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勝利の余韻

「それじゃ、ヒロくんの初勝利ということで。かんぱ~い!」

「かんぱーい!」

「チュウン!」


 キンッとジョッキがぶつかる心地よい音が鳴る。

 試合の疲れも残したまま、昨晩も立ち寄った定食屋『快爆亭』へとやってきていた。

 時間帯はまだ日も低い昼前、ポータとの試合が終わってから一時間程しか経っていない。


 あの試合の後、気を失った俺はポータと同じく医務室に連れていかれ、治療魔術による治療を受けるとベッドの上で目を覚ました。

 何故か息苦しさを感じて跳び起きたり、顔中、どころか辺り一帯水浸しになっていて、傍らでアルトが空の水差しを持っていたりはしたが、とにかく、無事回復をした。

 そんな訳で早々に賞金を受け取り、地下会場を後にしてこの快爆亭へと真っすぐに向かってきたのだ。


「ぷはー。いやぁ、一仕事した後のギーリィは堪らないねぇ」

「ぷはー。染み渡るわぁ。ってアルト、お前は何もしてねえだろ」

「失敬な。私の仕事はヒロくんの試合を見守る事。十分に果たしてるじゃないか。ねぇパイロ?」

「チュウチュウ!」

「それを何もしてないって言うんだろうが!なあパイロ?」

「フシュー!ガルルルルルル!」


 ちょ、俺とアルトで対応違い過ぎないこのハリネズミ。


「はっはっはー。ま、あたしが普段から管理教育を行っているからこその勝利って事で」

「よく言うよ、飯抜きで挑む剣闘士なんて聞いたことないぞ。おかげで腹が減って腹が減って、今は何でもむさぼり喰らいたい気分だ」


 昼前という時間帯の早さもあってか、俺たちの他に客はいない。というか、準備中の所を営業開始時間より一時間早く開けて貰っていた。

 来たのは昨日が初めてだったというのに、アルトの焼き飯への惚れ込みようからすっかり店主のおじさんに気に入られてしまったようだ。


 と、空の胃袋にシュワシュワなギーリィを流し込んでいると、娘さんが注文をした焼き飯とトゥートゥーの香草焼き、バラライカのクリームパスタを運んできてくれた。


「お待たせしました」

「おお、来た来た。焼き飯とパスタはこっちね」

「はい、どうぞ。残りの品も出来上がり次第お持ちしますね」

「うん、ありがとうお姉さん」


 昨日とは打って変わり、娘さんは明るい笑顔で対応してくれた。

 普段はこんな感じで笑顔を振りまく看板娘なんだろうな。昨日はほんと申し訳ない事をした。

 娘さんはアルトの前に焼き飯とクリームパスタ、俺の前に香草焼きを置くと「今日は食べていいんですよね……?その、沢山食べて行ってくださいね!」と俺にささやきかけて、頭を下げて下がっていった。

 どこまで気を遣わせているのかと、少々不甲斐ない。


「はぐっ、おいしいぃ!いやぁ、やっぱりこの焼き飯最高だよヒロくん。最初に頼んでおかなくて良かったのかい?」

「ああ、確かに旨そうだが、故郷では酒を飲むときに炭水化物は〆って相場が決まってるんだ」


 まあお酒なんて飲んだこと無いですけど。

 べろべろに酔っ払ったおっさん達が〆のラーメンを喰っているのを思い出すと、今日はそういう気分だった。


「ふーん、食事の順番にも拘るんだねぇ。その、二ホン?ってとこの人達は。こっちじゃみんな食べれるときに食べたいものから食べていくけどね」

「まあ経済的に大分豊かだからな。それくらいの余裕があるって事なのかも。っと俺もさっそく食べよ。はむっ。……!?」


 こ、これは!

 トゥートゥーという謎の鳥のモモ肉が外はこんがり、中はジューシーという完璧な焼き加減で焼かれている。

 皮をパリッと歯で破ると、中から溢れんばかりの肉汁が染み出てきて、肉のうま味と香草の香りが次から次へと口の中へ流れ込んでくるのだ。

 丸一日何も食べていなかった俺の体はその刺激に耐える事を知らず、唾液腺という唾液腺全てから唾液が溢れてくる。

 口の中は最早洪水状態だ。

 危うく自分の唾液で溺れそうになりながら、柔らかく、それでいてしっかりとした肉質をしたトゥートゥーの肉を適当に咀嚼して、喉の奥へと流し込む。

 初めは感想を述べようと開いた口は、いつの間にか香草焼きの二口目に齧り付いていた。

 慌てて口にした二口目は少し大きく噛み千切ってしまったため、一気に咀嚼して最後は冷えたギーリィで流し込む。


「ぷはぁ」


 のど越しを感じ、詰まった息を吐き出せば、得も言われぬ幸福感で満たされる。

 たまらん、蕩けてしまいそうだ。

 この香草焼き、うますぎる。

 日本で食べる鶏肉もそりゃ美味しかったけど、こんなジューシーでうま味の強い肉を食べたのは初めてだ。

 当然、親父さんの料理の腕も絶品だ。少し濃いめの味付けが、鶏肉には無い、こってりとした油に絶妙にマッチしている。

 幸福に浸るのも束の間、俺は眼の前の香草焼きにむさぼり付いた。


「空腹は最高のスパイスだなんて言うけど、今のヒロくんを見てると納得するよ」

「もぐもぐ……ごくん。じゃあアルトも飯抜いてみたら?」

「嫌だよ、辛いもの。あ、焼き飯おかわりで!」

「あいよー!」

「はやっ!まだ先に注文したのも届いてないだろ!」

「しょうがないだろう?美味しいんだから」

「いや、それにしても際限無さすぎだろ」


 よくもまあ炭水化物を飲み物の様にバクバク食えるものだ。力士でも


「おまたせしましたー、バクバクサラダとベッカのオムレツ、カンムリガエルのから揚げです」

「サラダとから揚げはこっちです!」

「オムレツはこっちだよ。ベッカのタマゴをオムレツにするなんて豪快だよねえ。はむっ。んー!おいしい!」


 アルトは特大のオムレツを優雅にスプーンで人救いして頬張り、カフェでお茶する女子みたいなリアクションを見せているが、俺はただひたすらに目の前に並べられた食事に手を伸ばして食らいついた。

 バクバクサラダの名に恥じず、バクバクとサラダを頬張っていく。

 パイロもテーブルの端で分け前を貰い、はちゅはちゅと礼儀良く食っている。

 とにかくむさぼり喰らう俺と静かに食事するハリネズミ、どっちのが動物的に映っているんだろうか。

 なんてことを気にしている余裕は持ち合わせていなかった。


「バクッバクッ……はぐ、ぬちゃ……んぐっんぐっ……むぐ、むちっ」

「あらら、よっぽどお腹空いてたんだね、たーんとお食べ。っておいおい、何も泣く事ないだろう?」

「だって、だってぇ……」


 食事が出来る事がこんなに幸せなことだって、私知らなかったの!

 今はただひたすらに食べ物を胃袋に納めたい。

 いや、冗談抜きに死ぬかもって時に飯の事を考える程お腹空かせてたんだもの。

 そんな自分があまりに可哀そうで、こう、涙が。

 あっパイロてめえこの野郎!俺の肉盗み食いしようとすんじゃねぇ!


「グルルルルルル!!」

「あっち行け!あほネズミ!」

「こーら、ヒロくん仲良く食べなさい」

「なんで俺が叱られる!俺んだぞ!」

「ガルルルルルル!フシュー!!」(ハリネズミの唸り声)

「バゥゥゥゥゥゥ!フシャー!!」(人間の唸り声)

「それにしても、ヒロくん初めのころに比べて食べる量も大分増えてたからねぇ、丸一日食事抜いただけでも大きくなった胃袋にはさぞ堪えたんだろう。いやぁ、狙い通り行ってよかった」

「ガウワウワウ!いてっ!痛いって針刺すな!って、狙い通り?」


 狙いって、何が?

 昨日の食事抜きは単なる罰じゃなかったのか?

 パイロに刺された指先からぷくーっと血の雫が膨れてくるのを袖で拭き、憎きハリネズミに肉をちぎり分けてやって話に集中する事にする。

 ありがたく思えクソネズミ、あとで覚えとけよ。


「ああ、狙い通りキミに飢えという感覚を刻み付ける事が出来た。ほら、そのおかげで勝てたんじゃないのかい?」

「え、いや、まあ……」


 確かに俺は負けかけた時、空腹のまま死にたくないと無我夢中で立ち上がることが出来た。

 でも、それが直接の勝因と言い切れるのか?


「だってヒロくんはあの時、岩に打ち付けられて立ち上がれないでいた時、諦めようとしていただろう?キミはあの時何を考えていた?」


 あの時何を考えていたのか、か。

 死ぬんだろうと思って、負けるんだろうなって思って、そしたら世話になったアルトは無一文に成っちまって、迷惑掛けっぱなしで申し訳ないな、みたいな。

 そんな事考えていたよな。

 思い出しながら、ぽつりぽつりとそれを口に出すと、アルトはうんうんと頷いて、オムレツの最後の一口を飲み込むと二っと笑った。


「やっぱり、予想通りだ。キミならそう考えるだろうと思っていたよ」


 そう考えるだろうと思っていた?

 思っていたって、いつからだ?

 試合を見ていた時か?つまり、俺が追い詰められていた時。

 違うな。そういう言い方じゃなかった。

 多分もっと前、少なくとも試合の前からアルトは俺が追い詰められた時の思考を予想していたんだ。


「この一か月生活を共にして、過去三度の試合を見て、キミの考え方は何となく分かったよ。だから確信していたんだ。キミは自分が死にそうだって時に、絶対に他人の事を考えるって」


 確かに俺は自分が死ぬって時にアルトの今後の事ばかり考えていたような気もする。

 でも、一か月という付き合いでそれを予想していただなんて、アルトの観察眼にはほとほと感心する。


「あたしから言わせたらキミは他人の事を考えすぎだよ、ちょっとムカつくくらいにね」

「そうか?結構自分勝手にやってると思うけど」

「はっは、その考えからしてってとこかな。まあとにかく、そんな風に他人の事ばかり気にしている内は一勝も出来ない。だからキミには、敢えて空腹のまま試合に出て貰ったのさ。しかも煽りに煽ってね」


 アルトはそれで分かったでしょ、とでも言いたげに追加で届いたローストチキンに齧り付いた。

 いや、さっぱり分からん。どうして他人の事を気にしていると勝てないのか。どうして空腹のまま試合に出させられたのか。

 ていうかあの煽りは絶対趣味でやってただろ。


「あの、もうちょっと詳しく教えてくれない?」


 そう願い出ると、アルトはやれやれといった表情で、説明を付け加え始めた。


「いいかい?他人の為に出す力なんて結局自分の力の範囲でしか出せないんだ。それじゃあ格上は倒せない。追い詰められて追い詰められて、最後に這い上がった時、初めて自分の限界を超える事が許されるんだ。そしてその最後に這い上がる瞬間、一体何がそうさせてくれると思う?」


 追い詰められた自分を這い上がらせてくれるもの?

 なんだろ、少年誌的には仲間とかかな。

 あとは……愛?

 好きな人の為に、みたいな。


 ふと、アルトの顔を見てしまう。透き通った桜色の髪。少年のようないたずらっぽく、でもどこか安心感を与えてくれる目。

 今はその目で、俺を試すように覗いている。

 とても優しく、穏やかな表情で、思わず見とれてしまう。


「ってちがうぞ!いやその、これはそうじゃなくてだな」

「……?何がそうじゃないんだい?」

「い、いや、こっちの話、気にしないで」

「変なの~。ああ、それで、何がそうさせてくれると思う?」


 アルトはニマニマといたずらの反応を待つ子供のような顔をして、再度同じ質問を投げかけた。

 もしかしてこいつ、俺の思考が全部読めてんじゃないだろうな。


「その、仲間とか?」


 ポカーンと間抜けな顔をすること数秒、アルトは肩を震わせたかと思うと、盛大に噴き出した。


「ぷっ、はははははっ!案外キミは恥ずかしい事を臆面も無く言うよね!」

「お前もそういう無粋な事平然と言うなよ!」

「ひぃや、だって、思ってたより真っすぐに言うもんだからさ!ご、ごめんごめん。まあでも、キミならそんなところだと思ったよ」


 アルトはひとしきり笑うと、急に雰囲気をまじめにして、低いトーンで呟いた。


「欲だよ」

「欲?」


 何の、ってあれか、さっきの質問の答えか。

 アルトはちゅるりとうどんのような何かを啜ると、ぐっと飲み込んで息を吐き、改めて俺の顔を覗き込むようにして言った。


「そう、欲だ。人間は欲が無ければ生きられない、逆に欲を全て捨てた時、人間は死ぬ。六大欲求こそが人を人たらしめる根源であり、最大の活力なのさ」

「なるほど、確かに欲望の為の活力って凄いものがあるな。って、あれ?六大欲求?三大欲求じゃなくてか?」

「へ?三大欲求って何だい?食欲、性欲、物欲、優越欲、生存欲、怠惰欲、の六つが人間に大きく存在する欲求だろう?」

「いや、俺が知ってるのは食欲と睡眠欲と性欲の三つを一括りにした三大欲求っていうのだけど」


 あーでも、怠惰とかって聞くと七つの大罪の方に近いものなのかも知れないな。

 七つの大罪が何なのかいまいち分かって無いけど。


「へぇ。人間の根本の事なのに、世界が違えば考えも変わるものだね」

「みたいだな。俺はその優越欲ってのと生存欲っていうのは初耳だけど、一体どんな欲なんだ?」


 怠惰欲ってのも聞かないけど、まあ何となく分かるからそれは聞かなくてもいいか。


「優越欲っていうのは他者より上の存在で有りたいっていう欲求なんだ。言い換えればプライドかなぁ。もしくは勝利への欲求ってとこ。生存欲はそのまま生存することに対する欲求だ。生きていたいって気持ちもそうだけど、自分の身を守ろうとするのだったり、周りに必要とされたいっていう感情もこれに当たる。個人的には一番大切な欲だと思ってるよ」


 他人よりゲームがうまかったり、勉強が出来たりっていうのを誇示したいっていうのが優越欲で、純粋に生きていたいっていう欲求が生存欲か。

 周りに必要とされたいという感情――承認欲求だっけ?どちらかと言えば優越欲のような気はするけど、これも生存欲に含まれているみたいだ。


「ふーん。まあ確かにどれも感じたことのある欲ではあるな」

「まあそれが無ければ人間じゃないからね。っと、それと一緒に自制心。こっちもないと人間とは言えないか。欲望が自制心という皮を被っているのが人間だからね」


 アルトはいつの間にか来ていたピザを一切れちぎり、先っぽから丸々飲み込んで咀嚼すると、その味に「んん~」と唸り、至福の笑みを湛えた。

 そして二枚目、三枚目と両手に取ってやめられない止まらないとでも言うように口へ運んでいく。あれよあれよと皿を空け、次の皿へと手を伸ばす。

 あれが食欲か、と思った。

 ていうか俺にも分けろよ!そういう取り決めだっただろ!

 しかし、とても自制心が効いているようには見えないのだが……うちのオーナーは本当に人間か?


「それで、その欲がなんだっていう話だっけ?」

「むぐむぐ……ごくんっ。だから、追い詰められた時、這い上がらせてくれるものだって話。今回の場合はキミは焼き飯が食べたいって一心でしゃにむに食らいついていけた訳だ。いつもだったらキミは、負けたら無一文にしてしまうっていう責任感で動こうとする訳だけど、それだと何かにつけて言い訳を作って諦めてしまうだろ?」

「そんな事はっ……いや、まあその通りだよ」


 実際、何か売るなり、冒険者の仕事を再起させるなりでアルトならどうにか出来る手立てはあった。俺は最後、それに甘えかけていた。


「うん。だから敢えて、心を鬼にして食事を抜きにしたり、そのあと過度に運動させたりさせてたのさ……ぐすんっ」


 顔を伏せて、涙を拭くような仕草をするアルト。


「そっか、俺の為にそこまで……って嘘つけ!めっちゃ楽しそうでしたやん!」

「うーん、そうだったかなぁ。はははー」


 アルトはピッと舌を出し、わざとらしくおどけると、さっさと話しを逸らしてしまう。


「ま、欲望っていうのは無理に抑えれば抑えるほど力を溜めていくものなんだ。それが外的要因であればなおさら。そこに一滴二滴呼び水を垂らせば、欲望は爆発する。欲望の爆発は、キミが自分自身に無意識のうちに掛けていた枷を外してくれたんだ。諦めという枷をね。今回のはそういう話さ」


 つまり、ただの罰だと思っていた飯抜きも、その後のランニングやらあれこれも、全て勝利の為の布石だったって事なのか。


「でもそれだけで勝てたとは思えないよな」


 対戦相手だって当日まで分からない訳だし、向こうがどんな攻撃を仕掛けてくるのかも分からない訳だ。

 それ以外にだって不確定な要素はいくらでもある。その状況で狙い通り俺の食欲を爆発させる事が出来たとして、それで勝てると言い切る事が出来るだろうか。

 俺がいくつかの疑問を上げる前に、アルトは何皿目かの焼き飯をかっ喰らった口で答えた。


「もちろん、それだけじゃないよ。例えばお金。負けたら私が無一文になるっていう状況とか。キミがプレッシャーを感じるように仕向けたんだ。キミは責任感が強いからね」

「そっから?まあ確かに酷いプレッシャーを感じたけど、それは寧ろマイナス効果なんじゃ」

「そんな事はないさ。現にキミは勝っているだろう?」


 いやそれ、結果論じゃん……。


「他には対戦相手。言ってなかったけど、今日の対戦相手は事前に決まっていたんだ」

「え?そうだったの?」


 フォークで刺したステーキを口へ運びながら、飄々と言ってのけるアルト。


 闘技会の試合の組み合わせは基本的に当日の参加者の中から運営側が選び決める。要は当日まで対戦相手は分からないのだ。

 しかし、剣闘士同士、実際には雇い主どうしの合意の元申請をすれば、日程を指定して対戦する事も出来る。

 つまりポータとの試合は前々から決まっていた事だったって訳だ。

 だったら先に相手の事を教えてくれていれば、もっと円滑に勝てたかも知れないのに。


「事前に教えなかったのも敢えての事さ。相手の弱点なんて教えようものなら、キミはそれにばかり意識を取られて動きを制限されていただろうからね」

「うっ、まあ確かに」


 俺の性格からすれば、前情報に振り回される姿が容易に想像できる。

 弱点を狙わなきゃ……。(使命感)

 ってなってただろうな。


「そして向こうは逆にキミの情報を知っていた。その即席術式を除いてね」

「ああ、そうか」


 即席術式、この左手の人差し指の付け根に刻まれたローマ字のiのようなタトゥーの事だ。

 この中に詠唱の代わりになる術式が組み込まれていて、そのおかげで詠唱無しで魔術が使えたのだ。

 って説明するほど詳しく無いけど。


「まあ、ある程度の人が見ればどんな魔術が刻まれてるかすぐに分かるんだけどね。ポータくん……だっけ?あの兵士の子もすぐにティンクショットだって気が付いただろう。そして、だからこそ油断していた」

「躱せる自信があった、から……?」

「そう、彼の矢避けの瞳があれば、致命傷を避けるのは容易だからね。そこで彼は考える訳だ。ヒロくんがティンクショットに勝負を掛けているだろうって。だから敢えて撃たせる事にした。そして躱して見せる事で、キミの戦意を削ぐ事にしたのさ」


 自分の肌がざわめき立つのを感じる。全身の毛穴が開いて熱が引き、体が震えて毛が逆立つ。

 この際、新しく出てきた矢避けの瞳についても尋ねたりはしない。


「後が無いというプレッシャーにキミは焦り、ポータくんの誘いに乗って魔術を放つ。隙を突いた一撃を平然と躱され、キミは相手の狙い通りに戦意を削がれ、追い込まれる。そして――って、この先はもういいかい?」

「ああ、分かった。ポータの思考と俺の思考を照らし合わせて、お前は試合展開を全て予想していたんだな」


 全部、全部予想通りの試合だったんだ。彼女の、アルトリウスの狙い通りの試合展開だった。

 全て分かっているような口ぶりで、その実、全て分かっていた訳だ。

 その全てを前々から分かっていたんだ。試合をする前。ポータと試合を組んだ時から既に。


「ま、そういうことだね」


 アルトはそう締め括ると、十皿目にはなる焼き飯を食べ終え、満足そうにゲップをした。


 アルトは色んな所に布石を隠していたんだ。負ける要因を分析し、勝つ為の要因を積み上げていた。だからこそ、俺の勝利を絶対のものと信じ、口にした。


『明日はヒロくんが勝つんだから!』


 それは、俺を信頼しての言葉なんかじゃない。アルトにとって全て計算ずくの事で、確定事項だったんだ。

 そりゃあ危機感も無く、呑気にしていられる訳だ。

 アルトは自信家だ。自分の計算に絶対の自信があったんだ。


 なんだろ、この気持ちは。

 もしかしたら、俺は怒ってもいいのかもしれない。煮え切らない何かが、ふつふつと心の隅に巣くっている。

 別に怒っている訳じゃないし、結局、怒りの言葉をぶつける気にはならないけど。

 だから、どうしていいのか分からない。釈然としない。


 アルトに期待されているかもしれない。その思いが、どれだけ自分の中でモチベーションに繋がっていたのか実感した。

 あるいは、自分の勝利が作られたもののように感じられて寂しいだけかもしれないが。


 裏切られた訳でも無いのに、裏切られたような気分だ。

 あんまりいい気分じゃない。

 ああ、やっぱりちょっとイライラしているのかもしれないな。

 なんでだろ、凄くショックだった。


 俺がもやもやした気持ちを言葉に出来ずにいると、コップ一杯の水を飲み、食後の一服を済ませたアルトは思い出したように口を開いた。


「あ、あと、大事な要因を忘れていた」


 大事な要因。つまり、アルトの計算に欠けてはいけない要素の事だ。

 まだ何か仕込んでいたのか。

 そんな悪態を心の中で吐いた。

 やっぱりアルトがどんな言葉を続けたとしても何か文句を言ってやろうと気構え、聞き流し半分にアルトの声に耳を傾ける。

 しかし、続くアルトの言葉に、俺の中で怒りに変わろうとしていた気持ちは一気に瓦解した。


「今朝も言ったけど、今日までのヒロくんの頑張りがあってこその勝利なんだ。一月前、私に全てを委ね、付いて来てくれたからこの一勝を得られたんだよ。だから一つだけ言わせておくれ」


 俺は今、絶対に間抜けな顔をしている。虚を突かれたってとこだ。

 そして同時にニヤけているだろう。相当キモイ顔だ。

 そんな俺の顔を、アルトは珍しくもじもじとしながら見つめ、意を決したように笑って言った。


「付き合ってくれてありがとう、ヒロくん!」


 何が、どんな言葉を続けたとしても文句を言ってやろうだ。

 その笑顔一つでショックから立ち直れてしまうくらい、俺はチョロイ奴だってのに。


「おう、これからも頼むよオーナー」

「任せてよ!」


 アルトとジョッキを合わせると、一気にギーリィを飲み干す。

 そろそろ〆でいいかな。


「すみません、俺にも焼き飯を一つ」

「あ、その。ごめんなさい、チャーシューが終わってしまって焼き飯はもう出せないんです」

「えっ……」

「だから早めに頼んでおけばよかったのに」


アルトは本日最後の焼き飯の皿を空けると、満足そうにゲップをした。


「お前が喰いまくったせいだろ!」

「もったいぶって頼まなかったヒロくんのせいだろ?」

「うるせぇ返せ!俺の焼き飯ぃ!」

「まあまあ、また明日来ればいいだろう?」

「俺は今日喰いてえんだよ!!!」

「け、喧嘩はやめてください~!」





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