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臆病な勇気Ⅰ

 決闘の前日になっても変わらず、今日も今日とて広場にシオンの悲鳴が響き渡る。


 「いやあぁあぁぁぁ!?」


 「ほら、シャキッとしなさい! 逃げるんじゃなくて立ち向かうの!」


 「無理だってえぇぇぇぇ!?」


 絶叫しながら全力疾走で逃走するシオン。その後ろから、怒り狂うカウホースにまたがって追いかけるリリィ。特訓初日にも見られた光景だ。


 やがて追いかけるカウホースの体力が尽きれば自動的に特訓は中断だ。五体投地しゼェゼェと荒い息をつくシオンにカウホースの背から降りたリリィが怒りを顕にする。


 「全く、何やってるのよ」


 「そんなこと言われても……」


 「ハンスとの決闘は明日なのよ。それなのに、一ヶ月前と何も変わってないじゃない!」


 寛容な元魔王様にしては珍しく苛立ちを隠せなかった。約束の日を前にしてまるで成長していない配下に対し、感情の発露をぶつけてしまう。


 「この私が直々に特訓してあげてるというのに、一体どういうことよ! こんなんじゃ私の配下として失格よ!」


 「……わたしだって。わたしだって、がんばってるんだよ!」


 「ッ!?」


 シオンの我慢が、限界に達した。


 長い過酷な試練の中で少しづつ蓄積されていった不満がリリィの言葉をきっかけに決壊したダムのように溢れ出る。涙をポロポロと零しながらキッと睨みつける。


 「変わりたいって、強くなりたいって! そう思ってずっとがんばってきたよ! なのに、リリィは自分のことばっかり言って! ほんとはわたしのことなんてなんとも考えてないんでしょ!?」


 「違う、私は……」


 「なにがちがうっていうの!? いっつも変なことばかり言ってむちゃことやらせてきて! どんなにつらくてしんどいかなんて考えてくれなかったじゃん! バカ! もう……もう、リリィのことなんてしらない!」


 「あっ、ちょっと……!」


 リリィの静止の声も虚しく、シオンは走り去ってしまった。引き留めようと伸ばされた腕が、宙を切る。


 木々のざわめきだけがその場にこだまする中、呆然とシオンの去った方向を見ていたリリィはポツリと呟く。


 「……私、間違っていたのかしら」


 『リリィは自分のことしか考えていない』。シオンの言い放った言葉が、脳内をぐるぐると駆け巡る。


 「シオンを私の世界征服のための配下としてふさわしく育てようと、そのためにシオンに臆病さを捨ててもらおうと思って頑張ってた。……それだけを考えてた」


 確かに、シオン本人にも自分の臆病さを捨てたいと、強くなりたいという思いはあった。そしてリリィはそのための手助けをしハンスに勝たせると言った。


 しかし、それはリリィにとってあくまでも世界の支配の"ついでの作業"だった。結局、リリィのしていたことははすべて自分の夢を叶えるためのものだった。


 だからこそ、リリィはこの一ヶ月間自分の思う最善──すなわち、配下として役に立つように臆病さを克服させつつ、やがて来る戦いに備えた特訓をシオンに課してきた。


 それが、シオンにどう思われてるかなんて全く興味がなかった。


 「……私は、シオンのことをちゃんと考えれてなかった?」


 青ざめた表情でリリィは自問自答する。思えば、今まで……前世において部下のことを少しでも気にしたことがあっただろうか


 リリィ──リリアスには恵まれた才能があった。その才能だけを持って、リリアスは百歳、人族で言えば十歳という驚異的な若さで歴代最強の魔王という座を手に入れた。


 彼女の強さと魔王という称号があれば、部下は求めずとも自然と集まってきた。彼らはリリィの夢のために彼女の手足となって働き、時折下剋上を目論んで反逆する者がいても、シオンのように不満をぶつけてくるものなどいなかった。


 「……でも、あのときの彼らにも不満を燻らせていた者はいたのかしら。私の夢のために必死になって働いてくれてた部下たちを、私は一人でも本当に理解することができてたのかしら」


 虚空に消えた問いかけは肯定されることも否定されることもない。しかし、誰かに答えられずとももう答えはリリィの中で出ている。


 元魔王様、幼くして最強の力と地位を手に入れていた故に、部下を思いやるという能力が致命的なまでに欠けていた。


 「……こんなんじゃ、王として失格だわ」


 自己嫌悪にがっくりと項垂れる。この先どんな顔してシオンに会えばいいのだろうか、リリィにはわからない。


 「……カウホース、家畜舎に返してこなきゃ」


 シオンがいなくなってしまった以上、今日の特訓は終わりだ。トボトボと、重い足取りでカウホースをつないでた場所に向かう。


 「……あれ? いないわ」


 しかし、そこには繋いであったはずの家畜の姿がなかった。


 「……逃げた? 紐の結び方が弱かったのかしら」


 痛みを与えさえしなければ大人しい動物だからと、気を抜いていたのかもしれない。ともかく、家畜は村の貴重な財産でありいなくなったとなれば一大事だ。


 足取りを追おうと辺りを見渡せば、村の中心とは反対方向……森の方へ足跡が向かっている。今から追いかければ幼女の足でも追いつくことができるだろう。


 シオンのことが頭にひっかりつつも、リリィは護身用の木剣を手に森の奥へと向かう。




◇◆◇




 感情の爆発するままに走り去ったシオンは、やがて家の近くにつく頃にはすっかり頭を冷やしていた。


 「はぁ……どうしよう……リリィにひどいこと言っちゃった……」


 落ち着いてから頭に浮かぶのは、後悔の感情だ。不満の感情は確かにあったが、あんなに酷く言う気はシオンには無かった。ハンスとの決闘が明日に迫って緊張していたこともあり、カッとなってしまった結果だった。


 「リリィはわたしのために頑張ってくれてるってちゃんとわかってるのに……わざとじゃないってわかってるのに……」


 同じ村で七年間育ってきたのだ。リリィがちょっとどころじゃなく他の子供とずれてることぐらいシオンにはわかっていた。リリィは、ちゃんと彼女なりにシオンの力になろうとしていることもわかっていたのだ。


 「どうしよう……リリィ、やっぱり怒ってるよね……」


 トボトボと落ち込みながら村の中を歩く。そんな彼女に声がかけられた。


 「あら、シオンちゃんどうしたの? そんなに落ち込んじゃって」


 「あ、ネルおばさん……」


 「そんな泣きそうな表情して……なにかあったの? 今日はリリィちゃんは一緒じゃないの?」


 「うっ……」


 ネルおばさんの何気ない一言がきっかけとなり、リリィに言ってしまった暴言が再びシオンの頭をぐるぐると駆け巡る。シオンの目に、じわりと涙が滲んだ。


 「えっと、その……ふえぇぇん」


 「あら」


 わんわんと泣き出してしまったシオンをネルおばさんはそっと抱きしめる。


 「ほらほら泣かないで。お話聞いてあげるから、おばちゃんのお家に来なさいな」




◇◆◇




 「そう、リリィちゃんと喧嘩しちゃったの……」


 「うん……」


 話し終わる頃には、シオンの涙も止まっていた。気分を落ち着かせる効果のある温かいハーブティーを飲みながら、シオンはポツリと呟く。


 「どうしよう……わたし、リリィに嫌われちゃう……」


 せっかくできた友達を失うかもしれないという恐怖に、身をぶるりと震わせる。そんなシオンの頭をネルおばさんはポンポンと優しく撫でた。


 「大丈夫よ。お友達は、そう簡単になくなっちゃうものじゃないわ」


 「でも……」


 「シオンちゃんもリリィちゃんも、ちゃんとお互いのことを大事に思ってるんでしょう? ちょっとすれ違いがあっただけじゃない。ちゃんと話せば、きっとすぐに仲直りできるわ」


 ちょっと待ってなさい。そう言ってネルおばさんはテーブルを立ちキッチンへ向かう。ふかしていたポテ芋がちょうど出来上がる時間だ。


 「ほら、持っていきなさい。美味しいおばちゃんのふかし芋を一緒に食べれば、仲直りなんて簡単よ!」


 「うん……ありがとう!」


 冷めないように藁で包まれたふかし芋を受け取り、シオンは椅子から飛び降りる。


 早速リリィのいる広場へ帰ろうとするシオンの背に、ネルおばさんの声がかけられる


 「ああ、ちょっと待ちなさいな。しばらく家畜舎の方には近づいちゃ駄目よ」


 「え? どうして?」


 「なんでも、群れからはぐれたオルビーストが家畜舎の近くに出たんだって。自警団の人たちが見回りしてるから大丈夫だと思うけど……」


 怖いわねぇ、とネルおばさんは頬に手を当てのほほんとした表情で呟く。オルビーストが出没するのはそう珍しいことではなく、たいてい数日のうちに自警団の人が退治して終わる程度のことだ。


 しかし、シオンの表情は途端に青ざめた。


 「オルビースト……家畜……」


 群れからはぐれて村に来たオルビーストは、村の家畜……その中でも特に丸々と太ったカウホースを好んで狙う。だから、本来なら幼き日のシオンのように家畜舎に近づかなければ危険はない。


 ──しかし、今日のリリィはカウホースを連れ出している。それも、森に近い奥の広場にだ。


 幼い頃にオルビーストと出会ったことのあるシオンは、それがどんなに凶悪な魔物か知っている。


 もし、オルビーストが警備の手厚い家畜舎を避けて一匹はぐれているカウホースに狙いを定めたら……そして、そのそばにいる小柄な姿に気づいたら。


 「……リリィが危ない!」

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