第二章 その5
なんだろう。この空間。
なんだろう。この妙な感じ。
僕の部屋では人生では感じたことのない程の変な緊迫感があった。
僕の集中力はこれもあってか切れかけの糸1本で支えている状態だった。
パキッ――
シャープペンの芯が折れた。
それと同時に僕の糸もプチっと言う音をたてて切れた。
「あぁ~もう無理。」
「天城くん。頑張って集中力を続けさせて下さい。」
「川内さん。静寂空間が苦手な僕はこの静けさの中3時間以上も黙々と集中は出来ん。」
時計の時刻はたった今午後9時21分28秒を指した。
夏夜の提案で行われた勉強会兼お泊まり会。会場は当日親は出張。妹も全国大会でいないことから僕の部屋となった。
これが夏夜という名の『幽霊』によって強制的に決まった時、僕は夏夜を本気で殴りたくなった。
夏夜と一緒に寝るなんて毎日の事で馴れてしまったが、問題は川内さんだ。純粋で異性かつ同い年の女子が部屋が空いてないため同じ部屋で1晩を過ごす事になってしまった。
「あっ。あのさ。」
彼女が思い出したかのように口を開いた。
「そういえば、夕ご飯まだだよね―?」
「そういえば…。」
確かに夏夜が『8時頃に夕ご飯用意しますね。できたら呼びますからそれまで頑張ってください。』と言ってパタンとドアを閉めてから声すら聞こえていなかった。
「ちょっと見てくる。」
そう言って僕は部屋を出た。
「おーい。夏夜ー。」
1階のリビングはいつも通り綺麗なリビングであった。
(…台所か?)
そう思い、台所を覗いて見た。
しかし台所は食品一つ無く、逆にいつも以上に綺麗になっている気がした。
どこにいるんだ…。と思った時、微かにシャーという音が聞こえた。
(風呂場か…?)
そう思い脱衣場に入ると確実にシャーというシャワーの音が聞こえた。
「夏夜。いるのか。」
「この声は悠くんですか?ちょうどよかったです。固形石鹸が無くなってしまったので新しいのを欲しいんです。」
そう言われたので近くの引き出しを開ける。
「あのさ。もしかしたら夕飯ゆうはん忘れてないか?」
そう言いながら固形石鹸の箱を1つ取り出す。
「あっ…。ごめんなさい。」
やっぱり。
そう呟いて固形石鹸が入った袋をビリっと破き、ツルツルとした石鹸を手に取った。
そして浴室の扉を少しだけ開けて左手だけを浴室に伸ばし、それ以外は体を後ろ反らした。
スッと石鹸が抜ける。
左手を引き抜こうとしたら「ちょっと待って。そのまま静止しておいてください。排水口に詰まった髪の毛を入れた袋渡したいので」と言われた。
ピタッと動きを止めて約5秒。
ガッッ!
左手首を掴まれた。
そのまま掴まれた左手首が一気に引かれた。
「あ。」と言葉を漏らす自分。
頭で扉を開け、目の前の背景が遠くなっていく。左右の視界にタイルが見え、湯気ゆげが見え、そのまま――
ザッバーン
「ッッッッッッッッッッッッ!!!」
あああああっ!鼻にぃぃぃっっ!!
息出来ない。てか地味に熱い!!!
しかもなんか柔らかい何かが顔におもいっきり当たってる!というよりがっつり押し当てられている!!
ヤバい。このままだと窒息する。
手を上に伸ばし、とにかくもがいた。
バッザアアアン!!
「ブハァァァァァァ!!!!!!」
「ハァ…ハァ…――」
マジで…死ぬと…思った…。
「夏夜!!!!何する気だっ!!!これを18禁にする気かっ!!!!」
「悠くんちょっと何いってるかよく分からないですけど…。」
「痛い…鼻に水が――。」
「それでそれで、女の子の入ったお湯のお味はいかがですか?」
「ふざけるなっっっっっっっ!!!!!!」
「え、男性は女性と一緒にお風呂に入るのが好きだと聞い――」
「間違ってはないがな、僕は嫌なんだ。」
「変わった人もいるんですね。」
こんな普通のことが何で変わった人扱いされるんだろうか…。というかこれで変わった人扱いされてたまるかっ!!!
「あ、悠くん。はい。これ排水溝に詰まった髪。」
そう言って口が結ばれた黒い袋を渡された。
乱暴に受け取り、さっさと浴室を出ると川内さんが全身びしょ濡れの僕を見るなりきょとんとした目で立っていた。
「悲鳴が聞こえたけど……というか、大丈夫?」
僕は無言でその場を後にした。
「はい。どうぞ。」
そう言ってドンッと机の上に置かれた夕飯。
「わ……カロリー高そう。」
そう川内さんがボソリと口にした。
全く同じようなことを僕も思った。
それもそのはず。割烹着を着た夏夜が持ってきたのはステーキにじゃがバター。サラダが付いてどんぶりに盛られたお米の上に豚肉の生姜焼き。
肉!肉!!肉!!!のオンパレードであった。どうして肉のオンパレードにしちゃったかなあ。
まあ、サラダが付いているだけまだましだろう。
「いただきまーす♪」
「「い…いただきます……。」」
「美味しいーっ」と言う夏夜に対し2人も一口食べてみる。
ステーキの肉汁が口の中全体に広がる。
思わず「美味しい。」と声を漏らす。
川内さんもカロリーのことなんか忘れて口の中に運んでいた。
これはご飯が進むな。
カロリーが高い肉なのにすぐに食べ終えてしまった僕達だが、時間はあと20分とちょっとで日付が変わろうとしていた。完璧夜食であった。
川内さんは我に返ったのだろう。顔が半分死んでいる。
「ところで悠くん。もう寝た方がいいですよね。」
「え、何でだ。2時ぐらいまでやるよて…」
そこで僕は思い出した。2時ぐらいまでできない理由が。
1つは川内さんがいること
もう1つは――
「文化祭だ――。」
明日文化祭準備のためいつもより早く出なくてはいけないことを。
それだけならまだしも、仕切りもしなくてはいけないので一番に教室に入らないといけない。
完全に忘れてた。
「川内さん。先どうぞ。」
「いやいや、先いいよ。私長いから。」
「いや、僕も長いし。」
「先どうぞ。」
「いや、どうぞ先に。」
「…」
「…」
「「じゃんけんぽん!」」
すぅぅぅぅぅぅーーーーー
はぁぁぁぁぁぁーーーーー
僕はじっくりと42℃というアツアツの湯船に浸かっている。本当さっきは熱かった。
しかし、同じシャンプーや石鹸を使っているのにも関わらず川内さんが入ったお風呂というと全く違う匂いがする。それに学年一美人と言われているんだ。特別&ハピネスな気持ちだった。
そんなちょっとした(素晴らしき)世界をいつもより長く温まりながら体験した。
少しのぼせてお風呂から惜しみなく上がり、服を着て自室に入るとベッドですーすーと寝ていた。
「『ベットに入って先に寝てていいよ』と伝えておきましたよ。」
「僕が言いたかったことをちゃんと伝えてるとは。」
2年半同居させられている分の経験値とかが上がっているんだな。
「最初は遠慮してましたが、悠くんなら無理矢理でも寝かせると思うので、」
僕がやるであろう行動をちゃんとやっているとは。
2年半同居させられている分の経験値とかが上がっているんだな!関心。関心。
「さ、寝るからにはさっさと寝るよ。」
そう言って夏夜はカチッと電気を消した。




