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英雄の黒箱

 初勝利を納めたあの日から一週間が過ぎた頃。

 その後、もう一試合勝利を納め、現在二連勝中という大躍進の中。

 アルトの監視の元、今日も今日とて厳しいトレーニングに励んでいた。


「ヒロくん、あと腹筋五百回終わったら快爆亭にご飯行くよー」

「……フッ……へ……へい!……了解ですっ……オーナー!……フッ……フッ……って五百ぅ!?何ちょっと歯を磨いたら、みたいな感覚で腹筋五百回要求してんだよ!」

「話してる暇あったら体動かす!あたしもお腹減ってるんだから、早くしておくれよ」

「えぇ……。はぁ。はいはい、やりゃあいいんでしょ」


 くそっ、今までに増してトレーニングがきつくなってやがる。

 今日だけでもう腹筋五千回にはなる。これで昼前という現実。

 こんなんじゃっ……腹がっ……割れちまうっ……ぞっ……!


 リビングの南側一面に設けられた大きな窓からは、テニスコートくらいの広い庭が見える。

 現在は碌に整備もされてなく、雑草も生えっぱなしの状態だ。

 辺りを雑木林で囲み、後は角の方に一本の大きな木と木製のベンチが備え付けられているだけの簡素な庭だが、ベンチの側に、使われていない大きな花壇も設置されていて、あそこを一面花が彩れば人の心を癒す広々とした庭になるだろうと思われる。

 そんな手入れの全くされていない庭だが、運動に適した面積が有るため、木刀を使った実技的なトレーニングはあそこで行っている。


「パイロ~!おいで、ご飯に行くよ!」

「ちゅう~ん!」


 アルトの一声に何処からともなく駆けつけたパイロ。

 腹筋中の俺の腹を踏みつけたかと思うと、幅五メートル、高さ一.五メートルを跳び、アルトの胸元へと跳び付いた。


 巨大化してないからまだいいけど、あのハリネズミどうも俺の事を下に見ているらしい。

 蜥蜴の餌なんて呼ばれてる俺だけど、小動物に見下されちゃあたまったものじゃない。

 今度はっきり白黒つけてやらなきゃいけないな。


「今日も元気だね、パイロは」

「チュチュン!」

「ッ……元気なのはっ……構わないけどっ……俺の腹をっ……踏むな……!」

「チュウ?」

「何を言ってるのか分かんないって顔してるよ」

「くそっ……いちいちっ……ムカつく……ハリネズミ……だっ!」

「ははっ、パイロはハリネズミなんだから文句を言ったって言葉は通じないさ」

「チュチュチューン!」

「てめえ、今そのとーりって言っただろ!」


 あのハリネズミ言葉通じてるよ絶対!

 ていうかアルト、前に普通に命令してなかった?


「あ、そうそう。ヒロくん後で服着替えなよ」

「……フッ……あ?……なんで?……ヌンッ……」

「いや、ほら。お腹のとこ、パイロがトイレしちゃったみたいだから」

「おーし、てめえこのクソネズミィ!良い度胸じゃねえか!今日こそ丸焼きにして食ってやる!」

「フシュー!!ガルルルルルルルルルルル!グゥ、グウゥ!」


 アルトの腕からスルリと抜け、ポンッっと煙に包まれたパイロは、熊顔負けの三メートル大の大きさへと巨大化した。

 猛獣のような厳つい顔で俺を睨み、全身の針を鋭く立て、唸り声を上げ威嚇してくる。

 その小動物とは思えない獰猛な姿を前に、俺は素手で構えを取る。

 馬鹿め、今更その図体に臆する俺では無い。

 今日こそその突き出た長い鼻っ面へし折ってやる!


「グルルルルルルルル!!!」

「来やがれこのバケネズミ!!!」

「こらっ、パイロ!家の中で遊んじゃダメだっていつも言ってるだろう?」

「ちゅ、ちゅう~ん……」


 一触即発の瞬間、アルトの一声に俺たちは同時に動きを止めた。

 流石のパイロもアルトには逆らえないらしく、威嚇を止め、大きな姿のまましょんぼりとした顔で蹲る。

 ちっ、興覚めだが仕方ない。アルトに止められたんじゃ俺も止めざるを得ないしな。


「やるなら外でやりなさい」

「グワゥ!!!」

「ぎゃあああああああああああ!!!」


 吼えると同時に俺に突っ込んできたパイロは俺の腕を咥えると、勢いそのままリビングの窓ガラスを突き破り、庭へ飛び出した。

 同時に腕を解放され庭を転がさせられる俺。

 起き上がって窓を見ると、何という事でしょう、あの一面に貼られていたガラスが見事に取り去られ、開放感のあるリビングに生まれ変わっているではありませんか。


「おまっ、あのガラスの修理代稼ぐの誰だと思ってんだ!」

「フシャーガルルルル!」

「痛い!あ、ダメ!針で刺すなって!」

「二人とも程々にしときなよ~」

「ヴゥゥゥゥゥゥ、ヴァウ!」

「ちょ、丸まって飛び掛かってくんじゃねえ!」


 *


「ちくしょう、なんで俺はハリネズミに負けるんだ……」


 全身を穴だらけにされた挙句、あの青いハリネズミを彷彿とさせる回転攻撃で全身をずたずたに裂かれた俺は、全身を包帯で巻かれミイラ男状態になっている。

 あのネズミ容赦無さすぎる。

 アルトも簡単な治療魔術を使えるが、それでふさがり切らない傷を負わされたのだ。

 憎きネズ公は今は勝者の余韻に浸りながら、俺の頭の上に居座って、俺を車扱いしていやがる。


「功夫が足りないんだよ」


 そう言ってシュシュッとシャドーボクシングをするアルト。

 こっちでもその台詞あるんだな。流石は功夫だ。


「それはそうと、快爆亭に行くんじゃないのか?道違くない?」


 過ぎていく街並みを見ながら、いつもの道じゃ無い事に疑問を覚え、アルトにそう尋ねた。


「ああ、快爆亭に行く前に寄っとくとこがあるんだ」

「へぇ、そりゃまた何処へ」

「んーっとねぇ。ほら、あそこさ」


 そう言って、肉屋と宿屋の間の路地の奥を指差すアルト。

 その指先を追っていくと、明らかに生ごみが詰め込まれているバケツや缶が並び、ドブネズミと猫が生活するその奥に、古めかしい建物が見えた。

 壁には蔦が掛かり、ところどころ苔むしている。

 更には割れた壺や何も植えられていない鉢植え、その他何に使うかも分からないような物が辺りに散乱している。

 木製の大きな看板が掲げられている事から辛うじて何かの店であることは分かるが、店回りがごちゃごちゃとし過ぎていて、営業しているのかどうかも疑わしいレベルだ。

 今からあそこに寄ろうって言われても、冗談でしょと言いたくなる。


「ていうか冗談でしょ?」

「だから、私は冗談は言わないって言ってるじゃないか」


 拗ねたような口調で、アルトはつんと包帯のしたの傷を小突いた。


「あたたたた。やめろって、また傷が開くだろ?」

「これはキミが悪いよ」

「そうは仰られますけどもね?」

「ほら、いいから。行くよ」

「いや、でも。明らかに廃業してるでしょ」

「ちゃんと営業中だよ、立て札も出てるじゃないか」


 確かに、言われて見れば、ラーメン屋の軒先に置いてあるような立て札が散らばっている物の中に埋もれて立っていた。

 字は読めないからそれに営業中と書いてあるのかは定かでは無いが。


「仮に営業中だとしても、明らかに怪しい店だろ!」

「誰の店が怪しい店だって?」

「ほあっ!?」


 突然背後から掛けられた声に思わず飛びずさる。

 その勢いで宿屋の裏口の前に置かれていた生ごみのバケツにぶつかり、盛大にその中身をぶちまけると同時に、生ごみの山へと突っ込んでしまった。

 ちなみにパイロはとっくに脱出している。


「おえっ!ざいあぐだ、なばごびばびれだぞ……うぷっ」

「ちょっとヒロくん、何してるのさ」

「全くだ。私の店へ続く道をこんなに散らかして、これで客が遠のいたらどう責任をとるつもりだ?ええ?」

「元から相当ひどい店構えだろうが!今更そんな変わるか!」


 後ろから突然声を掛けてきて他人を生ごみまみれにまでさせておいて、尚もいちゃもんを付けてくるとは。

 ぐそぅ、ただでさえ怪我をしてるっていうのに、今日は踏んだり蹴ったりだ。

 って、さっきなんて言った?

 私の店、だって?


「おいアルト、この少年にどういう教育をしてるんだ。普通初対面の人間の店に悪口を言う奴があるか?」

「まあそうかっかしないでおくれよエルフィン。誰がどう見たってキミのお店の店構えは最悪だよ」

「なんだ、客かと思ったが喧嘩を売りに来たのか?」

「いやぁまさか。ほら、ちゃんとお客さ」

「……ふん、そうか。まあ金を出すなら客だ、上がっていけ」


 突然話しかけてきた人物は、アルトと親し気に会話を繰り広げると、生ごみに埋もれる俺へと近づいて来た。

 エルフィンって言ったか、長い黒髪に高身長、白くだぼったいローブに身を包んだその女性は、地べたに座り込む俺の顔を覗き込むと、口の端を上げて鼻で笑った。

 人の顔をみて笑うとは失礼な人だ。

 まったく、俺の美しい顔の何処に笑う要素があるというのか。


「ま、悪くない拾い物をしたじゃないか。包帯まみれの生ごみまみれでなければの話だがな」


 あ、そら笑われもしますわ。


「おい少年、そのみっともない姿で私の店に入る事は許さん。とりあえず立て」

「あ、はい」

「ほら、そっちの方に」

「こうでいいですか?」


 鼻をつまみながら指示するエルフィンに従い、路地の真ん中へ立つ。

 どうも初対面の相手に命令されるのは気分がよく無いが、取り合えず従う他は無さそうだ。


 さて、立たされて何をされるのかと心配していると、エルフィンは右手をスッと差し出し、ぽつりと言った。


「浄化せよ」


 その瞬間、俺の体は何処からともなくブクブクとした泡に包まれ始めた。

 勢いよく顔まで埋め尽くしてくるので、おいおいと焦っていると、泡は何事も無かったかのように消え去ってしまった。


「よしっ。アル」

「わぁありがとうエルフィン!タダで傷まで治してくれるなんて、キミの店のサービスは最高だね!」

「……。まあいい、そういう事にしておいてやろう。客だと言う限りはな」

「うん、助かるよ」


 と、何をされたのかさっぱりな俺はすっかり会話に置いて行かれてしまった。

 アルトがなんか、傷がどうのって言ってたけど。

 エルフィンは特に説明する気も無いらしく、さっさと店の方へ歩いて行く。


 ふと全身を見てみると、身体に引っ付いていた生ごみはきれいさっぱり無くなっていって、服は洗濯したてのような良い香りに包まれていた。

 浄化せよ、とかなんとか呟いてたから、そういう魔術を使ったのだろうというのは分かるんだけど。

 しかし、それにしては何か違和感が……。


「ほら、ぼうっとしてないで行くよ、ヒロくん」

「いてっ!だから傷が開くって……。あれ?痛くない」


 再びアルトに小突かれたが、先ほどの様に痛みを感じられない。

 まだ真新しい傷だ。出血が止まっても痛みの残ってる傷だっていうのに。


「そりゃあそうだろう。ほら、ちょっと包帯の下見てみなよ」

「え、うん……」


 言われて腕の包帯を軽くほどいてみると、確かにそこに有った筈の裂傷がきれいさっぱり消えていた。

 しかも、傷が治癒して塞がったというより、シールでも剥がしたように、元通りの綺麗な肌になっていた。

 闘技場で治療魔術を受けた後も似たように綺麗な肌に戻っていはするから、今更驚く事でもないのかもしれないけど。

 今の一瞬でここまで綺麗に治す事が出来るのって、結構凄い事なんじゃないのか。


「なあアルト、あのエルフィンって女の人……」

「ただの道具屋の店主だよ」

「いや、そんな馬鹿な」

「はっはー、だよねぇ。ま、そういう事にしておかないと怒るんだ。だから彼女は道具屋の店主。はい、パイロの忘れ物だよ」


 そう言ってパイロを再び俺の頭へ乗っけるアルト。

 パイロは乗っけられるやいなやグシグシと俺の頭を爪で掻き、早く行けとでも言わんばかりだ。


 道具屋の店主だなんて言われたところで納得出来ないが、アルトが態々気を遣ってるくらいだ。

 取り合えず気にしないようにしておこう。

 ていうか、ここ道具屋だったのか。


 路地の奥へ進み、入口付近に転がっているツボを跨いで扉を開く。

 ツタの張った扉は意外と真新しく、傷んでいたり軋んだりという事は無かった。


 店内に入ると、まず、大きな棚が目に入った。

 壁沿いに、L字を描くように配置されている。

 その脇に奥へと続く扉があり、その扉寄りに、大きな棚の一部を囲うようにしてカウンターが置かれている。

 カウンターの前は広く空間が取られていて、大棚の反対側の壁には小さめの戸棚とテーブル、二つの椅子が置かれていた。


 しかしまあ、なんと言ったらいいのか。

 ここまでひどいのは見たことが無い。言葉に困るなぁ。


「ここはゴミ処理場かい?」

「それだ!」

「あんたら遠慮ってものを知らないね」


 いや、この状況は誰でも似たようなリアクションを取るだろ。

 折角大きな棚があるっていうのに陳列はぐちゃぐちゃ。横倒しのものは愚か、寧ろなぜその状態で置いてあるのか、木製の人形が逆立ちをしていたり、棚から零れ落ちたのか、床の上に散乱している物が多数。

 部屋の角には片付けでもしようとして、途中で断念したのか、雑多なものが埃をかぶったまま山積みになっていた。


 正に足の踏み場も無い状態だったが、エルフィンもアルトも器用に進んでいくと、さっと椅子に座ってしまった。

 しょうがないので俺は立ったまま話を聞くとしよう。


「いらっしゃい。さて、今日はどういった要件だ?」


 エルフィンは面倒臭そうにそう言うと、足を組んで背もたれにもたれ掛かった。

 そのおかげ――そのせいで、白いローブの裾が捲れ、エルフィンの色白く艶めかしい脚が膝の辺りまでお目見えした。

 ローブのせいで分かりづらかったけど、かなりいい体してるぞこの人!


「取り合えず、ヒロくんの紹介と使い勝手のいいナイフを探しにね」

「ナイフ?」


 エルフィンは聞き返しながら、脚を組み替える。

 更にするりとローブが剥け、太ももがちらりと顔を覗かせる。

 くそぅ、なんたってあのローブの隙間の暗闇に、こうも目を惹き付けられるんだ。


「うん、剣闘用にね」

「は?だったら剣か盾を探した方がいいだろう」


 アルトの言葉に喰いついて前かがみになり、更にローブが……!

 くっ、膝に引っかかって全貌は拝めない。


「剣はあるし、盾は今のとこ良いかな」

「ん、まあ少年は鍛えが足りて無さそうだからな」


「ああ、全くだよ。気も緩んでるし」

「ああ、そのようだな。視線にも気づかないようじゃ」


 あと少し!あと少しで御御足が……!


「少年、脚くらい、見たければいくらでも見せてやるぞ? 有料だがな」

「はっ……!いえ、虫が飛んでいたもので!全然全く、脚を見るつもりなどは」

「ガン見だったな?」

「ガン見だったね」

「うぐっ……。気付いてたんなら教えてくださいよぉ」

「ははっ。可愛い顔をしていたのでついな。……それで?見たくは無いか?この先を……」

「ごくりっ」

「やめときな、二百万は取られるよ」

「い、一体何勝分の賞金が……!」

「なあに、そこまで取らん。アルトの従者だから、特別安くしてやろう」


 スッと差し出されたエルフィンの手。立てられた指の数は、ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……五つだ。

 つまり五十万……!?


「五万でいいぞ」

「よろしくお願いします!」

「千追加ごとに距離が十センチ縮む。払わなければ五メートル先からだ」

「五メートルお願いします!」

「倍額でお前自身に捲らせてやろう」

「当然お願いします!」

「更に三倍額で触らせてやろう」

「ありがとうございます!」

「今ならその三倍で、奥の部屋へ……」

「お手柔らかにお願いします!」

「ヒロくん、今いくらか分かってるの?」

「はっ!?そういえばいくらになるんだ!?」

「百八十万だ。安く済んだな」


 ちくしょう!謀られた!

 いやでも待て、百八十万だ。たった百八十万で奥の部屋へ。

 生唾ものの展開が俺を待って……。


「大体、奥の部屋へ行ったところですることは変わらないし、触って良いって言ってもほんのちょっとだろ?」

「そうだが?」

「返せ!俺の純情を返せ!」

「はははははっ!なかなかからかい甲斐のある奴じゃないか」

「まぁねぇ」


 こいつら、二人して俺をバカにしやがって!

 いいもん!拗ねてやるもん!


「あらら、拗ねちゃった」

「少年、拗ねるのがいいがあまりその辺の物を勝手に触るなよ。爆発するかもしれん」

「そんな危険な物床に転がしとくな!とととっ……!」


 危うく手に取った金色のランプを落としそうになる。

 ふぅ、ギリギリ落とさずに済んだか。

 って、まあどうせ爆発なんかしないだろう。またからかって冗談を言ったに決まっている。


「「ッ……!」」

「……あの、なんで二人とも逃げる体制とってんの?」


 あれ……冗談……だよね?

 二人は無事を確認すると、何事も無かったかのように座り直した。

 何も言わないのが逆に怖い。


「それで、ナイフだったか?」

「うん。投てき用の奴がいい」

「ふむ。いいだろう、いくつか持ってこよう」


 エルフィンは扉の奥へと入って行くと、暫くして木箱と麻袋を持ってきた。

 しかし、何故ナイフを買うのに道具屋なのだろうか。

 この街は武器と防具の街でもある。鍛冶屋なら腐るほどあるのだから、そっちで買った方が良いと思うんだけど。


「袋に入っている方はまあ手に入りやすいものばかりだ。本命は箱の方だな」

「じゃあ先に袋の中を見ておこうか」


 麻袋をひっくりかえすと、中から十本ほどのナイフが落ちてくる。

 サイズはまちまちだが、投てき用という事でどれも片手大だ。


「これは?」

「銘は付いていないな。血液に触れると風魔法が発動して傷口を大きく開く」

「こっちは?」

「ハンディナイフ。使用者と相手の傷を共有するナイフだ。相手に付けた傷を自分も負う代わり、自分に付いた傷を相手も負う」

「うーん。こっちは毛刈りのナイフでこっちはグリフクロウだろう?」

「そうだ。……箱の方も見てみるか?」

「うん、一応ね」


 慣れたように商品を選別するアルト。

 風魔法がどうとか、傷を共有するだとか、魔術の話が織り交ぜられている事からして、どれも普通のナイフでは無い事が分かる。


 黙って遠巻きに眺めていると、エルフィンが木箱を縛っている帯に手をかざし、何事か呟いた。

 すると、帯はするりと緩まり、蓋がひとりでに開く。

 小さめの木箱の中から現れたのは黒いナイフだった。

 柄の部分に赤い石が二つ埋め込まれた、禍々しい雰囲気を放つナイフだ。


「影縫い。そう名付けた」

「へぇ、どういうものなんだい?」


 名付けた?

 エルフィンが創ったものなのか?


「相手の影にこいつを突き刺すと、相手の動きを縛ることが出来る」


 なんだそのチート魔術。

 それが本当なら、相手の影を刺した時点で勝ちじゃねえか。


「効果時間は?」

「最大で十分間。まあ無抵抗の場合で、この間ノリスの奴に試してみた時は五秒程で解かれた。ま、五秒もあれば殺れるけどな」

「彼でそれならヒロくんが使う分には申し分ないか……」

「なあなあ、俺が使うナイフを決めてるんだろ?俺は見なくてもいいのか?」

「ん?ああ。ヒロくんは魔道具の良し悪しは分からないだろ?」

「魔道具?」


 余り聞きなれない言葉だが、字面から何となく、魔法の効果を持った道具の総称だろうというのは計り取れる。

 ゲームとかで見る聖なるなんちゃらとか、炎のなんちゃらみたいな奴の事だろう。


「そうさ、ここは魔道具屋"英雄の黒箱"だからね」

「英雄の黒箱……?」

「店の名前は私が考えた訳じゃないから何も言うなよ」

「あ、はい」


 エルフィンに凄まれてしまった。

 厨二なネーミングだなと、内心小ばかにしていたのがバレたのかもしれない。


「じゃあ、これ全部魔道具なのか?」

「そうだよ。キミのティンクショットみたいに、武器に魔術が刻まれているんだ」

「あぁ、なるほど」


 俺はタトゥーの入った左腕を見る。

 腕を巻き付けるような螺旋状の二本の線と、人差し指の付け根にあるiの刻印。

 これと同じような物が武器に刻まれているってことか。


「じゃあ、今選んだナイフにはどんな魔法が?」

「んー?それはねー……」


 アルトはもったい付けるように、いつものいたずらっ子のような笑顔で笑った。

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