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幼い天使に

幼い天使に心臓を。

作者: 千種奏美

ノアンは髪色から顔立ち、瞳の色まで母に瓜二つだ。外出すればよく女の子に間違われるし、大変可愛らしい顔立ちだと義兄のジュダレアにもよく言われていた。だからかもしれない。


ノアンは、五歳にして普通の男の子ではなかった。


「ノアン、ただいま!いい子にしてた?」

「おかえり、ヴェル!僕ね、とってもいい子にしてた!」


豪華な馬車の到着後まもなくナイツストーン家の玄関に飛び込んできたのは、ヴェルトナ=ルシルスティア――この国の第二王子だ。


「おーい、第二王子。ここはお前の家じゃないぞ、いい加減毎日の来訪は自重しろ」

「やあ、ジュダレア。問題ないよ、じきに僕の家になるからね」


ヴェルトナへの不敬な物言いに二人いるうち若い方の護衛騎士がジュダレアを睨んだ。が、ジュダレアは気にしない。というか、今更だ。ナイツストーン家の人間は皆ヴェルトナに一切敬語を使わない。それはナイツストーン家と王家との仲が悪いからでも、ヴェルトナを軽んじてるからではなく、既に家族の一員として扱っているからだ。それもヴェルトナの希望だから、護衛騎士はジュダレアをにらみつつ何も言わない。否、言えない。


「はいはい、重々承知しておりますよ。あ、お前ら一応ニノンとイヴに挨拶してこいよ。イヴのやつ、今日はクッキー焼いてたから」

「ほんと!?行こうヴェル、母様のクッキーはすっごく美味しいんだ!

ジュダ、教えてくれてありがとう!」

「ほれ、はよ行け」


ノアンはとびっきりの笑顔で礼を言うと、ポテポテと両親がいるであろう書斎に走りだした。イヴそっくりな義弟の笑顔に思わず頬を緩ませたジュダレアだが、次の瞬間冷たい視線に貫かれ背筋が粟立った。案の定、ちらりと目を向ければ王子然とした微笑みをたたえた口許とは裏腹に、鋭く冷たい瞳と目が合う。


「はやくそのだらしない顔を何とかしろ。僕のノアンに変な真似をすれば社会的にも物理的にも抹殺するぞ」

「馬鹿野郎、ノアンは大事な義弟だ!そもそも何時からお前のものになったんだよ」

「ノアンは生まれたときから僕のものだ」


ひくりとジュダレアの片頬がひきつった。対するヴェルトナの目は相変わらずどす黒く澱んでいる。


ノアンは生まれながらにとんでもないやつに魅入られたものだ。齢僅か五つかそこらの義弟に憐れみを抱いたジュダレアだが、それもすぐに霧散した。


「ヴェル、はやくー!」

「ああ待ってノアン、走ると危ないよ?」

「大丈夫!ヴェルが助けてくれるもん!」

「…ふふ、そうだったね。でも心配だから、おいで?」

「うん!」


どろりとした甘い笑みを浮かべたヴェルトナに抱き上げられて、ノアンも蕩けるように嬉しそうな笑みを浮かべた。


その様子を見ていたジュダレアは微かな頭痛に顔をしかめる。


「はあ…全くお前らは二人揃って重症だったな」


可愛い義弟は第二王子にメロメロだった、と落ち込むジュダレアの肩をたたくのは睨んできた方ではない護衛騎士だ。


「諦めろ。ヴェルトナ様に目をつけられた時点で救いようはない」

「うるせーよ、グレイシア…

っていうか、てめぇはヴェルトナがここに来るのを止めるのが仕事だろうが!」

「何ぶん私も命は惜しいからね、王宮ではノアン様との逢瀬を邪魔する輩は消し炭にされると専らの噂だ」

「消し炭になってでも止めろ。まかりまちがってノアンが王宮に連れていかれれば………確実に戦争になるぞ」


今の国王になってから随分ましになったとはいえ、ナイツストーン家と王家の関係は良くない。王家の人間がイヴとニノンを怒らせれば、間違いなく戦争になる。それも、ナイツダイヤの利権を考えれば王家の敗けが確定したも同然。


「ああ…まあ、いまのところは大丈夫だろ。ヴェルトナ様はノアン様を溺愛してらっしゃるし、侯爵夫妻も家族として迎えて下さってる。それに正直なところ、ヴェルトナ様にとって王位継承権など煩わしいものでしかないようだ。…あれは何としてでもここに養子入りをするぞ」


この国では同姓婚は認められていないからな、と続けられジュダレアは思わず胸ぐらに掴みかかった。一方のグレイシアはにまにまと笑っているのがさらに気にくわない。彼はこうして頻繁にブラコンの気があるジュダレアを馬鹿にするのだ。


仕方ないではないか、恩人(イヴ)そっくりのノアンが可愛くて仕方がないのだから。


「誰が大事な義弟(ノアン)をキチガイ王子にやるか!」

「貴様先程から無礼だぞ!!黙っていれば第二王子を罵倒し近衛副隊長のグレイシア様に手をあげるとは、首を落としてくれる!」


割り込んできたのは、ジュダレアを睨んできた騎士だ。ギラギラ光る目には、侮蔑の色がまざまざとみてとれた。瞬間、ジュダレアは心が覚めきるのを感じ手を離した。


「いい加減にしろ、ジェフ。ここは王宮じゃない。唯一国の治外法権が届かぬナイツストーン侯爵領だ。そして彼はその長男。この場に置いて私の首だって跳ねるのは容易いのだぞ」


グレイシアの冷たい声にジェフと呼ばれた若い男は顔を歪める。どこぞの貴族の子息らしい男は、悔しそうにちらりとジュダレアをみた。正確には、ジュダレアの頬に浮かぶ奴隷の刻印を。


「グレ…ではなくて、ラティス近衛副隊長殿でしたね。私は勤めに戻ります。ああ、それと私はなんの権限も持ちませんのでどうぞご安心を。では、失礼」


イヴに引き取られたあと、ジュダレアはナイツストーン加工だけでなく貴族としての教養も叩き込まれた。お陰で貴族の振る舞いはそつなくできるが、支配階級の真似事のようで好きではない。だから、ジュダレアは相手ごとに違う対応で人付き合いをしていた。


残念ながらこのジェフ、なる男とは今後一切付き合いを持つ気はないが。火傷ひとつでこうも人を見下す人間と築ける関係などたかが知れている。


「待て、ジュダレア!」


グレイシアの申し訳なさそうな顔に少し微笑んで軽く手をあげた。気にしてない、悪いのはお前じゃない、と伝わってくれればいいと思う。


「っ、休憩はしっかりとれよ。お前は誰も見てないとすぐ無茶をするから」

「お気遣い感謝いたします」


ジュダレアはすぐに背を向けたため分からなかったが、ジェフと呼ばれた男は憎悪をたぎらせた瞳をしており、それを眺めるグレイシアは酷く冷めきった顔をしていた。皮肉なことにこの国においてジュダレアに対する一般の反応は、前者だ。






「僕の留学が決まった」


残酷な言葉が落とされたのは、ノアンの十一の誕生日だった。


「え…ど、して?ヴェル、僕が嫌いになった?」

「違う、それは絶対にない。…王族の義務で、十五になったら三年間外国で学ばなきゃならないんだ」

「そんな、三年も…?」


ノアンの目の前が真っ暗になった。生まれてこのかた、ヴェルトナとは一月と離れたことはなかったのに。


「ノアンは僕が帰ってくるまで、待っててくれるよね?」

「僕、待ってるよ…!」

「本当はノアンも連れていきたいし、なんなら行きたくもない。でもこればっかりはどうにも出来なかった。寂しい思いをさせると思うけど、毎日手紙を書くから…待ってて、お願い」

「ヴェル…」


いつの頃からかヴェルトナはぐんと身長が伸びて、ノアンは首が痛くなるまで上を向くようになった。小さな頃から美しかったが、徐々に大人びてきた顔は甘く端正で誰もが見とれる理想の王子様。ああ、こんな完璧な王子様を誰が放っておくだろう?

今までのノアンとの逢瀬は全てヴェルトナからの来訪で成り立っているものだった。社交界デビューしていないノアンはなんの用もなく王宮には行けないし、そもそも王子と面会する権限だってないのだ。ノアンから離れ世界をみたヴェルトナは、きっとノアンに都合のいい夢から目を覚ます。美しい女性と恋に落ちれば、ノアンなど忘れてしまうに違いない。悲しいかな、それでもノアンには彼を待つことしか出来ないのだ。


「僕は、ずっとヴェルを待ってる…」


ここに帰ってこないとしても。


「嬉しい、ありがとうノアン。絶対に君に相応しい男になって帰ってくるから」


心底嬉しいといった顔のヴェルトナに、ノアンは心が痛んだ。悲しくて、悲しくて涙が止まらなかった。


ねえ、ヴェルわかってる?

どんなに頑張ったって僕がヴェルに相応しくなることはない。

決して結ばれなどしない。

僕は、男なんだよ。


その日ひとしきりヴェルの胸で泣いたノアンは、ひとつ心に決めた。もし手紙が途切れたならヴェルトナへの気持ちは永遠に封印すると。

それからすぐにヴェルトナは旅立って行った。行き先は、隣国サザンフィート。ノアンの両親の故郷だ。

見送りでは泣かなかった。その瞬間だけは全ての悲しみを殺して、笑顔で送り出した。額に落とされたヴェルトナの唇を、ノアンはきっと永遠に忘れないだろうと思った。





それから一年と三ヶ月後、ヴェルトナからの手紙は途絶えた。





それまで毎日届いていた手紙がパタリと来なくなった。最初は何か大変なことがあったのだと、張り裂けそうな心を宥めていた。それが手紙が途絶えて一月たった頃、盗み聞きした両親の会話に限界をとうに越えていたノアンの心は壊れてしまった。


ないと知りながら、手紙は届いていないかと聞きに訪れた書斎。扉を叩こうとして、中から聞こえてきた会話に手を止めたのだ。


「手紙は、今日も来てなかったの?」

「うん、三度郵便物を確認したけど受注請願書だけでやっぱりなかった」

「そんな、やっぱりサザンフィートで何かあったんだわ!」

「イヴ…こうは、考えられない?」


深刻そうな父親の声に、ノアンは身を固くした。嫌な予感に涙が滲む。


「ノアンは、()()()()()()だったんだ。ノアンは君と…初恋の人と瓜二つだったんだよ」

「ありえないわ!確かに最初は私に似た容姿に思うことはあったかもしれない。でも、それだけならすぐに気づいたはずよ。いくら私に似ていてもノアンは、()()()なんですもの」

「男だろうが女だろうが、小さなうちは大差ないよ。だから成長したノアンには興味がなくなった、とは考えられない?」


ヴェルトナの初恋は、ノアンと瓜二つの母だった。最初からノアンは愛されてなどいなかった。さらに最悪なことに、成長して男になったノアンは、もう、母の身代わりすら勤められない。


ノアンの指先が冷たくなる。ショックが大きすぎると、涙もでないのだと初めて知った。


なんで僕は男なんだろう?

身代わりでもヴェルの側にいられるなら、それでよかったのに。

せめて女であれば成長しても身代わりであれたのに。


「ヴェルはそんな子じゃないわ!ニノンだってそれくらいわかるでしょう、だってあの子は息子同然だもの!」

「僕だってわかってるよ!イヴの陰を探してるんじゃない、ノアンに本気だと思ってた!でも、現実はどう?

今日も、手紙は来なかった…」


そうだ、手紙は来なかったのだ。もう誰かに心移りしたのかもしれない。帰ってきたとき、ヴェルのとなりには可愛い女の子がいるのだろうか。それとも、美しい女性がいるのだろうか。どちらでも同じだった。


そっと部屋に戻ったノアンは、鏡の前に立った。襟足まである長めの白藤の髪に、少し赤くなったラベンダーの目許。微笑んでみれば、母とそっくりな美しい笑顔。そして、骨ばった男の骨格。


ノアンの心は歪んでいた。


男であるノアンの唯一の武器は母親似の顔だ。世界中のどんな女性でも、ノアンより母に似た人はいない。それなら、ノアンは母になればいい。たとえヴェルトナが連れ帰った女性と結婚しても、愛人だろうがなんだろうが、そばにいられるのならなんでもしよう。


今日から僕は、男であることをやめればいいんだ。


鏡の中で、ラベンダーの瞳が妖しく笑った。









それからノアンは髪を伸ばし、食事を制限し、見た者が倒れるほどの色気を纏うようになった。イヴに無くてノアンにあるもの、それは暴力的なまでの色気だ。ある時それに気づいたノアンは、この強みを生かすことにした。その結果絶妙な食事制限で細くなった体は恐ろしいほど細いのに病的な感じはせず、常に色気を垂れ流す。ノアンはそれを意図して作り出したのだ。


ジュダレアは両親譲りの頭脳をとんでもない方向に伸ばしたものだ、と酒をのむ度にぼやいていた。


両親は、最初は心配していたが、ノアンの意図することを見抜いてからはある意味協力的だった。栄養価は高いが太らないものをたくさん用意してくれたのだ。きっと何を言っても無駄だとわかっているのだろう。それがノアンには本当にありがたかった。


近くに暮らす姉夫婦は、ナイツダイヤを今の二倍に値上げすると言い出した。さすがにそれは止めた。下手したら国が傾く。


別に一番じゃなくていいのだ。ただヴェルの側にいられさえすれば。約二年半かけて作り上げたこの体なら、きっとヴェルも気に入ってくれるはずだ。


でも、とノアンは思う。いくら食事を制限しても成長は止められない。いくら華奢な体つきでも骨格は男だし、身長も女性に比べればかなり高い。近くでみれば、触れてしまえば、男だとわかってしまう。自信とは裏腹に不安は日に日に大きくなっていった。今の時点でヴェルトナの留学期間は一年伸びており、向こうにできた恋人の存在を嫌でも意識させられる。ノアンは先日十五になった。ルシルスティアでは、王族を除く全ての貴族子息は十五になると社交界にでる。王家主催の夜会がいわゆる成人の儀だ。そして、留学期間が一年のびたため今年のパーティーは、ヴェルトナのお披露目パーティーも兼ねている。ヴェルトナは、十九。彼はとても見目麗しく、それでいて男らしくなっているだろう。



そして、そのとなりには美しい女性がいるのかもしれない。



一週間後に迫った夜会に、ノアンはひとつため息をこぼす。相変わらず手紙は届かなかった。












遠目に見たヴェルトナの姿に、ノアンは心臓を鷲掴みにされたような錯覚に襲われた。


別れたころより背がぐんと伸びた。

顔立ちも記憶のなかよりずっと大人びて、涼しげなアイスブルーの目許が色っぽい。

肩幅も、腕も、胸板も、全部男らしくなっている。


ノアンとは、何から何まで真逆だ。長らく積み重なっていた不安が膨れ上がった。ノアンごときを、あんな完璧な王子様が見てくれるだろうか。否、正妻どころか愛人だって無理かもしれない。二年半培ってきた自信がボロボロと剥がれ落ちていくのを感じた。


その時、アイスブルーがノアンを捕らえた。強ばる顔で何とか微笑んで見せたが、一瞬大きく見開かれた瞳は、さっとすぐに反らされた。


「っ…だめ…なの?」


やはりノアンなどもう要らないのだ。


今すぐにでも帰りたかった。もはやこれ以上こんな醜い姿(作り物)の自分を、ヴェルトナに晒すだなんて耐えられなかった。長い白藤の髪を翻してノアンは歩きだす。皆がこの日のために用意してくれた、ナイツダイヤが散りばめられた衣装が少しでも醜さを隠してくれていればいい。

視界はぼやけて歪んでいた。


「…ノア、待っ!」


遠くで、聞きなれない低い声がノアンを呼んだ。ヴェルトナは声まですっかりと変わってしまった。もう、ノアンを愛してくれたヴェルトナは世界のどこにもいないのかもしれない。


怖い、怖い、怖い。

醜い姿を見られるのが怖い。

男だと気づかれてしまうのが怖い。


振り返らずに必死に逃げた。走るのはマナー違反だ。愛する家族のためにもナイツストーン家の名を落とすわけにはいかない。


「ノアンっ、お願いだから!」


ぐいっと手を引かれた、と同時に頭からコートを被せられて抱き上げられた。そのまま会場をでたらしい。


ノアンを抱えるのは、知らない腕だった。




「大丈夫かい?」

「…はい、助けて頂きありがとうございました」


コートを取り除けば、そこはどこかの部屋だった。ベッドに腰を下ろしているので、たぶん客室だ。王宮の客室に勝手に入っていいのだろうか。


「あの、ここは…?」

「ああ、私はレジー=ゼルモア。ゼルモア公爵家の当主だよ。そしてここは私の部屋だ」


壮年の男性は、にこりと笑った。ゼルモア公爵といえば、王家の血筋だ。確かリュシス前国王の弟君で、リュジナ現国王の叔父にあたる人だ。たしか、相当な好色家だと両親や姉が話していた。とはいえノアンは男だし、助けてくれたのだから名乗って礼のひとつも述べなければ家名に傷がつくだろう。


「私はナイツストーン家が次男、ノアン=ナイツストーンと申します。この度は、助けて頂きありがとうございました」

「いやいや、かまわんよ。ところでヴェルトナとはどのような関係なのかね?あの冷静な第二王子が取り乱すとは、なかなか見れない光景だったよ」


ノアンは困った。どのような関係も何も、説明できるような関係はひとつとしてない。待っててくれとは言われたがそれは婚約と言えないし、この国では同姓婚が禁止されている以上根本的に婚約など不可能。そもそも、ヴェルトナの心が離れた以上無効だ。

なんと説明すればいいかと頭を巡らせたノアンの肩に、男の手が触れた。許可なく相手に触れるのはマナー違反だ。驚いたが、もしかすると男同士は関係ないのかもしれないと思い直し、ゼルモア公爵を見上げた。


「君はノアン、と言ったね」

「は、はい…」


ノアンは気づいた。ゼルモア公爵の優しげな微笑みに、違和感がある。瞳だ。


優しげな微笑みとは裏腹に、瞳には情欲が渦巻いていた。


なぜ頭が回らなかったのだろう、ノアンはヴェルトナの愛人になろうとしていた。だからノアンの体は、男を誘うことができるのだ。だって、ノアン自身がそういう風に作ったのだから。


喉の奥でひきつった音が鳴った、と同時にノアンはベッドの上に押し倒された。元々細いノアンだ、ベッドに押しつけられては逃げられない。


「公爵、なにを…!」

「はは、何をするかなんて分かるだろう?これほど色気を垂れ流して男を誘っているんだ。君も若いのに、相当な好き者だな。大方ヴェルトナとも一夜の関係を結んだんだろう?」

「なっ――」


ゼルモア公爵の手がシャツにかかり、ぶつりと釦が飛んだ。それを見て、ノアンの頭が怒りに染まる。今日の服は家族が丹精こめて仕立ててくれた物だ。釦ひとつにもナイツダイヤを使って仕上げられたそれは、シャツ一枚で金貨の山に化けることを知っている。


「やめろ、触るなっ!」

「ん?ああ、この程度の服が惜しいのかね?」


ノアンは愕然とした。ゼルモア公爵はまさか、知らないのか。ノアンは先程ナイツストーンと家名まで名乗ったし、ナイツストーン家の正装は全てナイツダイヤが使われた一級品だと有名だ。それなのに、ゼルモア公爵は服についているのがガラスとでも思っているようだ。いくら月光が届かぬ部屋とは言え、ありえない。あまりの衝撃に口をつぐんだノアンに、ゼルモア公爵は下卑た笑みを浮かべた。


「服が惜しいのなら、自分で脱げ」

「っ、誰が!」

「ならば服は諦めるんだな」


次は釦どころではなかった。布地が悲鳴をあげて、裂けていく。所々に散りばめられたナイツダイヤがベッドに飛ぶ。


悔しかった。こんな男に家族がつくった物を壊されるのが。

抵抗できない細腕の自分が。


悔しくて唇を噛んだノアンなど気にも留めずに、ゼルモア公爵は露にされた肌を眺めた。ごくりと唾をのむ音に背筋がゾッとした。


「ああ、なんて美しい…」

「気持ち、悪…っ触る、な」


ゼルモア公爵は恍惚とした表情でノアンの平らな腹や胸に手を這わせ、そしてあろうことかその細い首筋に顔を埋め吸い付いた。チクリと痛みが走って、涙が滲む。


「ひっ」


耳のそばで荒い息が響く。ノアンの喉がひきつった音をたてた。




気持ち悪い。


いやだ、助けて。




ノアンが強く目を瞑った、その瞬間、物凄い音がして客室のドアが鍵ごと吹き飛んだ。


雪崩れ込んでくる人の中に、ジュダレアの姿を発見したノアンはほっと息ついた。滅多にパーティーなどには参加しないジュダレアだが、今回ばかりは両親やノアンと共に参加してくれていたのだ。


「ノアン!」

「発見しました!」

「ゼルモア公爵を捕らえろ!」


一瞬のうちにゼルモア公爵が引き剥がされ、駆け寄ったジュダレアがコートをかけてくれる。ジュダレアは酷く痛ましい顔をしていて、此方が申し訳なくなるほどだった。この分だととても心配をかけただろう。無理もない、ヴェルトナの登場と同時に急に姿を消した挙げ句この様なのだから。


「大丈夫かノアン、怪我は?」

「な、ない。でも、ごめんジュダ…皆が作ってくれた服、破かれちゃって…」

「馬鹿野郎!服なんていくらでも作ってやれる!でも、お前は代えなんかきかねぇだろ!どうして、自分を大切にしない!」

「うん…っごめん…ごめんなさい」


代えなんかきかない?そもそも、ノアンこそが母の身代わりだというのに。


心のどこかで、誰かが囁く。


涙を溢して、ジュダレアに慰められながら、冷静になっていく。そして、気づく。



ヴェルトナは、助けに来なかった。



その瞬間からノアンの涙は、安堵から悲しみに変わった。


「な、何をする!ここは私の部屋だ!誰の許しを得てここに――」


ゼルモア公爵が喚き散らすのを、どこか遠くのことのように聞いた。ノアンは公爵にされた仕打ちよりも、ヴェルトナが来なかったことの方がよほど重大だった。



「私の権限ですが、文句がおありのようですね」



ぴたりと涙が止まった。聞き覚えのある低い声。それも、ついさっき聞いたものだ。ノアンはゆっくりと顔をあげる。急に泣き止んだことに困惑するジュダレア。その向こうに――


「ヴェルトナ!貴様、第二王子風情がっ…」


恋い焦がれた人を捉えた。

今度こそ涙腺が馬鹿になった。泣き止んだと思ったらまた大泣きする自分にジュダレアはさぞオロオロしてることだろう。


「第二王子風情、ですか。無能な公爵風情がいいご身分だ」

「なっ、貴様、殺してやる!それ以上私を侮辱してみろ、殺してやるからな!」

「殺してやる?それは()()()のセリフですが?」


私たち、をやけに強調したと疑問に思っていれば、さらに聞きなれた声がノアンの耳に飛び込んできた。


「息子が随分お世話になったようですね、公爵」

「以前は水に流して差し上げましたけど、今回ばかりはどうにもなりませんわよ」

「ナイツストーン侯爵家に二度も手を出したのですから、それなりの覚悟はされておられるのでしょう?」

「大切な義弟のために一年かけて用意した衣装もボロボロにしてくれたようですしね」


ニノン()イヴ()リザレア()フェルシア(義兄)。まさかのナイツストーン侯爵家勢揃いに、流石の公爵も怯んだようだ。しかも話の流れだと過去には母にまで手を出したらしいから、なるほどノアンが襲われるわけだ。


…父からはそれはもう壮絶な報復があっただろうに、二度目をやらかすとはゼルモア公爵は救いようがない馬鹿らしい。


「ひ、いや、これは…そうだ、合意の上で…ひぃぃぃっ!」

「…貴様、よほど死にたいと見えるな」

「まあ少し落ち着きましょう、ジュダ?」

「まずは陛下の前で、じっくり話し合わなきゃならないからね」

「ちゃんと誰が息の根をとめるか決めないと、流石に可哀想ですもの」

「あと、どうやって弱らせるかも決めないといけないよ兄さん。だって、すぐに楽にしてやるのは癪だろう?」


室温が一気に二十度は下がった。ジュダレアに胸ぐらを掴みあげられたゼルモアは何故かもう泡を吹いている。リュジナ陛下の前で、というのは王家の血縁として見限らせるつもりなのだろう。王家の庇護を失った無能な公爵など、両親を怒らせた今爵位を失うだけでは済むまい。少なくともノアンのシャツ一枚弁償することだって難しいはずだ。これから生き地獄を見るのであろうゼルモア公爵に哀れみを感じなくもないが、助けてやる義理などノアンには毛頭なかった。


「こら、ジュダレアは手を離せ!コレは私が運ぶから」

「チッ、グレイシア。間違っても殺してやるなよ」

「いやだな、この四年でジュダレアのブラコン悪化してるじゃないか」


ベッドで呆然としているノアンをおいて、彼らは部屋を出ていく。ジュダレアとグレイシアが一瞬、かなり心配そうにノアンを見たが呆気なくヴェルトナに追い出されてしまった。


誰も居なくなった部屋で、四年ぶりにヴェルトナと向かい合った。近くでみればみるほど、美しいその姿に不安になる。


「どうして。どうして、逃げたの?」


気づけばヴェルトナの瞳が、どす黒い感情を浮かべていた。そして近づいてきたと思った時には、既にジュダレアが貸してくれたコートをむしりとられたあとで。折角隠れていた素肌は再び晒されることとなった。


「…こんなになってまで、男たぶらかしてたの?」


怒っているようで、泣きそうな声だった。そのくせノアンの微かに浮き出た肋骨をなぞる指には熱が込められていて、ただ困惑する。ヴェルトナは、この体が気にくわないわけではないらしい。が、なぜか悲しそうに指が滑る。思わず身を捩ったとき指が止まった。


「ここ、やったの誰?」


今度は明確な怒りをもって首筋に触れた。そこは、さっきゼルモア公爵に吸い付かれた場所だった。


「それはさっき…い、たいよ?」


爪が、首筋に食い込んで痛みを訴える。反射的に涙が浮かぶが、ノアンは逃げない。ヴェルトナが与えてくれるものは、全て喜びだ。例えそれが本来は苦痛であったとしても。


「これ、消すからね。痛くても我慢するんだよ、できるよね?」

「うん、できる…」


何をするかなんてたぶん問題ではない。ただ確かなのはヴェルトナの与える苦痛に、ノアンは耐えねばならないということ。息をのんで身構えると、ヴェルトナは首もとに顔を寄せ――噛みついた。何度も、何度もゼルモア公爵が残したであろう痕を消そうとする。その行為は、まだ執着しているのだと教えられているようで、ノアンを仄暗い悦びが満たした。


「っ、ん…」


叫びはしなかった。それはもう痛いし、絶対に血が出ているだろうし、涙は堪えられなかったけど、ノアンは喜んでそれを受け入れた。しかしノアンとは違い、首の傷を見るヴェルトナは苦しげな表情を浮かべる。


「ごめん、痛かったね…」

「平気だよ?ヴェルがくれるものは、苦痛だって嬉しいから」


ヴェルトナに笑って欲しい一心だったのに、その顔はさらに歪むだけだった。


「…手紙も返事をくれないし、他に思い人でもできたかと思ってたけど…まさか、そうやって男をたぶらかしてたなんてね。しかも僕から逃げるために大人しく部屋に連れ込まれるなんて…予想外だよ」


澱んだアイスブルーが、ノアンを見つめた。そこにあるのは怒りと、悲しみ。

ノアンには何をいっているのか分からなかった。返事?たぶらかす?まさか、不特定多数と関係を持ったとでもいうのか。


「僕が嫌いになった?…待ってるって、いったのは嘘?」


冗談じゃない。四年もの間望みがないと知りつつも、苦しくても辛くても待ち続けたのに。それこそ()()()()()()()()()。ノアンの中で、堪えていたものが爆発した。


「それは、それはヴェルの方でしょ!?ヴェルが手紙をくれなくなったんじゃない!

僕が男だから、飽きられたんだと思ってた。だから少しでも母様に近づけば見てくれると思って、ヴェルのために頑張ったのに…それなのに、ひどい…」


相変わらず馬鹿なままの涙腺から滝のように涙が溢れた。ノアンは誰よりも忠実に、ヴェルを待っていたのに。それがどうして責められねばならない。


「…手紙が?」


微かに震える指先が、涙に濡れたノアンの頬に触れた。見れば、ヴェルトナは酷く動揺していた。


「二年半前から、ずっと!待ってたのに、来なくなってからも!僕が何度手紙を書いても、返事ひとつくれなかったのは、ヴェルの方でしょ!?」


嗚咽が邪魔して上手く言葉を紡げない。それでも、伝えなくてはならないのだ。ちゃんと待っていたと。


ヴェルトナの顔がくしゃりと崩れた。それはいまにも泣きそうな顔にみえた。


「僕、ヴェルのことずっと待ってたよ。手紙をくれなくなってからも、ずっとずっといい子にしてた」

「ごめん…ごめん、ノアン。ずっと待っててくれたのに。ああ、どうして会いに行かなかったんだろう。ノアンは僕を裏切ったりしないのに…」


ぎゅうっ、と抱き締められてノアンは甘い香りに包まれた。それは懐かしい、昔と変わらないヴェルトナの香り。昔の面影は殆どないけれど、確かにこの人はヴェルトナだった。それに安心して、ノアンはそっと逞しい背に手を回した。


「僕はずっと、ヴェルが大好き。ヴェルは?もう、僕のこと…嫌いになった?痩せてるのが嫌なら頑張ってご飯食べるよ。髪だって切るから。僕のこと、嫌いにならないで…」

「なるわけない。だって、この髪も、華奢な体も、全部僕のためなんでしょう?」


当然だ、と頷けば漸くヴェルトナに笑顔が浮かんだ。第一、ノアンは生まれた瞬間から、髪の毛一本だって余さずヴェルトナのために存在しているのだ。ヴェルトナがいなければ、生きている意味がない。だから、


「ねえ、ヴェル。僕と結婚して?それで、この先ずっと僕以外を見ないって約束して」


身代わりだったとしても、もう目移りは許さない。ノアンだけを見てくれれば、本当の一番になれなくてもいいから。


そんなノアンを知ってか知らずか、ヴェルトナは口許を緩めた。それは昔から変わらない嬉しいときに見せる彼の癖だった。


「うん、喜んで」

「じゃあ――僕にヴェルの心臓を頂戴?」


ほんのちょっと、ヴェルトナが目を見開いた。でも驚きは一瞬で消え失せて、次に浮かぶのは蕩けるような笑み。


「もちろん。この体、全部ノアンにあげるよ」

「僕は、生まれたときから全部ヴェルのものだよ」


ありがとう、と耳元で低い声が囁く。ノアンは恐ろしいほどの幸福に、うっとりと微笑んだ。


「もし僕が要らなくなったら、ちゃんとヴェルの手で殺してね?」

「嬉しいけど、あり得ないよ」


なぜ、と聞く前にノアンの唇は塞がれた。別れたあの日額に落とされた唇が、今度はノアンの吐息を奪っていく。


「僕はノアンしか要らないんだ。ノアンこそ、心変わりなんてしないでね?」

「冗談でしょ?僕は十五年もヴェル一筋なんだから」

「っ、愛してるよ可愛い僕のノアン。これからはずっと一緒にいるから」

「嬉しい…ありがとう、ヴェル」


性別なんてそんなものは今さらだ。お互いを前にすれば、そんなものは少しの障害にだってならなかった。










「結局二人の手紙を止めてたの、リュジナ陛下だったらしいね」

「ヴェル、貴方にノアンが心変わりしたと思わせて諦めさせるためだったそうよ。幼少期から優秀だった貴方にどうしても第一王子の補佐をさせたかったんですって」


後日、四年ぶりにナイツストーン侯爵家を訪れたヴェルトナと共にナイツストーン家の面々はダイニングテーブルを囲んでいた。といっても

ジュダレアは何故か風邪で寝込んでいるし、姉夫婦はナイツストーンの製造で忙しいためこの場にはいない。つまり、ヴェルトナとノアンと両親の四人だ。


「王族の中で唯一ナイツストーン家と良好な関係を築いていたからですよ。僕に補佐をさせて懐柔したいだけです。そんな下らないことで僕からノアンを奪うなんて…ああ、ちゃんと王位継承権も放棄してきたから安心してね。これで漸くノアンと暮らせるよ」


優秀、というのもノアンに会う時間を増やすために努力した結果にすぎない。


ニコニコしたヴェルトナの膝の上で、ノアンも同じく笑みを浮かべた。王位継承権の放棄と同時にナイツストーン侯爵家への養子入りを果たしたヴェルトナは、ノアンを迎えに来たのだ。驚くことに四年前には既に侯爵領内に新居を建てていたという。ちなみに、ヴェルトナには公爵位をと国王は仰ったそうだが本人が断固拒否したらしい。爵位を持てば執務によってノアンとの時間が減るからだそうだ。


「ノアン、本当に大丈夫?」


向かいのソファで苦い顔をしている父は未だにノアンを心配しているらしい。逆に母はといえば満面の笑みで、ノアンを心から祝福してくれているのだが。


「うん、父様。僕はたとえ身代わりでも、ヴェルと一緒にいたいの」

「いや、そうじゃなくて――」

「ちょっと待って」


ピクリと腰に回された腕が反応して、拘束する力が強まる。向こうで母が苦笑した。


「身代わりって何?」

「僕は、母様の身代わりなんでしょ?」

「お義父様…ノアンに何を吹き込んだんです?」


事と場合によっては息の根を止めますよ、と耳元でいつもより低い声が唸った。父にそんなことを言うなんて、それほど知られたくないことだったのだろうか。


「いや、それが…リザレアの初登城時のことを聞いたみたいで。あ、言っておくけど不慮の事故だからね」


気まずそうに目を反らす父。きっとヴェルトナに睨まれたのだと思う。


「…まさかそれで“母様に近づこうと頑張った”なんて言ってたの?お義母様の身代わりになろうとして?」

「うん」

「馬鹿!本当に馬鹿だなもう!」


唐突にくるりと体を回され、ノアンはヴェルトナと向かい合った。


「確かにお義母様に求婚したのは事実だよ。でもノアンを一目見て気づいた。僕は、お義母様を通して生まれてくるノアンを見てたんだ。僕にとってはお義母様にそっくりなノアンじゃなくて、ノアンとそっくりなのがお義母様なの」

「え…」


目がこれ以上ないくらい開いた。喉に何かが詰まったみたいに、言葉が出てこない。きゅう、と心臓が縮んだような感覚がしてあの日枯れたと思っていた涙がまた溢れた。


なんだ、身代わりじゃなかった。最初からちゃんと愛されていたんだ。


「ああ、ほら泣かないでノアン」

「…僕はヴェルの一番になれる?」

「もちろん。ノアン以外、考えられないよ」

「僕ねヴェルの側にいられるのなら二番でも、三番でもいいと思ってた。けどね、本当は、本当はね…ずっと、一番になりたかった」

「…うん」


次々と溢れる涙を指で拭ったヴェルトナが、優しく笑う。そして顔が近づいて――


「はい、ストップ。そこまでだよ」

「なんですお義父様?邪魔しないでください」


ヴェルトナの舌打ちが聞こえ、ノアンもかなり落胆した。それに気づいた母は上品に笑って、父を宥める。


「ごめんなさいね、ニノンったらどうにもノアン離れできなくて。…リザレアがいなくなってからは特に」

「…だって、イヴに似てあんなに可愛くなってさ…やっぱ無理、ノアンはあげない。ヴェル帰って!」

「それこそ無理です。ノアンと一緒じゃなければ屋敷から一歩たりとも出ません」

「お前のような危険思想を持つ輩にはやれん!帰れ!」

「嫌です。四の五の言わずノアンを差し出しなさい」

「はい、そこまでよ。ニノンたら折角準備してきたんだから台無しにしないの、もう!」


不満げに押し黙る父をヴェルトナは鼻で嗤った。何だかんだいっても父には母が、母には父さえいればいい。同じようにノアンにはヴェルトナが居なくてはならないのだ。父がどうあがいても現状は打破できない。


「…わかったよ。で、二人に提案があるんだけど…ナイツストーン商会分かるよね、ノアン」

「うん、父様が運営してる商会だよね?」

「そう。それね、二人に譲ろうと思ってるんだ」


思わずヴェルトナと顔を見合わせた。


「…いいの?」

「侯爵家はフェルシアとリザレアに継がせるけど、商会は元々ノアンに任せるつもりだったから。ノアンには僕に似て商才と勝負勘があるみたいだし、ヴェルには王族だった頃の信用と人脈がある。すぐにとは言わないから、徐々に引き継いでいきたいと思ってるよ」

「という建前で早く隠居してお義母様との時間を作りたいだけですね?」

「うん、それもある」


けろりとしている父に呆れるが、ありがたい提案に変わりはない。ノアン自身はナイツストーン作りが得意ではないし、それにもともと商会の仕事は興味があった。


「やりたい」

「うん、それじゃ引き継ぎ終わるまではここにいてね。あ、もちろんヴェルも居ていいよ。でも、ここにいるうちは手出し厳禁だから、悪しからず」

「…往生際が悪いですよ」


勝ち誇ったような笑みを浮かべる父。ヴェルは背後で殺気を飛ばし始めた。母は呆れたように、でも穏やかでどこか楽しそうに微笑む。ノアンも笑って愛する人を見上げた。


「ヴェル、頑張ろうね?」

「…わかったよ、我慢する」


直後父に向かってフォークが飛翔したのだが、背を向けていたノアンは知る由もない。




幼い天使に心臓を。その対価には何物にも代えがたい、甘美な執着が待っているのだから。

ノアンの狂気は天然ものです。二人ともどろどろに執着しあってるんです、一応。伝わってればいいのだけど…文才欲しいこの頃でした。

リハビリ短編シリーズはこれで終わりですが、番外編のような短いものをひとつ書いたのでよろしければご覧下さい!

それではここまでお付き合い頂きありがとうございました!

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