人魚姫の歌声ー29
カラオケに一度も来たことのない姫華。
受付でキョロキョロと辺りを見渡してしまう。
行き慣れたこはくが代わりに対応していた。
「よし、行こっか。」
こはくがニコッと微笑む。
それに姫華は小さく頷く。
薄暗い廊下。
すれ違う他の利用者。
その雰囲気に飲み込まれる姫華。
前を歩くこはくの後ろにぴったりと張り付くように着いていくのであった。
部屋の中へ入る。
姫華はそこでようやく落ち着くことが出来た。
「どうしたの?」
心配そうなこはく。
「いや、緊張しちゃって……。」
姫華がその問いにえへへとはにかむ。
「そうなの?」
きょとん。
「うん、提案しておいてなんだけどこういう所来るの初めてだから……。」
「あ、そうなんだ。」
なるほど。
こはくは理解することが出来た。
「だ、だからやり方教えてほしいなーって……。」
「うん!教えるよ!」
満面の笑み。
良かった。
少しは気が晴れただろう。
胸が暖かくなる姫華であった。
「よーしっ、まずは私が歌うよー!」
こはくが曲を予約する。
イントロが流れ、マイクのスイッチを入れる。
先ほどまでのふわふわとした雰囲気とは違い、良い緊張感の表情をする。
ただ一言で言えば、酷い。
それほどに、こはくの歌は音痴であった。
声は良い。
しかし、壊滅的に音階とリズムが合っていなかった。
アウトロが流れる。
「ふー、はいっ!じゃあ海原さんの番ね!」
ニカッと気持ち良い笑みを見せるこはく。
その顔は満足げであった。
「う、うん!」
イントロが流れる。
いつもはアカペラで歌っている。
それが今日は伴奏があり、リズムがとりやすい。
マイクを握り、息を吸う。
ソファーからゆっくりと立ち上がる。
いきなり声が裏返る。
しまった。
軌道修正しなくてはならない。
焦る姫華であった。
目を見開くこはく。
何かの間違いだろうか。
もしくは、耳がおかしくなったのだろうか。
目の前に繰り広げられる信じられない光景に、自身の不調が原因だと考えるこはくであった。




