……はい?
間が空いてしまってすいません。しばらくパソコンが使えないためスマホからの投稿になります。焦らずのんびり書きますので、そのつもりでお付き合いしていただけるとありがたいです。
それではお聞きください。エラで、お仕事は夜にしたい。
「おはようエラ・シスト」
「おはようございます、ヴァン・ネイヴ神官長補佐」
学園生活が始まってから初めてのお休み。その早朝、日が昇る前に起きて別棟まで来た私を入り口で吸血鬼顔がお出迎え。最高に低血圧そうなのにピンピンしていらっしゃる。もうすぐお日様が昇るのだけれど、光を浴びた瞬間に苦しみ出したらどうしよう。
国神教の総本山であるこの敷地内には、日々の礼拝や式典などに使われる教会を中心に左右にお屋敷のような別棟が1つずつ建っている。教会正面から見て右手が神官さん方が普段勤めている立派な神官棟で、左がシスターとか神官見習いの寮とかお勤めの場である修行棟。修行棟の隣には小さな林を挟んで学園があり、私たちは舗装された林道を通って毎日通学している。
そして今日、休日返上でまだ外が薄暗い中、いつもとは逆方向にある神官棟まで一人でやって来た私を褒めて。『よしよし良く頑張っていますね偉い偉い』ありがとうございますマイロード。マイロード以外も誰か褒めて。
昨晩、突然シスターの指導役である神官さんから伝達をいただき、ヴァンさんとこの時間に落ち合うように言われた。前日連絡マジ無理。早朝出勤と合わせて無理。そして何をするのか全く知らされてないのも怖い。
チラッとこっちを見てから颯爽と歩き出すヴァンさん。その瞬間にネイビーのシスター服がシワになっていないことをサッと確認。少し寝坊したからあまり自信がない。大丈夫そうなことにホッとしつつ、早歩きでエントランスホールを過ぎて廊下を先に行く背中を追った。
それにしても、ヴァンさんの身長からして歩幅が全然違うのに、思ったより楽に追いついたなあって……?
え、もしかして歩幅を合わせてくれてる? イケメンか?
目つきはちょっと怖いけど、口調は固いけど。ちょいちょい優しさ見せてくるのなんなの。しかもさりげなく自然に。これでモテないとか嘘でしょ。強面だけど紳士な殿方ステキって一部でガチファンができるタイプのイケメンでしょ。惚れるでしょ。
「エラ・シスト」
「はい」
……ほ、惚れるでしょの下りで声かけるの、やめてくれませんかね。
一瞬心を読まれたのかと焦った。この世界に限って言えば神様っていう前例があるから冗談にもならない。むしろ神様が告げ口してそうでそっちの方が心配だ。
というかあの神様、いつどんなタイミングで声をかけてくるか分からなくてちょっと心臓に悪い。さっきとかみたいに、だいたいは耳か指がポカポカし始めたらアッいるな~って分かるんだけど、体が温まってる時とか全然分からないし。湯浴み中とか布団の中とかいつ見られてるのかも分からない。
あれ、意外とヤバい生活送ってる?
いやー、でも相手は神様ですしねー?
「ここでの暮らしは慣れたか」
明後日の方向に行きかけた思考が社交辞令な質問で引っ張り戻される。考え事しすぎた、いっけね。
「はい」
「そうか。こちらも指導役から聞いている。シストの務めは順調だと……非常に楽しそうで、結構なことだ」
……………………どっちだ!?
額面通り元気そうで何よりと言っているのか、遠回しに神聖なお勤め中になにヘラヘラしてんだってdisりか!? わ、分からない。前を歩いていて表情が見えないのももちろんだし、冷たいのか親切なのか分からない態度で混乱する。
そもそもヴァンさん自体が漫画でのセリフ数脅威の一桁キャラだからな。エラなんて登場回数は少ないのに最終回付近でめちゃくちゃ喋ったからまだ性格が予想できるってのに。
なんでこんな地味に設定盛ったキャラを無駄遣いしたんだ。作者の遊び心か。伏線貼って自然消滅したアレか。
とりあえずエラらしいことを、と一生懸命頭を捻って出て来たのが以下のセリフです。お納めください。
「はい。神官様方も、シストの皆様も、わたくしなどにとても親切にしてくださって……何より、微力ながらも毎日の奉仕が御神の御力になれるのだという実感が、この矮小な身にはとても光栄なことに感じるのです」
「………………」
その沈黙はなんなんです?
渾身のエラ的ハッピー宣言が完全スルー。薄暗くて人気のない廊下にヴァンさんと私の足音だけが響いている。お笑い芸人がテレビでスベった時ってこんな気分なのかと心が震えた。
何か! リアクションを! 鼻で笑うとか舌打ちとかでも最悪許すから! 何か!
結局ヴァンさんからの返答がないまま神官棟の奥まった部屋の、明らかに使われていなさそうな部屋の前に立ち止まった。ヴァンさんが流れるような動作で扉を開けると、壁紙やカーペットやカーテンはお高そうな物で綺麗にまとめられているのに家具は椅子四脚だけという殺風景な広い部屋だった。
真顔で扉の前で立ち止まってしまった私の背中をヴァンさんがやんわり押す。人気のない部屋に二人きり。え、エロどうじっんンン! 何でもないです! 一瞬浮かんだ嫌な予感があまりにも失礼すぎた。ので、ヴァンさんを信用して部屋に足を踏み入れた。
すると背後ですぐに扉の閉まる音がして、振り返ればヴァンさんが俯いて何事かを呟いている真っ最中だった。
髪の隙間から部分的に見えた耳や顔が、健康的な赤色になっている。お話中ですかそうですか。
「どうか、ご許可を……はい……いいえ……はい、では、そのように……はい……感謝いたします」
ヴァンさんは神様と何度かやりとりしてから、俯いていた顔をサッと上げる。上目遣いからの見下ろしている目への目線の違いを間近で見て心臓が跳ねた。目つき悪いとちょっとしたことで威嚇してる風に見えるんだね、ビビってすいませんね。
それからヴァンさんは貴族らしい優雅な所作で私に椅子を勧めてきた。そして私が座ると、自分は座らずにその場で跪いてみせた。
えっ。
片膝をついて、立てているもう片膝の方に左手を、右手は胸に軽く当ててこちらを見上げている。白い詰襟姿でそんなことをされると、マジで騎士っぽくなるからやめてほしい。鋭い目つきの上目遣いとか目力倍増だし、神力の名残で目元がまだ赤いままだから破壊力が倍増どころか二乗だ。
……漫画読んでる人からすれば、まるでエラがヴァンさんに告白されているみたいな構図じゃないですかナニソレ。
そんな、余りのキャラ同士くっつけて無理やり全員恋愛させる展開はどうかと思いますけどー!?
とかふざけてみたものの、実際はそんなことはこれっぽっちもない。だってヴァンさんは冗談抜きにこちらを睨んでいるんだもの。
目つきが悪すぎてそう見えるのか、はたまた本気で睨んでいるのかはさておいて。真剣な話をしたいということは雰囲気で何となく分かった。だから私は無言でヴァンさんが話し始めるのを待つしかない。
「エラ・シスト・ロジオール」
「はい」
いつもよりずっと下にある顔。見下ろした先に左巻きの旋毛が見えてちょっと新鮮な気分になっていたあたりで、ヴァンさんは薄い唇を開いた。
「お前は神を信じるか」
…………………………。
…………………………「……はい?」