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豊穣祭Ⅱ

 「……はぁ、はぁ、やっと来れた……!」


 「あら、ハンス」


 人混みの間をすり抜けるようにして姿をあらわしたハンスは、妙に疲れた様子で息を切らしている。


 「お水、飲む?」


 「ああ、ありがとう……」


 気を使った シオンに木製のコップに入った水を手渡される。ハンスはそれをぐいっと飲み干し、喉に染み渡る清涼感に、ふぅっと一息ついた。


 「……朝から祭りの準備を手伝わされてさぁ。それだけでも疲れたのに、祭りが始まってからというもの、ずっとじいちゃんにつれられてあちこちのテーブルに行かされてよぉ……こういうときにこそ日々の頑張りをねぎらうのも村の長の努めだなんていって、全然解放してくれなかったんだ……じいちゃんだけならともかく、なんで俺まで……」


 「まぁ、それは仕方ないんじゃないかしら。だって未来の村長なんでしょう?」


 「うぅ……そうなんだけどよぉ。おかげでリリィのところに来ようにも全然行けねぇし……」


 「んむ? どうして私のところに来たがるわけ?」


 「んぐっ」


 相変わらず鈍感なリリィに小首をかしげられながら問われ、ハンスはかじっていた串肉を喉に詰まらせる。


 「いつもの二人のところじゃないのかしら?」


 「げほっ、げほっ……そ、それはだな……」


 どうごまかしたらいいものか。未だに思いを正直に伝える決意ができてないハンスは手をあたふた、視線を右往左往させて焦る。


 ルーレットのようにぐるぐるとめぐらされた視線が、今日のリリィの装いを捉えて止められた。


 「そ、そうだリリィ! リリィの衣装、すごく可愛い(・・・)な!」


 「ええ、お母さんの自信作(・・・・・・・・)なのよ!」


 ドヤァっとい胸を張るリリィが纏っているのは、いつかの世紀末テイストな魔王様衣装……ではもちろん無い。


 薄水色を基調とした、妖精のような衣装だ。葉っぱを数枚重ねたような意匠のスカートは膝丈までの長さで活発なリリィの行動を阻害しないようになっていて、背中には二対の小さい羽のような飾りがつけられている。


 爽やかな色合いの意匠全体を彩るのは、同じく爽やかな薄緑の布地で作られた数々の飾りだ。


 純白に輝くリリィの髪色とも相まって、その透明感のある衣装を纏った姿はまるで触れれば溶けてしまうような精霊のようだ。魔王のイメージとは間逆なテイストの衣装であるが、大好きな母が考えてくれた衣装なのでリリィはかなり気に入っている。


 ちなみに、ハンスの衣装は言葉で表すなら"王の騎士姿"というべきものだ。無骨なイメージのはずの鎧のような衣装を、貴族がつけるような色とりどりの装飾品と真っ赤な足元まで伸びるマントで華やかに飾りつけている。背中には、今日だけは特別に持つのを許された本物の剣と盾を佩いているという気合の入れようである。


 「ってそうじゃなくてだな。いやそれもあるんだけど、その……」


 気になる娘を前にして相変わらずいつものように口ごもってしまうハンス。だが、肝心のイベントはもうすぐ後なのだ。今言わなければもう機会を逃してしまう。


 意を決して、緊張の面持ちで口を開いた。


 「リリィ! この後──」


 「んむ? ハンス、ちょっといいかしら?」


 「へっ? ……うわっ!?」


 なにかに気づいた様子で急にリリィが近寄ってきたと思えば、ハンスの服にぐいっと鼻を近づけた。


 「あの、何を……」


 「ハンス、あなたちょっと臭いわよ」


 「えええぇ!?」


 慌てて腕を鼻に当て自分の臭いを確かめる。


 (そ、そう言えばちょっと汗の臭いするかも……)


 思えば、ハンスは今日は朝の祭りの準備も合わせてずっと動きっぱなしだった。知らず知らずの間に汗をたくさんかいてしまっていたのかもしれない。


 (ってことは俺様、汗臭いままリリィのところまで来てしまった……!?)


 ショックに、まるでガツーンと頭が打ち付けられたような感覚を覚えたハンスは、目にじわっと涙を浮かべた。


 「か、体洗ってくる……!」


 「あ、ちょっと! ……いっちゃったわね」


 「今から体洗ってくるって、間に合うのかな……?」


 くるりと背を向け走り去ってしまったハンスを、二人は心配そうに見送った。




◇◆◇




 「かつて(いにしえ)の時代、世界は混沌に包まれていました」


 今までの喧騒とは打って変わって静まり返った広場で、司祭アメリーが厳かな表情で透明感のある声を響かせる。


 アメリーが立っているのは、焚き火の前に組まれた大きな台座であり、横にはそれぞれ村長と司祭の従者が立っている。台座の前は広くスペースが開けられ、スペースを囲むように村人が皆台座へと視線を向けていた。


 焚き火の燃えるパチパチという音を背景に、薄く開かれた唇から紡がれるのは、教会に伝わる世界の成り立ちだ。


 「絶えぬ争いと、魔の者の恐怖に苛まれていた人々は神へと祈りました。その祈りを聞き遂げた我らが主神、光翼の神ルクスは、その大いなる慈愛をもって、人々の世界を混沌から救い上げるべく自らの七対の翼から生み出した、分身である七柱の女神を地に遣わせました」


 秩序の女神ルーラは、人々に法という概念をもたらした。


 鍛冶の女神スマイトは、火をもって金属を扱い、望む形を創り上げる技術を教えた。


 美の女神エイダは、芸術というもののあり方を説き、人の世が豊かな色に満ちるきっかけを作った。


 戦いの女神アードルフィートは、人々に魔の者と渡り合うための武術を教えた。


 叡智の女神インガは、人々に知恵というものを授け、人の文明が発展する礎となった。


 博愛の女神フローラは、人々に他者を思いやり愛することの素晴らしさを気づかせた。


 豊穣の女神ハーヴは、自然の恵みを糧とするための術を授け、人々を飢えから救った。


 唄うように読み上げられる女神の名前は、人族の世界において暦の名前としても使われているものだ。年の変わりより一年をそれぞれの女神が司る年として、七年で一つの周期となる。


 「主神より遣わされた七柱の女神の助けを借りて、世界は変わり始めました。世界を覆っていた混沌は払われ、光と希望に満ち溢れた時代が幕を開けたのです」


 パタン、とアメリーの手の聖書が閉じられた。それに続いて、パチパチと村人から拍手が送られる。


 「混沌は晴れ、人々が文明を築き上げた今、役目を終えた女神様達は天へと帰られました。……しかし、それはこの世界からその御加護が失われてしまったことを意味するものではありません。女神様達がもたらした奇跡、ひいては主神の御加護は、いまでもあまねくこの世界を照らしているのです」


 アメリーは聖書を懐に仕舞うと、そばに佇む従者からうやうやしく捧げられた真っ白な、淡く光を放つ宝玉を天高く掲げた。


 「今日は、主神の御加護を皆様にも感じ取って頂くべく、一つの奇跡をお持ちしました。主神の加護と教会の聖人達が力を合わせてこの地に創り上げた奇跡の一つ……"封聖歌の宝玉"です!」


 アメリーは目を閉じ、宝玉を起動させるための聖句を諳んじる。歌い上げられるように唱えられる呪文は一分にも渡って続けられ、その詠唱が一節、また一節と完成させられるごとに宝玉は純白の輝きを強めていく。


 「──加護の力よ、音と成りて彼の地に大いなる奇跡の形を表わし給え。"セイル・ムジカ"」


 「きゃっ」


 詠唱の完了と同時、宝玉が一際強く光を放つ。広場全体を明るく染め上げるほどの光の眩しさに咄嗟に目を閉じていたシオンが次にまぶたを開くころには、宝玉は影も形も無くなっていた。


 「き、消えた……!?」


 「しっ、何か聞こえるわ」


 跡形もなく消え去った宝玉と入れ替わるように現れたのは、音楽。


 重厚な金管楽器の音色と共に、透き通った声で合唱される豊穣の女神を讃える聖歌がどこからともなく広場にこだまし始めた。


 その現象を既に何度も経験している大人たちは、またこの時が巡ってきたことを感慨深く感じ、また特に信心深い村人はその奇跡の素晴らしさに色あせない感動を覚える。


 今回が初めての参加となる子どもたちは、楽器も歌い手もいないのに音楽が流れてくるということの不思議さに唖然とした表情を晒す。


 一部のやんちゃな子供などは、どこかに演奏者が隠れてるはずだと周囲をキョロキョロと見回しては大人たちにクスクスと笑われていた。


 三者三様な反応を村人たちが見せる中、アメリーはメインイベントの始まりを告げるべく大きく手を広げた。


 「今年は、女神ハーヴ様の司る豊穣の年。すなわち、ハーヴ様の存在が最も強く感じられる年でもあります! 私達の暮らしに日々の糧があること、そして自然の恵みが失われることなく絶えず豊かであることの感謝を、共に女神様へと伝えましょう!」


 そして、アメリーも音楽に合わせて高らかに聖歌を歌い始めた。それに続いて、大人達はようやくこの時が来たとばかりに広く開けられていた空間に飛び出ては踊り始めた。


 「リ、リリィ、どうしよう。いつもの収穫祭の踊りとは違うよ……!」


 「ほんとだわ……」


 困惑の表情を浮かべているのは、リリィ達だけではない。同じく豊穣祭初参加となる子どもたちもどうすればいいかわからずオロオロとしている。

 

 「どうしたらいいのかしら……」


 「気にせず、好きなように踊ってみたらいいんじゃないかな」


 「お父さん?」


 「正しい踊り方なんて、見よう見まねでそのうち覚えていったらいいんだよ。俺たちだってそうやって覚えていったんだ。せっかくの祭なんだから楽しむことが大事だよ」


 そうリリィとシオンに言うと、グレイはマリアの手を引いて踊りに行ってしまった。


 「好きなように……よし、行ってくるわ!」


 「ちょ、ちょっとリリィ!?」


 あっという間にリリィは広場の中央へと飛び出ていってしまった。


 「リリィ、大丈夫かなぁ……?」


 突拍子もない事をすることにかけては定評のあるリリィだ。意気揚々と飛び出していったからにはまた何かズレたことをするに違いない。心配そうに見送るシオンの背中に冷や汗が流れる。


 そして、シオンの心配はものの見事に的中した。


 「おい、あれ……」


 「なんだあの踊り……?」


 踊っていた村人たちが、ピタリと足を止める。それはやがて広場全体に伝染していき、時が止まったように全員がピタリと動きを踊りを止めた広場の中央で小柄な少女だけが、くるくると楽しげに踊っていた。


 リリィが踊っているのは、大人達を真似した踊りでも収穫祭のときに踊るものでもない。村人の誰もが見たことのないものだった。それもそのはず、リリィが今踊っているのは彼女の前世……リリアスの出身である氷妖族に伝わる踊りだからだ。


 猫のようにしなやかな動きで踊られるのは、まるで流れる水のように体全体をなめらかに動かす振り付け。この地域では見られない、異国風のものだ。


 まったくもって場違いな様相の踊りだが、リリィの豊かな才能を遺憾なく発揮して紡がれる所作の美しさと、幼いながらも徐々に頭角を表し始めているリリィの美貌が合わさり、不思議と目の離すことのできない魅力を持っていた。


 その場の全員の視線を一人占めしながら踊り続けたリリィは、ポカーンとした呆然としたままのシオンがまだ踊ってないことに気づく。


 「なにしてるの? シオンも踊るわよ!」


 「わ、えっ、そんな急に!?」


 有無を言わせず、リリィはシオンを広場の中央へ引っ張り出してしまった。そのまま手を撮ってくるくると回るリリィに、シオンは泣きそうな声で叫ぶ。


 「ど、どうすればいいの!?」


 「私を真似して踊ればいいわ!」


 「指示が雑!?」


 んな無茶な、そう叫びたい気分のシオンだった。


 だが、武人の娘であるシオンは"身体を動かす"という分野にかけては人並み以上の才能をもっていた。初めはぎくしゃくとぎこちない所作であったが、次第にその動きはなめらかなものへと変わっていき、やがてリリィに負けずとも劣らない美しい踊りを披露していく。


 そうなれば、村人達を魅了する二人の小さな踊り子の出来上がりだ。


 幻想的な雰囲気を醸し出す二人の美少女に、皆の視線が釘付けになる中……ヌッとそこへ大柄な人物が姿を現した。


 「ふむ、オリジナルの踊りであるか! これは、それがしも負けてられんな!」


 「お、お父さん?」


 「それがしは、これでも昔にとある街のダンス大会で優勝したことがあるのだ。その時の踊りを披露しようではないか!」


 そう言って、アドウィックはバッと上着を脱ぎ捨て上半身裸になった。どうして踊るのに半裸になる必要があるのかと、村人全員の胸中に嫌な予感がよぎる。


 「では、はじめよう!」


 まるで剣の試合前のように一礼し──アドウィックによるまた違った意味で目が離せない踊りが始まった。


 「ふんす! ふんぬぅ!」


 踊りとはかけ離れた掛け声と共に繰り出される、全身の筋肉を強調するかのようなポーズの数々。ポーズを変えるたびにピタリと動きを止めては、無駄に爽やかにニカッ! と笑うおまけ付きだ。


 「ふん! ぐんぬぅ! 我ながら素晴らしいキレ! それがしの踊りも、まだ捨てたものではないな!」


 ──コレを、本当に踊りと言っていいのか。誰もがそう突っ込みたい気分だったが、無駄に力強い姿を前に誰も聞く勇気は無かった。


 広場に響き渡る荘厳な音楽。ど真ん中でポージングを繰り広げ続ける筋肉ダルマ。困惑しながらギクシャクと踊るその他大勢。


 一気に混沌と化した広場の中で、しかしそんな些細なことを気にしない元魔王様は、楽しそうにくるくると踊り続けるのだった。

 

 

次回の投稿は4/17、水曜日を予定しています。

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