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ウェルタⅠ

大変長らくお待たせしました。リアルが落ち着いてきたため、本日よりぼちぼち投稿再開していきます。

 グランの言葉通り、丘から二時間も馬車を走らせれば一行はウェルタの門へとたどり着いた。丘から見ればまるでかわいらしいミニチュアのようであった街のは、すぐ近くまで来てみれば、そびえ立つ壁が要塞の様な印象を与える。


 ウェルタを囲う壁は、分厚く堅牢。魔物の脅威が絶えない辺境という地から、民を守るためのまさしく最後の防衛ラインだ。


 夕日に真っ赤に染め上げられる砦のような外壁の迫力に、村以外の世界を初めて目にするシオンはもちろん、リリィさえも馬車の窓から見を乗り出し見上げる。グランはそんな二人の姿に苦笑しつつ、門の直前で馬を降りると門番に向け歩いていった。


「ウェルタ騎士団第三遊撃班所属、グラン小隊四名および護衛対象の三名だ。第二通用門の開門と、それから二人分の滞在許可証の発行を頼む」


「は、任務遂行お疲れ様でございます! 部隊票の提示をお願いいたします」


「これだ」


「……はい、照合確認できました。滞在許可証については既に本部から話は伺っております。ファル村のリリィさんとシオンさんのですね。すぐに用意させますので少々お待ち下さい……それにしても、随分と遅い到着ですね」


「うむ、少々トラブルがあってな。ゴブリスドッグの群れに襲撃されたのだ」


「魔物の襲撃……はぁ、またですか」


 ため息一つ。もう聞き飽きたと言わんばかりの門番の様子に、グランは訝しげに眉をひそめる。


「相次いでおるのか?」


「ええ。およそ一ヶ月前、つまり皆様が出発して三日後より、異常なほど魔物が活発化してるんですよ。冒険者の方とも協力して対処にあたってますが追いつかず……つい先日も、商隊がオルビーストの襲撃に会い負傷しました」


「ふむ、それは由々しき事態であるな……原因は?」


「まだわかっておりません」


「そうか……気を引き締めないといかんな。例え何があろうと、我らにはウェルタの民の安全を守るという使命があるのだ」


「ええ、重々承知しています」


 表情を引き締めたグランに同意するように、門番も重々しく頷く。しかし、その表情は不安げだ。


「魔物は異変を敏感に察知すると言いますからね……何か悪い事の前触れでなければいいのですが」




◇◆◇




 門を超え、グラン達護衛と別れた三人は夕暮れに赤く染まる街の中を歩く。石畳で舗装された地面を進みながら、リリィはキョロキョロと辺りを見渡していた。


(ここが、人族の、街……改めて見るとやっぱり魔族領とは色々違うわね)


 目に映る街の姿を生前の記憶に残る魔族領首都の景色と比較し、物珍しげに感嘆の声をこぼす。人族の街を訪れる事は生前でも幾度とあったが、その全てが侵略のための侵攻や統治のための視察であり、こうして落ち着いて街並みを見渡せるのは初めてであった。


 そんな風にせわしなく首を右へ左へ向けるリリィの微笑ましい姿に気づき、アメリーはクスクスと笑みをこぼした。


「ふふ、そんなに必死に探さなくても教会は逃げたりはしませんよ。ほら、あの向こうに見える七本の塔が教会ですよ」


「む、別に教会を探してたわけじゃないんだけど……あれが?」


 やや遠くに見える顔を立ち並ぶ塔に目をやり、リリィは驚く。辺りの建物より屋根一つ分高く目立つため、リリィはてっきり領主の館の類だと思っていた。


「ええ。教会はあのように主神の持つ翼の数である七つの建物から出来ていまして、そのそれぞれで役割が違うのです。まず、一番高い塔が礼拝堂で、その左にあるのがですね──」


 司祭直々の教会の説明が続くこと数十分。ちょうど最後の施設の説明が負えられたタイミングで、一行は街灯に照らされた教会の前にたどり着いた。


 そして、元魔王様はかつては敵であった教会の中へと足を踏み入れる。




◇◆◇




「ようこそ、光翼教会へ。遠い辺境の地からよくぞ来てださいました」


 荘厳なステンドグラスの飾られた礼拝堂で、リリィとシオンの二人を待ちかまえていたのは、教会を取り仕切る立場にある大司教であった。


 バルドゥルと名乗ったその壮年の人物は、ゆったりとした修道服の上からでもわかる程のでっぷりと太った腹を抱えた、妙に人相の悪い顔をした男だった。およそ聖職者という人物のイメージからあまりにもかけ離れたその姿に、シオンは戸惑いリリィの手を引いてアメリーの背中に隠れてしまう。


「司祭アメリー、久方ぶりですね。遠い地での祭祀の任のみならず、一人残って復興のために尽力してくださったこと、このバルドゥル大変うれしく思います」


「いえ、当然のことをしたまでですよ。あの時居合わせたことは、きっと罪なき人々を守りなさいという神の御心だったと思うのです。……それに、私としても、誰かの助けとなれるのは喜ばしいことですから」


「ええ、きっと神もお喜びになっていることでしょう。……長旅、お疲れさまでした。今日はゆっくりと疲れを癒やしてくださいね」


 部下のねぎらいを終えたバルドゥルは、今度はその厳つい眼光を少女二人へと向け……目があったシオンがビクッ! と肩を震わせる。すっかり怯えきった様子のシオンにアメリーが優しく怖い人ではないことを諭せば、ようやくおずおずと前に出てくる。


 尚、アメリーがシオンを諭してる間のリリィはといえば、バルドゥルの丸々としたお腹をじっと見つめては、かつて配下にいた豚鬼族の事を思い出していた。


「君たちが、ファル村の危機を救ったという……」


「リリア……じゃなかった、リリィよ」


「シ、シオンです……」


「そうか……」


 バルドゥルは膝をついて少女たちに目線を合わせ……そして、深々と頭を下げた。


「え?」


「まずは、謝罪を……私はこの教会を取り締まる責任者であるにも関わらず、異端審問の暴走を止めることが出来なかった。そのせいで、君たちにはいらぬ心配をかけることになってしまったこと、大変申し訳なく思う」


 懺悔するかのような言葉を吐き出したバルドゥルは続いて顔を上げるとニコリと優しく笑いかけた。


「そして、感謝を。不幸にも盗賊に身をやつしてしまった者たちがこれ以上罪を重ねるのを止めてくれたことに。彼らによって奪われてしまった命の無念を晴らしてくれたことに。そして、あのような不手際があったにも関わらず、遠路はるばる招待を受けて来てくれたことに、教会を代表して最大限の感謝を」


「んむ、その感謝受け取らせてもらうわ!」


「リ、リリィちゃん、相手大司教様なんだから敬語使おうよ……えっと、こちらこそ大事なお祭りに招待して頂きありがとうございます。か、神の御心の寛大さとその七つの翼の祝……その、えっと、なんだっけ……」


「おお、挨拶の言葉を覚えてきたんだね。しかも教会の聖句の一部も入っている! 誰かに教わったのかな?」


「村長さんに教えてもらって……うぅ、でもちゃんと言えなかった……」


「そうかそうか。ちゃんと覚えようとしてきたことは偉い。あと、ここは公式の場じゃないのだから、そうかしこまらず楽にしてよいのだよ」


「あ、ありがとうございます……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめつつも、シオンは褒められて嬉しそうにはにかむ。


「さて、堅苦しい挨拶はこの辺にしておこうか」


 バルドゥルは立ち上がり膝についてホコリを払うと、少女二人の緊張を解そうと若干物腰を柔らかくして話し始める、


「もう夜も遅いので、手短に話そう。まず、君たちに出席してもらう祭事だが……」


「豊穣の儀というやつね! アメリーから大体の話は聞いてるわ」


 豊穣の儀。それは、光翼の神ルクスの翼から生まれた七柱の神の一つである豊穣の女神ハーヴを祀る祭事であり、いわばファル村での豊饒祭にあたる行事だ。


 ただし、農村という性質上豊穣の女神が特別視されているファル村とは違い、ウェルタではあくまで七神を祀る行事の一つという位置づけでしか無く、それ故規模も街をあげてというものではなく、小規模なものにとどまっている。


「ならば話は早い。二週間後にあるその豊穣の儀で君たちの功績を正式に賞することになる。それまでは、自由にしてもらってかまわないよ」


「手伝う必要は無いのかしら?」


「手伝いなんて、客人にはさせられぬよ。……ただ、豊穣の儀はここウェルタに住む貴族も参加する重要な行事であるゆえ、行事の数日前には最低限の作法は覚えてもらうことになる」


「うへぇ……それは、めんどくさそうだわ」


「が、がんばろうリリィ!」


 礼儀作法と聞き、露骨に顔をしかめる元魔王様であった。


「それと、異端審問の件は祭事までに私がしっかりと話をつけておくので心配しなくてもいい」


「んむ、それは安心ね」


「よかったぁ……」


 まるで我が事のようにホッとするシオン。リリィも気にはしていたのか、若干肩の荷が降りた様子だ。


「さて、今日はこの辺でいいだろう。もう夜も遅い。司祭アメリー、二人を客室へ案内してください」


 アメリーに連れられ、二人は礼拝堂を後にする。礼拝堂の奥の廊下を抜けた先の、聖職者用宿舎がある施設の一角に客室はあった。


「──ここが、お二人の部屋になります!」


「わぁ……!」


「これは、想像以上ね!」


 バァン! と勢いよく開け放たれた扉から見えた部屋の内装に、二人は感嘆の声を漏らす。子供二人で使うには明らかに大きい部屋には上質な絨毯がひかれ、木目調の美しいテーブルを始めとした品の良い家具が備え付けられていた。


「リリィ見て! ベッドがふわふわだよ!」


「ほんと、固くないわ……! それに、ほかも随分と豪華だわ!」


「ふっふっふ、そうでしょう、なにせここは貴族様用の客室ですからね!」


 ──その言葉を聞いた途端、ベッドの上で楽しげに跳ねてたシオンと家具を弄ってたリリィの動きがピタリと止まる。明らかに萎縮してしまったその様子に気づいたアメリーは、手をブンブンとふり慌てて説明を重ねた。


「あ、もちろんお二人はちゃんとこの部屋を使うこと認められてるので! 貴族様がよく泊まるというだけで貴族様専用というわけではないし、そもそもお二人は貴族級の賓客みたいなものなので、好きに使っていいですよ!?」


「そ……そう、わかったわ」


「うん、わかりました……」


 アメリーの必死の説明を聞き、ようやく止まっていたときが動き出した少女二人。しかしさっきまではしゃいでいたシオンの動きはおとなしくなり、リリィでさえ家具を触る手付きが若干丁寧なものになっていた。




◇◆◇




「では、私もそろそろ部屋に戻りますね。二階の七号室が私の部屋なので、なにかあればそこに来てください。では、おやすみなさい」


「んむ、おやすみだわ!」


「おやすみなさい!」


 部屋の使い方を説明し終えたアメリーは、自分の部屋の寝具より上質なベッドを羨ましそうにちらりと見つつ部屋を後にする。


 部屋の中が二人だけになって数分後。静かになった室内で急に周りをキョロキョロと不安そうに見るシオンに気づき、リリィはいい香りのする枕にうずめていた顔を上げる。


「シオン、どうかしたのかしら?」


「あ、その……落ち着いてみると、ちょっと広すぎて不安だなーって。……ほら、あの絵とか、なんか本当に見られてるような気がするし……」


 そういって、シオンは壁にかけられた一枚の絵画を指差す。過去の教会の聖人を描いたものだろう。立派な修道服に身を包み、何故か限界まで目を見開いた真顔の男が正面から描かれたその絵は、確かに睨まれてるような迫力があるものだ。


 だが、所詮はただの絵。シオンの不安を、リリィは笑って否定する。


「そんなわけないから大丈夫よ。ただの気のせいだわ」


「うん……うん、そうだよね。そう言われると、たしかに気のせいな気がしてきた。初めての遠出で、ちょっと気がめいっちゃってるのかも。……リリィ、ちょっとだけお話しよ?」


「んむ、わかったわ」


 そして、二人は何気ない雑談に花を咲かせる。馬車から見た景色や護衛の騎士達との思い出、教会までの道で見かけた物や大司教の纏っていた不思議な匂いのこと、果ては部屋の絵の人物の正体は誰か等──今日までの長旅を振り返った話は、やがてどちらともなく穏やかな寝息を立て始めるまで続く。


 こうして、元魔王様とその配下の街での一日目は終わりを迎えるのだった。






「……まさか、気づかれるとは。やはり武人の娘は侮れないわ」


 暗がりの中で、静かにつぶやかれた声が溶けて消える。

 

次回の投稿日は未定です。二週間は超えないようにがんばります。

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