表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

兵士見習いポータ

 試合開始の合図と共に、お互い剣を抜く。

 ポータの剣は飾りの殆どない両刃の直剣だ。

 刃渡りは七十センチ程。

 鞘にダステル王国の国章である盾と剣をモチーフとしたレリーフが付いている所を見ると、城の兵士に支給される剣のようだ。

 量産品ではあっても国の兵士が使う剣。少なくとも俺の持つ安物の剣より優れた切れ味と頑丈さを持っていると思われる。


 先に動いたのはポータだった。

 というより、改めて緊張を治めている内に先手を取られた。

 直剣をしっかりと握り、正面へ構えたまま真っすぐへこちらへ向けたまま駆けてくる。

 厚いプレートアーマーをものともしないしっかりとした足取りで、一気に距離を詰めてきている。


 うわ、どうしよう。逃げるわけにはいかないよな。

 なんて日和っている内に、十メートルはあった距離があっという間に後十歩というところまで。

 とりあえずは攻撃を防がないと。

 盾は持っていないから短剣を斜めに構える。どこから来るか、合わせないといけない。

 と、俺の様子を見たポータは正面に構えていた剣を腰だめに替えた。

 斬り上げか、薙ぎ払いか。


「はああああああああああああ!!!」


 ポータは張り上げた声と共に、剣を腰だめから肩の上まで引き上げて、予想とは逆に飛び掛かるように袈裟斬りを仕掛けてきた。


「フェイント!?」


 キンッと剣と剣がぶつかる。軽く火花が散り、圧力に体が押される。

 根本的に力で劣っているんだ。


「っぶね!」


 なんとかフェイントに合わせて袈裟斬りを受け止める事は出来た。でも受けきれそうには無い。

 自然に体重が後方へ移り、競り合うことなく一歩下がると、そこにポータは一歩踏み込んで斬りを放ってくる。


「でやああああああ!!!」

「うあっと!」


 剣閃が胸の前を横切っていく。

 後ろへのけ反る事で、間一髪、躱したようだ。

 と、早く距離を取らなきゃ。

 何度か後ろへ跳んでポータとの距離を開ける。

 二撃目は相当力を込めていたらしい。すぐに追撃が来なかったのがいい証拠だ。

 まともに受け止めて無くてよかったぁ。下手したら短剣事斬り飛ばされていた所だ。


「意外とやるじゃねえかぁ!」

「俺は一発目で終わったと思ったね」

「兵士のにぃちゃん、ちゃんとやれぇ!」

「蜥蜴の餌ぁ!さっさと反撃しろ!」

『ポータ選手の鋭い連撃をぉ、ヒロアキ選手は見事に躱しましたねぇ。でもぉ隙を見て反撃しないとダメですよねぇ』


 外野の声はやかましいが、俺の意識はしっかりとポータに向けられている。

 実は外からの音声はかなり遮断されているのだが、それでも気になるときは気になってしまうものだ。

 オーナーからの無茶振りとか。

 そう思えば、これ程集中できているのは初めての事かも知れない。

 普段はもっと、恐いとか逃げたいとか、そういう感情に振り回されてたからな。

 嬉しいかな悲しいかな、三回死に掛けたおかげで恐怖心も大分薄れてきてるみたいだ。


「反射神経が良いんですね」


 ポータは精鍛な顔を強張らせ、鋭い剣幕を効かせたまま剣を正面に構え直す。

 そのあからさまな殺気を受けても、怯む事無く落ち着いていられる。

 バカでかい蜥蜴と比べれば可愛いくらいだからだろうか。

 いや、可愛いもんか。寧ろ分かりやすく格上な分、よっぽど怖いくらいだ。正直に言って開き直っているだけなんだ。


「FPSで鍛えたからかな」

「エフピー……?なんですそれ」

「ああごめん、こっちの話」


 危うくFPS廃人だった事がバレるところだった。

 まあ説明したところで理解も出来ないだろうけど。

 冗談はさて置き、どうしたものか。

 ポータは距離を保ったまま、静かに構えを取っている。撃ってこいって事か?

 さて、それならこっちから攻撃させてもらいますか。とは、ならないよな。


『二人ともぉ、睨み合ったまま動きませんねぇ』

「おらぁー!さっさと叩き切れ!」

「蜥蜴の餌!今のうちに逃げた方が良いんじゃねえのか?」

「さっさとやっちまぇ!」


 剣を交えたら分かる。まともに撃ち合っても俺は負ける。力も技も向こうが上だ。

 となれば、正面からぶつかるのは無し。

 そうすると、アレを使うしかない訳だが、それも普通に撃って当たるわけ無いよなぁ。しかもぶっつけ本番だ。


「ふうぅ……」


 深く息を吐いて、冷静に辺りを見回す。

 実は、本会場と同じく、地下闘技場でもフィールドに工夫がなされている。

 今は先程バルガスとアルトラが戦っていた本会場と同じように岩の林が外周を取り囲んでいる。

 ひとまずあそこに逃げ込んで、影から機を窺うべきか。


「来ないのならこちらから行きます!」


 待ちかねたのか、ポータはそう言うと、左手を空けてこちらへ真っすぐ向けた。そして早口になにか唱え始める。

 まずい、魔術だ。


「水弾よ、標的を穿て!ウォーターボール!」


 短い詠唱と共にポータの手の平に勢いのある流水が集まり、それが毛糸玉の様に巻きつけるように球状に固まり、超速で放たれる。


「おっと!」


 あっぶねえ、射線が真っすぐで助かった。

 一か八か横に倒れ込んで躱した水弾は、俺の横を通り過ぎて後ろの岩を球状に削りとる。

 まともに喰らったら俺もああなってたかもな。


「ウォーターボール!」

「げっ!連発すんのかよ!」


 あんなの易々と連発すんじゃねえ!

 力任せに立ち上がり、即座に走り出して、連続して打ち出される水弾から必死に逃げ回る。


「ちょ、ちょっとタンマ!」

「待てません!」


 懇願も聞き入れられず、ポータは容赦なく水弾を撃ち込んでくる。それを時には身を伏せ時にはジャンプし時にはターンを交えながら、何とかかんとか躱していく。

 外れた水弾は岩を削ったり、フィールドを囲むように張り巡らされた目に見えないバリアにぶつかって弾け飛んだ。

 一発でも当たったらアウトだ。たとえ腹が減っていようと、どれだけみっともなくてもここは逃げるしかない。


『ポータ選手のぉウォーターボール、なかなかの威力ですぅ。でも、ヒロアキ選手もこれまた見事に躱しますねぇ。ていうか、必死の形相で逃げてますぅ』

「でたぁ、チキン得意の逃げ!」

「得意かぁ?いっつも捕まって殺されてんじゃねえか」

「はっは、おじさん言えてる~」

「だろ?なはははははははは!!!」


 観客席で人笑い起きている声なんて聞こえてないんだから!

 つーか何が言えてるだあのバカオーナー!誰の味方だよお前!

 アイランもクスクス笑ってんのマイクに入ってるし、くそぅ。

 人が必死こいて逃げ回っているというのに、会場は今までになく沸いていた。


「ウォーターボール!く、噂通りの逃げ足ですね」


 もう数十発の水弾を撃ち出しているだろうに、ポータは一向に疲れを見せず、尚も水弾を撃ち続けている。

 多分これ弾切れしない奴だ。だってウォーターボールなんていう水系最弱っぽい名前の魔法だもん、消費MP2とかだぜあれ。それでもってポータの保持魔力は四桁とかなんだろうな。

 と、いうのは早々に気付いていた俺は、ただ適当に逃げ回っていた訳じゃあない。

 着々とポータから距離を離し、岩の林へと近づいていたのだ。


「今だ」


 タイミングを見計らって岩陰に飛び込む。


「あっ」


 今頃になって俺の策略に気が付いたのか、ポータは間抜けな声を上げた。一方的に攻撃を繰り出すのが越に入っていたな。

 それでも威嚇程度に数発水弾を撃ってきたが、そのまま奥まで走って逃げ込むとポータの攻撃はとうとう止んだ。

 あのウォーターボールに岩を貫通したり粉砕する程の威力が無いみたいで助かった。


「どうして逃げるんですか!真面目に戦って下さい!」


 ポータはそんなことを大声で叫んでいるが、あんなのと正面からやり合うバカが何処にいるって言うんだ。

 いや、多分俺以外の剣闘士は大抵正面からやり合うんだろうけど。

 それは皆がバカなだけ、俺は賢いの。パフォーマンス?何それ美味しいの?そういう事にしておこう。


 本人もそれで出てくるとは思っていないようで、俺を追いかけようと岩の林の側まで寄ってきた。


 俺は見つからないようぐっと息を潜め、様子を見る。

 ぐうぅ~。

 やばい!こんな時に限って腹が!

 気付かれたか……?


 覗き見てみると、ポータは警戒を怠らないよう気を払いながら、岩陰を確認していた。

 よかった、どうやら気が付いていないようだ。

 完全に俺の姿を見失っているらしい。

 くそぅ、この試合に勝って腹いっぱい飯を食ってやる!


 さて、見失ってくれているのであれば、隙を狙ってコイツを撃ちこむチャンス。

 今朝貰ったプレゼント、秘密兵器の出番という事だ。

 慎重にだ。撃てる回数は二回だけ。

 今回は絶対に負けられないんだ、確実に当てて倒さなければならない。

 威力はポータのウォーターボールと並ぶくらいはあるのかな、実際に撃った事無いから分からないな。

 となると、確実に仕留めるなら急所を、頭を狙うしかないよな。


 音を立てないように剣をそっとしまい込む。

 左手をごっこ遊びでするようなピストルの形に変えて、空いた右手でしっかりと固定する。

 そして、左手に意識を集中させていく。体中の力が、血流が、その一点に集まるイメージでだ。

 段々と左腕が熱を帯びていくのが分かる。それとは別に、アルトが描いた線を伝う様に、何かが左手の人差し指の付け根へと集まってきているのが分かる。

 そうか、多分これが魔力なんだ。

 やがて魔力が集まってくると、青緑色の線は仄かに光を帯びていった。

 そして、人差し指の根元に刻まれたiの印にまで光が及ぶ。これが準備完了の合図だ。


『ヒロアキ選手、岩陰から機会を窺ってるみたいですぅ。ポータ選手も追いかけてぇ、岩の林に入って行きますよぉ。一触即発の状況ですぅ~』

「いけぇポータ!見つけ出してぶっ殺せ!」

「やっぱり蜥蜴の餌(チキン)だな!出てきて戦え!」


 ポータが警戒しながら岩の林を進んでくる。

 けど、そっちの方向は俺が居るのとは逆方向だぜ。


 ポータは俺に背を向けている、絶好のチャンスだ。

 こそこそと岩陰から岩陰へ移り、ポータとの距離を縮める。

 大体十メートルくらいかな。この距離で外す事は無いだろう。

 背後から狙いを定めて……。

 と、ポータが岩陰を覗き込んだ。おかげで頭が岩陰に隠れてしまったけど、これは好都合。

 頭だけで覗き込んで体が残っているから、必ず一度、頭は一定の位置へ戻ってくるはずだ。

 頭が戻ってくる位置に狙いを合わせて、帰ってくるところを撃てばいいわけだ。


 それはそうと、少し位置がずれた為、岩陰からじゃ狙えそうになくなった。

 撃つときはちょっと岩陰から飛び出る必要があるな。

 それを加味した上で、静かに息を落とし、狙いを一点へ集中させる。

 FPSゲームの延長で、サバゲ―にまで手を出していた程だ。射撃にはそれなりに自信を持っている。

 照準を合わせる時間は岩陰から飛び出した後の一瞬しかないが、これだけじっくり獲物に狙いを付ける時間があれば、外すことはないだろう。なにせ距離も近いし。

 まあ、サバゲ―の方はがっつりやってた訳では無いけどな。


 ポータの身体に力が入る。反動をつけて、頭が岩陰から出てくる。

 今だ!

 岩陰から飛び出し、左腕を右手で支えながら、指先をポータの後頭部に合わせる。

 空いた腹の底から、秘密兵器を発動させるためのワードを叫ぶ。


「ショット!」


 俺の言葉に呼応して腕を巻いていた光は急速に人差し指の一点へと集約され、ビー玉くらいの光の球体を作り出し、周囲の空気を飲み込んでそれを光速で撃ちだした。

 狙いは完璧、光は真っすぐ線を引きながらポータの頭目掛けて飛んでいる。

 取った!

 声で気が付いたのか、ポータは即座に振り向いたけど、反射で避けられる速度じゃ――


 ターンッ!


「えっ」


 激しい音が会場に鳴り響く。

 どういうことだ、俺の撃ちだした光の弾はポータの背後に立つ岩にぶつかり、それと同時に破裂してバスケットボール大の穴を開けたのだ。


 その光景に、一瞬で頭の中は疑問で埋まる。

 なんで、どうして?

 予想以上の威力に驚いている訳じゃない。

 避けられるはずが無い、避けられるはずが無いんだ。

 光の弾は完璧にポータの頭を捉えていた。ポータは隙を見せていたし、タイミングも完璧だった。

 弾は目で追えるような速さじゃ無く、文字通りの光速で放たれていた。

 振り向いて目に留めた所で、躱しようなんて無かった筈だ。

 それなのに、ポータは首を動かしただけで躱した。

 元からそこに頭など無かったかの様に、目に見えない程のスピードで、弾を目の前に姿がぶれて、それで、避けやがった。


「やっと出てきた!隙だらけですよ!」


 体制を即座に立て直したポータは直剣を構えて飛び込んでくる。最初の一撃と比べ、踏み込みが深く、突進力がある。


「うわっ!」


 慌てて剣を抜いて何とかガードしたが、勢いのままに後方へ突き飛ばされ、そのまま背後の岩に背中を打ち付けられた。


「がっ……」

『ヒロアキ選手の不意打ちは、失敗してしまいましたぁ。ポータ選手の激しい反撃でぇ、かなぁりピンチですよぉ』

「いっけぇ!叩き切れ!」

「キャー!ポータさんカッコいい!」

「兵士の兄ちゃんやっちまえぇ!」


 鈍い痛みが全身を襲う。息は詰まるし背中が熱い。

 背中に防具付けてないからな、どうやら裂けちまったらしい。


「でやあああああああああああ!!」


 岩壁に跳ね返されて蹲る俺に、ポータは容赦なく追撃を加える。剣を大きく振りかざし、真っすぐに切り下ろしてくる。

 とどめの一撃という奴だ。

 まずい、避けないと。


「ッ……!」


 だめだ、体が動かない。

 ダメだ、これは。

 体が痺れて――


 ポータが振り下ろす銀色の刃がスローモーションになって迫りくる。

 またこの感覚だ。世界から俺だけ切り離されたような、この感覚。これで四度目だ。

 多分、走馬灯って奴。

 そっか、また死んじまうのか。

 ってことは負けだよな。

 これで今日から一文無しだな。でも、まだ売れるものはいくらでもあるし、大丈夫だよな。

 くそ、今日も飯抜きかなぁ。そいつは流石に死んじまうよ。

 あっ、そっか。蘇生代も無いんじゃどのみちこのまま死ぬのか。

 笑えねー。

 あいつ、これからどうすんのかな。

 折角助けて貰ったのに、なにも返してやれなかった。それどころか、寧ろ迷惑掛けちまって。

 そのまま死んで、そんでさようならって、あんまりだよな。

 借金返せなくて夜逃げするみたいだ。

 あーあ、腹減ったなぁ。

 やっぱ飯抜きがまずかったんじゃねえのか?

 ちくしょう、喰いたかったな、あの焼き飯。

 死ぬ前に、一度でいいからさ。


『大丈夫さ。キミは勝てるよ』


 チッ。

 何の根拠があってあんなこと言ったんだよ。

 一体どうしたら勝てるってんだよ。

 くそっ。

 どうしても諦められない。負けたくない。ここで死にたくない。

 普段だったらとっくに勝負を諦めている所なのに、どうにかして体を動かそうと必死になってしまう。

 痛いのに、苦しいのに、立ち上がろうと必死でいる自分がいる。

 負けるのが悔しいからか?

 痛いのが嫌だからか?

 アルトに申し訳が無いからか?

 ちげぇな、そうじゃない。

 もっと短絡的な何かが、腹の底からぐうぅと音を立てて込み上げてくる。


 死ぬ前に――。

 死ぬ前に一度でいいからどうしても。


『試合が終わったら昨日の焼き飯を食べに行こうか』


 ああそうだ、焼き飯。あの旨そうな焼き飯。

 はっ、そっか。飯が食べたいからか。

 たらふく上手い飯が食べたいからか。

 あの焼き飯を、勝って、思う存分に――。


「ショットォオオオオ!!!」


 地面を握っていた左手を光が包み、弾ける。衝撃に俺の体は吹き飛ばされ、後方へ激しく転がった。

 同時に爆発が地面を抉り、土煙が辺りを包む。

 口の中に砂が入ってじゃりじゃりする。

 体中擦り傷だらけだ。


 あぁ、全身が痛い。死ぬほど痛い。

 でも不思議だよな、さっきはもう動けないと思ってたのに、ちゃんと立ち上がれる。

 だってのにポータの姿が見えない。土煙に隠れてやがる。

 でもそれは向こうも同じだ。

 早く見つけるんだ、相手より先に。

 銃は二発使い切った、叩きこむんだ、剣を!


「くっ、前が……」


 土煙の奥から聞こえてくるうめき声。

 ポータだ、近くにいる。

 耳を澄ませろ。目を凝らせ。


 やがて土煙が薄れてくると、声のした方に、ぼんやりと金色の何かが浮かんだ。

 見つけた!金髪頭!

 切り伏せる、切り伏せて、勝利を掴む!

 そんで旨い飯を食う!


「はああああああああああああ!!!!!」

「ヒロアキさん!?くそっ」


 闇雲に切りつけた短剣はいともたやすく受け止められる。流石に訓練されている。

 それでも!

 黒い短剣と鋼色の直剣がじりじりと擦り合わされ、力任せに押し合う。

 さっきは避けた競り合いも、今度は退かずに押していく!


「お前も反射神経がいいじゃないか!」

「どうも!ってなんか目の色変わってません!?」

「さあな!腹が減ってるからじゃねえのか?」

「意味が、分かりません!」

「ぐあっ」


 ポータが剣を振り払い、力負けした俺は押し飛ばされる。

 数メートル飛ばされたがなんとか踏ん張って立ち止まる。

 やっぱり、力じゃ向こうが上か。

 それなら!


 踏ん張った足にいっぱいの力を込めて飛び出す。それと同時に金髪頭を狙って短剣を投げつける。


「ポータァ!」

「なっ!剣を投げ……」


 剣を投げられるとは思っていなかったようで、ポータの守りは間に合わない。

 たださっきのがある。俺の銃撃を躱したあれが。

 俺の魔術を躱せた理由は分からない。また避けられるかも分からない。でも、避け無ければそれまでだし、避けられればそれでいい。

 回避するのが分かっているなら、わざと避けさせて合わせるだけだ!


「だらぁああああああああああ!!!」


 俺は一気にポータへと詰め寄った。剣が僅かに先にポータへと到達する。

 その剣先がポータの額に突き刺さろうかという瞬間――

 躱した、さっきと一緒だ。

 首だけを動かして、頭がブレてそれで躱した。

 その動きは確かに俺の目じゃ追えないさ、でも行く場所が分かっていればそんなこと関係ない。

 左肩寄りに投げた剣を躱すには、右に首を傾けるしかないよな!

 ポータは投げた短剣に怯みながらも、半ば反射的に剣を振るおうとする。それを空いた右手で刃を握り、無理矢理に押し止める。

 右手から血が出る。一気に吹き零れる。力を込めれば込めるほど傷が深まり痛みが増す。

 それがどうした!

 痛みなんか知るか!血ならくれてやる!

 この一瞬のスキに、この左拳をポータの頭に叩きこむ!

 叩き込んで、飯を食う!


「らあぁ!」

「ぶっ」


 ポータの右頬に俺の左拳が抉りこむ。

 剣を回避した分の勢いも合わさって、相当良いのが入った。

 ポータの体はよろめき、握っていた剣を落とす。

 俺はすかさず身体を当てて押し倒した。

 かなり効いたのか、ポータは若干虚ろな目をしている。

 そりゃそうだ、本気の一撃をノーガードの顔面に、利き手(・・・)で放ったんだからな。


 両ひざで脇を抑え、胸に体重を掛ける。

 それで逃がさないよう血まみれの右手でポータの顔を抑えつければ完璧なマウントポジションの出来上がりだ。


『土煙の中でぇ、何があったのでしょうねぇ。防戦一方だったぁヒロアキ選手が覆いかぶさる形でマウントポジションを取っていますぅ。形勢逆転ですねぇ』

「だああああ、何やってんだポータぁ!おめえに賭けてんのによぉ!」

「っしゃああああああ!おめえに賭けてみてよかったぜ!やっちまえぇ、蜥蜴の餌ぁ!」

「立ちやがれ兵士の坊ちゃんよぉ!根性みせろぉ!」


 漸く辺りを覆っていた土煙が晴れ、視界が開ける。

 観客席は困惑と喧騒で埋め尽くされ、どいつもこいつもしっちゃかめっちゃかだ。

 そんな中ただ一人、俺の目に、見知った顔が映った。

 その少女は俺の視線に気づくと、いたずらの成功した子供のように、実に楽しそうに笑って親指を突き出してきた。

 俺には分かる、あの親指はグッドの意味じゃねえ。

 アルトは親指を突き出したままの拳を一度空へ掲げると、急速落下の勢いで振り下ろす。

 突き出した親指を下へ向けて。


「了解だ、バカオーナー!!!」


 ポータの上に跨った状態で左手を振り上げる。

 そして、整った顔面目掛けて、思いっきり振り下ろす!


「あ、わあぁ、やめてくださいヒロアぶぼべっ!」


 気を取り戻したポータは早口にそう懇願したもののもう遅く、俺の左拳が真っすぐにポータの顔に突き立てられた。


「悪いな……オーナー命令なんだ」


 とどめの一撃が入り、ポータは完全に白目を剥いて動かなくなった。


『ポータ選手、気絶してしまいましたぁ。よって、勝者ヒロアキ選手ですぅ』

「「「ォオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」

「蜥蜴の餌がやりやがった!」

「嘘だろぉっ!?今年一の期待の新人を最弱と噂されていた蜥蜴の餌が倒しちまうなんて!」

「今日は大荒れだぁ!かああぁ飲んでねえとやってらんねえな!」


 はは、すげぇ歓声だ。その殆どは嘆きの声だけど。

 随分人気が偏ってみたいだな。ははっ、そいつは気分がいい。見返してやったんだからさ。

 それでも、なぜか殆どの人間が笑っていた。酒を片手に大声を上げて笑っていた。

 彼らにとって、どっちが勝ってもいい酒の肴なのかも知れないな。


「おらぁ!蜥蜴の餌、なんかねえのか!」

「呆けてんなよ!」

「なんだぁ、締まらねえ奴だな!俺の一月分の小遣い奪ってったんだからしゃんと締めやがれ!」


 観客たちは視線を一点に浴びせ、口々に俺を呼んだ。

 ああ、忘れてた。これはパフォーマンスなんだ。だったらなんか締めないとなんだけど、くそ、思いつかねえな。

 って、考えてどうするんだ。こういうのは感じたままに動くんだろ!


「よっしゃああああああああああああああああああああ!!!!!」

「「「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 立ち上がって左拳を突き上げ、声の限り叫んだ。

 その声を掻き消すほどの歓声が上がった。

 ははっ、勝つってこんなに気持ちいいんだな。

 ついつい気持ちよくなって、観客にガッツポーズでアピールをしてしまう。


『ヒロアキ選手、初勝利、おめでとうございますぅ。その栄誉を称え、賞金が用意されていますので、後程お受け取りくださぁい。当たり券の方はぁ五分後に鐘が鳴りますのでぇ、鐘が鳴りましたらぁ、窓口でお手続きの上、配当をお受け取りくださいねぇ~。それと、ポータ選手を治療室に運ぶみたいなのでぇ、ヒロアキ選手は足をどけてあげてくださいねぇ~』


 アイランの声を聞いて足元を見ると、いつの間にかポータの胸を踏みつけていた。これは失敬。ポータは絶賛泡を吹いている所だった。


 足をどけてやると、片足立ちになったせいかふらふらっと……あれ、ちょっと、真っすぐに立てな――


『あらぁ……。もう一台、担架追加してくださ~い』


 勝利の余韻と血汗の香り、そして観客たちの笑い声に包まれる中、俺は気持ちいいくらいに気を失ったのだった。






次話で書き貯めが終わります。

遅筆ですので更新はゆっくりになります。


あと、この話二回投稿ミスして遅れました。(笑)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ