閑話 玉座を得た日Ⅱ
二部構成の後編です。
「……なんだと?」
それは、聞き捨てならない言葉だった。眉をピクリと動かしたヴァレットは殺気をみなぎらせる。無意識に手に込められた力が、玉座の肘掛けをグシャリと握りつぶした。
「今、なんと言った?」
ただの威嚇ではない、可視化されるほどの濃密な殺気の波動に、少女の爆弾発言に顔をひきつらせていた側近達は、それを向けられる対象でないにも関わらず顔を青ざめさせる。
天井が軋み、調度品にヒビが生じるほどの濃密な殺気を受け、それでも少女は平然と……むしろ挑発的な笑みさえ浮かべて口を開いた。
「魔王最有力候補なんていうからどんなに強いかと期待してたのに、思ってたより大したことなかったって言ったのよ」
「小娘があああぁぁぁぁ!!」
椅子を蹴り捨てるように立ち上がり、ヴァレットは怒りの咆哮を上げる。生まれつきの戦士であり、何よりも己の強さを誇りとしているヴァレットにとって、少女の言葉はたとえそれが子供の戯言だとしても許せるものでは無かった。
ヴァレットが怒りを顕にすると同時に、その身体に変化が生じ始める。炎のように逆立てられた真紅の髪は本物の炎と化し、轟々と燃え盛る。驚異的な膂力を生み出す灼熱の筋肉は更に膨れ上がり、その急激な増加に耐えかねた灰色の皮膚は更にヒビ割れ、亀裂から火の粉を散らす。
その姿は、まるで何者も決して寄せ付けることを許さない、噴火と破壊を繰り返す活火山のようであった。
「大人しく泣いて逃げ帰るなら命だけは見逃してやったものを! お前には死すら生温い! 魂もろとも一片の欠片も残さず消し炭にしてくれる!」
そしてヴァレットが大きく息を吸い込み、次の瞬間赤を通り越して白く轟々と燃え盛る炎のブレスが、少女もろとも玉座の間の半分を覆い尽くした。
床や壁、天井までもが真っ赤に熱され、ドロリと溶け落ちていく。ブレスの衝撃は灼熱の暴風となって部屋中に吹き荒れ、少女の側にでブレスに巻き込まれた伝令官はもちろんのこと、配下の中でも炎耐性に乏しいものがことごとく命を散らしていく。
火山の噴火のような、情け容赦のない破壊をもたらしたヴァレットは、少女の居た一帯を燃やし続けている炎を前に、荒い息をつきながらドカリと玉座に座り込んだ。
「はぁ……はぁ……全く、余計な労を払わせおって──」
「暑いわね」
轟々と燃え盛る白炎の中から少女の凛とした声が響き渡る。聞こえるはずのない声が聞こえたことに、ヴァレットを含むその場の全員がシンと静まり返る中、少女が軽快に指を鳴らす音が発せられる。
その瞬間、少女を閉じ込めていた炎が|凍りついた。
少女の居た位置から爆発するように広がった赤い氷が一瞬で燃え盛る白炎を包み込み、その場に燃え盛る一瞬の形を切り取ったような氷像が出来上がる。赤い氷は炎を凍てつかせただけにとどまらず、部屋中を侵食していった。
少女の居た入り口付近から始まり、部屋の中央や頭上遥か高くにそびえる天井、やがてはヴァレットの座る玉座の直前まで。わずか数秒の間に、火口の如き熱気で溢れかえっていた玉座の間は、溶けない氷河に覆われたような冷気で包み込まれる空間へとその姿を変えた。
「これは……氷血魔法……!? 馬鹿な……」
赤い氷という自然界では決して存在しない現象に、ヴァレットはすぐさまその正体に気づいた。そして、信じられないと行った様子で思わず驚愕の声を漏らす。
術者の血を触媒として特殊な赤い氷を生み出す氷血魔法。氷系統最強の魔法として知られるそれは、その魔法を生み出した、氷属性魔法のエキスパートである氷妖族ですら、魔法を極めた一握りの者しか扱えない術だ。
かつて、ヴァレットが流浪の戦士として魔族領を回っていた頃に氷妖族のある術者の青年と戦ったことがあった。
氷妖族の中でも超一流の使い手であり、当時のヴァレットも大いに苦戦したその青年ですら、氷血魔法は特殊な赤の氷と通常の透明な氷が入り混じった、不完全なものしか使えなかった。それほどまでに、氷系統最強というのは高い技術と能力を要する魔法だ。
それを、有ろう事かヴァレットの眼の前の少女は軽々と……それも無詠唱でありながら完璧に使ってみせた。
魔法の構築をアシストし、術を安定させるのに必要な詠唱を省略するということは、高い技術を必要とするだけでは無く、魔法の威力の減少にも繋がる。それにも関わらず、少女が無詠唱で放った魔法は魔王候補筆頭であるヴァレットのブレスをいとも容易く打ち破ったばかりか、この広大な玉座の間を一瞬で埋め尽くす程の余力を兼ね備えていた。
あまりにも非常識であり、容易に信じることができないような光景。それを作り出した少女はと言えば、まるでなんでもないかのように伸びをしながら、赤い氷に覆われた床の上を玉座に向かい歩んでいく。
「ん、いい感じに涼しくなったわね」
「……貴様、何者だ……」
一歩ずつゆっくりと近づいてくる少女に対し、ヴァレットは思わず立ち上がっていた。一歩後ろに踏み出した足が玉座の脚を蹴る音を聞き、ヴァレットは己が無意識の内に後ずさっていたことに気づく。
(儂が、この小娘に恐怖を感じているというのか……? 認めん! 認めんぞぉ!)
魔族最強であるはずの自分がただの子供に恐怖を覚えたという現実に、そしてその元凶となった少女に対し、ヴァレットは抑え切れないほどの強い怒りを覚える。
「……小娘がぁ! 調子に乗るなぁ!」
鼓膜が破れるほどの声量で叫んだヴァレットは、再びブレスのタメをするかのように大きく息を吸い込む。ただし、その行動から得られる結果は先程とは異なるものだった。
玉座の間が一時的な酸欠状態に陥るほどの吸われた空気は、ヴァレットの体内で燃え盛る灼熱の筋肉へと供給され、より一層強く燃え上がらせる。それと同時に魔力で体内に幾つも生成された巨大な岩石が、溶鉱炉の如く高温となった体の中で溶岩へと変わる一歩手前まで熱せられる。
それをヴァレットが耳をつんざくような咆哮と共に山なりに吐き出せば、赤熱した岩石は周囲の空気により燃え上がり、巨大な隕石となって少女の上空から降り注いだ。
圧倒的な質量からなる衝撃力と、あらゆる物体を溶かし尽くす驚異的な熱を兼ね備えた、溶岩鬼族の代名詞とも言える技、"ヴォルク・メテアラ"だ。
「うーん、これは当たったら痛そうだわ!」
少女の身長以上はある燃え盛る岩石が、幾つも上空から襲いかかるという絶望的な状況の中で、しかし少女はそんな一見のんきとも思えるような感想を口にする。
そして、少女は降り注ぐ岩石に向け腕を伸ばした。
「"サモン・ブラッドガーディアン"、"アイスクラフト・タワーシールド"」
詠唱省略により立て続けに唱えられた魔法は、驚異的な速度で組み上げられ、一瞬でその場に現象として顕現する。
闇属性の召喚魔法は、漆黒の全身鎧に身を包み少女の三倍の身長はある、物言わぬ漆黒の守護騎士を生み出す。少女を守るように召喚された漆黒の守護騎士が伸ばす手には、本来の武装である黒い盾の代わりに、透き通る氷で形作られたタワーシールドが握られていた。
少女が使った魔法は、どちらも分類で言えば初級に位置するような基本的な魔法だ。しかし、少女の圧倒的な力量は、その初級程度の力しか持たないような魔法でさえ、最上級魔法を優に凌ぐほどの力を持っていた。
降り注ぐ燃える岩石を、守護騎士の持つ氷の盾が危なげなく防いでいく。岩石の熱と氷盾の歴が相殺され、溶け落ちた氷が蒸気となって辺り一帯を白く包み込んだ。
「殺す!」
「ッ!」
白い蒸気の壁を突き破り、いつのまにか接近していたヴァレットの手が少女に向かって伸ばされた。圧倒的な膂力を備える腕は、岩石の猛攻さえ防ぎきった氷盾を守護騎士ごと粉々に粉砕した。
「馬鹿力ねぇ」
「殺す! 粉砕してやる!」
初撃をひらりと交わした少女は、力任せに次々と頭上から襲いかかる拳をまるでアトラクションを楽しむかのように楽しげに回避する。だが、少女は接近戦は不得意なようだ。時々ヴァレットの拳に当たりそうになるが、その度に強化されて召喚した守護騎士が盾となり、少女の身を守った。
「何故だ! 何故死なん! こんな小娘相手に、この儂が……!」
「そろそろ、避けるのも飽きてきたわ」
怒りに徐々に精彩を欠いていくヴァレットの拳撃を、そうつぶやいた少女は回避するついでに大きく後ろに跳躍する。そして両手を突き出し唱えた。
「"クリスタル・ランス"」
「グォ!?」
藍色の魔法陣が五個、少女の目の前に作られたと思えば、次の瞬間には術名通り水晶のように透き通る氷の槍が生み出された。槍は目にも留まらぬ速さで撃ち出され、ヴァレットの頭部と四肢に命中する。
巨体を易々と貫いた氷の槍は、その勢いのまま貫いたヴァレットを玉座の間の奥へと押しやっていく。やがて、槍の先端がタペストリーのかけられた最奥の壁へと突き刺されば、歪な形の磔が出来上がった。
「何故だ……何故、この儂が……」
「別に、貴方に何か恨みがあったわけじゃないわ。でも、私は全てを支配するって……この世界のあらゆる物の頂点に立つって決めたの。だから貴方は邪魔なのよ」
うわ言のように何故だと繰り返すヴァレットに、少女は答えになってない言葉を淡々と告げる。
「"サモン、ダークナイト"、『氷血の剣』」
腕の一振りとともに唱えられた魔法が、赤い氷で作られた巨大な剣を構えた巨躯の黒騎士を、貼り付けにされたヴァレットの目の前に生み出した。黒騎士はまるで処刑人が如く、核がある胸部へ向けて刺突の構えをとった。
「それじゃ、さようなら」
少女が腕を振って合図を出せば、黒騎士は容赦なく剣を突き出す。堆積した地盤のごとく重厚なヴァレットの身体を容易に突き破った剣は、その奥に存在する核を真っ二つに切り裂き……次の瞬間、ヴァレットの全身はが赤い氷に覆われて、砕け散った。
赤い氷の破片がシャンデリアの光を受けてキラキラと光り降り注ぐ中、ゆっくりと歩みを進めた少女は、やがてたどり着いた玉座に座った……というよりも、飛び乗った。
「うーん、この椅子は私にはでかすぎるわね……それに、クッションも硬すぎるわ」
玉座の乗り心地を確かめながら少女はそう不満げな声を漏らす。
魔族には、平均して大柄な体格の者が多い。そのため、代々受け継がれてきた魔王城の玉座はその巨体に合わせた巨大なものだ。魔族の平均より極めて小柄な部族である氷妖族の、それもまだ成長途中の少女にとっては、キングサイズのベッドどころではないサイズだった。
「魔王になった暁には作り直させなきゃね!」
あっさりと伝統の玉座を交換することを決めた少女は、猫のように伸びをするとそのまま丸まってスヤスヤと寝息を立て始めた。
周囲にはヴァレットの配下だった者たちがまだ残っており、その中で眠り込んだ少女は隙だらけの状態だ。
しかし、主であるヴァレットを容易く打倒した少女の姿を、間近で目にしていた配下達には、もはや挑もうなどという気概は無かった。既に自分の物になったと言わんばかりに玉座でスヤスヤと熟睡する少女を、ただ困惑の表情で見守っていた。
──魔王候補筆頭のヴァレットが敗北した。その報せは、それを成し遂げたのが少女という情報と共に魔族領全土に瞬く間に広まった。殆どの者はヴァレットを討ち取ったのがただの無名な子供だということが信じられず、むしろヴァレットは油断して死んだのだろう、今が好機だと言わんばかりに玉座を求めて少女へ挑み、その全員が一分と持たずに命を散らす。
そしてヴァレットの死後より一週間後、僅か百歳という歴代最年少にして、歴代最強の称号をほしいままにする氷黒の魔王リリアスが誕生したのだった。
◇◆◇
「……んむぅ、寝てた……?」
「おはよう、リリィちゃん」
穏やかな陽気が満ちるファル村のうららかな春の中、目を覚ましたリリィはぼんやりとした様子で辺りを見渡す。そんな寝ぼけ眼の少女を膝の上に乗せたマリアは、クスクスと笑いながら編み物を続ける。
時刻は正午の刻を過ぎたほど。日課の編み物をする母の膝の上で、お昼ご飯後の穏やかな時間を過ごしていたリリィは、どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだった。
(随分と、懐かしい夢を見たわねぇ)
目が覚める直前まで見ていた夢……玉座を手にした日の記憶を思い出し、リリィはその懐かしさに思いを馳せる。
結局、魔王争奪戦参戦から僅か一週間余りという、驚異的なスピードで『世界』に魔王と認められたと同時に、リリィは玉座の新造に着手した。
魔族領の名匠を呼んで新たに作らせた玉座は、リリアスの体格に合わせて作られただけではなく、座面のクッションは最上級のフカフカなもの、背もたれは七段階のリクライニング付き、極めつけはマッサージ機能付きという、リリアスの要望をふんだんに織り込んだ一品に仕上がった。
機能面に全振りしたような玉座はリリアスのかなりのお気に入りであり、何もすることがなければ一日の大半をそこに座って過ごす程であった。尚、配下達からはその玉座はあまりにも威厳がなさすぎるとして不評だった。
お気に入りだったオーダーメイドの玉座の座り心地を思い出し……それと比較するように、今座っている母の太ももをポンポンと叩く。
「……うん、玉座の座り心地も良かったけど、やっぱりお母さんの膝の上が一番ね!」
「なーに、リリィちゃん?」
「んー、なんでもないわ!」
優しい笑顔を向けるマリアにそう言って微笑み返したリリィは、甘えるようにマリアの胸に身を寄せると、再び眠り始めた。そんな娘を、愛しくてたまらないと言わんばかりの笑みで優しく頭を撫でたマリアは、優しく子守唄を歌いながら編み物を再開する。
併設された作業場から響く、グレイが金槌を振るう音に合わせて口ずさむ子守唄は、穏やかな陽気と混じり合っては幸せ一色の空気を作り上げていた。その中で、リリィは気持ちよさそうにスヤスヤと寝息を立てる。
いついかなる時も世界征服という野望に向けて邁進を止めない元魔王様も、母と過ごす時間だけは目標のことを忘れて、のんびりとした時間を過ごすのであった。
次回の投稿日は未定です。二章は、5月下旬~6月上旬の間に開始すると思います。
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