人魚姫の歌声ー15
恐らく今は何をしても集中力が続かないだろう。
彼女はもちろんその原因も、分かっていた。
「今日は何もしないでいよう。」
椅子に腰掛ける夢華。
辺りを見渡す。
なぜだか切なくなってしまうのであった。
いや、理由は分かっている。
「ま、まぁ一時間くらいはいようかな……。どうせ家に帰っても暇だし……。うん、暇だからね。」
誰に言うわけでもないのに言い訳をし始める夢華であった。
心臓がうるさい。
足が震える。
汗が止まらない。
こはくは今、体育館の目の前にいる。
館内の音が漏れている。
それで分かる。
確実に今、彼女の目的であるバスケ部の部員達がいるということだ。
帰りたい。
それが、こはくの素直な気持ちであった。
「あっ……。」
背後から声がした。
それは、こはくの聞いたことのあるものであった。
そして、その声を聞き、こはくはもう後戻りできないと思った。
こはくが振り返る。
彼女の予想通りの人がいた。
「ど、どうも……。」
「来てくれたんだね。」
にこっと微笑む。
こはくの先輩だ。
彼女の微笑み。
それは、こはくを迎え入れようとしているもので、裏があるとは思えないようなものであった。
「さ、行こう行こう!皆待ってるよ!」
「え、あ、ちょっ、ちょっと……!」
腕を掴まれ引きずられていくこはく。
こはくの心の準備などまるで気にしない強引な行動であった。
しかし、それはかえって良かったのかもしれない。
あのまま一人でいれば、彼女はいつまでたってもまごついていただろう。
こはくが館内に入る。
ドタドタと外から来た二人。
当然彼女らに視線が集まるのであった。
言わないといけない。
謝らなければならない。
彼女と約束したじゃないか。
こはくは思いと裏腹に、口を動かすことが出来そうにない。
「そ、その……。」
「遅いぞ、琴原。早く練習に参加しろ。」
担当顧問の言葉。
「え、あの……。」
言葉が詰まる。
身体が動かない。
こはくは状況が理解できなかった。




