Thank you everyone
―――10年前―――
「ダメ…もう無理……」
もう限界だった。
耳を塞ぐ。車とか電車とかの騒音だと分かっているのに襲われると思って怯えてしまう。
夏奈の…周りは敵。見方は誰一人としていない。勿論、親も。
24時間365日夏奈の周りには敵が潜んでいる。
たった1年で小さな時計の秒針の動く音ですらビクリと反応すると同時に恐怖に襲われてしまい。それがもう常時絶え間なく続いて何年経ったんだろう。
騒音がどんどんと騒がしくなっていく。
やめて…
もうやめて…
もうやめて……
もうやめて………
もう―――
「限界…」
そう呟いた時
「どうしたの?」
「っっっっっ!!!?」
私の目のまえには小学生ぐらいの男の子がいた。
……………人が……いた…。
殺される。そう思った。
「お姉ちゃんどうしたの?なんか悲しんでる顔してるよ。」
「う……うんうん。大丈夫だよ。」
無理矢理笑顔を作った。笑顔。正直作り方が分からない。高校に入ってから結構集合写真とか撮られたが、夏奈の笑顔の写真なんか1つも残っていない。もしかしたら笑顔なんて作れてないのかもしれない。
一つ気づいたことがあった。こんなの夏奈が言えるはずがないが。
おそるおそる声を掛けてみる。
「なんで…学校に行ってないの?」
「行きたくないから。……そう言ってるお姉ちゃんこそなんで行ってないの?」「夏奈も…行きたくないから。」
理由がなんとなく同じだったが、思い出しただけでも吐き気と頭痛がする。
「僕は学校行った振りしていつもこの公園に来て1人で遊んでいるんだ。お姉ちゃんも制服と鞄持ってるみたいだからそうだよね。」
図星だった。
「そう。まあ―――」
「『まあ親にはバレてるだろうけどね。』でしょ。」
「何で分かるの。」
「お姉ちゃん、僕と同じこと考えてると思っただけだよ。」
「……」
その後一方的に少年のペースに乗せられた。
「お姉ちゃんさ、多分虐めとか何か嫌なことがあるからここに来てるんでしょ?僕も同じ。だからさ―――」
「ここだけでいいから友達にならない?」
「…」
意外な言葉だった。
…でも別に友達になる気にはならなかったのでここは断ろう。
「私は--」
「僕は天城悠。お姉ちゃんは?」
どうやら私は友達にならないという選択はないらしい。というか強制的になるらしい。
「………や。」
「な?」
「……香夜。」
「かなね。分かった!」
「あっ、私は香夜だって。」
「1回聞けばわかるよ夏奈。」
夏奈だって…。
数秒だけ沈黙して「お姉ちゃん」と声をかけられた。
当然私は驚いた。
「な、何?」
「昼ごはんって食べたの?」
そういえばもう午後2時過ぎとはいえまだ食べてない気がする
「そんなのあんたには関係ないでしょ!」
私は強く突き放した。
「じゃあさ、そこの売店で何か食べようよ!そこにある美味しいお店も知ってるし、お金も少しくらいなら持ってるし、」
突き放すことも試したのにダメだった。ほかに何か手立てはない気がする。諦めが悪いやつだ。
……付き合うか。
私は渋々と付き合うことにした。
白熱球の電球がいくつか付いた売店。中は意外と明るかった。
お弁当も売ってるみたいだが意外と高い…。安くても千円札でお釣りが出るぐらい。ワンコインじゃ買えない。
とりあえず鮭と天ぷら定食なる物を頼んだ。すぐにやってきてネズミ色の付出皿に大きな鮭と大きな海老の天ぷらが2本。そして定食っぽく味噌汁、ご飯、漬物がついてきた。
これで1200円。を2人分。高い。
そしてこの子、意外と食べる子で、しかも私より早く食べ終わった。私が食べるの遅いのか、それともこの少年が早いのか…。
そしてお会計をするとき少年がお財布からお金を出そうとしていたので「いいよ。私が払うから」といって2人分出した。
流石にまだ小学生に大人でも躊躇したくなるような高いお金は出してほしくなかった。
「ありがとう。夏奈姉ちゃん。」
もういいよ。夏奈で。
「私、そろそろ帰らなきゃ。」
下校時間と被ってしまう。私にとっては本当に脅威だ。
「僕送るよ。」
「あ、いいよ。ありがたいけど私電車だから。」
そう言って少年を止めた。実際電車で通学…というか通学しているふりをしているのは間違いではないのだから。
そう言ってあの少年と別れた。
あの少年。なんかいい感じなのかな?
ちょっと私はその…確か…悠って言ってたっけ?打ち解けられるかな?
いや、そんなわけないか。
そんなことを自問自答しながら私は足早に家へと戻った。
翌日。
いつものように満員電車に乗る。
今日こそは行かなきゃ…。今日こそは行かなきゃ…。今日こそは行かなきゃ…。今日こそは行かなきゃ…。
そう呪文のように電車の中で呟いていた。
今日こそは行かなきゃ…。今日こそは行かなきゃ…。今日…うっ
もうすぐ学校の最寄り駅というところで急に吐き気が来た。
ドアが開き、私は飛び出すと一目散にトイレへと駆け込んだ。
「うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――。」
とにかく吐いた。自らの体が拒絶反応を起こしているように感じた。
また今日もどうせいじめられる。明日も、明後日も、明々後日も…。
吐いても吐いても止まらなかった。
1時間は経ったのか…少し落ち着いたところで私はトイレを出て改札を出た。
フラフラとふらつきながら学校へ向かおうとする。
ショートカットできる公園へと向かった。昨日少年と会った公園だ。
一刻でも早く学校に…うぷっ
そして公衆トイレで吐いた。
ハァ………ハァ………
もう無理…。
少し、そこのベンチで横になろう…。
一秒でも早くいかないといけないのは分かっている。でもすごい吐き気だった。1回横にならないと体が持たない。
私はベンチに横になって陽に当たる中少しの間目を閉じた。
ん…んんっ
「あ、おはよう。夏奈お姉ちゃん。」
私は飛び起きた。
「なんだ。昨日の少年か。驚かさないでよ。」
「いや、ずっとここにいたよ。僕。」
「いつから。」
「1時間前から。」
1時間!?
腕時計を見ると時刻は正午を回っていた。完全に寝すぎた。
「顔色、凄く悪かったよ。大丈夫?それにうなされてたし。」
あ、うん……。
そういえばなんか悪夢を見ていたな。まあ寝る度に悪夢を見てしまうのだが。
「お姉ちゃん。昨日はありがとう。これ、コンビニのだけど、お返しのドーナツ。」
といって牛乳ドーナツと書かれた包装袋に小さなドーナツがいっぱい入ったものを渡された。
未開封らしいのでまあ後で食べておこう。
「あとね、僕サンドイッチとおにぎり作ってきたんだ。」
そう言って包みからハムやレタスのサンドイッチと4つのおにぎりを出した。どちらともラップで包まれている。
「そこで食べよ!」
そう言って少年が指さしたのは小さな家の形をしたものだった。屋根には赤いペンキが塗られていて、高さは大体私より少し高かった。
小さな子供用に作られた家は少年には余裕があったものの私には頭が天井すれすれなほどの小ささだった。
「いただきます!」
「いただきます。」
そう言って包まれたハムのサンドイッチを食べた。
「ん、美味しい。」
恐らくこの少年が作ったであろうサンドイッチはハムとこのパンがとても良くマッチしていて、こんなに美味しいサンドイッチは初めて食べた。
「ありがとう。」
「あ、やっと笑ってくれた。」
「え、」
うそ、私、笑ってた?
私も流石に驚いた。自分が笑っている姿が想像できなかった。
「笑ってた?」
「うん笑ってたよ。それに頭も。」
「え、」
言われて気が付いた。少年の頭の上に手を乗せていた。
「よかった。笑えない子なのかなって思ってた。」
私、笑えない子だった。しかしこの子はたった2日で私を笑わせてくれたみたいだった。
「夏奈お姉ちゃん。笑うととても可愛いね。」
その言葉を聞いて思わず私は涙を溢してしまった。
その言葉を機に悠と私の仲は急速に縮まった。
一緒に遊んで、
一緒に食事をして、
時には急に降ってきた雨をしのぐためにあの小さな家に入ったりした。
そして3ヶ月後の5月―――
私はちょっと奮発して裕君が知っている美味しいお店に行こうという話になって正午過ぎに向かっていた。
悠君と葉桜になった木によるマイナスイオンを浴びて涼しく、心地よい中公園を出た。
出た瞬間にジリジリと一気に太陽の光が差し込み蒸し暑くなった。
「カレーかぁ。楽しみだなぁ。」
「週末のお昼は行列が出来るんだって。」
「へぇ~。」
それはとても楽しみだなぁ。これは行列が出来ていたとしても実際に食べてみたい。
そう妄想に使っていると後方からドガン!と何かが爆発したような音が聞こえた。
振り返ると白い車がこっちに向かって猛スピードで歩道に向かっていた。しかも真正面には悠君がいた。私は勿論。悠君も車に撥ねられて私は助かっても悠君は死んでしまうかもしれない。
考えるよりも体が動いた。
私は思いっきり悠君を突き飛ばしていた。
その瞬間体にとてつもなく大きな衝撃が走った。
悲鳴が上がった。
なんか意識が朦朧としてきた。
「お姉ちゃん!!夏奈お姉ちゃん!!!」
朦朧とした中悠君の声だけが聞こえていた。
「あぁ…悠…君……。怪我………ない………………。」
「うん。でも夏奈お姉ちゃんが!」
「私は…大丈夫だから……。何も…なくて…………よかっ………………………た。」
そこから先は私の記憶は全くない―――。




