襲撃Ⅴ
本日、三話連続投稿予定です。これはその一話目になります。
「リリィちゃん……どうか、無事でいて……」
マリアは、祈っていた。祈ることしか出来なかった。
リリィが飛び出していってから、外からは物々しい音が絶えなかった。一足早く家へと帰ったマリアは襲撃のことを知らないが、それでも切羽づまった様子で帰ってきたリリィの様子と、その服についていた無数の返り血から、知らぬ間に尋常ではないことが起きていることは理解できていた。
「リリィちゃん、今戦ってるのよね……何も出来ない私が恨めしいわ……」
できることなら、マリアは今すぐにでもここから飛び出してリリィの助けになってやりたかった。今も一人で辛い目に会っているだろう娘の苦しみを、少しでも和らげてあげたかった。
しかし、いつの間にか強く成長していたリリィと違い、マリアはただの非力な村人でしか無い。出ていったところで、むしろ足を引っ張ってしまうだけになる。更に、今出ていってしまうことは、"信じて待っていて欲しい"といって飛び出していったリリィの思いを踏みにじってしまうことになる。
「神様、お願い……リリィを守って……」
だからこそ、マリアはただ祈り続けていた。ぎゅっと目を閉じ、主神の名を心の中で何度も唱え続け、娘の身の無事だけを願い続け──そして気がつけば、外から微かに響いていた争いの音は止んでいた。
「終わったの……?」
恐る恐るマリアが目を開けた、その時だった。
──ギィィ
「リリィちゃん?」
建付けの悪くなった家の扉が開かれる、金具のきしんだ音が鳴り響いた。ハッとして顔を上げたマリアの耳に、居間へ向かって歩みを進める足音が届く。
「リリィちゃん……! 帰ってきたのね……!」
きっと、戦いに勝利した娘が帰ってきたのだ。そう信じたマリアは、宝珠の影響で力の入らない身体に必死に鞭打たせ、何度も転びかけながらも愛しい娘を一刻も早く迎えるべく走った。階段を駆け下り、倒れ込むような勢いで居間の扉を開け放つ。
「リリィちゃ……ッ!?」
「……なんだ、ここにも動ける奴がいやがるのかよ」
「だ、誰……!?」
──そこに有ったのは、期待していた娘の姿ではなかった。
金目の物を探して居間のタンスの中をひっくり返していたドミニクは、飛び込んできたマリアの姿に気づいて苛ついた声を漏らした。めんどくさそうに顔を上げ、視界にうろたえるマリアの姿を捉える。
「あ? どっかで見た顔だと思ったら……なるほど、あんたあのガキの母親か」
リリィと瓜二つな容貌のマリアを見て、ドミニクはすぐに血縁者であると見抜いた。一方、マリアは男の口からリリィと思わしき人物の話が出たことに驚き、怪しい大男を警戒することも忘れ必死な形相で詰め寄った。
「娘をを知ってるんですか!? リリィちゃんは無事なんですか!? 今どこに……!」
「さあな。外に出てみりゃあわかるんじゃねえか?」
ニヤリと笑ったドミニクが、顎をしゃくって外を示す。いても立ってもいられず、マリアは家の外へと飛び出した。
「どこ……どこなの……!」
夜の村は明かりに乏しい。それに加えて、唯一の光源である空に浮かぶ満月が、今はタイミング悪くその一部が雲に隠れて更に視認性が悪くなっている。その中でただでさえ小柄な少女を見つけ出すことは極めて困難だった。
それでもマリアは諦めない。重りがつけられたように動きの鈍くなった身体を引きずり、声がかれるほど娘の名を叫び続ける。捜索を続けることしばらくして、マリアは微かな月明かりに薄っすらと照らし出されたリリィの体が、草むらに倒れているのを見つけた。
「リリィちゃん!? 待ってて、今助け──ッ!?」
顔を青ざめさせたマリアが、慌てて駆けつける。たった十メートルほどの距離がまるで無限のように感じられたその先で、衝撃的な光景を目にする。
リリィの身体は、赤い水たまりの中に沈んでいた。
「う……そ……」
マリアは呆然と立ち尽くす。眼の前に映し出された現実に、思考が停止してしまっていた。
何が起こっているかの理解を、脳が拒んでいた。だが、月の一部を覆っていた雲が流れ、月明かりがより一層強くリリィの姿を照らし出したことで、マリアは否が応でもその現実を認識せざるを得なくなった。
リリィの胸に、深々とナイフが突き刺さっていた。
貫かれた心臓からはドクドクと血液が漏れ出し、その場に血溜まりを作り出している。純白に輝いていたはずのリリィの髪は、血溜まりに浸っていたことで赤黒く染められ、鉄臭い臭いを纏っていた。
「リリィちゃん……嘘よね? 寝てるだけよね? ほら、起きて。お母さんが来たわよ!」
汚れることも厭わずに血溜まりの中に膝をつき、ゆさゆさとリリィの身体を揺さぶる。まるでいつも朝起こしてるかのように、必死に呼びかける。
しかし、リリィの目が開かれることはなかった。
「どうして……どうして起きてくれないの……!?」
「──はっ、そんなの決まってんだろ。そのガキはもう死んでるんだよ」
「そんな……!」
マリアの後に続いて出てきたドミニクがあざ笑いながら告げた言葉が引き金となり、マリアの目からボロボロと涙がこぼれだす。
娘の身体に泣き縋り、嗚咽を漏らすその姿を、ドミニクは愉快とばかりにニヤニヤと笑いながら眺めていた。その様子に、人を殺したことに対する罪悪感は一切見受けられない。
「……あなたが。あなたが、殺したんですか……?」
「ああ、そうだが?」
「どうしてこんなことを……!」
泣きはらした赤い目で睨みつけられたドミニクは、鼻で笑って答える。
「愉しいからだよ」
「ッ……!?」
あまりにも単純かつ人道に反したその言葉を危機、マリアは声を発することができなかった。息を呑み、理解の追い付かない化物を見るかのような目を向けてくるマリアに対し、ドミニクはその目を向けられるのも慣れたものだと言わんばかりに笑った。
「俺はなぁ、これでも昔はまっとうに冒険者やってたんだ。けどある時その時の仲間とちょっとしか諍いが起こってよ。カッとなった俺はあろうことかそいつを手に掛けちまったんだ」
発端は冒険の戦利品の分配から生じた言い争いという、冒険者なら誰しもが経験するようなありふれた喧嘩であった。本来ならばどこかで落とし所を見つけて和解するべきようなものだが、その時は戦利品が極めて価値の高いものであり、互いに妥協することが無かった。
そして徐々に剣呑な空気が色濃くなった時、痺れを切らしたドミニクが相手の胸を剣で貫いたのだ。
「あの時俺は知ったんだよ……人を殺すのがこうも楽しいことなんだってな。恐怖に顔を歪め、必死に命乞いをする奴の心臓を刃で抉るのは、俺にとっては何にも勝る快感だったんだ」
仲間を刺し貫いたときの感触を思い出したのだろう。そう語るドミニクは月に照らした曲刀の刃を眺めながら、魔物のように醜悪で吸血鬼よりも凶悪なその顔をに、倒錯の表情を浮かべていた。
「それからというもの、依頼中の事故に見せかけて人殺しを楽しんでたんだがな……どうにも俺にはコソコソとしたことは向いてねえ。堂々と人殺しを楽しむために盗賊団に転向したんだよ。……さて、そろそろ無駄話は終わりだ」
「きゃっ!?」
話を終えたドミニクは、もう我慢の限界だとばかりにマリアへと襲いかかった。一流の剣士でもあるドミニクが伸ばしたてを、元よりただの村人でしかないマリアは当然避けることができす、胸元を掴み上げられてしまう。
「お前も、娘と同じように殺してやるよ!」
「い、いや! 離して!」
暴れて抵抗するマリアをドミニクは勢いよく地面へと打ち付ける。衝撃にむせるマリアの腹を逃さないように強く踏みつけると、逆手に持った曲刀の刃を天高く振り上げた。
「神様……どうか、リリィちゃんを助けて……」
「さあ、死ねよ──ッ!?」
しかし、その刃が振り下ろされることはなかった。それは決してドミニクが躊躇したわけではない。剣を握るドミニクの腕が動かなくなっていたのだ。
「な、なんだコイツは……氷……?」
否、動かなくなっていたのは曲刀の方であった。地面を這い、鎖のように伸びた氷が、ドミニクの持つ曲刀を絡め取っている。透き通った拘束具によって空中に縛り付けられ、ドミニクがどれだけ力を込めても動くことは無かった。
「……何を、しようとしていたのかしら?」
次話は、およそ一時間後に投稿予定です。





