豊穣祭へ向けてⅡ
「ふんふんふふーん〜」
機嫌良さそうに鼻歌を口ずさみながら、マリアは商隊の駐留地に向けて歩く。その右手には娘のリリィの手が、そして左手にはリリィと一緒に歩いてるところを捕まえたシオンの手が握られていた。
「こうして歩いてると、娘が二人に増えたみたいで嬉しいわ〜」
「んむー、お母さん、私だけじゃ不満なのかしら?」
「あら、そんなことないわよ? リリィちゃんはちゃーんと大事な娘よ。でもやっぱり可愛い娘ってのは何人いても嬉しいものなのよ。ねー、シオンちゃん」
「あはは……」
むくれるリリィにご機嫌なマリア、苦笑いをするシオンの一行。ちなみに、リリィの小柄な体格は母親譲りであるためにマリアも相当に小柄な女性であり、その彼女が年齢に対して高い身長を持つシオンと歩けば母子というよりも姉妹といったほうがしっくり来る光景だ。
「むー……ところで、豊穣祭ってのはどういうことをするお祭りなのかしら?」
「あ、それわたしの気になってた。毎年の収穫祭とはやっぱり違うのかな……?」
「んー、そうねぇ……いろいろ違うところはあるけど、大きく違うのは街から教会の司祭様がやってくることかしら」
人族の国において教会と言えば光翼教の教会を指す。光翼教は人族を作ったと言われる光翼の神ルクスを主神として崇める教えであり、人族の殆どの国家で信仰されている。
「お祭りのために司祭様が祝辞……つまりお祝いの言葉を言ってくれてね、そして神様についてのありがたいお話をしてくれるの」
「わぁー……!」
収穫祭などで時折村人が司祭に扮した格好をすることがあるが、本物司祭を見るのは初めてだ。どんな人物なのかと、シオンは期待に目をキラキラと輝かせる。
(司祭ねぇ……そういえば、前に読んだ蒼炎の勇者の物語にも教会の人間が出てたわね。あっちは治癒師だったけど)
一方、リリィはそんなことを考えていた。
「ねね、他には!? 他にはどんなのがあるんですか?」
「いろいろあるわよ〜、アミジュっていう特別なお料理を作ったり、他の村からもお客さんが来たり……そうそう、一番のメインイベントは踊りね。みんなで音楽に合わせて踊るのよ」
「踊り……ですか?」
「それなら、いつもの収穫祭でもやってるわ」
「ふっふーん、それが豊穣祭では一味ちがうのよ。なんと、司祭様が教会から女神様に捧げる特別な音楽を封じた術具を持ってきてくださって、その音楽に合わせて踊るのよ!」
「音楽を封じる……?」
録音という概念が存在しないこの世界において、聞いただけではどうにも想像ができないものだ。
初めて豊穣祭に参加する者は、大人たちから聞かされては今のシオンとリリィのように疑問符を浮かべた表情をし、本番で盛大に驚いた表情を晒すというのが毎回の恒例になっている。
「その日まで楽しみにねー。……そうそう、それで豊穣祭にはみんな自分で飾り付けした思い思いの衣装を着ていくっていう習わしがあるのよ」
これは、豊穣の女神は花を司る女神でもあるため、華やかで色とりどりなものを好むと言い伝えられているためだ。
「私達大人は前に作った衣装があるけど、リリィちゃん達は今年が初めてでしょう? だから、今日は衣装をつくるための布を行商人さんが運んできてくれるのよ。だから、今はそれを受け取りに行くの」
「ってことは……」
「ええ、帰ったら早速衣装を作りましょう! もちろん、シオンちゃんも一緒にね!」
◇◆◇
所変わって、場所はリリィの家。
会議に行っていることで主の不在となったグレイの作業場の中で、色とりどりの布地を前にシオンは首を捻っていた。
「うーん、衣装っていっても、どうすればいいんだろう……?」
自分で服を飾り付けるのなど、はじめての経験だ。どんなものにしたいかのイメージも浮かばなければ、そもそも一体なにから手をつけていいのかもわからない。
こういうときに頼りにしたいリリィはといえば、家につくと"早速名案が降りてきたわ! 出来上がるまで覗いちゃだめよ!"と言って早々に自分の部屋に引っ込んでしまった。
困り顔なシオンに、マリアはクスクスと笑って助け舟を出す。
「そんなに難しく考えなくていいのよ、シオンちゃん。まずは思いついたものを好きなようにに作ってみればいいわよ」
「好きなように……」
「ええ、例えば好きなものをイメージするとか……シオンちゃんが心を込めて作ったものなら、きっと豊穣の女神様も気に入ってくれるわ。細かい調整とか最後の仕上げは後で私も手伝ってあげるから、まずは好きなように作ってみなさいな」
そう言ってシオンの頭を優しく撫でたマリアは、お茶の準備をするためにキッチンへと去っていった。
「好きなものを、好きなように……」
マリアから言われたことを、シオンは何度もつぶやき繰り返す。そうしているうちに、頭の中にぼんやりと一つのイメージが思い浮かんできた。
「……うん、これでいこう」
そのイメージに従い、シオンは布地の山に手を伸ばす。
初めての作業にに四苦八苦しつつも、ベースとなる無地の服を思い思いの布地で飾り付けていくこと数時間。
陽が次第に傾き始めた頃、シオンのイメージはとうとう一つの作品として出来上がった。
「で……できた……!」
「おめでとう、シオンちゃん!」
シオンが作り上げたのは、赤とピンクを基調とし、スカートの部分が色違いの花弁が重なって蕾から開花したての花のようになっているドレスだ。
イメージしたのは、ファル村に夏が来る直前に咲き誇るカイゼル草の花で、"勇気"という花言葉を持つことと自分の髪色と同じ色を持っているという理由から、シオンの一番好きな花だ。
ワンポイントとして胸元に親友のリリィの髪の色である白の花の飾りをつけている。
「ど、どう? 変じゃないですか……?」
「バッチリよ! これならきっと村中の視線を独り占めできちゃうわ!」
「えへへ……」
褒められて満更でもない様子のシオン。
「ところで、リリィはまだ……」
「……できたわ!」
元気の良い声と共に、バァン! と作業上のドアが勢いよく開かれた。二人は、飛び込んできたリリィに目を向け──
「あら、リリィちゃんもできあが……」
「リリィはどんなのを……えっと……」
「どう!? 自信作だわ!」
──そして、絶句した。
固まる二人の目に入ったのは、まず毒々しい黒と紫の組み合わせだ。
黒い布と紺色の布を交互に重ね合わせて作り上げた全体のシルエットとしては、やや体型が出る形の足元まで覆い尽くすドレスといったものだ。
ただし、絶望的なまでに暗く不気味な色の組み合わせのせいでまるで毒虫の胴体のように見える。
足元まで油断なく覆い尽くすドレスであるが、対象的に肩はバッサリと無防備なノースリーブだ。しかし、二の腕の途中から別パーツとして、手首にかけてふんわりと広がる袖が付けられている。
黒い布で作られ、上から赤い染料で独創的なラインが描かれたそれは、まるで呪いの拘束具と言わんばかりの様相だ。
そしてどういうわけか、ドレスという衣装には似つかわしくない真っ黒なマントが肩から広がっている、それも、わざわざつっかえ棒を使って肩パッドを入れてるがごとく無駄に広げられていた。リリィ三人分は入りそうな面積だ。邪魔でしか無い。
そして極めつけは、衣装の不気味さを更に際だたせるような装飾品の数々だ。
いつのまに作っていたのか、木製のドクロの首飾りや蛇をかたどったアクセサリー。マントの肩から伸びるトゲなどは、前世の宿敵であり転生者である蒼炎の勇者ヒロキが見れば「どこの世紀末だよ!?」とツッコんでいたにちがいない。
華やかな祭に全く似つかわしくないなんとも禍々しい衣装だ。それでいて、衣服としての完成度はマリアの手直しが殆どいらないほど高いのが滑稽さを際立たせている。
「んむ? 二人とも黙り込んじゃって、どうしたのかしら?」
「え、えっと、リリィちゃん……?」
見慣れた可愛らしい自信満々な顔が邪教の司祭も真っ青な毒々しい衣装に包まれているという違和感に混乱しながらも、マリアはなんとか正気に戻る。
どうにもいろんな感性が常識から外れてしまってる娘の暴走を、マリアは母として少しでも軌道修正しなければならなかった。
「あのね、すごく頑張ってくれたみたいね……」
「頑張ったわ!」
「ええ、偉いわ。……あ、あのね? お祭りに来ていくための衣装なんだから、もうちょっと華やかな感じにしたほうがいいとお母さんは思うなー? ほら、シオンちゃんみたいにピンクとか……」
「黒だって素敵じゃない!」
前世は黒のロングヘアであり、日常的に黒いドレス──部下が選んだ者のためちゃんとしたセンスのものだ──を好んで着ていた元魔王様にとって、黒はお気に入りの色だ。
「で、でもね? 豊穣の女神様はお花の女神様でもあるんだから、もうちょっと明るい色のほうがいいかなーって。それに、ドクロの首飾りなんかはちょっと……」
「カッコいいでしょ?」
「あ、うん、これはもう駄目ね……」
感性が全力でゴーイングマイウェイな娘に、マリアはさじを投げてしまう。遠い目で天を仰ぐその背中には哀愁が漂っていた。
「むー」
一方、自信満々に披露した衣装が全く褒められないことにリリィは不満たらたらだ。プクーっと頬を膨らませ、その場で固まっているもう一人へと向き直る。
「シオン! シオンは、どう思う?」
「……へぅ!? え、えっと……」
こういうとき、一体なんて言えばいいのだろうか。人生経験の浅いシオンには上手い言葉が出てこない。
手をあたふたさせ、必死にごまかす言葉を探したシオンだったが、とうとう見つからず正直な感想を口にした。
「……その、すごく……ダサいかな」
「はぅあ!?」
ガーン! と効果音が聞こえてきそうだ。
そして、一度率直な感想を口にしたシオンは次々とダメ出しを口にする。
「なんか、色使いが毛虫みたいだし……」
「はぅ!?」
「リリィ小さいから体に沿ったドレスは似合ってないし……」
「ひぅ!?」
「あと、ドクロとかトゲとか全然カッコよくないし……そもそも、なんでドレスにマントなの? 全然合ってないよ?」
「……うぅぅ」
言葉の槍が、リリィの心に前段クリティカルヒット。あっという間に涙目になってしまうと、作業上の隅っこで座り込んでしまった。
「うぅ、そうよね……私のセンスなんておかしいにきまってるわよね……」
「あ、その……で、でもすっごく頑張ったことは伝わるよ!? うん、リリィはすごいよ!?」
慌てて慰めようとするが、もう遅い。心がポッキリと折れてしまった元魔王様は涙を流しながら床に指でのの字を描き続ける。
「ただいまー。マリア、リリィ、帰ったぞー……あれ?」
途方にくれてる妻と謎の衣装に身を包んで落ち込む娘、そしてそんな娘を必死に慰めているシオン。
会議から帰ってくるなり目に飛び込んできた異様な光景に、グレイは不思議がるのだった。
なお、この時リリィが作った無駄に完成度の高い衣装は、後に村の子供達が勇者ごっこをするときに魔王役が着る衣装として代々受け継がれていくことになる。
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