正月巫女日記
とあるお話を書いてるときに会話文が嫌で嫌で仕方ないので逃避しながら書いたものです。訴えかけることも深いテーマもないただの日記なので気楽に。
人生、肩の力を抜けば夏休み
正月です。一月一日です。新年です。
皆さんお休みで、お気に入りの小物屋さんも、今はお別れした彼との思い出の喫茶店も閉まっています。後半部分はどうでもいいですね。大事なのは前の方。みんながお休みなこと。なんとわたしはお正月から働いているのです。
自慢ですが、わたしはここ数年元旦に初詣に行ってません。自慢にはならないですか、そうですか。
別に神様不信だとか宗教的な問題ではありません。単純に年末年始は巫女としてアルバイトを、いえいえ助勤をしているというだけです。たいていは新年になっても数日通うのでお参りは最終日にしています。大層なお願いをした次の日にまた会いに行くのはなんとなく気が引けるものです。はい。
この神社に奉仕しているのは高校生の頃からなので、今年で四年目になりますか。ちなみに去年無事に第一志望の大学に合格したのはわたしの努力の賜物です。そして去年高校生活最後の冬休みの課題が提出に間に合わなかったのは助勤のせいです。わたしの信仰心はこのくらいですね。
わたしもそこそこのベテランなのですが、奉仕の出来は他の巫女さんと大差ありません。そもそも奉仕の内容のほとんどが『お金を預かる』『お品物とお釣りを渡す』だけなので、なるほど十年選手だろうが二十年選手だろうが差は少ないです。さすがに緊張で笑顔が凍ってる新人ちゃんよりはスムーズにこなしますが。
大差はありませんが、それでも普段コンビニバイトで鍛えているという一つ上の先輩は接客のベテランという風格があります。今日は一緒に入ってないのでわたしが一番です。大晦日の夜間はお休みだったわたしの代わりに大いに手腕を振るったことでしょう。
わたしが毎年助勤の募集に応募しているのにはもちろんワケがあります。
まあ表向きはぶっちゃけ楽だからですね。変に技術が必要なわけでもないですし、接客に付きものの迷惑な相手も少ないですし。なぜでしょう。新年でめでたいからでしょうか。それとも場所柄でしょうか。単に幸運だっただけかもしれません。一番困ったのは酔っ払ったおじいさんにお酒を渡され乾杯したときですかね。袖で口元を隠しながら飲む振りをする隠し芸を収得しました。
辛い面を挙げるなら寒さと退屈さとピークのときの緊張感くらいです。わたしはピーク時でもマイペースにやりますし、寒さと退屈さは誤魔化す方法があるから気にしませんけど。
さて、表向きがあるということは、後ろめたい裏側があるというのが世の常です。神様大好きっ子でもないわたしがここにいる理由、わかりますか?
「その干支お守りと絵馬ください」
おっと、さっそく来ました。
「千百円お納めください」
目の前には大人の男性。少し離れた後ろにいるのが彼女さんでしょう。気の弱そうな男性と売店に興味なさそうな女性。二つずつではない会計。それらから二人の関係を推察します。
ぴったりで渡されたお金をしまっている間に、男性が絵馬になにやら書き込んでいます。ここの神社ではわたしたち神社側の人間が一度絵馬を預かることになっています。参拝者が少ない夜中に巫女さんが絵馬掛所に並べるためです。
彼氏さんは一度となりの女性に見せてからわたしのもとに戻ってきました。
「はいお願いします」
わたしが絵馬を受け取ると、彼は早足に駆けていきました。
『今年は宝くじが当たりますように』
ちらりと見えてしまった文字。うーん案外普通で面白みに欠けますね。わたしはすぐさま奉納用のケースに納めます。
そうです。わたしの密かな楽しみは大変悪趣味なのぞきです。いや、わざとじゃないですよ? 見えてしまっただけです。ホントです。のぞきは犯罪ですから。
……なんて、あまり弁解すると冗談じゃなくなりますね。わたしの目的はもう少し前の部分です。分かりにくいですね。やり直しましょう。
コホン。
そうです。わたしの密かな楽しみは大変高尚な人間観察です。神社にいらっしゃった方々の関係性や願いを妄想……ではなく推察することです。
ここには実に様々な人間が訪れます。街中で普通に見かけてもなんともありませんが、新年のこの時期はなんだか想像力が働き者になる気がします。理由は自分でも分かりませんが。暇つぶしか寒さで脳が冴えるのか。神様が憑いているとかだったらファンタジックなんですけど。まあ念じても枯れ葉一枚動かせないので神通力はなさそうです。残念。
その男の人が来たのは、新年一日目の夕方でした。
朝方にはシュッとしたクール系な大学生と一緒に歩いていた高校生くらいの女の子が、同じ日の夕方にわたしのお父さんと大差ない歳のおじさんと手を繋いでお守りをおねだりしていった後のことです。
「チエちゃん先輩、あの人怖くないですか?」
そう言ったのは一緒に売店に座るカナコでした。チエちゃんというのはわたしの名前のチエコから来ているあだ名で、カナコは高校のときからの後輩です。
「どのひと?」
わたしがきょろきょろしていると、カナコは境内に並ぶ一角をこっそり指で指しながら「みどりの、ぱぁかぁ着てる人」と耳打ちしてきました。
カナコ、ゆっくり話すのはありがたいけど、その区切り方だと緑色の人間がパーカー着てるみたいだよ。
彼女の指の先を辿ると、確かに一人で並んでいる男の人が見つかりました。かなり暗めの緑と前かがみ気味な立ち姿が目立ちます。そしてなぜか彼を囲うように一人分くらいの隙間があります。もしも参列者の列とわたしたちのいる社務所兼売店がもっと離れていれば、彼の周囲の人が彼からわずかに距離を置いている理由は分からずじまいだったでしょう。
「ぜったい、絶対に有名になってやる」
そこまで広くないのがこの神社です。街の小さな神社ですから。
「テレビに出て、有名になって、あいつら見返してやる。あんな芸能人なんかに、負けてたまるか」
うわぁ。野心ギラギラです。目の鋭さが他の人とは段違いです。なんというか、生きる目的を明確に持った主人公みたいです。と、まあかなりプラスの修正をかけてみましたがやはり真実は曲げられませんね。いつも一つらしいので。
はい、普通に危ない感じがします。プライベートでのお付き合いはノーサンキューな感じです。
彼の心の叫びを受けて、わたしの中の探偵が一つのストーリーを組み上げます。
まずは名前を考えます。とりあえず零斗さんにしときましょう。中心人物ですから目立つ名前に。
零斗さんは二十代後輩の会社員。保身的な考えが災いして、なかなか出世のチャンスがない今日この頃。出世こそないものの、大きな失敗もなく堅実に仕事をこなしていく彼。会社での立ち位置は『いなくてもいいけどいないと色々不便』。そんなところですね。
そんな彼にもお付き合いしている相手がいらっしゃいました。名前は一恵さんにしときましょう。社会人になって初めての彼女。彼はきっと大切にしたことでしょう。
しかし悲しい出来事はどこにでもつきまとうものです。保守的な彼はいつまでたっても一線を越えようとはせず、出掛けるときも「一恵の行きたいとこならどこでもいいよ」と繰り返してばかり。もちろんそれは一恵のことを考えての言葉ですが、男の人にもっと引っ張って欲しい一恵。
優しさだけでなく、もっと冒険心的なアグレッシブ的な……っと失礼、個人的な感情が混ざってますね。
とにかく、なんやかんやあって一恵の心は離れかけていたんです。そんな彼らの前に現れた男性がいました。その男性は優しく活動的で、まるでテレビに出ている芸能人みたいにカッコいい人でした。名前はそうですね……二宮さんにしときましょうか。仮名ですよ仮名。
さぁ、ここからはセオリー通りに展開しましょう。今の彼より断然魅力的な二宮さん(仮名)。一恵の心は徐々に揺らぎ、そして大きく傾きました。ついに別れを切り出す一恵に、零斗は引き留めるだけの言葉もありませんでした。二宮の車に乗り込む一恵を、彼はただ呆然と見つめ続けました。これがつい先日のクリスマスのことです。
どうです? 我ながら惚れ惚れする名推理ではないでしょうか。
ちなみにこの光景を頭に描いている間に五組も捌いているわたしです。できる女ですから。
四人家族のお父さんに破魔矢とお守りをお渡ししたとき、緑の彼が賽銭箱の前に立っているのが見えました。やたら大きな手拍子が境内に響きます。続いて彼は財布を取り出し、なにやら紙のようなものを賽銭箱に放ります。
「うわっあの人すごっ」
カナコがつぶやくのも無理はないです。遠目で見にくいとはいえ賽銭箱に入れる紙といえば野口さんか樋口さんか、はたまた諭吉様しかいないでしょう。大穴で守礼門もあり得ますね。まぁなんにしても大金です。わたしが寒い中一日かけて稼ぐ額に匹敵するかもしれないです。
しかしいいんですかね。そこには返金制度なんてありませんよ? やっぱ返してなんて通じませんけど。もしお願いしたいなら貢ぎ物を、返金額の半分くらいの額のお金をわたしにくれたら返してあげましょう。わたしは優しい女子大生です。
参拝を終えた彼はずんずんとこちらに歩いてきます。そのままあろうことかわたしの方の最後尾に並びます。
「チエちゃん先輩ドンマイ」
その笑顔、今度雪が降ったら真っ白に染めてあげましょう。あるいは雨が降った日に傘ばっさばっさの刑にします。
そうこう考えてるうちに列は進み、いよいよ彼と対面です。有名になりたいうんたらのぼやきも健在です。
「そこの絵馬の、一番高いやつ」
いいんですね? 願いが叶わなかったなんてのは返金対象外ですよ。
「ありがとうございます。千円お納めください」
とびきりの笑顔で答えます。今のわたしは巫女さんですからね。個人の思考ではなく神社のために行動します。
男は千円をわたしに渡すと、さらさらと自前のペンを走らせます。後ろの人が怪訝な顔をするよりも先に彼は絵馬を置くと、ゆらゆらふらふらと去って行きました。
『テレビに出るような有名人になりたい。榎園マサユキ』
やっぱりそれですか。どんだけ悔しいんでしょう。なにがあったかは知りませんが。そして意外に達筆です。非常に綺麗な字で逆にびっくりですよ。
それからはわたしもおとなしく作業に没頭し、榎園何某は頭の隅に消えていきました。
まもなく帰れる時間というとき、わたしの本日最後の相手がやってきました。
暗くなった境内に三人分の人影。一応灯りがあるので顔が見えます。わたしと同じくらいの歳の男子たちは、なにやらお互いを押し合いながらこちらを見てます。
「お前行けよ」「いや言い出したのおまえだろ」「寒いから早くしてって」
……。
なんだかむずむずしますね。とても楽しそうな三人はちらちらとわたしを見てます。よく見ると皆さんイケメンじゃあないですかぁ。わたしは笑顔のまま髪を触ります。
どうぞー。今ならわたしの前には誰も並んでいませんよー。
やがて男子のなかの一人が歩いてきました。髪を短めに刈り上げた、サッカーでもやってる姿が似合いそうなお兄さんです。
「ねえねえ、巫女さんって下着履いてないってほんと?」
おっと、どっかの宴会場から脱走したサルでしたか。暗がりのせいで見にくかったです。いやぁ見にくい醜い。
「えへへ、内緒です」
ここで慌ててはサルの思うつぼですからね。てきとーに誤魔化します。
ホントはヒートテックに靴下二重にカイロ貼りまくりじゃボケ。こんな寒いなか薄い布一枚でいるわけないやろアホ。常識も賽銭箱に放り込んできたんかバカ。なぁんて、思ってませんよ。ええ、巫女さんですから、わたし。
けっきょく三匹はそのままお参りもせずに帰っていきました。なんて背信的でしょう。彼らが離れると同時にわたしも奥の事務所に戻ります。今日のご奉仕はここまで。
一緒に終わったカナコと事務所に戻ると、眼鏡をかけたマナミさんがパソコンのキーを叩いていました。マナミさんは以前に巫女をしていた方で、今は引退して事務のお仕事をしているおばさんです。
「マナミさんおつかれさまです」
「チエコちゃん今終わり? 毎年ありがとね」
もう四十歳を超えているのに独り身なのが不思議なくらい明るくて元気なおばさんです。
「マナミさんがいるから毎年楽しくできるんですよ。それはそうとマナミさん」
わたしはさっそくさっきのことを報告します。
「さっき大学生くらいの三人組が来たんですけど、その三人が今すんごく彼女が欲しいって言ってましたよ。なんでもお母さんみたいな人がいいって」
たしかこんな感じでしたよね。うぅ、年のせいか細かい部分があいまいです。
「それ、マジ?」
いつも眼鏡が理知的でカッコいい彼女ですが、今は光り方が微妙に違うように見えます。具体的に言うなら、ぎらーんとしてます。ええ、これがわたしのボキャブラリィです。
「ごめんねチエコちゃんカナコちゃん。ちょっとあたし事務所空けるから」
それだけ言って、マナミさんはパパッと去って行きました。愛の力おそるべし。
「あんなこと言ってよかったんですか?」
「あれ? そんな感じじゃなかった?」
まあ多少違ってもいいでしょう。世界に愛が増えるのはいいことですから。はい。
その後神社の外でなにがあったかは知りません。巫女についてベテランのあの人にみっちり教えてもらっているのか、それともなんとか逃げおおせたのか。非常に気になるところですが、あいにくわたしもそこまで暇ではないのです。明日もお勤めなので、その日はまっすぐおうちに帰って、あったかいお風呂とスープを堪能してからぐっすり寝ました。
一月二日のお勤めは何事もなく進み、途切れることのない参拝客の相手をしているだけで終わりました。なんといっても今日は先輩と一緒にシフトに入れたのが大きいですね。朝から夕方までのわたしと違い、お昼からのシフトだった先輩は、「よっ」と手を挙げながら社務所に入ると、あっという間に列を捌いていきました。会計の計算、お釣りの金額、足りなくなりそうなものの補充、新人のフォローから境内の案内まで。あらゆる作業をクールにこなす先輩、さすがです。休憩中にお汁粉を飲む姿すらベテランの風格があります。
わたしはそんな先輩を見ながら頑張ります。先輩が三人捌く間に一人の相手をし、わたしの近くになくなりそうなお守りがあれば横のお守りをこそっと混ぜて数を誤魔化し、うろうろしてる外国人を見かけるたびにトイレ休憩を挟んで姿を消す。クールにお勤めを果たすわたし、さすがです。
新年の二日目はあっという間に過ぎ去り、いよいよ助勤の最終日がやってきました。年度によって終わりの日は違いますが、今年は三日まで入らせてもらいました。
「ちょっとチエコ、これ気をつけなさいね」
リビングに降りていくと、わたしよりもはるかに早起きしてるお母さんがいました。
はて、なにかしたかしらん?
ここ最近でなにかやらかしてないかを思い出しながらリビングを横切ります。
『これ』というのはお母さんの手の中に答えがありました。朝の新聞の一部分です。
【市内で連続痴漢の男逮捕】
……ほほう。なかなかに興味深い。特に連続痴漢というあたりが。しかも近所です。なんだかお尻らへんがぞわぞわします。
なるほどなるほど。どうやら犯人さんは昨日だけで二桁以上の女性にボディータッチを繰り返したようですね。卑劣な。
朝食のトーストをもきゅもきゅ食べてる間に記事を読み進めると、ふと引っかかる名前を見つけました。
榎園マサユキ。
犯人の名前として書かれていたものです。ふむ。聞き覚えありますね。わたしは目を細めて顎に手を当てます。気分は名探偵です。ぼんやりイメージが浮かぶような浮かばないような。写真も載っていましたが白黒ではっきりしないです。
ま、いいでしょう。必要なことならそのうち思い出すでしょうから。それより、今日が助勤の最終日。いつもより気合が入ります。
お金を預かって過剰分を返して休んで、整理をして休んで、お汁粉飲みながら休んで。甘酒は苦手なので全力で拒否してから休んで。ふふ、元旦の地獄に比べればぬるま湯ですね。いつまでも浸かっていられそうです。
初日はカチコチだった新人の子も慣れた手つきで楽しそうです。今日も一緒のカナコもいつも以上に張り切ってるみたいで、ああ今年の奉仕ももう少しか、と少し寂しくなります。一年はまだ始まったばかりですが、わたしには早くも一つの終わりが近づいてます。
辛かろうが楽だろうが時間は過ぎて、三時を回る頃には境内にいる人たちもまばらです。暇なわたしはゴミ拾いのふりをしながら境内を散歩します。特に代わり映えもしないので面白くないですね。なのでわたしは、自然と掛所に連なる絵馬を眺めます。
一度集めた絵馬を、深夜の人が少ない時間にせっせと巫女さんが掛けていく。去年のことを思い返すと寒さも一緒によみがえってきます。境内の混雑を減らしてスムーズにお金を納めてもらう。効率化の時代ですね。今年は夜中のシフトがなかったのがありがたいです。これもわたしの日頃の行いと信仰心の賜物です。
それにしても。
わたしは人目も気にせず絵馬たちを観察します。幾重にも重なった絵馬は壮観ですね。カラフルなものや変なイラストの入ったのはやはり目につきますね。たくさんある中から神様に見てもらうのだから目立った方がいいのでしょうか。
「あっ」
ダラダラと絵馬を眺めていたわたしは、とある一枚の前で動きを止めます。体に電撃が走った、というかお尻がぞわぞわしたのです。
『テレビに出るような有名人になりたい。榎園マサユキ』
元旦にわたしが預かった絵馬です。同時に、朝新聞で見た顔と元旦に見た顔が繋がります。
「願い、叶っちゃってる……」
思わず視線を上げると、見慣れた本殿が少し曇っている空をバックにいつもより大きく見えます。
そろそろ、戻りますか。
「あっ先輩」
社務所に戻るとカナコがちょこんと暇そうに座っていました。
「今日でバイト最終日ですよね。あとで一緒にお参りしましょーよ」
こらこら。バイトなんて言い方はいけませんよ。お仕事ではないのですから。
とまあ、今さらそんな注意もしませんが。
それにしても、お参りですか。朝の記事と元旦の男が頭をちらつきます。
男は有名になりたいと願っていました。テレビに出るような、有名な人に。その結果が今朝の新聞でしょうか。
「先輩は今年のお願いも例のアレですか」
「うーん。どうしようかな」
例のアレ。わたしがやりたいお仕事。机の上の、パソコンにため込んでいる推理小説たち。
「カナコはもうお願い決まってる?」
わたしのは一度遠くに置いといて、毎年イケメン彼氏をねだってる彼女は今年はどうするのでしょう。
「悩むなー。あたし、新しい夢見つけちゃったんですよ」
ほぉ。イケメン以外の情報は自動的にカットされる体質かと思ってましたが。そんなカナコが夢とな
「紅白とか新春番組とか見ててアイドルっていいなぁって思ったんですよ」
アイドル?
「みんな可愛くってちやほやされててこれしかないって。だからアイドルみたいにテレビで人気者になりたいってお願いしようかなぁ」
あら? あらら? なんというデジャブ。なにかの事件の関係者として報道陣から大人気のカナコの姿が容易に想像できます。こんなところには書けないようなアダルティーでサスペンスィーなエピソードをわたしの中の探偵が組み立てています。あまりの偶然に脳内回路がミステリーサークルを描きそうです。さっきから意味不明ですね。とりあえず妄想大好き脳内探偵を殴って落ち着きましょう。
閑話休題。
神様の存在を確信してるわけではありませんが、万が一ということもあります。カナコを止めなければ。それに、わたしのお願いすることの件もあります。
「お願いするならこんなのどう?」
ちょっと不思議そうな顔をする彼女に、わたしはパッと浮かんだアイデアをそっと耳打ちしました。
こしょこしょこしょ。
「チエちゃん先輩いいですねそれ」
ええ、でしょうでしょう。
羨望のまなざしを向けている……であろう後輩のために、残った時間はかなり真面目にお勤めしなければ。脳内探偵はしばらく営業中止です。
それからの三十分、わたしはフルスロットルで活動しました。いやぁ非常に名残惜しいですがシフトで時間は決まってますからね。
交代の巫女さんにバトンタッチしたとき、わたしは燃え尽きると同時に清々しい気分でした。これが、労働の悦びですか。
「早く行きましょうよ先輩」
わたしが社務所の奥で燃え尽きていると、すでに着替えを終えたカナコが急かします。すぐ行きますから。
裏から外に出ると、すでに辺りはかなり暗くなってました。灯籠のオレンジがかなりいい雰囲気を醸し出してます。昨日まで見ていた景色と同じはずですが、立場が変われば感想も変わりますね。多分去年も同じことを思いましたが。
ひっそり静まった境内を横切って、手早く五円玉の用意をします。正しい参拝のやり方なんて知らないので見よう見まねです。隣のカナコもきっとそうでしょう。
おっきな鈴から伸びる太い縄みたいのを揺らしてお金を投げると、鈴の音に対してかなり貧弱な音を立てて二枚の五円玉が賽銭箱に落ちていきます。
『どうか、わたしがわたしの夢に向かって頑張っていけますように』
神様なんているかも分からないものへのお願いなんてね、こんなもんでいいんですよ。