人魚姫の歌声ー16
「ほら早く。」
こはくの背中を押す彼女の先輩。
その表情は優しく微笑みが見えた。
そのまま彼女は部活に参加した。
結局スターティングメンバーのままになっていた。
疑問だらけな彼女を置いてきぼりに、その日の部活は終わりを迎えた。
「せ、先輩!」
早々に帰宅しようとしていた彼女を呼び止めるこはく。
「うん?」
「その……ありがとうございました。」
「……え、な、なにが?」
あくまでも惚けるつもりなのだろうか?
「先輩が先生とか他の先輩に言ってくれたんですよね?」
こはくの確信した声。
「え、え?そ、そんなことないよ。」
分かりやすい。
「そうですか。……でも、ありがとうございます。本当に嬉しいです。私、先輩の後輩になれて幸せです。」
そんなこはくに顔を背ける。
耳がうっすらと朱に染まっていた。
「も、もう琴原さんも早く帰りなよっ!ほら、バイバイッ!」
そう言うと、こはくを残しその場から去っていってしまった。
「……琴原さん良かったね。」
こはくから離れた彼女。
携帯電話の画面に映し出された画像を見ていた。
そこにはこはくと自身の写真。
入部当初、こはくがまだスターティングメンバー入りする前のものだ。
仲の良かった時、二人で撮影したものである。
こはくは無邪気な笑みを浮かべ、隣の彼女は頬を染めながら笑っている。
あの日には、もう戻れない。
しかし、彼女には後悔はなかった。
手には記載済みの退部届。
明日提出しよう。
空を見上げ、思った。
「……私の初恋終わっちゃったな……。青春って甘酸っぱくないんだなぁ……。」
晴れているはずの青空からは大雨が降っていた。
自分よりも才能のある後輩。
嫉妬するのも烏滸がましい。
自分と同じ生き物であり、同じ性別のこはく。
そんな彼女に憧れの念を抱いてしまった。
それが恋心になるとは思っていなかった。
気がつくと、いつも彼女を目で追っていた。




