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旅立ち前夜

大変長らくおまたせしました。本日より第二章の投稿を開始します。また、一部魔法の表記などが第一章から変更した部分がありますのでご了承ください。特に読むのには問題はないと思います。

 村の夜は早い。


 昼間は精力的に働く村人たちも、夕方が訪れ空が赤く染まる頃には仕事の片付けを始め、夕焼けがやがて薄闇へと移り変わる頃には、各々の家族が待つ家へと帰り団らんの一時を過ごす。その時間に外に出ているのはごくわずか──見回りの自警団や、夜通し作業する必要がある仕事の者達だ──であり、日中の活気に溢れた姿とは対象的に葉擦れと虫の鳴き声だけが響く穏やかな空間が訪れる。


 そんな時間にその日の夜は珍しく、小柄な少女が小川の流れに足を浸し、物憂げな表情を浮かべていた。


 「……目覚めてからもう一ヶ月。結局、あれ以来氷血魔法は使えなかったわね」


 純白に輝く髪を腰まで伸ばし、花の髪飾りをつけた少女──リリィは、水面を足で蹴り上げながら、そう拗ねたように呟く。


 今日は、リリィが目を覚ましてからちょうど一ヶ月。その間のリリィの一番の関心事は、村を襲った盗賊団の首領、ドミニクを倒したときのことを再現できないかだ。


 ワンピースの腰に巻いたベルトの鞘から一本のナイフを取りだし、リリィはそれを宙にかざす。月明かりを反射し鈍く輝くそのナイフは、一時は自分を絶体絶命まで追い込んだ術具【反魔のナイフ】だ。


 しかし、リリィによって魔力を使い果たされた今、そこからは材料に組み込まれていた魔族の核の魔力は一切感じられず、魔法を跳ね返す効果も発揮されない。正真正銘ただのナイフになってしまっていた。


 「あのとき、私は確かにかつての力の一部を取り戻していた」


 リリィは目を閉じ、その日のことを思い返す。


 今は人族の少女であるリリィだが、その正体は魔族……それも歴代最強とまで謳われた、『氷黒の魔王』リリアスの生まれ変わりだ。魔族の中でも氷のエキスパートである氷妖族の生まれであった彼女は、冷気と氷を自在に操ってみせた。その力の一端を、ドミニクとの戦いの中で再び振るっていた。


 目を開けたリリィは、ナイフを左手に持ち替えると空いた右手を前に突き出し、詠唱を始める。透き通るような声で紡がれる言葉は大陸共通語のものではなく、氷妖族の古語だ。


 「──【氷血ノ槍】」


 最後に魔法名でもって締めくくられた詠唱は、しかし何も起こさなかった。本来なら必殺の一撃を生み出す氷系最強魔法の詠唱は、ただ木々の隙間に僅かな反響を残して虚空へと消えていく。


 「はぁー、わかってはいたけどやっぱり駄目ね」


 ごろりと、川岸に大の字になって寝転がる。その言葉の通り、この一ヶ月間に何度も試しては失敗してきたため、既にもう使えないことはわかりきってはいた。そして、一度は使えたはずのその魔法が今は使えない理由にも、リリィは検討がついていた。


 「やっぱり、核の魔力が必要なのね……となると、どこかで手に入れてこなきゃいけないわ」


 再びナイフを満点の星空にかざしながらリリィは呟く。まるでなんでもない事かのような口ぶりではあるが、人族の領域においては魔族の核というものは半ば禁制品のようなものであり、そう簡単にはお目にかかれないものだ。


 「ゲルツおじいさんの魔道具屋……行ってみる価値はありそうね」


 しかし、そんな希少な魔族の核にリリィにはあてがあった。口にしたのは、ドミニクが【反魔のナイフ】を手に入れたという街の裏通りの魔道具屋だ。


 一つ売っていたなら、きっと他にも売っているだろう。あるいは核を手に入れる伝手があるかもしれない。そんな単純な皮算用がリリィの頭の中で展開されていた。


 ナイフを鞘に戻したリリィは、再び川の流れに足を投げ出すと、気分良さげに鼻歌を歌い始める。


 「あ、リリィ! やっぱりここにいた」


 「んむ? シオンじゃない。どうしたの?」


 夜の闇の中でも映える赤髪をポニーテールにした少女──シオンが、リリィの姿を見つけ嬉しそうに近づいてくる。そしてリリィの座る岸辺に並んで腰掛けると、少々照れくさそうに微笑んだ。


 「ちょっと、リリィに会いたくなって……家まで行ったんだけどいないから、ここにいるのかなって」


 小川の畔は、村の中でもリリィのお気に入りの場所であり、行方がわからないときのリリィはここにいることをシオンは知っていたのだ。


 二人で並んで座り、ゆらゆらと揺れる水面を無言で見つめ続ける。水の流れる音と虫の鳴き声だけが響く静寂は、やがてシオンの不安げな声で切り裂かれた。


 「とうとう、明日になっちゃったね」


 「そうね」


 明日。それは二人が教会の式典に参加するために村を出て街へ向かう、その旅立ちの日だ。本来なら──特に武人として国中を回った父のように、広い世界を見て回ることを密かに夢見ていたシオンにとっては、喜ぶべき日となるはずだ。


 しかし、その事実とは裏腹に、シオンの表情は暗く浮かないものであった。


 「異端審問……ほんとに大丈夫なのかなぁ……?」


 シオンの口にしたそれこそが、その表情を憂鬱足らしめているものだ。




◇◆◇




 それはリリィが目を覚ました、一ヶ月前にまで遡る。


 「異端審問より、リリィさんに呼び出しがかかっています」


 「異端審問……!?」


 「ええ」


 その組織は、人族の常識にいまだ疎いリリィでさえ耳にしたことがあるほどの名だった。


 光翼教会異端審問機構。それは人族に害を成す可能性のあるものや教会の禁忌を犯した者を厳しく調査し、その罪科について決定を下す、教会の影とも言える側面である。


 教会の信仰が生活の隅々まで行き渡り、半ば絶対的な存在と化している人族の世において、異端審問機構の持つ影響力は凄まじいものだ。異端審問が黒と断じればそれは黒であり、たとえ王侯貴族でさえも彼らがけだして決定には表立って逆らうことは出来ない。


 そのような組織から直々に送られてきた査問の呼出状。それは、もはや死刑宣告を告げるに等しいものであった。


 「どうして!? リリィはなんも悪いことしてないよ!?」


 「シオンさん落ち着いてください! 私だってこの呼び出しは納得いかないものなんですよ!」


 まるで我が事のように怒りを顕に掴みかかるシオン。だが、教会側の人間であるはずの司祭アメリーも同意見であった。混乱するシオンを落ち着かせると、アメリーはそのような決定が下された経緯を語り始める。


 事の発端は、リリィの復活にあった。


 ドミニクの持つ【反魔のナイフ】によって心臓を貫かれリリィは致命傷を負ったが、奇跡的な復活を遂げ母の危機を救う。これだけなら、アメリーの言う通り豊穣祭という日に神の起こした奇跡として讃えられるだけだっただろう。


 問題は、その時リリィを致命傷に追いやったのが魔族の核由来の魔道具であること……そしてその核が機能を停止していたということだ。


 魔族の生命線でもある核の特徴の一つに、並外れた再生力がある。僅かでも魔力が残っていればすぐに周囲の魔力を吸収して回復し、欠片程度に割られたぐらいでは活動を停止させることはない。そのため、核を利用した魔道具は事実上魔力がなくなることはない。


 それが、核の機能が停止するレベルまで魔力が枯渇していた。


 最も、それは教会にとっては大した問題ではない。むしろ憎むべき魔族に由来する道具がこの世からまた一つ消えたことは、喜ばしいことである。奇跡の中の不思議な現象の一つとして片付けられるだけ……そのはずだった。


 そこに、どうしてか異端審問機構が目をつけた。


 『少女リリィは、核の魔力を使って魔族として復活を果たした可能性が考えられる。故にその真偽を確認するため、査問に召喚する』


 これが異端審問機構の下した見解だ。


 当然の如く、アメリーを含む教会の者達は大いに抗議した。リリィは教会にとっても仇敵であるドミニクを討ち取った恩人であり、そのような仕打ちを与えるのは到底許されることでは無いと。


 しかし司祭達の抗議に対し、異端審問機構はまるで反発するかのように聞く耳を持たず、司祭はおろか、彼らを制御する立場にある大司教の意向すら無視し召喚を独断。


 こうして、リリィの下には式典への招待状と査問の召喚状、その2つが届くことになった。


 「……以上が、私の知る限りの事のあらましです」


 「そんな……そんなの言いがかりだよ! やっぱりリリィは何も悪くないじゃない!」


 「ええそのとおりです。こんな召喚状、本当なら無効になって然るべきなのですよ!」


 事情を聞いて改めて怒り出すシオンに、釣られてアメリーも頬を膨らませ不満を顕にする。


 (すごい、ほぼ完璧に正解してるわね!)


 一方、黙ったままのリリィはといえばそんなことを考えていた……異端審問機構の主張は、事実をほぼ完全に捉えていたのだ。一時的にでは有るが、確かに書くの魔力を使って氷妖族の力を取り戻していた。


 ナイフ一本からここまで完璧に事実を掴んでみせるとは。異端審問機構の推理力に、リリィは心の中で盛大な拍手を送った。


 「そもそも人族が魔族に変わるなんて、そんなの聞いたことありませんよ! そんな種族がコロコロ変わったりする例があるのなら、ぜひとも私の前に連れてきてほしいものです!」


 その種族が変わってしまった例がすぐ目の前にいることに、アメリーは気づいていない。


 「……コホン。とにかく、召喚が不当なものであることは確かです。式典までには必ず無効にしてみせますので安心して来てくださいね」


 「私も! リリィの無実を勝ち取るために手伝うよ!」


 「ありがとうございます! シオンさんが協力してくれるなら百人力ですね」


 無実の少女に課せられた汚名を絶対に払ってみせる。そんな決意を込めて二人はガッチリと固い握手を交わす。


 そしてシオンはリリィに向き直ると、未だ満足に動かないその手を両手でがっしりと包み込んだ。


 「リリィ! そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ!」


 「へっ?」


 「こんな罪きせられてショックだったよね。でも大丈夫、わたし達も一緒だから! 頑張って無実を勝ち取ろうね!」


 「え、ええ……そうね……」


 ただ単に病み上がりでぼーっとしてただけなのだが、それをシオンはショックを受けていると勘違いしたらしい。


 メラメラと闘志に燃える瞳を向けてくるシオンを前に、珍しく気圧されたリリィは、異端審問機構の主張が強ち間違いでないこともあり、若干気まずげにふいっと目をそらしたのだった。




◇◆◇




 「……あのときはあんなこと言ったけど、でもやっぱり不安だよ……異端審問ってすっごく怖い人達なんでしょ?」


 膝を抱えてうずくまり、シオンは夜の闇に溶けて消えそうなほどか細い声で泣き言を漏らす。当初はリリィの無実を証明するんだと息巻いていたが、その日が近づくにつれて徐々に不安が募っていったのだ。


 そんなシオンの姿に、リリィは苦笑を浮かべるとその小さな手で頭をポンポンと撫でた。


 「リリィ……?」


 「大丈夫よ。この前だって、もっと怖い盗賊団の奴らにだって戦って勝ってみせたじゃない。今回もきっと大丈夫よ」


 「でも……」


 「それに、アメリーやそれと大司教って人も協力してくれるんでしょう? 心配すること無いじゃない」


 優しく言葉をかけてあやすリリィだが、シオンは一向に顔をあげる気配がなく、スンスンと鼻を鳴らし続ける。


 やがて呆れたようにため息をつくと、リリィは立ち上がり直ぐ側に転がっていた水汲み用のバケツを拾い上げる。


 そしてバケツいっぱいにまで小川の水を汲み上げ……容赦なくうずくまるシオンに向かって水をぶちまけた。


 「ひゃうっ!? わぷ!?」


 「もう、しゃっきりしなさい!」


 突然びしょ濡れになったことに目を白黒させるシオンに、仁王立ちしたリリィはビシッ! と指を突きつける。


 「貴女はこの私が世界征服のために見出して、直々に鍛えた配下なのよ! そんな弱気でどうするの! たかが教会程度に勝てないようじゃ、世界の支配なんて夢のまた夢よ!?」


 「リ、リリィ……言ってることがよくわからないよ……」


 相も変わらずよくわからない理論を大真面目に叫ぶ親友。だが、その言葉は不思議とシオンを勇気づける力を持っていた。


 「……うん、そうだよね。リリィがこんな元気なのに、わたしが弱気じゃいけないよね」


 ふるふると頭を振って水気を払うと、シオンは立ち上がり、己を鼓舞するように右腕を天高く突き上げた。


 「わたし、どんなに怖い人達が相手でも、絶対にリリィの無実を証明してみせるよ!」


 「そう、その意気よ!」


 すっかり勇気を取り戻した様子の配下に、リリィは満足げに頷く。


 「おーい、お前たち! そこでなにやってるんだー!」


 「あ、騎士団の人だわ」


 二人の声が聞こえたのだろう。遠くから見回りであることを示すランタンを振りながら一人の人物が近づいてくる。見慣れない意匠の革鎧を来た人物は、襲撃により人数の少なくなった自警団の代わりに見回りを担当する街の騎士団の団員だ。


 「もう夜も遅いのに、こんな時間に子どもだけで外にいちゃだめだろう! 早く家に帰りなさい!」


 「わかったわ!」


 「ご、ごめんなさい……」


 職務に忠実に夜歩きを注意する騎士に対し、リリィは堂々と、シオンは若干怯え気味に返事をする。頷いた騎士は「気をつけてな」と一言告げ、村の見回りを再開した。


 「……それじゃ、また明日ね、リリィ」


 「ええ、おやすみなさい!」


 「おやすみ!」


 手を振り、シオンと別れたリリィは家族の待つ家へ向かって歩きはじめる。先程までシオンとその話をしていたからだろう、帰路の途中リリィの頭に浮かぶのはやはり異端審問機構のことであった。


 (……ナイフ一本からあんなに完璧な推理ができるんだから、きっと異端審問の人たちは切れ者揃いなのね! 世界を支配した暁には諜報を任せるのもいいかもだわ。街についたら会ってみなくちゃ!)


 最も、考える内容のベクトルはシオンとは全く逆のものであったが。


 元魔王様、やはり事態の深刻さを完全には理解してないようであった。

次回の投稿は来週を予定しています。

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