人魚姫の歌声ー10
行かない。
もしかしたら辞めるかもしれない。
こはくは、そんなことを先輩へ面と向かって言えなかった。
「その、ごめんね。」
「え?」
突然の謝罪に困惑するこはく。
「私のせいだよね?部活に来づらいの。」
その通りだ。
そう正直に言えたのなら、どんなに楽だろう。
「い、いえそんなことないですよ……。先輩が気に病むことじゃないです……。」
後輩であるこはくは、そう言うしかなかった。
「……もう部活に来ないの?」
素直に言うべきか?
それとも茶を濁すか?
「ご、ごめんなさい。私用事があるので……。」
無理矢理にでもこの場を離れたい。
その一心で言ったこはくの言葉であった。
さて、歌声の主を探しに行こう。
そう思い、その場を後にしようとするこはく。
しかし、動くことが出来なかった。
「せ、先輩?」
袖を掴まれたこはく。
力はそれほど強くない。
むしろ弱い。
しかし、こはくをその場に留めておくには十分であった。
「部活……辞めないで?……お願い……。」
声が所々上擦っている。
袖を掴む腕の震えが、こはくに伝わってくる。
「はぁ……。」
ため息をつく。
部活を辞めないと言うまで先輩がなかなか放そうとしなかった。
その為、自分の意思ではないが、辞めないと言ってしまった。
今、こはくは旧校舎を歩いている。
こはくの耳に、歌声が聞こえる。
しかし、それは今までのものと少し違っていた。
その違和感の正体はすぐに分かった。
「な、なんか激しいな……。」
それは、いつも歌っている歌ではなかった。
そして、その声も違う。
穏やかで優しかった今までのそれとは違う。
ベビーメタルの曲を歌っているように荒々しく力強いものであった。
こはくには、歌の知識はほとんどない。
しかし、この声には人の心を動かす力がある。
そう思っていた。
いつもよりもビブラートが強くかかる。
歌の強弱も今までよりも強調されているのであった。




