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七歳になりました

二話連続投稿の二話目です。

 転生してから七年の月日が過ぎた。その間にリリィは様々なことがわかった。


 まず、リリィが生まれたのはファル村という名前の人族の村らしい。人族の領域の中でも、辺境に位置する村であり、そのため平和ではあるが特に発展もしてない。


 人口は五百を超えるほど。リリィと同い年の子供も十人ほどいるようだ。気候はかなり温暖であり、農作物も育ちやすく過ごしやすい環境のようで、飢えの心配が少ないことにリリィは一先ず安堵した。


 (世界を支配したらここに城を築くのも悪くないわね!)


 そう思い立って以来、寝る前に統治の拠点となる城の図面を考えるのが最近のリリィのお気に入りだ。


 城を築くどころか世界征服のせの字も成ってないような現状であるが、夢はいつか叶うこと前提で考えるのが元魔王様クオリティなのだ。


 次に、今の時代において。どうやら、リリィが生まれ変わったのは死後すぐというわけではなかったらしい。


 (どうやら、今は私が……リリアスが死んでから57年目らしいわね)


 現在リリィは七歳。つまり、死後ちょうど50年後に転生を果たしたらしい。その間に魔族領では次代の魔王を決めるために内乱で大きく荒れ、その隙に占領していた各種族の地域もその殆どが解放されてしまったとか。


 かつて征服にかけた努力が水の泡となってしまったこと知ったリリィはひどく落ち込んだものだが、今ではむしろそのほうが世界征服のやりがいがあると立ち直っていた。


 物事はポジティブに考えるのが元魔王様スタイルなのだ。


 (……でも、もう勇者がいなくなってしまったのは本当に残念ね)


 見事にリリアスを打倒した『蒼炎の勇者』。できることなら彼の健闘を讃え、そしてリベンジを果たしたかったが、異世界からの召喚者である彼は魔王を倒した後はもう元の世界に帰ってしまったらしい。


 最後に、リリィ自身について。黒髪に赤い目だったかつての姿とは対象的に今の彼女は純白の髪に氷色の目。髪の色は母譲り、目の色は茶髪青目である父譲りらしい。


 腰までストレートに伸ばした髪型は前世からのお気に入りで、右サイドにつけた花の髪飾りは、五歳の誕生日に母が作ってくれたものだ。


 身長は同じ年の子供の中では最も低い。自分の容姿がどちらかといえば母譲りなことと、その母親が子供体型なことを思えば、リリィは今後の成長が危ぶまれそうだ。


 そして、最も重要なことは。


 (人族の体、すごく弱いわ!)


 前世と比べ、今のリリィは弱体化が甚だしかったのだ


 前世のリリアスは魔族の中では腕力は弱い方であったが、それでも今のリリィ程の背丈だった時は、人の身長ほどある岩を片手で持ち上げる事ぐらいは軽々とできた。しかし、今はバケツに組んだ井戸水を運ぶのですら重労働だ。


 更に危ぶまれるのは魔力の絶望的な少なさだ。人族の雀の涙ほどの魔力では、かつて使ってた召喚魔法や氷魔法は使えそうにも無い。


 「人族ってこんなに弱かったのね……でも、勇者はもっと頑丈じゃなかったかしら……?」


 コテンと首をかしげるリリィ。そもそも勇者と村娘を比べることが間違いだと、突っ込んでくれる人はいない。


 「どうにかして昔の力を取り戻さなければ世界征服は程遠い……あ、ネルおばさん、ポテ芋の収穫終わったわー!」


 「お、リリィちゃん本当かい?」


 そんなことを考えながら作業していたリリィは、頼まれていた作業が終わったことに気づく。今日は腰を痛めてしまった農家のネルおばさんの代わりに、ポテ芋の収穫をしていたのだ。


 作物の収穫など世界の支配者が行うことではない……と考えるのは支配者として二流。


 自分が支配する(予定である)土地になにか問題があるのなら、どんなささいな労力でも惜しまないのがリリィのスタイルだ。ついでに非力な体をきたえる訓練にもなる。


 リリィの元気な声を聞き杖をつきながら家から出てきたネルおばさんは、山積みにされたポテ芋を見て満足気に微笑んだ。


 「おばちゃんの代わりにほんとうにありがとう。リリィちゃんは優しい子ねぇ。しかも仕事も丁寧で、私もこんな娘が欲しかったわぁ」


 「ふふん、当然じゃない! 私はやがて世界の頂点に立つ者なのだから、この程度朝飯前よ!」


 「あはは、そうねぇ、しっかり者のリリィちゃんならほんとに世界の頂点に立てちゃうかもねぇ」


 魔王節全開のリリィの言葉も、子供の言葉としか捉えられない。ネルおばさんはニコニコと笑顔でリリィの頭を撫でると、ポテ芋の山からどっさりととって麻袋一杯に入れてリリィに手渡した。


 「はい、お駄賃よ」


 「え、でもこんなにたくさんは……」


 「いいのよいいのよ。おばちゃんほんとに助かったからねぇ。ほんとはこんなんじゃ足りないほど感謝してるのよ」


 「これ以上は重くて持てないわ……それならありがたくいただく! でも、どうせなら生でもらうよりネルおばさんにふかし芋にしてほしいわ!」


 「あらそう? ふふ、それじゃ少し待っててね」


 ネルおばさんの丁寧な畑仕事によって作られたポテ芋はとても甘みが強い。それがネルおばさんの丁寧な調理で甘みがじっくりと引き出されたふかし芋は、リリィのお気に入りだ。


 「はい、できたわよぉ」


 「感謝するわ! ……アチチ」


 報酬の一部を熱々のふかし芋にしてもらったリリィは早速一つ齧りながら帰路へつき、後ろではネルおばさんが優しく手を振っている。


 (やっぱりこのふかし芋は絶品ね。この味は世界に広められるべきよ!)


 リリィの脳内で密かに描かれている征服後の世界構造図の中で、"ネルおばさん直伝のふかし芋"が特産品として設定されていることを、当のネルおばさんは知らない。




◇◆◇




 ふかし芋が冷めないようにリリィは小走りで帰路を進む。太陽が頂点に差し掛かったこの時間帯はほとんどの家庭が食事時であり、村の中はガランとしてる……はずだったが。


 「あれ、ジョンおじさん? こんな時間も働いてるの?」


 「ああ、リリィちゃん」


 畑の中でぽつんと一人農作業をする、痩身の男ジョンに声をかける。


 「もうお昼の時間でしょ?」


 「はは、そうなんだけど農作業の進みが思ってたより遅くてね……ちょっとだけ居残り仕事ってわけさ」


 「む、それは大変……でもお腹空かないの?」


 「ああ、それは大丈夫。今日は全くお腹が空いてな──」


 ──グウゥ~


 ジョンおじさんの言葉に抗議するかのように、彼のお腹が盛大な音を鳴らした。リリィにじとーっとした目を向けられたジョンおじさんは目をそらす。


 「──いってことは無いんだけど、でもほんとに一食ぐらい抜いても大丈夫……」


 「それは駄目だわ!」


 急に不機嫌そうに表情を歪ませたリリィは、さっとふかし芋をジョンおじさんの鼻先につきつける。


 「おじさんには、私が支配した世界の食糧生産を支える者の一人として長く活躍してもらわなきゃならないの! いずれ世界の頂点に立つ者として、大事な民が健康を損なおうとしてるのを見過ごすことはできないわ!」


 「リリィちゃん……はは、そうだね。健康が一番だね」


 これまた魔王節全開のリリィのセリフを、彼女なりの"元気に長生きしてほしい"というメッセージと捉えたジョンおじさんは──ある意味間違ってないのだが──ジーンと瞳を涙で潤ませふかし芋を受け取る。


 「これは……ネルさんのふかし芋かな?」


 「そうだ! 収穫の手伝いをしたご褒美にネルおばさんが作ってくれたのよ」


 「そうかそうか。いやぁリリィちゃんはほんとできた子だなぁ。うちのせがれ(トニー)の嫁に来てほしいぐらいだよ」


 「そうね、トニーが世界の頂点に立つ器だというなら考えようかな」


 「はは、そいつはぁうちのには荷が重いなぁ。残念だけど諦めるとするか」


 ふかし芋を食べ終えたジョンおじさんはリリィにお礼をいい、昼食をとるために家へと帰っていく。それを見送ったリリィも再び帰路へつく。




◇◆◇




 昼食を終えれば、今度は両親の仕事の手伝いだ。


 リリィの父グレイの仕事は木工師。仕事の殆どは重い木材や危ない刃物を扱う仕事のため子供の手伝えることは殆どないが、それでもリリィは積極的に仕事を探しては手伝いに勤しんでいた。


 「お父さん、木くずはこっちにまとめておくわね」


 「ああ、ありがとう」


 リリィができることといえば、ゴミをどけたり完成した部品を運び出したりといった程度だが、グレイからすればそういった細々した仕事を肩代わりしてもらえれば作業に集中できるため、大助かりであった。


 「あとはー……」


 キョロキョロとリリィは辺りを見渡しできることを探すが、しかしせっせと働くリリィの手により作業場は木くず一つ落ちてない状態である。


 「はは、頑張ってくれたからもう仕事が無いみたいだな。遊びに行ってきたらどうだ?」


 「そうね……それじゃ、村長さんのところに行ってくるわ!」


 さっそくとばかりに、ぴゅーっとリリィは飛び出ていく。忙しない娘の様子にグレイは苦笑しながらそれを見送った。


 そこへ、入れ違うように母マリアが二人分の飲み物を持って姿を現す。


 「……あら? リリィはもう出かけたのかしら?」


 「ああ、手伝えることが無くなった途端村長さんの家に遊びに行ったよ」


 「そう。すこしぐらいゆっくりすればいいのに……ほんとに忙しい子ね」


 二人は顔を見合わせて苦笑する。リリィは村長のところに遊びに行くと言っていたが、それが言葉通りの意味では無いことを知っているのだ。


 「リリィは村長さんのところでも頑張ってるんだって?」


 「ええ、村長さんの本を沢山借りて勉強してるらしいわ。今月だけで十冊も本を呼んだんだって」


 「……ほんとに、俺達の子だとは思えないほど頑張り屋だなぁ」


 「そうねぇ。それに、しっかり者でいい子だから手が全くかからないのがむしろ困るぐらいよ」


 困ったわぁとマリアは頬に手を当て眉を下げるが、その表情は嬉しそうにニヤけられている。


 「リリィちゃん、村の皆からもほんとに人気者で皆合うたびにリリィちゃんの話ばかりするのよ。それに、あの子優しいからよくいろんな人のお手伝いしてるみたいで、一日一回はリリィちゃんのお手伝いのお礼を言われるわ」


 「そういえば今日のふかし芋もリリィがお手伝いのご褒美にもらってきたものだったな」


 しっかり者で働きものであり、誰にでも優しく面倒見がよくそして誰かを困らせることもない。まるで天使や女神の生まれ変わりかと二人が思うくらい、リリィはよくできた娘だった。


 「……世界の頂点に立つんだーなんて言い出したときは、正直なところこの子はどうなることかと思ったもんだけどなぁ」


 「そうねぇ。でも、今となってはリリィちゃんならいつか本当にそうなってもおかしくないと思うの」


 「さすがにそれは……無いとは言い切れないのが恐ろしいな。なにせリリィだからな」


 「そうね、リリィちゃんだもの」


 人生の行き先が全く見えない娘の将来に思いを馳せ、両親は苦笑する。それからも娘の話題で話に花を咲かせた二人は、やがて各自の仕事に戻っていく。


 こうして、リリィは世界の支配者になるという夢とは裏腹に村のアイドルとしての地位を着々と固めていくのであった。


 (世界征服の道はまだまだ先が長いわ……もっと頑張らなければ!)


 当の本人にその自覚は一切無いのだが。


元魔王様の明日はどっちだ! 次回、修行(?)編。今後は一週間に二話程度のペースで投稿……できればいいなぁ

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