっていた。詰襟の返しにあしらわれた瑪瑙のチャームには校章が入っていて四校で一番垢抜けないと言われている我が校の制服と同じテーマを使ってどうしてこれだけカッコ良く出来るのかと思えた。


「その内先輩のデザインに制服変わりそうですね」


「あら、お褒め頂き光栄だわ…でも、変えるのはあなたじゃない?」


 なんと!先輩は俺の黄表紙描きの内職を知っていたのか?同好会への出入りは人目に付かないように注意してたのに!…しかしどの本を見られたのか?あまり表に出せない奴じゃないよな?性癖的に嫌悪感を持たれたら阿鼻叫…


「…普遍召喚者(パンセイナ)さん?」


 あまり役に立たない俺の特技を口に出されて俺はきょとんとしてしまう。制服のデザインの話じゃないのか?


「…の出来損ないですけど」


「でも、興味深いわ…ここを変える力が有るのかも知れない。興味を持たれているのは事実よ」


 極一部を除いてそれは無いな。現在進行系でのストーカー様を思い起こしてげんなりする…要らんわそれ。

 まあ、順番の付けられない能力で選考基準を誤魔化したかったって事か?


「…でもそんな一芸で納得しますかね?」


「納得は必要ないの。ルールは後継指名は前任者がするって事だけ。言ったでしょ?」


 その時もっと突っ込んでれば「所詮親睦会」と言う先輩の吐いた明白な嘘を暴けたかも知れなかったけど俺は何となくその気になってしまった。


「でも希望のコースって本当ですか?俺魔法理論志望なんですけど」


「あら、練金刻印じゃないの?」


「俺は本当は理論家なんです。それにそっちだとこき使われそうで…」


「呆れた。でも分かったわ」


「本当に?」


「ええ、伝統の為せる技よ」


 そうして俺は金曜会に入会した。




― 嘘を吐かない詐欺師の方が悪質 ―

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