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特訓Ⅱ

サブタイトルは特訓だけど、シオンとその父の話です。

 シオンの父アドウィックは、まさに"勇猛果敢"という言葉が似合う人間だ。


 二メートルを超す巨体を誇る彼は、昔は凄腕の剣士として国中を回って活躍していたらしい。


 魔物との戦いの際に片足が義足になってしまったことで一線からは引いたものの、数々の危機を退いて回ったその実力と勇気は今でも霞んでいない。今では自警団顧問として、後進を育てつつも村の平和のために奮闘している。


 村一番の剣豪であり、そして誰にでも優しくそして誇り高い父はシオンの憧れであったが、その思いが一層強くなった出来事がある。

それはまだ物心ついたばかりの頃に魔物に襲われたときのことだ。


 その時のことを、シオンははっきりと覚えている。いつものように村の年上の子供達とかくれんぼをしていた昼下がりのことで、その日にシオンが隠れ場所として選んだのは村の家畜舎の一つだ。


 本来なら勝手に家畜が脱走しないよう扉は閉ざされているのだが、その日はなぜか扉はボロボロに打ち砕かれていた。


 明らかな異常事態だが、幼かったシオンは、れを疑問に思うことなくいい隠れ場所を見つけたとばかりに入っていった。


 家畜が皆逃げ出しガランとした畜舎の奥で、少女は一対の赤く光る眼を見た。


 オルビースト。


 鋭く伸びた牙と高い跳躍力を武器とする、猿を凶悪にしたような魔物だ。本来はファル村のそばの森の奥地に群れをなして生息している魔物だが、その個体は競争に破れて群れから追い出された先でファル村にたどり着いたらしい。


 もちろん、シオンはそんなことは知らない。ただ恐ろしく凶悪なナニカに睨みつけられ、泣き叫ぶことも忘れぺたんと座り込んだ。


 逃げ遅れた家畜の一頭を貪っていたオルビーストは、のこのこと飛び込んできた柔らかそうなニクを見逃すことはしなかった。最大の武器である大きな跳躍で少女へと襲いかかり。


 ──牙が届く直前、少女と魔物の間に巨体が立ちふさがった。


 父アドウィックだ。偶然にも家畜舎の前を通りかかった彼はその異変に気づき、娘の危機に間に合う事ができたのだ。


 『下がってなさい』


 いつもの優しい笑顔とは違う、真剣な面持ちでシオンに告げる。肌身離さず持ち歩いている剣を鞘から抜き放ち──その数秒後には、オルビーストは肩から一刀両断にされていた。


 凶悪な魔物にも勇敢に立ち向かう父の姿はかっこよかった。父のように強くて勇気と自信に満ち溢れた人間になりたいと、幼いながらに思った。


 だから、勝手に家畜舎に入ったことをこってりと怒られた後、シオンは自分も剣を習いたいと父に頼んだ。


 剣を握るのは男の仕事だと、初めは難しい顔をしていた父もその熱意の前に折れ、シオンは自警団志望の男の子たちに混じって剣を習うことになった。


 武人の娘という血筋故か、シオンの剣の腕は成長著しかった。


 父譲りの恵まれた身長も併せ持って、七歳になるころには型の綺麗さや剣筋の鋭さは自警団見習いレベルにまで達していた。特に子供ならでは体のしなやかさを最大限発揮した踏み込み切りの速度は、剣豪である父アドヴィックすら唸らせられる一撃だ。


 本来なら剣の天才として、将来有望な若き剣士として村中の期待を一身に背負うことになるはずの彼女だったが、そうなることはなかった。


 シオンが、ひどく臆病な人間だったためだ。


 いくら極めて飛び抜けた剣の才能を持っていようとも、その腕を持って相手に立ち向かえるだけの勇気がなければ全く意味がない。その点、シオンは才能と引き替えにか勇気というものがまったくもって欠けていた。


 恐怖を感じることがない人形相手になら子供離れした一撃を繰り出せる少女も、いざ実戦となれば話は別。年下の、遥かに実力で劣る子供が相手でさえ怯えてしまい本来の実力の一割も出せなくなってしまう。これでは剣士として失格だ


 "父のように勇猛果敢な人物にはなれない"


 そのことがシオンの心に重くのしかかった。更にハンスにいじめられるようになってからは以前にも増して臆病さに心が支配されるようになった。


 村一番の剣の才能を持ちながら、村一番の臆病者。それがシオンという少女であり。


 ──だから、目の前で友が魔物に襲われているという状況を前にして、シオンは何も出来ずにいた。


 「リ、リリィ……!」


 呆然と立ちすくむ小柄な少女の前で、一体のオルビーストが唸り声を上げる。両者の距離はおよそ十歩分、魔物がその気になればリリィなど一瞬で食い殺されてしまうだろう。


 友達の絶体絶命の危機を前に、シオンは木剣をキツく握りしめる。しかしその剣が振るわれる様子はない。臆病さに支配された少女の体は石のように固まってしまっていた。


 カラン、と地面に落ちた木剣が軽い音を響かせる。




◇◆◇



 時は、その日の朝にまで遡る。リリィによる特訓が始まっておよそ一ヶ月、ハンストの決闘が翌日に迫った日だ。


 「うぅ……もう朝なの……?」


 窓から差し込む暖かな朝日を顔に浴び、シオンはもぞもぞとかぶっていた布団の中から顔を出す。牧歌的な村の穏やかな朝の空気に似つかわしくなく、表情はどんよりと暗く目は若干死んでいた。


 リリィによる特訓が始まってからのシオンの目覚めはいつもこんな様子だ。


 イマイチ疲れの取れきっていない体を無理やり動かし、シオンは庭へと出る。


 「あ、お父さん、おはよぅ……」


 「うむ、おはよう! 今日もいい朝であるな!」


 庭には先客がいた。シオンの父である武人アドウィックだ。


 片足が義足となっても未だ武人として鍛錬を欠かさない彼は、シオンの胴体よりも太い剣幅の大剣を素振りすることを毎朝の日課としている。


 その素振りは朝日が登ると同時に開始し決めた回数をこなすまで止めることはないのだが、今日はシオンの来訪に気づくと剣を止めた。


 「今日も、リリィ殿のところに行くのか?」


 「うん、今日も特訓だから……」


 「ふむ、勇気をつけるための特訓であったな。どうだ、順調なのか?」


 「うっ……そのぉ……」


 ツーっと、シオンの目が横にそらされる。


 この一ヶ月間、リリィによって様々な特訓が行われてきた。しかし、そのことごとくが失敗。未だにシオンの臆病さは克服できていなかった。


 「その様子だと、うまくいってないようであるな」


 「うん……」


 汗を拭いたアドウィックはドスンとその場にあぐらをかき、シオンはそこにぽすんと座った。


 「やっぱり、生まれつき臆病なわたしが変わるなんてできないのかなぁ……?」


 ぐすりと涙ぐむ。どんよりと背中に暗い雲を背負い始めたシオンの頭にぽん、と大きく力強い手が乗せられた。


 「一人の、臆病な男の話をしようか」


 「お父さん……?」


 「黙って聞きなさい」


 疑問を表情に浮かべるシオンに、アドウィックはゆっくりと語って聞かせる。


 曰く、ある村に一人の男がいた。生まれつき体格の恵まれたその男は村の大人たちからも将来を見込まれており、物心ついたときから剣を習っていた。


 男には剣の才能があった。十二になり自警団見習いとして働き始める頃には、すでに村の誰にさえ負けない強さを持っていた。


 ある時、村を魔物の集団が襲うという事件が起こった。本当なら村人の多くが犠牲になるほどの襲撃は、その男が勇敢な戦いを繰り広げたことでほとんど被害を出さずに終わった。村の誰もが、その男に感謝した。


 ある時、徴税にやってきた貴族の遣いに見込まれ男は村を出ることになった。騎士団に入った男はそこで一層腕を磨き、多くの人の希望となるべく戦った。


 あるときは大蛇に襲われる村を救った。またあるときは洪水に沈んだ村から村人を一人残らず救出した。その男がいなければ死んでいた命は数え切れないほどだ。


 騎士団に収まりきらないほど強くなった男は、やがてより広い世界を求めて国中を回った。そこで男は腕を磨きながら多くの人を救い、気づけば武人や剣豪として国中に名を馳せるほどになった。


 国のあらゆるところでその腕で人々を救い続けたその男は、怪我を負いソレまでのような活躍ができなくなったのをきっかけに生まれた村へと戻り静かに暮らし始めたのだった。


 「……なにそれ、全然臆病な人じゃないよ」


 ぷくーっと頬を膨らませシオンは言う。父が話したのは勇敢な、それも英雄や勇者と言えるような人間の物語だ。


 娘の可愛らしい抗議に、アドウィックは苦笑しポンポンと頭をなでて宥める。頭を撫でる大柄な手の心地よさにシオンがウトウトし始めた頃、アドウィックは一つの問いかけを娘にしてみせた。


 「その男が、なぜそこまで頑張れたかわかるか?」


 「なんでって……」


 そんなの、その男が勇敢な人だったからに決まってる。勇気と自信に満ち溢れた人だったからこそその男は英雄的な活躍をすることができた。


 そう答えたシオンであったが、アドウィックは黙って首を横にふる。じゃあなぜなのかと視線で問いかけるシオンに返された答えは、想像にしないものだった。


 「その男が、臆病だったからだ」


 「えっ?」


 「誰よりも臆病だったから、友や家族を失うのが怖かった。優しくしてくれた人々が死んでしまうのが怖かった。この手で守れたはずの人たちを守れないことが怖かった……だから、誰よりも勇敢になれたのだ」


 アドウィックはシオンを膝から下ろす。巨体を屈めシオンと目を合わせて諭すように告げる。


 「シオン、お前は確かに誰よりも臆病だ。だがそれはお前にとって最大の武器となるはずだ。……だがその刃は、今は鞘に収まったままだ。いつか、その輝きを解き放つ時がやってくる」


 「……よくわからないよぉ」


 「ふっ、今はそれでよい」


 腑に落ちない様子のシオンの頭を優しく名で、アドウィックは剣を取り立ち上がる。


 「ねえ、お父さん。お父さんが話した男の人ってお父さんのことだよね……」


 「さぁ! それがしは日課の鍛錬を再開するとするか!」


 一、二! と大剣の素振りを再開するアドウィック。つまり、もう話は終わりだという意思表示だ。


 答えを聞くことを諦めたシオンは井戸から汲んできた水で顔を洗い、朝ごはんを食べる。食後の片付けを終えればもうすぐリリィとの約束の時間だ。


 「お父さんの言ってたこと、どういうことだったんだろう……」


 てくてくとリリィの待つ広場に向かいながら考えるのは、父の言葉の真意だ。


 「臆病なのが武器って言われても、こわがりで役に立ったことなんてないよぉ……」


 アドウィックの勇敢さやリリィの常に前向きな思考なら確かに武器と言えるだろう。しかし、アドウィックはシオンの臆病さが武器になると、その輝きを解き放つ時が来ると言った。


 「そんな時がほんとうに来るのかなぁ……?」

リリィとシオンの身に果たして何が起こったのか。

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