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豊穣祭の終わりに

 巨大な焚き火によって明るく照らし出された華やかな広場とは対象的に、村の外周、村と森の境目にあたる領域は暗闇に閉ざされている。


 その中を、弓と剣を携えた二人の青年が腰に下げたカンテラで辺りを照らしながら警戒心強く巡回していた。


 「……全くよー、今日は祭りだってのになんで俺らは巡回なんてさせられてるんだろうなー」


 そのうちの一人はいまいちやる気が無いようだ。気を緩めてあくびをしているボサボサ髪の男をもうひとりの生真面目そうな容貌の男がたしなめる。


 「巡回のスケジュールはずっと前に話し合いで決められたことだろう。文句を言わず警戒に集中しろ、リヒト」


 「そりゃそうなんだけどさー、アベル」


 やる気なさげな男……リヒトは、後ろからついてくる相方、アベルへと振り返る。


 「せっかくの豊穣祭なんだぜ? 今日ぐらい巡回しなくたって、バチはあたんねーと思うわけなんだよ、俺は。大体、アドウィックさんだってふつーに祭り楽しんでるわけじゃん」


 「そういうわけにはいかないだろう。そもそも団長はこの村の顔の一人だ。祭りに出ないわけにはいかない」


 不満たらたらな相方に対し、生真面目なアベルとしては頭を抱えたい気分だ。


 「それにお前だって聞いてるはずだ。一ヶ月前に村に出たって魔物の行方がまだわかってない。むしろいつも以上に警戒してしかるべきだ」


 「……それなんだけどよー。魔物が出たってのは本当なのかよ?」


 「おい、団長を疑うのか?」


 魔物が出たという情報は、自警団団長であるアドウィックが直々にもたらしたものだ。それに異を唱えるリヒトの神経を、職務に忠実なアベルには理解できなかった。


 一気に剣呑な雰囲気をまとい始めた生真面目な相方に、リヒトは両手を突き出し慌てて否定する。


 「いやそういうわけじゃないんだけどよ。ただ、その魔物を見たのってアドウィックさんだけじゃん。他の奴からは見たなんて話聞かないし……てか、あのアドウィックさんなら魔物なんて出合い頭に切り捨ててるだろ」


 「団長だって完璧な人間じゃない。逃すことだってあるはずだ」


 「ま、そうだけどよー。……お前だって、あの噂(・・・)聞いてるだろ?」


 周囲に人影が無いのにも関わらず、リヒトは内緒話をするように耳元へ口を寄せる。急に顔が迫ってきたアベルは迷惑な表情を隠さない。


 「何者かにオルゼ村が襲撃されたって!」


 「……ああ、確かに聞いたよ」


 不本意ながらも、アベルは頷かざるを得ない。


 村の幹部達は隠そうとしている話だが、人の口にはそう簡単に戸が建てられないものだ。どこからか漏れてしまったその噂話は、自警団の中で密かに広まってしまっていた。


 「俺は、魔物が出ったのは方便でアドウィックさんはその何者かの襲撃を警戒してるんじゃないかと睨んでるんだよ!」


 「……それが本当だと思うなら、余計に警備に集中する必要があるだろう」


 「あ痛っ」


 ペシッと頭を小突いたアベルは、話が終わりとばかりにツカツカと歩き始める。リヒトは無駄に力強く叩かれた頭を擦りながら、「つれねーやつ」とぼやいた。


 「あーあ、もうそろそろ祭りも終わった頃か。ほんと残念」


 「いい加減にし──ッ!?」


 「敵か!?」


 リヒトの声に答えるよりも早く、異変を感じ取ったアベルが弓を取り、暗闇へすばやく矢を放つ。


 「んぐぁ!?」


 「リヒト、お前の予想はどうやら当たってそうだぞ」


 「そうみてぇだな!」


 くぐもった悲鳴が聞こえた先へと二人が駆けつければ、そこには薄汚れた身なりの曲刀を携えた男が足を押さえてうずくまっていた。


 矢は、足を浅くえぐっただけのようだ。二人の接近に気づいた男は舌打ちし逃げる素振りを見せ始めた


 「おい、逃げるな!」


 アベルは素早い動作で剣を抜き男へと迫る。だが、逃げる素振りはブラフだったようだ。


 「あぐっ!?」


 「は、バカ正直にツッコんできやがって」


 苦悶の表情で目を腕で拭う。男が蹴り上げた砂が目に直撃したのだ。


 視界を封じられたアベルが隙を晒している間に、今度こそ男は逃げようとする


 「ツッ!?」


 「おっと、どこいくんだよ」


 男の顔の横スレスレを投擲されたナイフがヒュッと空気を切り裂きながら通り抜けた。村一番の投擲の名手であるリヒトの投げたナイフだ。


 「逃げるんなら、背中に的でも描いといてくれよ。百点に当ててみせるからよ」


 「リヒト、真面目にやれ!」


 「はいはい」


 視界を取り戻したアベルが、今度は油断なく男を睨む。


 「お前が、オルゼ村を襲撃したって噂の犯人だな? ファル村に何しに来た」


 「ハッ、そんなのわざわざ言わなくてもわかってるんじゃねえか?」


 小馬鹿にしたような男の物言いにアベルは舌打ちする。男の言葉は、アベルが予想していた中でも最悪の状況を示唆していた。


 「……この男一人だけということはないだろう。リヒト、お前は団長のところにいって応援を呼んできてくれ」


 「いいけど、お前一人で大丈夫かよ?」


 「馬鹿にするな。さっきは油断しただけだ。お前が団長を呼びに行ってる間に俺はコイツに仲間の居場所を吐かせる。今なら、まだ未然に防げるはず──」


 「残念だったな。もう、時間切れ(・・・・)だ」




◇◆◇




 時は、わずかに遡る。


 「豊穣祭、終わっちゃったね……」


 「あっという間だったわ」


 華やかな祭りが終わったことに対する寂寥感を覚えながら、リリィとシオンの二人は広場から少し離れた岩の上に並んで座っていた。今や広場は大人達による酒盛りの会場になっていて、下手に近付こうものなら酔っ払った大人達にもみくちゃにされること必須だったのだ。


 「飾り、すっごいきれいだったなぁ」


 「ごちそう、全部おいしかったわねぇ」


 「司祭様の話も面白かったし……」


 「特にあのアミジュって肉料理は毎日でも食べたいほどね!」


 「……音楽も、びっくりしたよね」


 「あ、でもやっぱりネルおばさんのふかし芋が一番だわ!」


 「リリィの頭には食べ物のことしか無いの?」


 ジトーっとした目を配下から向けられてリリィはぷいっと顔をそらした。


 「……あら? ハンス?」


 「おーい、リリィ! そんなところにいたのか!」


 顔をそらした先から、見慣れた顔の少年が走ってくるのが見えた。後ろから取り巻きの二人も遅れてついてきている。


 「リ、リリィ! 豊穣祭終わっちまったな!」


 「そうねぇ、ちょっと寂しいわ……」


 「あ、でもリリィの踊りめっちゃ良かったぜ!」


 「ふふ、当然じゃない!」


 結局、身体を洗ってたことで盛大に遅刻して一緒に踊ることは叶わなかったハンスだが、リリィの魅力的な一面を見ることが出来てそれはそれで満足していた。


 なんとか気を引こうと必死に褒め続けるハンスと、その姿を後ろからニヤニヤと眺める取り巻き二人。そしてハンスの気持ちに気づかずいつもどおり自信満々にふんぞり返るリリィ。


 そんな穏やかとも言える空気の中で、シオンがふと思い出したようにポツリと呟いた。


 「……次は、七年後かぁ」


 その言葉に、シンと静まり返る。


 「遠いな……」


 「うん……」


 それは、ただ期間が長過ぎるということだけではない。


 辺境の村という環境は、常に命の危険と隣り合わせだ。毎年誰かが病気や魔物に殺されてしまうのは当たり前であり、昨日元気に挨拶を交わした相手が次の日にはいなくなっているということも珍しくはない。そして、いなくなるのは自分ではないという保証はどこにもないのだ。


 待ち望む七年後は本当に来てくれるのか……楽しかった祭りの反動からか、そんな暗い考えが頭によぎってしまう。


 「んむ? たったの(・・・・)七年後じゃない」


 リリィただ一人を除いて。


 前世は人族の十倍の寿命を生きる魔族の生まれだったリリィだ。それに加えて常に全力で前向きな彼女の感覚からすれば、七年なんてあっという間に過ぎ去るものだ。


 「次が来るのが楽しみね!」


 「リリィ……」


 「……ああ、そうだな!」


 どこまでも前向きなリリィの姿に、暗い想像がいつのまにか払拭された。


 「次こそは、皆で踊ろうぜ!」


 「皆って、遅れてきてたのハンスだけじゃない」


 「うぐっ!? そ、そうだけどよぉ……」


 「……んむ? ハンス、ちょっと止まりなさい」


 「へっ?」


 なにかに気づいた様子のリリィが、再びハンスの身体へと顔を近づける。スンスンと鼻を鳴らすその姿に、ハンスの顔に冷や汗が流れた。


 「リリィ、何を……ま、まさか」


 「ハンス、貴方やっぱり臭いわ」


 「がーん!?」


 ドサッと膝から崩れ落ちるハンス。気になる娘から二度も臭いと言われたショックは相当のものだ。


 「う、うぅ……ちゃんと身体も服も洗ってきたのにどうして……まさか、この年にして体臭が……」


 「いえ、そういう臭いじゃないわよ」


 「へっ?」


 リリィがハンスから感じ取ったのは、体臭でも汗の臭いでも無かった。


 確認するかのようにハンスの身体をあちこち嗅ぎまくるリリィ。そして、その臭いの正体についてとうとう確信を得た。


 「……やっぱり。魔族臭い(・・・・)わ! 貴方から魔族の魔力を感じる」


 「……へっ!?」


 生まれ変わってから長らく縁の無かった同族の魔力の雰囲気。それがハンスから感じ取ったものの正体だ。


 「兄貴から魔族の臭いが……!?」


 「そ、そんな……ハンスの兄貴、魔族だったんですか!?」


 「ばっ!? んなわけねーだろ!? ……ち、違うよな!? 俺様、魔族なんかじゃないよな!?」


 自分で言ってて不安になってきたようだ。泣きそうな顔でリリィにすがりつくハンスだが、当のリリィは真剣な目で辺りに目を走らせている。


 (……いいえ、ハンスからだけじゃないわ。村全体に魔族の魔力が充満してる)


 感覚を研ぎ澄ませれば、薄っすらとだが村中に漂っている懐かしい魔力。そして、それは村のある一点から発せられてるようだ。


 (どうして……ここは、魔族の領域からは一番遠い場所のはず。ここまで手が伸びるはずがないわ)


 ファル村と魔族の領域は、世界の両端にある位置関係。全盛期の彼女でさえ侵攻の手が全く伸びてなかった程の場所だ。魔王を失い未だ混乱状態にある魔族がここまでやってくるとは考えづらい。


 ──嫌な予感が、リリィの中に芽生えた。


 「こっちね!」


 「あ、ちょっと、リリィ!?」


 予感に従い、リリィは魔力の中心点に向かって駆け出す。


 目指すは村の中央、村長の家だ。




◇◆◇




 ──バァン! と村長の家の扉が荒々しく開かれる。


 「リリィ、さっきからどうしたの……?」


 「あとで答えるわ! ……二階から感じるわね!」


 家の中に入れば、魔族の魔力はより一層強く感じ取れた。ここまでくればリリィほどではないしても感覚の優れたシオンにも違和感を覚える程だ。


 一瞬で元凶の在り処を察知したリリィは階段を昇る。


 「ここね!」


 たどり着いたのはハンスの部屋の前だ。その先にある正体を求めてリリィは扉を開けようとし。


 「わ、わー!? 入るな!?」


 「……ハンス?」


 焦ったハンスに立ちふさがれた。それもそのはず、今ハンスの部屋には人に見られたら効果の無くなってしまう"恋を叶える宝珠"がある。


 「あ、あれを見られたら……いやそのなんでもない! とにかく今は入っちゃ駄目だ!」


 「やっぱり、何かあるのね。どきなさい!」


 「わー!?」


 ハンスの反応から、元凶がそこにあることを確信する。必死に止めようとするハンスを無理やり押しのけ、リリィは部屋の扉を開け放った。


 「……なるほど、あれが元ね」


 「なに、あれ……?」


 リリィに続いて入ってきたシオンが震える手でソレを指差す。更に遅れて部屋へと入ったハンスは、絶句した。


 「……なんだ、アレ……あんなの(・・・・)じゃ無かったはず……!」


 宝珠は、大きく様相を変えていた。


 手に収まるほどの大きさでしかなかったはずが今では子供の頭ぐらいの大きさほどにまで膨れ上がっている。心臓が脈打つように収縮を繰り返しながら毒々しい魔力を周囲に撒き散らしていて、部屋に充満した濃密な魔力はハンスの目にもハッキリと見えるほど。


 「リリィ、これどういうことだよ!」


 「私が知るわけないじゃない! でも、ろくなものじゃないことは確かね。……壊すわよ!」


 「あ、おい!」


 すぐに破壊しなければ大変なことになると、直感が告げていた。ハンスの声に耳を貸すことなくリリィは宝珠へと手を伸ばした。


 ──ドクン


 (……ッ!? 何、今の感覚……!?)


 宝珠に手が触れた瞬間、リリィの体に心臓が鼓動を打つような衝撃が駆け巡った。今まで経験したことの無いその感覚に驚き、リリィは宝珠を破壊しようとした手をピタリと止めてしまう。


 ──その一瞬の時間の空白が、明暗を分けてしまった。


 「ッ!? しまったわ!」


 急激に膨れ上がった宝珠の魔力に気づくがもう遅かった。


 一際強く輝きを放った宝珠が音を立てて砕け散り、爆発した魔力がファル村全体へと撒き散らされる。


 そして、悲劇が始まった。

次回の投稿は4/21、日曜日を予定しています。

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