5話 人生はギャルゲーじゃないんです
結局のところ何も出来なかった元はひょんなことから小説研究会に誘われて
1
人生の序盤で詰んだ俺は、この世に未練はない。未練を残すようなこと自体やってない。アクションを起こすのにも精一杯なのに、集中してなにかに励むなんてもっての他だ。
執筆自体にそこまで思い入れはない。ただ、人生時間を浪費しているのに低評価されるどころか見向きもされないことが腹立たしい。だから世間に俺の才能を知らしめるために続けている。学校に行かなくても、人生勝ち組になれることを証明するのだ。
鏡を見る。三白眼と伸びた前髪は、表情を全てネガティブ品質に変えるものだった。
学校の洗面所で色々思いに耽っていると、次の授業を予告する無機質な鐘の音が響き渡る。
「次数学かよー」
「課題やってねー」
「今日テストじゃね?」
「まじ?勉強してねー、追伸決定」
学校きてんなら勉強しろよ。そのためにきてんだろ。教室に入るやいなや、怠惰な男女のやる気のない声がそこら中から聞こえる。よりリアルな青春を送るため課題もしっかりとこなす。やってることが意味わかんなくても、ネットの見よう見まねで何とかする。
そんな話し声を横目に俺はいつものように席に座り、いつものように授業の用意をし、いつものように、突っ伏して寝た。
「あ、は、は、元さん?課題やってたら見せてくれない?」
男子生徒の一言。
よくもまあヌケヌケの言えたもんだ。大体俺の名前の『はじめ』は下がり調子なんだよ。今度イントネーション間違えたら反応すんのやめよ。
「駄目だよ、は、元さん?は、勉強中だよ」
その男子生徒に助言する女。
俺今寝てたんだけど。寝ながら勉強とかどうやんだよ。
「ごめん!羽田野さん!」
最初、男はこの女に謝っているのかと思った。だが、見ている対照が俺の顔だった。
俺の名前ってそんな覚えにくいの?元と羽田野って大分違うよ。最初の「は」しかあってないんだけど。
彼等は適当に俺に謝りながら、結局他の生徒に頼んでいた。
「元?大丈夫」
っえ?
「うん、昨日は無理しすぎたけどもう大丈夫。ありがと由香里」
それは儚くも俺の事ではなかった。4つくらい後ろの席で、ぐったりなっている黒髪ロング『はじめ』。それを心配する黒髪ショート『ゆかり』。あいつら、雑色とかとよく絡んでるやつだっけ。
そう言えば、上野と雑色にまだ言えてないな。上野は大会続きでいないし、雑色は来てるけど離す機会が皆無。でも時間が経てばそれだけ言いにくくなるのが人の性。
「元君?」
またあいつらか。ややこしいから下の名前で呼ぶなよ。俺かと思っちゃうよ。
「寝てるの?」
さっきぐったりしてたもんな。寝るのは当然だよ。
「ちょっと?いい、かな?」
そっとしておけよ。多分疲れてんだよ。
「終くん」
その声は優しく俺の耳に触れた。脳と耳がまだ記憶してないような言葉に俺は感動を隠せなかった。
体が自然に反応して、起き上がっていく。瞼がゆっくりと開いて、目に眩い光が差す。
「なんだ?」
心の中の素直な感情を言葉というメロディーに乗せて、優しい声の持ち主の耳へと届ける。
「あ、あのね元君が小説に興味があるって聞いたから、小説研究会にスカウトが」
頭をそっと持ち上げると、その声の持ち主は雑色だった。
日の光を浴びて神々しく見える。なんか、いいよなこういうの。
「お嬢さん、それは誰から聞いたんだい?」
「誰からって、上野君だけど」
俺の情報はできれば知ってほしくなかった。だが、そのお陰で雑色と上野に謝ったりする切っ掛けができた。
特に今、寝起きで意識がはっきりしてない状態だからノリで言えそうだ。
「とにかく、スカウト?っていうか、是非入って欲しい、みたいなこと言ってたけど」
「雑色」
「っええ、?」
段々はっきりしていく意識。だが、気づいたときには既に口から言葉が出ていた。
「ありがとな、序盤色々手伝ってくれて」
「そ、そんな、私は大したことは」
「謙遜すんなよ。俺大分助かった、ありがとな」
もう、周りの目とか空気とか関係ない。後戻りできないなら突っ走るしかない。走って走って、イベント完走して華やかな青春を手に入れるんだ!
そんな状態の俺にある言葉が引っ掛かる。
「案内しただけだけど…。最初面倒なこと手伝ってくれたのは、委員長だよ」
あれ?全部雑色じゃなかったっけ?嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。絶対嘘だ。俺は自分のいいように記憶改竄してたのか?いや、そんなことはない今まで委員長なんて単語は一回も出てきてないぞ。誰だよ委員長って。
「そ、そんなわけ」
雑色が首をかしげる。下を向いて不気味に震え始めた俺を見てどう思うだろうか。
気持ち悪いだろうな。自分でも気持ち悪い。何でそんなことしてたんだ俺は。実際それは事実なのか。もしかしたら今話してるのも委員長って人なのか。わからない。助けてくれ。
「席座れ。テストだー」
そこへ、『遅刻が当たり前』で有名らしい数学教師が10分遅れで来た。地獄に仏だ。一旦ここで話をやめてまた後で、
「じゃあ、元君、またね」
え?「話の続きは次の休み時間でね」とかじゃないの?話を強制終了させられた?イベントが終わってしまう!これはいけない。
「時間は15分だ。8割未満のものは本日放課後資料室で追試だ」
追試もまずい。資料室なんてわからないし、密室で人と居たくない。
重なる感情が焦りとなる。イベントが終わってしまったという悲しさと、テストの緊張が体を支配する。
「はじめ」
教師の力強い声が教室中に響き渡ると、生徒はいっせいにペンを走らせはじめた。と言いたかったが、
「はいっ!」
焦りは奇行へ。アニメだったら目がぐるぐるになって立ち上がってるような図。つまり、教師が「はしめ」と言ったとたん、反応して裏返った声で立上がり返事をしてしまった。
我を取り戻した俺は、想像を絶する虚無感に襲われたのは、言うまでもない。
2
次の日、俺は上野にいつしかの謝罪を果たした。雅教諭が俺に「悩み事でも?」と聞いてきたので今優先すべき事2選を伝えた。話をしたあと教諭は、上野を呼び出してくれた。作られた環境で謝罪をするのは鬼がつくほど気不味い。自然な流れで謝罪をすればお互い気負いすることなく元に戻れただろうが、呼び出した張本人と教室に戻るのは気が引ける。
だがしかし、予想した沈黙はそんなに長くならなかった。
「元さあ、小説読ませてくれないの?」
しつこい。あれは俺の黒歴史だ。そんなものを今更掘り返して、新手のいじめか?なんて思ったが、そのときはあっさり
「別にいいよ」
と無意識にいってしまった。
・・・
そんなこともあって、今俺は図書室のとなり、第二資料室にいる。2階にあるため眺めはいいものの…
「みなのもの」
と上野。
教室より一回り狭いこの部屋に置いてあるのは、式典とかでよく見る会議用の長テーブル2台。付属のパイプ椅子が計4台。その後ろに壁に沿って天井まで積み上がる、段ボールの箱。
テーブルは向かい合い、扉と窓側に向うように縦に設置されている。
上野は窓の前にたち、手を腰に当てて快哉を叫んだ。
「よーし、あの元 終君が、来ましたーーーあ!やったねーみんな!」
するとすぐに、パイプ椅子に座った他の3人が拍手をして喜ぶ?
「元くん、この人たちを紹介しよう。………まずこの子。好きなジャンルは濃厚BL物!呼んだ作品数は100を超える、腐りに腐った最強腐女子、大崎 凛!」
彼が最初に紹介したのは上野に一番近いところに座るポニーテールの子。
っつーか、序盤から強烈すぎるだろ。濃厚BL好きだって?別に否定はしないよ。けど、腐りきるなよ。
大崎は俺の心の中の叫びに気づくはずもなく
「よろしくです」
とペコリと座りながらお辞儀した。あーよくいる引っ込み思案系か。よくいるか知らんけど。声が高め、小さな声。小動物みたいな何か。腐りきってなかったら完全にストライクゾーンだな。
「はいはい、次々!この子!主人公補正は神の修正。俺ツエエエで何が悪い!強ければ強いほど輝く物はある!っ御徒町 楓!!」
珍しい名前だなー。御徒町って鶯谷についで豪華そう。まあ、そんな彼女は口まで前髪がある黒髪ロング。なんか、引っ込み思案っぽい。
「主人公最強以外受け付けねーからな!」
その小さな口から発せられた声は力強く、『THE 男勝り』。
ギャップ萌えってやつは聞いたことがある。でも実際こんな感じなのか?
「ラストはこの子!ラブコメならお任せを!学園ものは最高峰の文学!彼女に書かせればどんな人でもラブコメの主人公に!品川 裕紀!」
ピンク色の髪の毛っていいよな!セミロングでおとなしそうな顔。でも実際、今まで紹介してきた人の個性が強すぎて忘れそう。
「どうも、品川ですう。あなたはどんなヒロインがお望みですか?」
テンプレートな声、以外と普通。これは、一番まともかも。女子高生のテンプレートをなぞっただけのような人物。
友達作るなら優先的にこいつだ。
「っつーことで、よろしくな!」
上野が俺の肩をポンと叩く。そして何気に小説研究会に既に俺が入っていることをアピール。
「お、お」
「心配すんなって。いじめられねえよ。しかも俺もついてるしな」
「は?」
俺は一瞬状況把握出来なかった。小説研究会に入っている?バレー部のエースが?
「お、その顔はバレー部どうしたの?って顔だな。教えてやろう。バレー部はやめた」
リピート・アフター・ミー
『バレーブハヤメタ』
何で?どうして?〇〇〇〇ぶー!これは罠か?クラスの権力持ってるやつに『小説研究会会員増やすの手伝ってー何でもしますから』みたいにそそのかして、煩悩の塊の男子は『何でも』みたいににやけて、よっしゃやるゾーってなって…………
っふー
適当にちょろそうな奴に『はいろーぜー』って行って。逆らえない俺らはそのままついていき、部員の一員へ。『俺もいるからの一言』。実際そんなことはなく部員にされるもほっとかれ、人数あわせの物になる……
部に昇進すれば金が出る。この物置きから脱して、正式に部屋をもらえる。そんなことに俺は利用されるのか。
「活動は毎日だが気が向かなかったら来なくてもいいらしいぞ。たしかに、小説なんて決まった部屋で定時に書くものじゃないからな」
だが、部活に入っているだけで有利になることもあるのでは?大学への内申に……って、いつから進学考えてんだ。俺はどこも行けねぇよ。つまり、この部に入ってもデメリットはない。が、メリットもない。あちら側にはあるかもしれんが。
「ご、ごめん。やめる」
精一杯の作り笑いと、消えそうな蚊の声で意思表示。
「そっか。悪かったな」
上野は少し顔を俯け、それからしばらく黙っていた。重い空気が流れ込む。数分後、この空気に耐えられなくなった御徒町?は、机を思いっきり叩きながら立ち上がった。
「男子の癖に気まずくなんなよ、情けねぇ」
!?
「男同士の友情とかどうでもいいからさっさとこの空気なんとかしろ!!普通主人公ってーのは、こういう場面で最強のコミュ力発動して場を和ませるんだよ!」
耳のいたい説教のようなものに便乗し
「おおおお、男同士の友情!そそそそ、そんなの、なななんて素晴ら」
「崎ちゃん、キモイヨ」
女子部員達による騒々しい説教が始まった。
ギャルゲーだと、こういうときって
・女の子達を止める
・どさくさに紛れて逃げる
・殴る
みたいな感じかな。1は多分全員の評価が微妙にあがる?2は、この中で真面目な子の評価が下がりそう。3は、問答無用で評価ゼロまっしぐら。
とめるっつってもなー。何しよ
・まてよ子猫ちゃんたち。僕を取り合うのはよしてくれよ
・お前ら、俺の顔が見えねえのか
・おい雌犬共。さっさとやめろよ
ナルシスト、クール、S属性から選べと。俺だったら2かな。
「お前らぁ。俺の顔が見えねえのか!」
一瞬の沈黙。不気味なほど静かだった。誰も音を立てない。その場に存在するはずなのに。全てが置物のように見えた。
──っ
「黙れ」
御徒町は拳を俺の顔面めがけて発射した。
────数時間後
「さっきは、その……悪かったな。私、男の癖にうじうじしてんの許せなくてさ」
白い天井、白いカーテン。なびく黒髪。ここは、
「なーんて、言えるわけねえよ。らしくねぇ。こいつが起きるまえにさっさと帰ろ」
保健室に違いない。この硬いベットいい、薬臭い掛け布団といい。だが、その黒髪は……御徒町?御徒町が俺の寝てたベットに座ってるだと?
俺が内心驚いている間、彼女はおもむろに立上がりカーテンをめくる。だが、ふと
「何で、許せねぇんだ」
自然に声が出てしまう。俺の悪い癖。自分を隠して、押し潰してる奴を見ると、昔から声が出てしまう。
「おおお、お前いつから!?」
「今から。で、何でだ」
「ど、とうでもいいだろ」
「どうでもよくない、気がする。なんかお前話しやすいな… なんでだろーな、同類って感じすんだよな」
上半身だけ起こして話す俺と、俺の方を振り替えってほほを紅潮させる御徒町。
「お前、何かに縛られてんだろ。今までクールキャラ演じて、それが回りから見た『御徒町うんたら』ってキャラクターになって、いつしかそれがお前にとっての欺瞞に満ちた普通となり。押し潰された本物の自分が、心の中で叫ぶのを必死でこらえて… 情けないなお前。俺は数時間前にお前に合ったばっかでお前のことはなんにも知らない。けど、俺はお前より長生きだ。実は俺は18歳。いろいろ事情があって高校1年生だが、年齢的には先輩だ。上野は何故か好意的に接してくれるが、それ以外は俺一人だし。ぼっちではないけどな。一人が怖いのはあたりめぇだ。人は一人じゃ生きてけねぇからな。そのためいろいろ試行錯誤する。お前にとってのその結果が、キャラを演じることだったんじゃねぇか?」
熱弁。一言異常話したの何年ぶりだろ。まあ、前半俺のラノベの文章パクっただけだけどな。大分刺さったんじゃねえか。
「知ったように言ってんじゃねえ!お前に私の何がわかるってんだ!」
涙目の御徒町が勢いよくカーテンをめくって走り去った。
俺確か何も知らないって言ったよな?その上での話だったんだが…
女って難しいな。小説書くときもリアルな言葉が思い付かなかったし。なに考えてるかさっぱりだよ。
・追いかける
・放っておいて寝る
・誰かに相談する
みたいな選択肢だったら俺は…
元の選択肢とは、
次回「ギャルゲーなんて当てにできない。俺は彼女を選べない」