キャラ崩壊に配慮した結果
「初めまして、エラ様」
ありがとうエラの表情筋。私はあなたのクソ真面目にいつも助けられています。
『それは感謝になっているのでしょうか』
うるせえですマイロード。
秒で悪態を付いて秒でヤバいと焦った。『口汚いですねえ、最近の若者は』よよよ。全然怒ってなかった。やっぱりゆるいですねマイロード。
学園生活が始まって一週間ほど経った。早朝のお祈りはいまだに苦行だし、エラらしく振舞うと友達はできない。もともと私が友達少ない族だから仕方ないんだろうけど。それでも挨拶は欠かさずしているし、ある程度の意思疎通は難なくできるくらいにはみんなに馴染んだ。
それに並行してのネイヴ業に関しては、実は何も始まっていない。
というのも、同じネイヴであるヴァンさんも私よりちょっと前にネイヴになったばかりでまだまだ神官のおじいちゃんについて学んでいる最中で、他に教えてくれるネイヴは平民のおばさんだけ。彼女は隣街で普通にパン屋をやっている元シスターらしく、ここに来るには馬車で二時間かかる。おばさんの生活を尊重すると、どんなに頑張っても月一が限界らしい。つまりヴァンさんが習い終わるのを待っておじいちゃん神官にお願いした方が効率がいいし、おばさんも助かるのだそう。
それを聞いてまずは安心した。新生活に新しいこと二つも三つも始めてられない。結局おばさんは今月末に一度やってくるらしいけれど、それまでには学園生活もシスター業も慣れているだろうから大丈夫でしょう。
たまにすれ違うヴァンさんの視線が痛いのは、多分私がネイヴの仕事を免除されていることへの逆恨みだと思う。ほら、シストとネイヴ兼業しますんでよろしく宣言したのに結局してないからね。合法的な理由で有言不実行になったんですけどね。相変わらずの怖い顔がちょっとくたびれていて、まるで血に飢えた吸血鬼みたいだった。(その顔)やめてください(私の心が)死んでしまいます。
そんなこんなで学園生活に慣れつつ、浮かない程度の絶妙なぼっちを保って放課後。教室の自分の席で本をカバンに詰め込んでいる途中、彼女はやってきた。
「エラ様?」
あまりにもあんまりなことを聞いたせいで空耳かと思った。思いたかった。けれどダメ押しのもう一声で空耳じゃなかったことが発覚した。
漫画の主人公である子爵令嬢、ルモナ・ダート。
赤みがかった明るい茶髪にピンクの瞳。小動物っぽい全体的に小作りな体。でも目だけは存在感のあるぱっちりデカ目で、やっぱり背後にキラキラエフェクトが舞っている。うん、知ってたけどさ。目が潰れそうだけどさ。それ以上に、まあ、驚いたよね。
ルモナだって辛うじて見た目で分かったけれど、彼女とはクラスが違う。エラとしての初対面は確かあと半年は先だし、この時期だとまだレオルーク殿下とも会ってないんじゃない? え、なんでここに来た。
そして極めつけに。百歩譲って、身分の低い方から身分の高い方へ声をかけたことについてはスルーしよう。だって私は今、貴族令嬢である前にシスターであるし。学園にいる学生はまだ作法の勉強途中の子もいる。それはこれから直していけばいい。
けれどさ、エラ様はまずいって。エラってぶっちゃけ家族とか親友とかしか呼ばない愛称だから。私がシスターだって分からなくてもせめてミュリエラ様とかロジオール伯爵令嬢とか呼ぶべきでしょ。そこんところご家族に習ってない? むしろ入学式で教会からの祝辞ついでにちょろっと触れてたでしょ。いや、本当にちょろっとだったけどさ。結構大事だからね、公式の場だったらマジやばだからね。
何やらネチネチうるさいバイトの先輩みたいなコメントがザーッと脳内を駆け巡った。『…………』そして神様も絶句してらっしゃる気配を察知。だって今ジーンと目が熱いからね。見ていることはもろ分かりだからね。
でもさ、仕方ないじゃん。マジで困るのはルモナちゃんだよ。現に私が座っている席の周りはシスター地帯なのでめちゃくちゃ視線が突き刺さる。それに対して鈍感でいられなかったのか、そもそも私の返事を待っているのか。ルモナちゃんがそわそわと居心地悪そうにしていた。
あっ、返事しないと。
「どちら様でしょうか。わたくし、あなたの名前を知らないわ」
『………………』ち、違うんです。違うんですマイロード!
私だって本当は、初めまして~よろしく~くらいのゆるさで行きたかったんです! 言い訳させてください!
ロジオール家とダート家は王国内でほぼ真逆の領地ですし、ダート家はまだ子爵位を賜って二代目の新興貴族に対してこっちは一応古いお家なんです! だから行事で知り合うことは皆無! ルモナちゃんとエラはガチの初対面で、エラ的には普通は向こうから名乗ってもらうのが当然でしょって大前提があるんです! それガン無視された挙句に愛称を突然に使われて普通に挨拶し返すのは不自然すぎるんですぅ! エラ的にとんだキャラ崩壊なんですぅ!
だから別にいじめてるんじゃないんですよー、ギリギリを見定めての柔らかい口調意識したんですー、ここで自己紹介して有耶無耶にしちゃおうねー。と目線で訴えかけてみる。
「っぁ、も、申し訳ありません、でした」
いや、だから、自己紹介してくれないと私がルモナちゃんを無視しないといけなくなるんですけど。あの、アレー?
可愛らしいお顔を真っ青にして教室を飛び出したルモナちゃん。残ったのは妙に晴れやかな表情の人とわれ関せずな人、引いてる人。微妙な雰囲気の中、隣の席の令嬢が少し大きめの声で話しかけてきた。
「エラ・シスト。先ほどの方、お知り合いですか?」
「いいえ。初対面の方でしたので、どちらのご令嬢かお聞きしたのですけれど。お名前を教えてくださらなかったので、どなたか分からないのです」
「そうなんですの。シストを付けずに愛称で呼んでらしたので、てっきり親しい方なのかと」
「ええ、本当に不思議ですわね」
妙に要所要所で声を張るのでなんだなんだと会話してみれば、周りの空気がフッと軽くなった。なになに。なにかあったんですか皆さん。
よく分からないまま本をカバンに仕舞い終えて教室を出た時。先ほどの令嬢が隣に並んできた。よくよく見れば見覚えのある令嬢だった。
「災難でしたね、エラ・シスト。あのままでしたらあなた、あの令嬢を蔑ろにしたと誤解されたままでしたよ」
伯爵令嬢ロジア・シスト・マダーレンジ。漫画には登場しないけれど、エラの記憶では何度か同じお茶会に出席したことがあったし、教会でも何度かお話したことがある。
細かくウェーブがかった赤毛に濃い緑の瞳。性格は一言で言うと姉御。曲がったことは嫌いだし、間違ったことは間違っていると言いたい子だ。だからさっきの微妙な空気に耐えられなかったのかもしれない。
そんな彼女だからこそ、言葉の説得力がすごかった。えっ、感じが悪いとか性格キツイを通り越してたった一言で蔑ろにとかどういうこと。エラの真顔ってそんな破壊力があるの? さすが黒幕説が出るキャラクターは違いますね。
「あなたは真面目すぎるのです。今回は事無きを得ましたが、次がないように気を付けましょうね」
「ご指摘痛み入ります。助けてくださりありがとうございます、ロジア・シスト」
「……いいえ、私が我慢できなかっただけですので」
あら、あらら? 照れてる? 姉御照れてる?
ロジア・シストはこの世界産なだけあって美少女だ。というか貴族の令嬢全員大なり小なり美少女なので目で見て楽しい。ロジア・シストは少し細い垂れ目で、眉は勝気という素敵なお顔立ちをしていらっしゃる。可愛いし綺麗という最強な顔だ。それでいてキラキラオーラが抑えめなので隣にいても落ち着く。
「ロジア・シスト。よろしければこのまま教会までご一緒しませんか?」
できればこのままお友達に! 友達のいないエラに友達を!
エラのキャラ崩壊をしないギリギリの笑みを浮かべると、今度こそロジア・シストは垂れ目を丸くして私を凝視した。
「エラ・シスト。あなた、笑えたのね」
「…………」
姉御がマジ顔すぎて、何も言えねえ……。