人魚姫の歌声ー8
不意に呼ばれた自分の名前に、夢華がぴくりと反応した。
そこには、以前の余裕綽々な姿はなかった。
「え、え?わ、わたっ、私?」
オロオロ。
小さい身体で慌てる夢華。
「ど、どうしたの?」
予想外の反応に、彼女の慌てようが移ったようなこはくであった。
「い、いえ、その……な、名前……。」
「あっ、ごめん、違ったかな?」
もし彼女の名前を間違えてしまったのだったら、かなり失礼だ。
すぐさま謝罪するこはくであった。
「ちがっ、違くて……その、なんで名前を知ってるのかなって……。」
モジモジ。
俯き、小鳥が囀ずるような小さな声。
その声は、恥ずかしさと嬉しさが含まれていた。
しかし、彼女の声は断片的にしかこはくに届くことがなかった。
その為、再度聞き返してしまった。
「ご、ごめん。もう一回良いかな?」
ずいっ。
夢華の顔を覗き込む。
「きゃっ!」
突然彼女の視界いっぱいに、こはくの整った顔が広がった。
その為驚き、後ろへのけ反ってしまう。
「あっ、あぶないっ!」
咄嗟に夢華の腕を掴むこはく。
彼女の反射神経は、彼女自身も想像つかないほど良いものであった。
夢華が倒れないように、少し支えようと行動した。
しかし、彼女の身体を包み込むように抱き締めてしまった。
自身の胸元に、夢華の感触を感じるこはく。
細いが、固くない。
ふわふわと柔らかい。
「あ、あっ……。」
自身がしたことに困惑するこはく。
「あ、あわわ……あわわわわ……!」
髪の隙間から覗かせた耳が真っ赤になっていた。
驚いた時、人は本当にあわわと言うのだな。
一転してのんきなこはく。
それは、お化け屋敷に行った時などに起こる現象に似ていた。
怖がりなはずなのに、隣にいる友人が自分よりも怖がっていると冷静になるという、あれだ。
「け、怪我ない?」
「……はい……。」
夢華の、何ともか細い声。
それは、注意して聞いていなければ聞こえないようなものであった。




