悪役 #とは
翌日、私は学園の入学式に出席していた。
一晩経つと昨日ビックリマーク乱用で全力でふざけてたのが、思った以上の大混乱だったことを自覚した。いや、漫画の脇役になってましたとか、漫画にない設定付与されてしまったとか、数分で飲み込めるわけがない。まあ、一晩寝てスッキリしたってのもあると思うけど。あと低血圧。
昨日のテンションが落ち着いて、さらに本来のエラのローテンションが加わり、さらにさらに早起きしての教会でお祈りは最強の苦行だった。これから学園で入学式ってのも苦行だった。
教会は学園の敷地のすぐ隣に併設されているので、朝食食べて準備したらみんなで集団登校。小学生か。ツッコミを入れても分かってくれる子はいない。悲しいね。
現実逃避しつつ入学式がある講堂に到着しても、並ぶ場所は一緒に歩いてきたシスター軍団の列ということに変わりなかった。クラスもだいたい一緒だ。というか家柄が近い子ほどみんな親に教会送りにされているので知り合いで固まるとそうなる。ここで重要なのは知り合いであって友達ではないってことだ。
合間合間、たまに近付いてくる子に当たり障りのない挨拶を何度か繰り返して思う。やっぱエラってクソ真面目だったんだなって。
令嬢みんなが世間話も何も振ってこない代わりに家の人に言われたんだろうなって社交辞令とご機嫌伺いが多い。苦手だけど無視できないから一応声掛けとこ、って空気が見え見えだ。こっちが適当に社交辞令返ししてもなんとも思われてない感じ、普段からこんな固い話し口だったんだね……。そりゃ友達できませんわ……。
一応ロジオール家が伯爵家なもんで上にも下にも繋がりがある。そして公爵家と侯爵家が少ないからギリギリ上位貴族に食い込んでいて、貴族社会の中間管理職みたいな立ち位置に収まっている。
中間管理職は大変だ。つまり我が家も大変そうだ。だからこそ、余計に私がネイヴを賜ったと知られたら面倒くさい。主にお父様が良くも悪くも興奮しておかしくなるはず。地味にお母様が先々王の妹姫の血筋なせいで、ネイヴの立場と合わせれば王族に嫁いでもおかしくない。イコールやっぱり面倒くさい。
漫画で見たことのある講堂で人の好さそうな学園長の話を聞き、学年主任の先生の説明を聞き、さらに陛下からの祝辞を第二王子が檀上に上って代読している。ちなみに第二王子はエラの一つ上。エラはルモナちゃんと同い年なので、今この会場のどこかでルモナちゃんが見惚れている最中だろう。
そして私も、その姿を見た瞬間にしばらく目ん玉かっぴらいて凝視してしまった。
第二王子のレオルーク・ブレソ・ハインネース殿下は金髪巻き毛のザ・正統派美少年だって前情報があったし、覚悟もしていた。実際はそれを上回る美少年だった。いや、もう口で説明できる範疇じゃない。これが最終巻では成長しきって凛々しい美青年になるなんて……今だって真面目な顔が最高にかっこいいのにこれ以上にキラキラになられても……。他人事ながらとても困る。
なんというか、エラって実は美少女だわーと浮かれていた自分がスッと冷静になった。なるほど、目が潰れるってこういうことね。顔立ちが綺麗なだけじゃなく物理的にオーラが出ている。キラキラエフェクトがもはや目に毒だ。ひぇっ、ムリムリ近づくのもイヤ。恋人とか結婚とか考えるなんて異次元すぎる。マリステラもルモナちゃんも選ばれし者かよすごいな。
真顔の下で悲鳴を上げている内に式が終わっていた。第二王子は既に降壇していて、今日は各自解散になったらしい。貴族らしくゆっくりと移動する生徒の波に従って外に出ようとした時、「エラ・シスト」涼やかな声が私を呼んだ。
ちなみに、シストには敬称の意も含まれているので呼び捨てられた不快感は皆無だし、むしろ公の場でシストをつけないで様付けされる方がシスターとして認めないと喧嘩を売られていることになる。まあ、慣れるまで呼ぶ方も呼ばれる方も大変そうだけど、学園に通う者は経験する違和感だとお母様が言っていたっけ。
私を呼んだ驚きはしなかった。けど予想外の人ではあったので、いつもよりたっぷり時間を使ってお辞儀をしてみせた。やっぱりエラの体は完璧に礼儀作法を覚えている。久しぶりに自転車に乗っても何となくで走れるアレだ。さすがクソ真面目。いつも世話になっています。
「あら、ずいぶんご立派なシスターですこと」
私が教会で習ったシスターのお辞儀をしたからか、彼女はそんなことを言ったんだと思う。
そこにいたのは、鮮やかなブルーに金縁で装飾された扇で口元を隠す美少女。
黒く艶やかな髪を綺麗に編み込み、涼やかな目は扇以上に綺麗な青色。シミも日焼けも知らない肌は白く、軽く頬を持ち上げただけで女神のような微笑みが浮かぶ。豊満な胸と折れそうな細腰、スラッと長い手足を制服の下に仕舞っている。
令嬢の中の令嬢。そして漫画の悪役として登場する公爵令嬢マリステラ・シートンが、私に話しかけている。にこやかに、親し気に。びっくりするほど近くにこの国の上位貴族筆頭の娘が立っている。ひぇっ、この子もキラキラエフェクト過剰だ。無理みが強い。さすが顔面キラキラ殿下の婚約者であらせられる。
まあ、マリステラから話しかけられること自体は別におかしくない。だってエラとマリステラは一応幼馴染の関係だし。
漫画でエラとマリステラが会話するコマはない。同じコマに入っているのに、マリステラは一切エラに話しかけないし、エラは一切誰も見ない。空気のような存在としてマリステラの後ろにいるのがエラの役目だった。
でも今の私は前よりもマリステラのことを知っている。エラの記憶が私の中にある。だから、悪役として主人公をいじめ抜く彼女より、そっちの方の比重が大きくて。さっきと同じように全自動でご挨拶が口から流れていった。
「御機嫌よう、エラ・シスト。去年のお誕生日会以来ですわね。お変わりないようで何より」
「御機嫌ようマリステラ様。お気遣いありがとうございます。そちら、素敵な扇ですね。その刺繍は……西方の物でしょうか」
「あら、よく分かりましたね。こちら先日レオルーク殿下からいただきましたの。エラ・シストは何でも知っていて、わたくしいつも感心してしまうわ」
「とんでもありません。マリステラ様こそ、いつも見目や所作に気を遣ってらして、わたくし本当に憧れておりますの」
「まあまあ、お口が上手ですこと」
そう言ったマリステラがクスクスと肩を揺らして笑っている。扇を広げているものの、一目見て笑っていることが分かるほどオーバーなリアクションをすることは珍しい。それだけエラに気を許してるってことか。漫画だけの彼女のイメージにはまったく合わない、普通の女の子みたいに見えた。
でも、やっぱりエラの記憶の中のマリステラはたまにびっくりするほど親し気な雰囲気をしていて、いくらエラが固い口調で返してもニコニコしっぱなしだった。それでも態度を変えないのがエラという子だった。スルースキル高すぎ問題。何にも感じない鋼鉄ハートは幼女から健在だったらしい。ちょっとくらい笑えよ、クソ真面目かよ。クソ真面目だったよ。
ちょっとエラに対してドン引いていたその時、ふわりと爽やかなハーブの香りが近付いて、目の前に一撃必殺目潰し美顔があった。
「クラスは隣同士だけれど、わたくし、エラと一緒に学園生活が送れるなんて夢のようで……とても、楽しみなの」
誰にも聞こえないような小声で、こっそり。悪戯を思いついた小さな子のような、愛嬌バッチリの笑みが一瞬で離れていった。
エラ、と呼び捨てられたのは十歳以来。私的な用事で会ったのもそれが最後。
「それではエラ・シスト。また機会がありましたらお茶会にでも招待しますね」
「……ええ、お時間が合いましたら、是非によろしくお願いいたします」
「御機嫌よう」
「御機嫌よう」
しゃなりしゃなり。鈴か何かを転がすような優雅なヒール音を鳴らしてマリステラが歩いていく。その背中を眺めながら、割とガチ目に混乱した。
あの子、本当に悪役なんです????