第三章 その2
空間は無音に包まれていた。
その無音空間にカリカリとシャープペンを走らせる小さな音が響いていた。
日は山に隠れたし、とっくに夕焼けチャイムも鳴った。
「はい。そこまで。ペン置いて。」
カタン。とシャープペンを置く。
そして速攻で丸付けをしていく。
サッ、サッ、と素早く付ける。受験対策勉強を始めた時に買った赤の油性ペンだが、インクが無くなりかけているのか、とても薄かった。
もうノートも何冊目だろうか。最初は無理とか言っていた気がするがそれでもできてるんだ。正直自分自身がすごいと思った。
「数学の丸の数が前より多くなっている。」
僕の点数をみて川内さんが呟いだ。
「言ったでしょ。中々上がらずに最後の最後に急にドガーンと上がることがあるって。」
そういえばそんなこと言っていたな。
残り11日で急に上がるというのは事実であった。受験経験者は違うんだな。
でも…志望校までの偏差値はまだ届いていなかった。
「あ、今何時?」
「18時半だね。」
「え、もうそんな時間。ここ閉まるの19時だよな。切り上げるか。」
「あ!夏奈ちゃん提案がありまーす!」
「ん?何?」
「ファミレス行きましょう!」
………。
「夏奈。ファミレスで何か食べるつもりかい?」
「それ以外に何の目的があるんですか?」
………。
「よく考えろ。夏奈。もしお前がファミレスで食べることになると僕達には見えていても普通の一般客からは見えないんだからボルダーガイストだ言って大騒ぎ大混乱だ。」
「そっか。じゃあさ――」
なんで来ちゃったかなー。先客がいなければいいな。
そこは雪がいる喫茶店。川内さんからすれば始めての場所だ。
カランカラン
「いらっしゃい――」
マスターが出迎えてくれた。
「おや、見たことない子がいるね。」
「こんにちは。」
「雪。呼ぼうか?」
「あ、どちらでもどうぞ。」
そういうとマスターは奥に入って少ししたら雪を連れてきた。
「あ、こんばんは!夏奈さんと天城さんと…誰?」
「川内葵ちゃん。悠くんの友達でもあり。夏奈の友達。普通に葵ちゃんで大丈夫だよ。」
そう夏奈ちゃんが答える。
…もうこの3人の主導権は夏奈が持っている状態にしか見えない。
上機嫌な香奈と後に付いていく自分。そしておどろおどろに川内さんが付いてきて各自カウンター席に座った。
「雪ちゃん。いつものメニュー今日は3つよろしく♪」
夏奈は僕にも川内さんにもどれがいいかを聞かずに注文した。
やはりこの3人の主導権は香奈が持っていると推測する。
…いや、推測するまででもないか。『確定』か。
そしていつものメニューが3つ注文通りに出るや否や、雪が「ねーねーねー。」と僕に話しかけてきた。
「───?」
「葵さんとはどういう関係?」
ブフォォォォォッ!!!!!!
急なことで思わずコ-ヒーを吹き出し、咽せてしまった。
「ただのぉ。友達以上恋愛以下ですけどぉ。いわゆる親友ですがぁ。」
「思いっきり照れてますよ。」
「照れてね-し!」
照れてないし…。
お隣さんは…
──なんかめっちゃ顔真っ赤なんですけど。耳まで凄い真っ赤なんですけど。
「でーでーで。実際本当はどうなんですか?」
雪がどんどんと攻めてくる。
「いや、本当にただの親友なんだって。」
じー。
雪さんから強い視線を食らう。
「…………なんだ本当なんだ。つまんないのー。」
なんでだよ!と思わず心の中で突っ込んでしまった。
「でもこれ。コンビニで挽くコーヒーよりずっと美味しい。」
「ありがとう。ここのオリジナルブレンドは世界各地から激選されたコーヒー豆をマスターが丁寧に混ぜ合わせているから美味しいんだよ。」
「そうなんですね。」
「葵ちゃん。このコーヒー気に入ってくれたみたいですね。」
夏奈が僕の耳元でこっそりと囁いた。
「ありがとうございます。美味しかったです。」
「ありがとうございます。」
僕達が食べ終わるとお金を払い、川内さんが一言付け加えて店を出た。
「美味しかったー。また来たいな。いいよね。」
「ああ。別に僕は構わないが。夏奈は大丈夫だよね。」
そう聞くと夏奈はにっこりと笑みを浮かべて見せた。
「だそうだ。ところで時間大丈夫か?」
喫茶店に行くまでの電車の待ち時間プラス所要時間でどうしても時間がかかり、喫茶店を出た時刻はもうすぐ9時半を指そうとしていた。
「大丈夫。今だったら特別急行があるから。それに乗れば10時前には駅に着くよ。」
よかったな。ここが大きな駅で。普通なら9駅のところを特別急行なら1駅で着くじゃん。だいたい10分ぐらいだ。
「じゃあ。夜遅いから気をつけてね。」
「うん。天城くんも気をつけて。」
そう言ってその場解散になった。
「なあ──。」
「大丈夫ですよ。悠くんは絶対に勝てますよ。ここまで頑張ったんですから。」
……。
先読みされた。
「はぁ…。3年一緒に同居してみた結果、僕が思っていることを先読みするまでに仲が深まってしまったのか。」
「何ですが。私がいると不満みたいな言い方は…」
「不満だ。極めて不満である。」
「ひっど-い。香菜ちゃん傷つきました…。」
「───でも───ありがとう。」
僕は『ありがとう』という5文字にたくさんの思いを込めた。
夏奈は一瞬頭の上に『?』を浮かべた後理解したようでニコッと笑った。
「よし。帰るか。」
センター試験までもう少し。自分の成績のことが頭でいっぱいいっぱいだったが、残りの時間で出来ることをやるだけと思い、頑張ろうと改めて思った。




