人魚姫の歌声ー20
この少女こそ、姫華であった。
こはくの言葉は届いていなかったのだろう。
彼女の背中がみるみる小さくなっていく。
「……さっきの子、もしかして友達?」
「……はい。」
「友達なの?」
「……え?は、はい。友達です。」
「……行ってきて良いよ。ごめんね。」
パッと離す。
「え?え?」
困惑するこはく。
「早く!……友達なんでしょ?」
「はい、じゃ、じゃあまた……。」
駆け出すこはく。
その後ろ姿を見つめていた。
「嘘つき……。友達じゃないんじゃん……。」
次第に小さくなる彼女の後ろ姿。
それに向かい、呟くのであった。
分かってしまった。
こはくの心にいる自分。
そして、こはくの心にいる先ほどの彼女。
比べるまでもない。
「でも良かったのかな?これでもう諦められるし……。あはは、ってか早速部活サボってるじゃん……。本当に嘘つきだなぁ……。」
そう呟く彼女の瞳からは、涙は流れなかった。
もう二度と会うことはないだろう。
それでも彼女には彼女の幸せを掴んでほしい。
そう願うのであった。
「待って!海野さん、待って!」
姫華の後ろ姿を捉えたこはく。
徐々に大きくなるそれに向かい叫んだ。
しかし、彼女は一向に止まる気配を見せない。
しかし、放課後に旧校舎で歌うだけの帰宅部の女子生徒と激しい運動量を求められるバスケ部の、それもレギュラーの女子生徒。
足の速さの差など、火を見るよりも明らかであった。
「待ってって言ってるじゃん!」
すぐに追い付いたこはく。
姫華の腕を掴み彼女を止める。
「……ふふ、は、速すぎでしょ……。」
姫華の肩が、上下左右に震えている。
それは泣いているせいではなかった。
こはくにはそれが分かった。
「そうだよ、だってレギュラーだもん。」
対してこはくは、余裕綽々。
一切息が上がっていなかった。
「はぁ、疲れたぁ……。」
その場に座り込む姫華。
彼女の顔には笑顔が浮かんでいた。




