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花筏-9

 それは手の中の刻印に時間を表す符号がようやく入って来たからでもある…5分。三条さんが人を待たせる時間って決まってるんだろうか?


「ゲームで決めませんか?」


「…ゲーム」


「ゲームなら結果が出ればそこで終わりです。勝つか負けるか?お互いの生死を賭けて決めましょう」


「生死を賭けて…私が負ければ護尋さんは私を殺すの?」


「俺が殺されるのに自分はそれを賭けるのは嫌ですか?」


「良いわ。そこの石には魔力を込めてるの。それで私を撃てば終わりに出来る」


 やっぱりと言うかあの縁石は自殺幇助用のレンタル凶器だったか?後でそう言うのは迷惑行為だとちゃんと注意せねば。


 自分が殺されるかも知れないとなって急に生き生きとし始める角筈さん…でもまあ心の負担を軽く出来て良かった。ご期待に沿う訳には行かないけど。


「ここで簡単に出来る…三目並べ…或いは五目並べはどうです?」


「五目並べ…先攻はどう決めるの?」


「葵子さんが決めて良いですよ。どっちにします?」


「それ遊びもどっちが先攻かも私が決めても良いって事?」


「はい。ルールは分かりますね?三目並べはマスに丸を三つ並べられた方が勝ち、五目並べは五つです」


 一瞬訝しげな表情を浮かべて彼女は呟く。


「ええ。でもどうしてゲームも選ばせるの?何か違いがあるの?」


 この質問で彼女のこの手の遊びに対する大体の知識レベルが分かった。このまま行く事にする。


「淑女に出来る限りの選択権を提供するのが紳士の務めですから…強いて言えば一戦に掛かる時間ですかね?」


 ある理由から俺は三目並べに誘導したかった。これまでのやり取りからやはり彼女は妖魔に強制されて俺を殺そうとしていると思われた。そして彼女の決定は内部の声とやり取りをして俺を殺す為に有効だと認める範囲で行われて来た。やる気の無い部下が上司にお伺いを立てているようなものだ。


 そして彼女自身の望みは自分自身が殺される事だ。


 彼女自身の疑いを消す必要は無かった。俺が有利になって勝つ事は彼女は気にしない。でも妖魔に認めさせるだけの合理的な理由は提示する必要があった。

 彼女が五目並べや三目並べのルールを知っているなら先攻が有利な事は分かる筈だ。そして速く終わるゲームが明らかならばそちらを選ばざるを得ない事も。ただ懸念は彼女がこのゲームを知り過ぎていた場合だったけど…


「三目並べ…の方が速いわよね?では三目並べを先攻で」


 俺はため息を吐きそうになるのを必死で抑えた。助かった。


 五目並べは結果が見えない(どこかで先手必勝の定石を開発したと言う噂は聞いた)けど三目並べは違う。定石は黒板に全て描き切れる程度だ。彼女に興味があればある特徴的な結論が出るので絶対に乗って来ない筈だけどそれは無かったらしい。

 疑念を感じて質問責めにされるのも時間稼ぎにはアリだと思ったけどそれよりずっと良い結果だった。五目並べを選ばれたらガチの勝負になったからその場合はかなり苦しかっただろう。


 俺はよろよろと立ち上がり雑な並べ方をしている石畳の一つを指差した。そこは周囲の舗石と互い違いになっておらず井桁状になっていた。


「この石畳を真ん中のマスにしましょう」


「…」


「俺がバツで葵子さんが丸で良いですね?記入は…葵子さんのそれで」


 俺が揺れている節足の一つを指差すと角筈さんは何故か顔を赤らめてしまう。もしかしたら状況の間抜けさに気付いたのかも知れなかった。


「わ、分かったわ。それで盤はどこまでなの?」


「どこまで?その敷石に隣接した全部で九マスです」


「そう…」


 それからしばしの沈黙があった。


「私、五目並べは母とした事があるけど碁盤を使ったからもっと広いものだと…」


「子供が地面に井桁を描いて三目並べをしていたの見た事有りませんか?」


「あるわ…」


「五目並べは碁盤で三目並べは井桁です。さあ、始めましょう」


 彼女は沈黙して角の一つの敷石に丸を削り込んだ。

 俺はそれに対応して真ん中にバツを入れる。


 …二つの角を残してマスが埋まった時点で引き分けは誰の目にも明らかとなった。


 それ以前に…と言うか最初からこの結果になると角筈さんは分かっていたらしく大きくため息を付いた。


 盤が小さく打てる手の数が制限される三目並べは最善手を相互が打ち続ければ必ず引き分けになる性質を持っている。並べる目の数に比べて盤がかなり広い五目並べとは全く違う結果となるのだ。


「引き分けね…と言うかこれ引き分け以外の結果にはならないのね」


「ミスをしなければ」


 彼女の顔に微笑みのようなものが浮かんだ…一瞬俺は見惚れてしまい慌てて首を振る。


「それでどうなるんだろ?」


「そりゃ引き分けたんだから勝負がつくまで再戦でしょう」


「護尋さん…でも三目並べはもうダメだわ。違う…」


 腕に衝撃が走った。


 見ると俺のポケットに入れていた筈の左手の肘が節足に弾かれ手先が宙を彷徨っていた。続く一撃で俺の制服が切り裂かれ会章が弾け飛び地面に転がる。思い返せば油断して手が少し離れていた気がする…修行が足りなかった。


「ま、待て!再戦を希望する!勝負はついていない!」


 そして俺は粘糸に両腕を拘束され身動きが取れなくなってしまった。


「ゲームは終わりだと…」


 近付きながら泣きそうな顔の角筈さんが震え声で言う。彼女の誓いを果たすべく白くしなやかな腕が俺の首に伸びる。


 …泣かなくたって。


 後二分も無い。もっとも俺の気道を潰すには充分な時間だけど…角筈さん力が強いからな。


 俺の首に掛けられた彼女の手に力が篭る。


「…慶三郎さん、死んで」


 彼女の顔が否応無く目に入る…またこんな顔をさせてしまった。


「死んでも嫌ですね」


 彼女の目の前にまた“解析魔術”が出現した。


「ひっ」


 ある程度は予測してた筈なのに彼女は小さく悲鳴を上げて手を緩める。


 俺は思いっ切り暴れた。俺を拘束する粘糸は強靭で外れる様子は無かったけど多少身動きは出来るようになる。


 魔術が節足に貫かれて破壊される。


 次に出現した魔術は少しズレた空中に出現した。俺の胸ポケットの収束器の魔方陣の展開可能域が限られている為だ。


 俺は出現した魔術ではなく先ほど角筈さんが示した縁石を睨んだ。それはさすがに俺の手の届くところには置かず少し離れた石段の脇に転がっていた。


「そいつを持って来い!」


 俺は大声を上げる。


 直後に魔術は粘糸に地面に叩きつけられ破壊された。


 元凶の心臓の真ん前の収束器では無く魔法自体を狙った事にホッとする。それならさっきから貯めたストレージの限りぶっ放してやるぜ!カエルだけど。


 今度は魔力溢れる縁石の上に上手く出現させられた。


「やったぞ!よし、それを…」


 俺は魔術に向かってとても聞いてくれそうに無い命令を繰り返す。


 次の瞬間その魔術は妖魔の節足に破壊された。ついでに宿主に取って唯一の致死性の脅威となる俺が熱望していた縁石も刺し貫かれた。お姫様の我儘タイムは終了と言う事なのだろう。


 そしてそれこそが俺が本当に望んだものだった。


 その衝撃が縁石の表面に即席で描かれた血の刻印に伝わった時そこに充溢する魔力を利用してそれは発動した。


 単純で刻印自体のレバレッジは低かったけど角筈さん提供の濃密な魔力を供給された爆炎術式はかなりの威力を周囲に撒き散らした。


 元々はそれで殴り合いをしなきゃならなくなった時の為に自決刻印に注目が集中してる間に石に書き込んだものだった。魔力を散らして致死性の魔法効果を分散させるのとその時俺を拘束してるかも知れない粘糸を焼き切る為に血文字で衝撃起動の爆炎術式を構成しておいたのだ。

 本当は角筈さんが自分の手に拘らず素直にそれで殴り付けてくれれば一番良かったのだけど気持ちは有り難く受け取っておく。


 激しい爆風と熱に煽られながら俺は身体が自由になるのを感じた。どうやら粘糸が燃え上がったらしい。


 転げ回り燃え上がるマントを急いで外した俺は叫ぶ。


「熱い熱い熱い!くそ、魔術師舐めんな!」


「きゃああ!」


 爆風に煽られて転倒した角筈さんを尻目に俺は同じように煽られて転がる会章に飛び付くと足を引き摺りながら煙に紛れるように逃げ出した。


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