人魚姫の歌声ー5
こはくは、今までそれなりに上手くやっていると思っていた。
しかし、それが一日にして無惨にも崩れ去った。
何か前触れがあったのかもしれない。
しかし、こはくにはそれの存在が分からなかった。
もし、それに気がつけていたら結果は変わったのだろうか。
傷つくことはなかったのだろうか。
「部活、もう辞めたいな……。」
こはくの口から思わず出た独り言。
こんなことを言っても無駄だ。
誰も聞いてくれないだろう。
また、はなから誰かに聞いて欲しいと思ってのものではなかった。
しかし、誰かに構ってほしかったのだろう。
こはくから無意識に出たそれは、寂しげだった。
「……そんなに嫌なら……。」
こはくの背後から聞こえた声だった。
驚きビクンと身体が小さく震えた。
警戒心からか、心臓が高鳴る。
こはくが振り向くと、そこには一人の女子生徒がいた。
彼女は、未だ自身の席に腰かけているだけであった。
普段話したことのないクラスメイトだ。
背が低く、痩せている。
髪が全体的に長く、左に分けた前髪は左目を隠していた。
制服から伸びた手足、そして髪の隙間から覗かせる顔は、真っ白で、まるでこの世に存在していないようだった。
一言で言うことが出来る。
彼女は、ミステリアスな雰囲気の少女であった。
「行かなきゃ良いんじゃない?」
か細い声。
それでいて、儚く美しいものであった。
「え、えっと……。」
「無理して行くことないと思うよ。……まぁ、外野の意見だから参考にならないと思うけど……。」
そう言うと、彼女は教室から出ていってしまった。
何だったんだろう。
未だ心臓がうるさい。
ろくに話したことのないクラスメイトの言葉。
無視すれば良いのだが、なぜか彼女の言葉は妙に気になってしまった。
「ま、まぁ良いか……。」
気にせず行こう。
そうはいかないが、自身に言い聞かせてこはくは体育館へ向かうのであった。




