閑話 玉座を得た日Ⅰ
閑話です。リリィがまだリリアスであった時代、その話の一つ。
二部構成の前編です。
それは、ファル村で世界征服を企む少女が生誕するよりおよそ百三十年前のこと。大陸の東側に広がる魔族の領土では、二百年前に死した魔王の後釜という覇権を求めて、各部族が戦を繰り広げている最中であった。
魔王とは、王という名がついているがその仕組みは極めて特殊なものである。まず、多種族の王とは違い、魔王には世襲というシステムはない。魔王とはいわば最強の魔族の称号であり、たとえ先代の王の子であろうと、力が無い者にその座が与えられることはない。
ではどの様にして王を決定するのか。
その鍵をにぎるのが、部族ごとで姿形が大きく異なる魔族が唯一共通して持つ器官、すなわち核である。
まず、魔王が崩御したその瞬間から後継者争いは始まる。魔族の支配者という座を求めて、部族内外問わず戦が始まる。そして、数百年、時には千年以上にも及ぶ戦の中で、優れた力を示した者たちの核が変質し、魔王候補となる。
王となる資格を得た者は、更に戦を続ける。同じく王となる核を持つ者たちを力により屈服させ、自分こそが王であると証明するための戦いだ。
血で血を洗うような長い戦乱をただ一度も負けること無く、ただ一度も逃げること無く戦い続ける。そして、やがて玉座を得るにふさわしいだけの力があると『世界』に認められた魔族が、その核を完全に魔王の核へと変化させて魔族の頂点に立つこととなる。
そう、『世界』そのものに認められることが、魔王となるための唯一にして絶対の条件である。たとえどれほど多くの命を喰らおうと、どれだけ多くの者を配下に従えようと、『世界』にその力が王にふさわしいと認められることがない限り、魔王を名乗ることは許されない。
だからこそ、魔王というのは魔族にとって絶対の強さの称号であり、多種族にとって何よりも恐れるべき存在となる。
特に身体能力に乏しく、魔族にとって格好の標的となりやすい人族にとってはその脅威は計り知れないものとなるため、同じく『世界』に認められた存在である勇者を召喚し、魔王を討つ。王さえ死ねば、魔族は多種族のことなど忘れ再び長い玉座争いに身を投じるため、少なくともその間は人族の世に平和が訪れるのだ。
これが、世界の始まりの時より決して変わることのない魔王という存在のシステムである。そして先代魔王の崩御より二百年が経とうとしている今、そこに新たな魔王が誕生しようとしていた。
◇◆◇
魔族領の中に、領都と呼ばれる都市がある。名をウェルビアというその街には、部族単位で暮らすことが多い魔族にしては珍しく、多部族が混合して生活する都市であった。
いびつに歪んだ円状に広がるその街の中心に、巨大な城がそびえ立っている。古い時代の魔王が権威のために建てた城であり、それから代々魔王の居城として使われていた。
その城の中心部に、象徴とも言うべき玉座の間がある。千人が暮らせそうなほど広く、見上げるほど天高く設けられた天井から吊り下げられる絢爛豪華なシャンデリアが美しく照らし出す空間の最奥に、ただでさえ巨大な玉座にさえ窮屈そうに身を預ける大柄な男の姿があった。
「全く、退屈だな」
男は、幾度も修羅場をくぐり抜けてきたことを伺わせるような、深いシワが刻まれた顔に更に眉間にシワを寄せ、不機嫌そうな様子で椅子の肘掛けをトントンと指で叩く。
指が打ち付けられる度に玉座の間を襲う小刻みな地震と、衝撃で吹き荒れる暴風が、その男が尋常ではない膂力を持っていることを示していた。
立ち上がれば身長十メートルに達するほどに巨大かつ鍛え上げられた体躯に、燃えるように逆立てられた真紅の髪に橙の鋭い相貌。岩石のような灰色の肌は所々ひび割れて、皮膚の下でマグマのように熱を発する筋肉が赤く光を漏らしている。
男の名は、ヴァレット・オル・ヴェストラ・グランヴェイラル。火炎の扱いと膂力に優れた溶岩鬼族の出身でありそして現在最も魔王の座に近いと言われている者だ。
「近頃は、儂に挑もうという気概のある候補もいない。かと言って我が軍門に降るわけでもなく、ただ静観するのみ。そのような腑抜けどもが儂と同じ魔王候補であるなど笑止千万。皆の者もそう思うであろう?」
「ええ、全くもってそのとおりであります!」
「やはり、ヴァレット様こそが魔王にふさわしいお方!」
不機嫌そうに周囲をじろりと睨むヴァレットに合わせて、傍に控える配下の者たちが次々とヴァレットを褒め称える言葉を叫ぶ。皆、ヴァレットの不機嫌の矛先が向けられることを恐れているのだ。
雨のように降り注ぐ賞賛の言葉に若干機嫌を改善したヴァレットは、視線を上に向け点を睨むように視線を鋭く細める。
「そう、もはや儂が魔王となることは決まりきったことよ。……だが我が核の変質は十年前に八割に達しては止まったまま、ずっと儂の強さを認めずにいる。いい加減『世界』の怠慢なのではないか?」
天へ向け、『世界』へ向け、ヴァレットは不遜とも思える言葉を投げかける。そのような文句の一つも出てしまうほどに、ヴァレットの現状は不可解なものだった。
十年前の時点で魔王候補の半数を滅ぼし、残る者たちも殆どがヴァレットの軍門に下ることを表明している。まだ数人が敵対しているままであるが、ヴァレットに敵わないと悟った彼らは、決して戦おうとはしない。もはや降参しているのと同義だ。
誰の目から見てもヴァレットの一人勝ちであることは明らかという状態だが、一向に『世界』はヴァレットを玉座にふさわしいと認めない。そのことがヴァレットは不満だった。
「『世界』よ、なにゆえ儂を魔王とは認めぬ? 既に十分な力は示したはずだ。これ以上、儂は何をすればよいのだ?」
若干のいらだちを込めて、ヴァレットは何度目かになるかわからない問いを虚空に向け発す。シンと静まり返った室内にその答えが返されることはない。再びヴァレットの機嫌が降下していき、それを感じ取った配下の者たちが、いつかその怒りを向けられやしないかと見が縮むような思いを抱き始める。
「ヴァ、ヴァレット様ー! 緊急事態です!」
突然、慌ただしい声が玉座の間に木霊した。荒々しく扉を開き臣下の礼もとらない鳥頭の魔族に、無数の鋭い視線が向けられる。礼をとらない事を咎めるヴァレットの視線と、これ以上主の機嫌を落としてくれるなと言う側近たちの怨嗟の視線だ。
射殺すような視線を場の全員から向けられた鳥頭の男は、そのまま回れ右して帰りたい衝動に駆られる。しかし、伝令官という職務に忠実な男は、できる限り向けられる視線を意識の外に追いやり報告事項を叫ぶ。
「報告します! 侵入者が現れました! 侵入者は玉座の間に向かって一直線に進行中です!」
「なんだと?」
ヤケグソ気味に叫ばれた報告に、ヴァレットは胡乱げな声を漏らす。城に侵入者が出ることは確かに珍しいことではあるが、わざわざ報告するほどのことでもない。警備の者が対処すればいいだけのことだ。
「警備の者達は何をやっている?」
「そ、それが侵入者は単独ながら異常な強さで、警備の者達では手も足も出ず……ヒィ!?」
「ほう……」
ヴァレットの纏う雰囲気が変わったことに伝令官は悲鳴を漏らす。ただし、新たにヴァレットが纏った雰囲気は報告に対する怒りではなく、むしろ歓喜に近いものだ。
「もしや、静観していた候補たちか? 完全に牙が抜けたと思っていたが、単身乗り込んでくる気概が残っていたとは……面白い、儂の前まで連れてこい」
「は? し、しかし……」
「……儂に同じことを二度言わせる気か?」
「い、いえ! すぐに連れてきてまいりますー!」
剣呑な気配を察知し、伝令官は飛んでいくように部屋を後にする。それを見送りながら、ヴァレットは十年ぶりに戦いを楽しめることに、ここ最近にしては珍しく機嫌が良さげであった。
「案内感謝するわ!」
「い、いえ! 仕事ですので!」
ヴァレットに報告が来た時点で、かなり近くまで侵入されていたようだ。伝令官が玉座の間を去ってから数分もせずに、伝令官は侵入者と共に戻ってくる。
聞こえてきた想像よりも高い声に、ヴァレットは果たして誰が来たのかと入り口に視線を向け……そこに見えた姿に一瞬驚くと、明らかに落胆した。
「……子供ではないか」
そう、侵入者は子供……それも少女だったのだ。
腰まで伸びた黒い髪をなびかせ、勝ち気そうな目は真紅。極めて人族に近い外見であるが、前髪の隙間から覗く二本の短い角が魔族であることを示している。
全身を漆黒のローブで覆っているため体型は外からではわからないが、ちらりと袖から見える腕の細さから、相当に華奢な体格であることを伺わせる。
(いや、成長しても背が伸びない部族もいたはずだ。だがしかし……)
確かに、魔族の中にはある年齢から外見の変化が止まる部族も珍しくない。しかし少女の見た目はそれらの部族のどれにも属さない。むしろ、はっきりと氷妖族だと断言できる特徴を兼ね備えている。
(氷妖族ならば見た目通りの年齢のはず……となれば、百歳ほどか)
氷妖族の百歳。人間に例えれば十歳ほどでしか無い。いくら魔族の実力が年齢だけでは推し量れないとは言え、いくら何でも幼すぎると言える。
更にヴァレットを落胆させるのは、その少女の情報をヴァレットが一切掴んでいないということだ。ヴァレットは配下を使って他の魔王候補や、魔王候補になりそうな実力を持つ者について入念に調べている。そのリストに、氷妖族の少女は入っていない。
(となれば、正真正銘ただの子供か。警備の者を倒した以上はそれなりに腕は立つようだが……)
城の警備を任せていた者達の実力を思い出し、ため息をつく。その程度の者を倒せるぐらいだけでは、ヴァレットの足元にも及ばない。
期待に浮かせかけていた腰を再び玉座に深く沈め、ヴァレットは落胆を隠さず少女へ問いかける。
「小娘が、我が城に何しに来た?」
言葉と同時、わずかに殺気を解放して少女へとぶつける。だいぶ抑えているとは言え、物理的な衝撃となってシャンデリアを揺らすほどの強者の殺気だ。ただの自分の力量を勘違いしただけの子供なら、力の差を理解して泣いて逃げ帰ることだろう。
「ふぅん……?」
しかし、結果は違った。殺気を平然と受け止めた少女は、ヴァレットが……否、その場の誰もが予想だにしていなかった言葉を発した。
「なんだ、大したことないのね」
次回の投稿は5/4、土曜日を予定しています。
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