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豊穣祭Ⅰ

豊穣祭編

 ファル村に、とうとう豊穣祭の日がやってきた。


 家という家が色とりどりに飾り付けられ、村全体が華やかな雰囲気に包まれている。


 村の中央の大広場では、芸術的に組み上げられた巨大な組木がパチパチと火を灯して夕闇に閉ざされつつある村を明るく照らし、その周りではテーブルに広げられた豪勢かつ特別なごちそうを前に、村人達が今日ばかりは仕事のことを忘れて星空の下で飲めや騒げやと祭を楽しんでいた。


 「シオン、あっちの料理も美味しそうだわ! 行きましょう!」


 「リリィ、待ってよー……わっ、ぷっ」


 大人たちの間をするりするりとすり抜けながらリリィが駆け回る。後ろをついてくるシオンが人混みに囚われてどんどんと引き離されてウクが、料理に視線をロックオンしたリリィはそれに気づかずどんどん進んでいってしまう。


 美味しいものには目がない元魔王様、目を輝かせてテーブルを回るのに夢中になっていた。


 ──ドンッ


 「あ痛っ」


 夢中になるあまり、急に進路上に出てきた人影をリリィは避けきれなかった。ぶつかってしまい、ぺたりと尻もちをつく。


 「痛た……」


 「ごめんなさい、大丈夫ですか?」


 「ええ、大丈夫だわ……」


 幸いにして大きな怪我は無い。しかし、転んだ拍子に地面についた手がすりむけてしまったようだ。


 赤く血が滲みヒリヒリと痛む手のひらに、リリィは涙目になりながら痛みをごまかそうとフーフーと息を吹きかける。すると、しゃがみこんだ人影が伸ばした手がすっとリリィの手のひらを包み込んだ。


 「天に光を与えし我らが翼よ、その大いなる慈愛をもってかの者の傷を癒やし給え……"キュアラ"」


 「んむ?」


 ぱぁ、っと柔らかな光が手のひらにあてられ、その数秒後には傷はきれいさっぱりと無くなっていた。


 「……魔法?」


 「ええ。これでもう怪我は大丈夫ですよ。……それと、頬にソースがついてますよ?」


 「んぅ……」


 優しい声と共に、ハンカチでそっとリリィの頬が拭われる。ぱっとリリィが顔をあげると、村の中では見かけない、しかし優しげな微笑みが向けられていた。


 年の頃は二十ぐらいだろうか。よく手入れされた、腰まで伸びる金色の長髪に一部編み込みを入れ、瞳は澄んだスカイブルー。白と青を基調とした肌をあまり露出しない服の胸元に、華やかな祭りの雰囲気に合わせるように花をかたどった色鮮やかな飾りが留められている。


 村の中では見ない服装だが、似たような者を村人が司祭に扮するときに着ているのを見たことがあった。つまり、目の前の人物は。


 「……貴女が、司祭?」


 「ええ。私は、今日の良き日を共に祝福すべく教会から派遣された者。司祭のアメリーと申します。昨日この村に到着したばかりですので、挨拶が遅れてしまいましたね」


 「私はリリィよ!」


 「リリィさん。ふふ、いい名前ですね。さ、お手をどうぞ」


 「感謝するわ!」


 司祭の手を取ってリリィが立ち上がる。そこへ、ようやく人混みから逃れたシオンが息を切らしながらたどり着いた。


 「はぁ、はぁ……もう、人多い……」


 「ええ、本当に賑やかで、街の大通りを思い出しますね」


 「って、もしかして司祭様!?」


 一瞬遅れてその存在に気づき驚くシオンに軽く自己紹介すると、アメリーは周りを見渡す。


 「私はファル村の豊穣祭に来るのは初めてなんですが……想像以上に賑やかで、とても驚きました」


 辺境にあるファル村であるが、その人口は五百人を超えるほどであり非常に規模の大きい村だ。それに加えて、今日は最低限の警備の人員を除いた村人の殆どが広場という一つの場に集まっているのだ。


 人混みと喧騒で圧巻の光景となっている周囲を感心しながら見渡す司祭アメリー。一方、シオンは司祭の言葉のほうが気になっていた。


 「……街って、いつもこんな感じなんですか……?」


 「場所にもよりますが……そうですね、商店の連なる大通りのお昼なら、毎日これぐらいの人はいますよ」


 「ほへー……」


 街ってすごい。唖然として口をぽっかりと開けたままのシオンに、アメリーはクスクスと笑った。


 「街に、興味があるのですか?」


 「あ、はい! わたしのお父さんが、昔いろんな街を回っていたらしくて、その時の話を良くしてくれるんです」


 顔を紅潮させながらシオンは楽しげに話す。ちなみに、リリィはさっきからテーブルの上のお肉を頬張るのに夢中だ。


 「それで、わたしもお父さんみたいにいつか色んな所を見て回りたいなーって……」


 「ふふ、いつか叶うといいですね。……それなら、聖都レクルディアにも一度来てみるといいですよ」


 「レクルディア?」


 「はい。レクルディード聖光国の首都で、私達光翼教会の総本山がある街なんですよ。教会には神様達のおっきな像がたくさん祀られていて壮観ですし……なにより、運がよければ大司教カサンドラ様にも会えますし!」


 「んぐ? カサンドラ?」


 なにやら覚えのある名前に、お肉に夢中になっていたリリィが頬に食べ物を詰めたまま振り返る。カサンドラという名前は、リリィは村長から借りた蒼炎の勇者の物語の中で見た覚えがあった。


 「カサンドラって、勇者を治療した教会の治癒師の名前じゃ……」


 「おお! ご存知でしたか!」


 ぱぁっと表情に花を咲かせる司祭アメリー。まるで同士を見つけたと言わんばかりにリリィの手をとった彼女の声は、明らかに調子が上がっていた。


 「ええ、確かにかつてのカサンドラ様はただの一介の治癒師であったそうです! しかし、瀕死の状態にあった勇者様を神の奇跡による力を借りることで救いあげた功を買われ正式に教会の司祭となられ、その後も多くの功績を重ね大司祭の地位まで上り詰められた、素晴らしいお方なのです! いやぁ、こんな遠い土地にもその名を知ってくださってる方がいるとは嬉しい限りです!」


 「そ、そう……なんか急にテンション上がったわね……」


 「そりゃぁそうですよ! カサンドラ様は私の憧れですから!」


 リリィの手をブンブンと振り回しながら、アメリーは鼻息荒く語る。当初のおしとやかさはどこへやら、豹変した姿に周囲の村人たちも何事かと視線を向ける。


 「常に笑顔で、穏やかで欲がなく、慈愛に溢れていてそれでいて厳しく、悪を決して許さない! しかも術士としての腕も一流! 本当に人としてこうあるべきを体現したようなお方で、しかも魔王討伐の立役者! ええ、多くの歴史書では勇者様やその仲間たちばかりに焦点が当てられカサンドラ様のことは多く記されないのですが、私は勇者様の命の危機を救い、仲間を失った悲しみに沈む勇者様を励ましてみせたカサンドラ様こそが魔王討伐の最大の功労者だと思うのです! まさに、あのお方は生きる伝説! 私はカサンドラ様のようになりたくて司祭の道を志したのです!」


 「そ、そう……すごいのね……」


 元魔王様、軽く引いていた。


 早口でまくしたてられて終始圧倒されていたリリィだったが、律儀なことにしっかりと話は聞いていた。そして、アメリーの言葉の仲の魔王討伐最大の功労者という言葉には確かに興味を惹かれていた。


 (それだけの人物なら、いずれ征服した後の世界で重役についてもらうのもいいかもしれないわね! これはいずれチェックしておく必要があるわ)


 内心で征服後の統治計画をまた一つ進めるリリィ。ちなみに、かつての敵サイドにいた人物であることや前世において野望が阻止される要因を作った一人であることはリリィは全く気にしない。


 元魔王様は広い心を持ってるのだ。


 「いつか、会ってみたいわね」


 「おお、それはすばらしいことです! ぜひ、カサンドラ様に会いに聖都レクルディアまでお越しください! いえ、いっそのこと私が連れて行ってあげますとも!」


 自信が敬愛する人物に興味を持ってもらえたことが相当に嬉しいようだ。アメリーは大げさとも言えるほど喜んでいた。


 「……あれ、司祭様だよな?」


 「なんか思ってたのと違うな……」


 「──はっ!?」


 周囲から向けられる奇異の目にようやく気づいたようだ。慌てて居住まいを直し、再びおしとやかな雰囲気を纏う。


 「……ごほん。さ、さて、私はこの後の準備があるのでこの辺で失礼しますね」


 優雅に一礼をするアメリーであったが、テンション高く大はしゃぎしてしまった羞恥に赤く染まった頬はごまかせていなかった。表面上は冷静を装いつつ、逃げるような足取りでその場を後にした。


 「不思議な人だったわね」


 「そうだね……」


 慌てて取り繕った努力も虚しく、リリィ達の中でアメリーは変な人として印象に残ってしまうのだった。


 まるで嵐が過ぎ去ったかのような感覚を覚えつつリリィは再びお肉にかぶりつこうとし……その前に聞かなければならないっことが有るのを思い出した。


 「そういえば、シオンは世界を見て回りたいのかしら?」


 「あ、聞いてたんだ。うん、そうだよ」


 シオンは少し照れくさそうにはにかみながらも頷く。


 野望を隠さないリリィとは対象的に、シオンは普段は夢などを積極的に話すことはしないのだが、祭の雰囲気に当てられたのだろう。


 内気な少女にしては珍しく密かに胸に膨らませていた夢をリリィに語る。


 「お父さんは、本当にいろんなことを話してくれるの。見てきた景色、関わってきた人達、珍しい食べ物……他にもたくさんあるんだけど、話し終わったお父さんは最後に絶対こう言うんだよ。"とても素晴らしかった"って。……わたしは、お父さんが経験してきた感動を、自分の目で見てみたい」


 熱に浮かされたような表情で語るシオンであったが、手に持つジュースの水面に写った自分の姿に現実に引き戻されたようで、ズーンと沈み込んだ。


 「……まぁわたしみたいな弱虫じゃ村から出るなんて無理なことだけどね、あはは……」


 「……安心しなさい! シオンの夢は絶対に叶うと断言できるわ!」


 「リリィ……ありがとう。でもどうして?」


 「そんなの決まってるじゃない」


 何かリリィなりの考えがあるのだろうか。首をかしげてポニーテールに纏めた髪をふわりと揺らすシオンの肩を、リリィはぽんと叩く。


 「私の世界征服が本格的に始動した暁には、シオンには各地域の占領の切り込み隊長になってもらう予定なのだもの! そのときに、思う存分見て回ってくるといいわ!」


 「……で、できればもっと平和な状況で見て回りたいかなぁ」


 祭の雰囲気の中であろうと、元魔王様はやっぱり平常運転であった。


 


 

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