人魚姫の歌声ー9
取り敢えず離れよう。
抱き寄せていた夢華を放すと、一瞬名残惜しそうにこはくの胸元を見た。
「えっと、なんで海野さんの名前を私が知ってるのかってことだよね?」
「……はい。」
こはくは、困っていた。
目が合わない。
そもそも身体があらぬ方向を向いている。
夢華には、こはくと正面から向かい合うつもりがないようだ。
とは言え、彼女の疑問に答えないことには話が止まってしまうだろう。
「……ま、まぁ同じクラスだからね、名前知っててもおかしくないんじゃないかな?」
「あっ……。」
口と目を真ん丸に開く夢華。
それは盲点だったと思ったのか。
それとも、当たり前かと思ったのか。
どちらなのか、それともそのどちらでもないのか。
こはくには分からなかった。
しかし、夢華が顔を両手で隠し、しゃがみこんでしまった。
恥ずかしかったのだろう。
そっとしておいてあげよう。
「……あ、えーっと、私もう行くね。ば、ばいばい。」
そう言い残し、こはくは教室を出るのであった。
一人取り残された夢華。
「く、くうぅぅぅ……。」
悔しさと恥ずかしさに悶えるであった。
耳まで真っ赤にし、その場にしゃがみこんでしまうのであった。
さて、今日も歌声の主を探しに行こう。
最早、こはくには部活に参加しようという気はなかった。
このまま辞めてしまおうか。
彼女は、そんなことすら思っていた。
意気揚々と旧校舎へ向かうこはく。
そんな彼女の前に、一人の女子生徒が現れた。
「あっ……先輩。」
こはくの前にいた彼女は、こはくの部の先輩であり、こはくによりスターティングメンバーの座を奪われたものであった。
「こ、こはく……。や、やぁ……。」
苦笑いで手を振る。
「ど、どうも……。」
気まずい。
早くこの場から去りたい。
それが、こはくの素直な気持ちであった。
「……部活……行かないの?」
「え、えっと……。」




