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強さも必要

 世界征服を目論むリリィにとって、当面の目標は"強くなること"であった。世界を支配するためには魔族領の諸侯を含め、各種族を屈服させるための実力が不可欠だ。


 しかし、どうにも人族の体は魔族に比べて弱すぎる。これでは世界を支配するどころか魔王軍の一般兵にすら勝てないだろう。それを克服するため、リリィはファル村での生活を謳歌する中でも当然毎日の修行は欠かさなかった。


 (まずは体力をつけなければ!)


 世界征服は激務なのだ。倒れないだけの体力をつけるためにリリィは毎日日が昇ると同時に家を飛び出し、小走りで村を一周。もちろん出会った村人には欠かさず挨拶をし、自分の領地や領民(予定)に何かトラブルが起きてないか確認する。


 ──尚、村人には日課の散歩だと思われてる模様。


 (力自慢の種族に舐められないだけの腕力も必要だわ!)


 たとえ占領したとしても、支配者が非力では侮られ、謀反を起こさせる原因になってしまう。非力な人族であろうと鬼族にも負けないほどの腕力が不可欠だ。


 実戦的なトレーニングは危ないからと母に止められているため、積極的に村の荷物運びや畑の収穫を手伝うことで代用。幸い、非力な人族ではこの程度の軽作業でも十分筋トレになっていた。


 ──尚、村人には働き者だと思われてる模様。


 (知識も必要だわ! 支配者が愚者ではいけないものね!)


 知識については生前に勉強したことが流用できるが、それでも死んでいた五十年の間に新しく覚えるべきことが出てきてるかもしれない。村長の本を借りて勉強は欠かせない。


 また、知識は覚えるだけでなくアウトプットすることも大切だ。定期的に覚えた知識を年下の子供たちに授業することで知識のアウトプットを果たすと同時に領民の学力水準を高めるという一石二鳥だ。


 ──尚、村人には年下の子に勉強を教える優しいお姉さん以下省略。


 そんな風に世界征服へ向け邁進していくリリィであったが、その全てが順調といえばそうではなく──むしろ不調であった。


 (……よし、今度こそ!)


 村の外れの人気の無いスペースに来たリリィは、本を片手に右手を前方にバッと掲げ、高らかに詠唱する。


 「火よ、我が意に従い世界を照らせ! "ファイア・トーチ"!」


 シュボッ!


 詠唱に従い、リリィの前方にこぶし大の火の玉が出現し夕暮れ時の周囲を微かに照らす。一分ほどその場に対空した火の玉は、リリィの魔力が尽きかけることで跡形もなく消えた。


 「はぁ、はぁ、……やっぱり駄目だわ……この程度しかできないなんて弱すぎる……」


 この程度、魔族の一種である火猿族なら生まれた瞬間に息を吐くようにできることだ。火属性魔法が苦手である氷妖族の生まれであった生前のリリアスですら、つかまり立ちができるころには人の頭ほどの火の玉を出すことができていた。


 だが、今は小さな火の玉一つを維持するだけでも精一杯だ。人族の寿命が最大でも百年ほど──魔族の十分の一しかないことを考えれば、七歳の時点でこれだけしかできないのは致命的に思えた。


 「……接近戦が苦手な生前の私が歴代最強クラスとまで呼ばれるようになったのは魔法を極めたおかげだった。世界の頂点に立つにはせめてあれぐらいはできるようにならなきゃいけないのに……」


 前世のリリィ──リリアス・アーシャイク・シュヴァルツウェークは、接近戦の類が苦手だった。剣のみで戦うならばその実力は魔王軍の中でも下から数えたほうが早いほどだ。


 そんな彼女を最強たらしめたのは、氷黒の魔王という二つ名の元にもなった氷魔法と闇魔法の複合戦術だ。


 魔法には各属性に応じて得意な分野がある。


 氷属性魔法が得意とするのは造形だ。あらゆる武器や盾、トラップなどを変幻自在の氷でもって形作り字自由自在に操って戦うのが氷属性の真髄であり、特に氷に特化した氷妖族の生まれであるリリアスが形作ったものはミスリルにすら負けない強度と鋭さを持っていた。


 魔族の殆どが得意とする闇属性魔法は儀式全般に通ずる魔法だ。その中でもリリアスは召喚術に特化した術士であり、特にリリアスによって召喚されたダークナイトは一体一体が一騎当千の強さを持っていた。


 その二つを組み合わせたリリアスの戦闘方法は、召喚したモンスターを氷魔法で作り上げた武装で強化し、後方からリリアスが支援魔法を使うというものだ。リリアス本人が剣をとって戦うのは魔力が尽きたときの最終手段でしか無い──その機会は勇者に負けたときの一回限りであったが。


 輝かしい強さを誇っていた前世の姿を思い出し、現状とのギャップにリリィはため息を吐く。


 「今じゃ、明かりを灯すためだけの魔法ですら満足に使えない……こんなんじゃ世界の支配者失格だわ」


 ペラペラと、村長から借りてきた魔法の教本のページをめくり、明かりの魔法の章を開く。そこに書かれた挿絵には、老成した術士──この本を書いた魔術師らしい──がリリィが出したものの十倍はある火の玉を浮かばせている姿であった。


 つまり、ちゃんとやればこれぐらいにはなるはずなのだ。しかし、本を十回は読み込んでもどこが悪いのかは見つからない。リリィの術は完璧なはずなのだ。


 「きっと今の私には魔術の才能が無いのだわ……本、返してこよ……」


 本を閉じたリリィは、常にポジティブな彼女には珍しくどんよりとした様子で村長宅への帰路を歩くのであった。


 ──本の挿絵は見栄を張った著者の術士が絵師にかなり大げさに描かせたものであること、そして七歳の時点で独学で魔術を扱え一分も持続させられるのは"天才"の領域に入ること。


 そのことを、人族の常識にまだまだ疎いリリィは知ることはなかった。




◇◆◇




 「村長いる?」


 「はいはい、ワシはここじゃよ〜」


 村の中でも一回り古く大きい家に勝手知ったるとばかりに入ったリリィは、覇気のない声で村長を呼ぶ。


 「本、返しに来たわ……」


 「おお、もう全部読んだのかい、いつもながら早いの〜。……なんじゃ、元気がないがどうかしたかの?」


 「うん……」


 「どれ、いつものようにじいさんの膝においで」


 安楽椅子に座った白髪の村長は膝をポンポンと叩きリリィを誘う。小柄なリリィと話すときは膝の上に載せてあげるのが村長のお気に入りだ。


 いつもなら元気いっぱいに飛び乗るリリィも今日ばかりはいそいそと元気がない様子でよじ登る。


 「このままじゃ、私の夢が叶いそうに無いのよ……」


 「リリィちゃんの夢というと……確か世界一になるって夢だったかの?」


 「ちょっと違うわ、世界の支配者として頂点に立つの。でも、今の私のままじゃ弱すぎてとても……」


 「ふむふむ、そうかそうか」


 ニコニコとリリィの愚痴を聞いていた村長は、はてと何か思いついた様子でリリィに問いかける。


 「のう、その夢はリリィちゃん一人の力で叶えなきゃいけないものなのかね?」


 「んむ?」


 膝を抱えて落ち込んでいたリリィは不意をつかれ振り返った。村長は自慢のひげをなでつけながら答える・


 「リリィちゃんの夢は大きすぎてのぅワシにはいまいち想像がつかん。でも、きっと夢を叶える方法は一つだけじゃないと思うんじゃ。……どれ、ちと降りて待ってなさい」


 「わ、わかったわ」


 リリィを膝からおろした村長は家の奥へと消えていく。


 「……何か秘伝の道具でもあるのかしら?」


 首をかしげ待っていたリリィであったが、程なくして戻ってきた村長が持ってきたものを見て更に首をかしげる。


 「本?」


 「そうじゃ。この本にワシが言ったことの答えが書いてある」


 受け取った本の表紙をリリィはまじまじと見……タイトルを見て驚愕した。


 「『勇者ヒロキの冒険』……って勇者ヒロキって蒼炎の勇者!?」


 「おお、勇者様の本名を知っていたかい。やはりリリィちゃんは勉強家だのう」


 当然、忘れもしない。前世の彼女が魔王となってから唯一敗北した相手であり、叶うことならリベンジを果たしたいと思うライバル(とリリィが勝手に思っている)だ。


 (元の世界に帰ったって聞いたからもう出会うことは無いと思っていたけど……思わぬところで名前をみるものだわ)


 「その本は、勇者ヒロキ様がいかにして魔王を倒すまでに至ったかの道筋が記されている。リリィちゃんは賢いからのぅ。その本を読めば、ワシの言わんとしていることがわかるはずじゃ」


 「うん……? よくわからないけど、わかったわ!」


 「そうかそうか。……さて、そろそろ日も暮れておる。早く家にお帰り」


 窓の外はもうすでに真っ暗。もう家ではご飯の支度ができていることだろう。慌ててリリィは帰り支度を始める。


 「感謝するわ、村長! それじゃ、またね!」


 「気をつけて帰るんじゃぞ〜」


 ピューッと、すっかりいつおの溌剌さを取り戻して帰るリリィの姿を見送った村長は、彼女の姿が見えなくなると小さくため息を吐いた。


 「……うちのやんちゃ孫(ハンス)もあれぐらい利口になってくれればいいのにのう。困ったものじゃ」




◇◆◇




 本は、勇者ヒロキが召喚されてから氷黒の魔王リリアスを倒すまでの勇者の活躍を描いたものだ。


 (そういえば、私を倒した勇者がどんな人だったかなんてあまり知らなかったわね)


 前世では敵だったこともあり、能力については熟知していたがその人となりや人生についてはよく知らなかった。それを知れるということもあり、リリィはワクワクした気落ちで本を開く。


 (……ふぅん、蒼炎の勇者も初めから強かったわけじゃないのだな)


 ──後には蒼炎の勇者とまで言われるヒロキは、元は争いの無い平和な世界の出身であり戦闘能力などまったくなかった。


 それでも勇者としての使命を果たすために必死に強くなろうと努力したが、戦いの才能の無かった彼の道は険しなく魔物や魔王軍兵士に苦戦する日々。そうしている間にも魔王は配下の魔王軍を指揮して次々と人族の領地を侵略していく。


 使命を諦めかけた勇者であったが、そんな彼の心を救ったのは仲間の存在だった。ともに旅をし戦う仲間からの励ましを受け、勇者は少しづつ、だが着実に強くなっていった。


 また、勇者を救ったのは旅の仲間だけではなかった。エルフ族の長老は秘伝の蒼炎魔法を勇者に授け、ドワーフ族の名匠は魔族の強靭な肉体にも負けない聖剣を彼のために打ち、獣人族一の戦士は非力な人族でも力自慢の魔族にも負けないように腕力に頼らない特殊な体術を教えた。


 他にも途中立ち寄った街の人々など、勇者はたくさんの人々の助けを借り、やがては魔王軍の幹部と渡り合えるほどにまで強くなった。


 (……お、ここでやっと私の登場ね!)


 そんな勇者の前に氷黒の魔王リリアスが現れる。彼女に挑む勇者であったが、魔王軍幹部を切り捨てた勇者の剣も魔王の召喚術の前には一切刃が立たず、瀕死まで追い詰められてしまう。


 そこで勇者を救ったのは、またしても仲間の存在だった。


 聖騎士は傷ついた勇者の盾になり、彼女が魔王の召喚術からの盾になっている間に大賢者が転移魔法を発動して教会の治癒師のところまで移動し、一人の仲間の命と引き換えに勇者は間一髪のところで命を取り留めた。


 仲間を失った悲しみを乗り越えた勇者は、その悲劇をバネに更に修行を重ねた。そして魔王軍が大侵攻に打って出た隙をつき、遂には氷黒の魔王を討伐することに成功する。


 十二年の歳月をかけて使命を果たした勇者は、ともに苦難を乗り越えた仲間に別れを告げ、家族の待つ元の世界へと帰還したのだった。


 「……勇者も苦労してたのだなぁ」


 パタリ、と本を閉じたリリィはそんな感想を漏らす。


 「それにしても、思ってたよりも面白かったわ!」


 勇者の活躍がドラマチックだったのはもちろん、この物語を書いた著者の腕も良かった。特に、勇者と魔王の決戦のシーンは緊迫感あふれる激戦が臨場感たっぷりに描かれていてリリィは読んでてとてもハラハラした。


 自分が倒されてハッピーエンドな物語でも純粋に楽しめるのは、元魔王様メンタルの為せる技だ。


 (世界を支配した暁には、この本を書いた作家に私の伝記を書かせるのもいいわね!)


 著者の名はレンド・フォリアスというらしい。将来の専属伝記作家候補の名前を頭に叩き込んだリリィは本を本棚に戻そうとし……ハッとこの本を渡された理由を思い出す。


 「そうだった、この本で村長が何を伝えたいかだったわ……」


 村長が伝えたかったのは、"仲間の助けを借りることの大切さ"だ。物語の中で勇者は何人もの仲間の助けによって使命を果たしており、この本を通して村長は一人で頑張ろうとしているリリィに励まし合い一緒に頑張れる仲間を作ることを教えたかった。


 そしてリリィは、確かにこの本から一つの教訓を得ていた。


 「つまり、世界征服を叶えるためには信頼できる──強力な配下を作るべきってことね!」


 最も、その着眼点は大幅にずれていたのだが。


 リリィがそんな発想に至ったのは理由がある。この本の中で勇者……ではなく魔王はその強さよりも、凶悪な魔王軍を指揮し世界を侵略していく諸悪の根源としての側面が強調されて描かれていたのだ。


 物語の展開も勇者と魔王軍との戦いや魔王軍による世界の侵略がメインであり、ざっくり言えば勇者と魔王の戦いはおまけみたいな扱いとも言えた。


 つまり、リリィはこう考えるのだ──世界を征服するために重要なのは個の強さよりもその下につく強力な軍隊であり、村長はそれを教えたかったのだと。


 思い返せば、前世のリリアスも実際の侵略行為は彼女が命令していたとはいえ魔王軍がその殆どを担っていたものだ。いくらリリアスが最強の魔王だったとはいえ、彼女一人だと国どころか小さな街一つの支配すらままならなかっただろう。


 忘れていた当たり前のことを思い出し、そしてそれを見事に見抜いて教えた村長の慧眼に気づき、リリィはぶるりと身を震わせる。


 「さすがね、村長……村の支配者の地位に立つ者はやっぱり目のつけどころが違うわ。彼には占領した国の代理統治を任せてもいいかもしれないわ」


 当の本人が聞けば全力で首を横にふるようなことをつぶやくリリィ。


 「明日は配下候補探しに決定ね!」


 大事なことを思い出したリリィは早速翌日から行動に移る。支配者たるもの、行動は迅速でなければならないのだ。


 

リリィは勇者のことをライバル的な存在と捉えているけど勇者サイドからしたら二度と会いたくない諸悪の根源であったり。

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