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豊穣祭へ向けてⅢ

 それは、商隊が到着した翌日のこと。


 「よ、よし。今日こそは……」


 木の陰に見を隠したハンスは、そーっと顔を覗かせる。視線の先では、小川の流れに足を浸したリリィが気分良さげに鼻歌を歌っている。


 コソコソと隠れているハンスであるが、何もストーキングしているわけでもなければ不意打ちするタイミングを狙ってるわけでもなかった。


 「今日こそは、リリィと豊穣祭で一緒に踊る約束するんだ……!」


 ぐっと拳を握りしめ、子供らしく可愛らしい決意を口にする。


 豊穣祭のメインイベントである、司祭の術具が奏でる神聖歌と共に踊られる踊り。特別な雰囲気を醸し出してくれるだろうそのイベントは、二人の中を縮めるのにはピッタリのはずだ。そう思いついてのハンスの行動だった。


 ハンスは深呼吸をして緊張を鎮めて、木の陰から飛び出す。


 「お、おい! リリィ!」


 「んむ? ハンスじゃない」


 振り返ったリリィは、やたら意気込んで呼びかけてきた幼馴染に対し怪訝そうな顔をする。


 「どうしたのかしら?」


 「ど、どうしたって……えっと、その……」


 決意を確かに飛び出してきたハンスであったが、いざ本人を目の前にすると気恥ずかしさからどうにも言葉が詰まってしまった。


 「こ、こんなところでなにしてるんだよ」


 「ゆっくりしてるのよ」


 「だ、だよな……」


 (ち、違う、言いたいことはそうじゃないのに……)


 休憩してたことぐらい見たらわかる。ちなみにパシャパシャと水を蹴り上げて遊んでる姿も可愛いなーなんて思ってしばらく眺めてたハンスの心の中だけの秘密だ。


 「……あの! 今度の豊穣……」


 「……あ! そろそろネルおばさんがふかし芋作ってくれる時間だわ!」


 スクッと立ち上がったリリィは、小川から上がり水を軽く拭うと、靴を履き颯爽と駆け出す。ハンスが何の用だったのかは気になるが、それよりも好物のふかし芋のほうが大事だ。


 「またね、ハンス!」


 「お、おう……」


 あっという間に一人残されてしまった。


 がっくりと肩を落として落ち込む彼を慰めるように、風がひゅーっと吹きハンスの髪を揺らすのだった。


 また次の日のこと。


 「今日は、リリィは家畜舎のお手伝いをしにいくって言ってたわよ」


 「わかった!」


 マリアに今日のリリィの予定を聞いたハンスは、早速家畜舎に向けて駆け出す。


 (ちゃんと今日のリリィの予定を聞いておけば、昨日みたいな失敗はしないはずだ……!)


 更に、いざ本人を目の前にして詰まってしまわないように昨日の夜に言うべきセリフを十回頭の中でシミュレーションしてきた。準備は万端のはずだ。


 「お、いたいた! おーいリリィ!」


 リリィは家畜舎から振るい干し草を運び出してる最中のようだ。呼びかけるハンスの声に気づき、ぱっと振り向く。


 「あの、今度の豊穣祭──」


 「ハンス! ちょうどよかったわ!」


 ハンスの言葉を遮り、リリィがぱぁっと表情に花を咲かせる。


 「はい、これ! ハンスも手伝って!」


 「う、うわっ!?」


 バッと手渡された干し草の束の重さにたたらを踏む。何事かと藁の後ろから問いかけるハンスに、リリィは額の汗を拭いながら答えた。


 「家畜舎に引く干し草を入れ替えるお仕事を手伝ってたのだけど、思ってたより数が多くて大変なのよ!」


 体を鍛えるために村の労働は積極的に引き受けてるリリィだが、さすがにキャパシティの限界というものがある。想像以上に量の多い仕事を前に、どうしようか途方にくれていたところだったのだ。


 「シオンを呼びに行こうかと迷ってたけど、鍛えてるハンスなら力もあるし適任よね! お願い、手伝ってくれるかしら?」


 「……お、おう! この俺様に任せときな!」


 「感謝するわ!」


 気になってる娘から助けを求められれば、断れないのが男の子というものだ。


 干し草を抱え、一緒に作業する大人たちに混ざって家畜舎の中と外を往復すること数時間。


 「ゼェ……ゼェ……やっと、終わった……」


 「ええ、やっとね……」


 「いやー、ふたりともほんっとうに助かったよ!」


 家畜舎の管理人である、額に布を巻き付けた青年ギーオが二人をねぎらう。


 「お礼に、商隊からこっそり買ってきた秘蔵の蜂蜜を使った団子を振る舞おうじゃないか!」


 「「本当!?」」


 「ああ、よく働いてくれたご褒美だ! あ、貴重なものだからね、みんなには内緒だよ?」


 辺境にある村において、甘味とはなかなかありつけない貴重なものだ。茶目っ気たっぷりにウインクするギーオに二人はこくこくと頷く。


 蜂蜜がたっぷり練り込まれた団子を堪能したハンスは、ホクホク顔で家へと帰るのだった。


 「……はっ!? 結局誘えてないじゃん!」


 本来の目的をすっかり忘れていたことに気づいたのは、寝る直前だった。


 また次の日。


 「おーい、リリィ……」


 「ハンス!? 危ないわ!」


 「へっ……? へぶっ!?」


 焦った声が聞こえた次の瞬間、リリィが放っていた"ウインド・シュート"がハンスの顔面にクリティカルヒット。あちゃー、というリリィの声を聞きながら意識がフェードアウトした。




◇◆◇




 「はぁ……」


 またまた翌日、失敗続きのハンスは肩を落としトボトボと歩いていた。その後ろを取り巻きの二人、リックとレオンがついていきながらコソコソと会話する。


 「……おい、レオン。ココ最近ハンスの兄貴のやつヘンだよな」


 「そうだな。まあそれも仕方ないだろ」


 にしし、とレオンが笑う。


 「兄貴、もうリリィにベタ惚れだからな〜」


 「ばっ……!? そ、そんなんじゃねーし!?」


 二人の会話は、聞こえていたようだ。慌てて振り返ったハンスが顔を真赤にして否定するが、レオンはニヤニヤと頭の後ろで腕を組みながらハンスをからかう。


 「またまた〜。そんなこと言いながら、兄貴ここ最近毎日リリィにアタックしてるじゃないですか」


 「なんで知って……!? そ、それは……そう、ただ単に仲良くしてやろうと思ってな! 俺様は未来の村長なんだから、やっぱ村人みんなの信頼を得とく必要があるだろう!?」


 「兄貴、ごまかしが下手だな〜」


 「う、うるせー!? とにかく、そんなんじゃねーから! お前らどっかいけー!」


 「「あっ」」


 どうやらからかい過ぎてしまったようだ。怒って子分二人を追い払ったハンスは、再びがっくりと肩を落とす。


 「はぁ……あいつら二人にも手伝ってもらえればいいんだろうけどな……」


 威張りたがりな性格のせいで、どうにも素直になれない自分がハンスは恨めしかった。


 村の外れ、人気のない辺りを憂鬱そうに歩きながらハンスは呟く。


 「いったい、どうすれば……」


 「ちょっとちょっと、事情は聞かせてもらいましたぜ」


 「ッ!? 誰だ!」


 背後から声をかけられ、ハンスは警戒心をあらわにして振りかえる。


 さっきまでハンス一人しかこの場にいなかったはずなのにいつの間に現れたのだろうか。冒険者風の身なりをした、顔の整った男がにこやかにハンスへと近づいていた。


 「……誰だ?」


 「あっしはエルマー商隊の護衛に雇われた護衛の一人で、エーリッヒというものですぜ」


 「護衛……でも、お前みたいなやつ見なかったぞ?」


 村の長の一族として、ハンスは商隊とは護衛の冒険者も含めて到着したその日に挨拶をした。その時顔合わせしたものの中に、エーリッヒと名乗る男などいなかったはずだ。


 「あっしはずっと荷台の中で作業してたんで、きっとお目にかかる機会が無かったんでしょうぜ。……そんなことより、少年、どうやらリリィという娘っ子に恋をしているようで?」


 「んなっ……! ど、どこでそれを!?」


 「そんなことはどうでもいいじゃぁありませんか! それよりも、そんな君に今日はプレゼントがあるんですよ!」


 無駄に芝居がかった所作の男は、懐から球体を取り出しハンスに手渡す。


 黒く、淀んだ、吸い込まれそうな怪しい雰囲気を放つ宝珠だ。


 「これは……」


 「それの正体は! そう、なんと街の恋する少年少女に今人気爆発中、恋を叶えてくれる宝珠ですぜ!」


 「恋を、叶える……? 街にはそんなすごいものがあるのか……」


 「ええ、素晴らしいでしょう? 欲しいでしょう?」


 「……しかし、なんでそんな物を俺様に?」


 これが本当なら今のハンスにとって是が非でも欲しいものだが、そんなすごいものを全くの他人から無償でほいと受け取るほどハンスは考えなしではない。


 未だ警戒心がこもった目で睨みつけてくるハンスに、エーリッヒは両手を大きく広げて答えた。


 「それは、あっしが君の恋を応援しているからですよ!」


 「はぁ?」


 「いつの時代においても、恋と言うものは素敵なもの! あっしはそれを手助けするキューピッドになりたいのですぜ!」


 「……わけわかんねーし」


 理由になってないどころか、より怪しさが増した。


 信用されてないことに気づいたエーリッヒは大げさにがっくりと肩を落とすが、すぐに顔をあげると真剣な目でハンスを見つめる。


 「……ま、あっしのことはどうでもいいんすよ。それより大切なのは君自身がそれをいるかどうか。……それがあれば、憧れのあの娘に手が届くんだぜ?」


 「リリィに……」


 エーリッヒの言葉が、ハンスの心の中にするりと入り込む。


 (これがあれば、本当にリリィは俺のことを好きになってくれるのか……?)


 ハンスの脳裏にあの日向けられたリリィの花が咲くような笑顔が思い出された。あの笑顔が、自分だけに向けられるようになるのなら……。


 「……これを、どう使えばいいんだ?」


 「簡単ですぜ。部屋に置いて、毎晩寝る前に祈りを込めるだけっすよ」


 そう簡潔に使い方を告げると、エーリッヒはくるりとハンスに背を向ける。


 「あ、おい!」


 「それじゃ、仕事があるんであっしはこの辺で! あ、そうそう最後に一つ注意。それを使ってることが誰かに知られてしまったら効果が無くなってしまうんで、宝珠の存在は……あっしにここで会ったことも含めて絶対に誰にも知られないように! それじゃ!」


 エーリッヒはあっという間に姿を消していってしまった。


 「誰にも、知られないように……」


 誰かに見られたら大変だ、とハンスは宝珠を服の下に隠して慌てて家へと帰る。周囲の目を気にしながら家へと駆け戻るその姿を不審がる者は幸いにもいなかった。


 やがて月日は経ち……とうとう、ファル村に豊穣祭の日がやってきた。

しばらく、投稿ペースが週二回か一回ほどになると思います。なるべく早く投稿できるようにがんばります。

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