人魚姫の歌声ー27
「歌……歌を歌いに行かない?」
「……え?」
「私ね、嫌なことあってもなくても歌歌うと凄い気持ち良いんだ。多分まだスッキリしてないよね?……だから一緒に行かない?」
「……うん、私モヤってしてるし……。一緒に行こう。」
二人は駆け出した。
「ちょ、ちょっと待って……。」
すぐに息が切れ、倒れ込んでしまった姫華。
そんな彼女を息一つ切らすことなく見ているこはく。
彼女をジッと見たかと思えば視線を逸らしたり、顔が真っ赤になったりフルフルと首を左右に振ったりしていた。
挙動不審。
端的に言えば、今のこはくはまさにそれであった。
「ど、どうしたの……?」
口の中がパサパサに乾燥している。
喉から鉄の味がする。
そんな目一杯な状況の姫華がこはくへ質問をする。
「い、いや……疲れた?」
とても大会で全力を出したとは思えないこはく。
彼女の目の前には、先ほどまで観客席で応援していた姫華。
しんでしまわないかと心配になるほど必死に息をしていた。
矛盾した光景がそこに広がっていたのである。
「夢だったことがあってね……。私、頑張ったご褒美がほしいなぁ……なんて……。」
ポツリポツリ。
こはくが呟く。
しかし、そんな小声を聞き取れる余裕は今の姫華にはなかった。
ゼエゼエと荒く漏れる自身の息にかき消されていたのだ。
「え?」
息も絶え絶えな姫華。
「海原さんに協力してもらわないといけないことなんだけど……。」
何を言っているのだろう。
先ほどの声が届いていない姫華。
そんな彼女にとっては、突然なんの脈絡もなくこはくが何かを頼んでいるように聞こえた。
「お姫様抱っこを……。」
「え、え?」
耳を疑った。
お姫様抱っこ。
つまりは横抱きだ。
彼女が口にしたということは、それをしてほしいということなのだろう。
背丈を考えれば、姫華がこはくを横抱きすることは難しい。
それに加え、ふらふらな状態だ。
無理難題だろう。




