「高い高い、塔の上」
わたしは籠の中のちいさな小鳥。
おーさまのお城の、高い塔の上に住んでいるの。
塔のお部屋はとっても狭くってきゅうくつ。
わたしと、おーさまが二人でいると、それだけでもうぎゅうぎゅう。
こんなところに閉じ込めるなんて、おーさまって意地悪だよね。
塔のお部屋には、小さな窓がひとつと、ベランダに続く小さな扉がひとつ。
塔の階段に通じる、鍵のかかった扉がひとつ。
お部屋の中には、わたしのベッドと小さな机。そしてちょっとした小物入れ。それだけ。
ベランダはちょっと立って、外を眺められる程度の小さなもの。
晴れた日は、街が見渡せてとってもいい眺めなの。
森でひとりで暮らしていた時には、毎日のごはんを見つけるのも大変だったけれど。
ここでは朝と夕方に、鍵のかかった扉についているさらに小さな扉から、おいしいご飯が届けられる。
自由はないけれど、寝て歌っているだけで生きていけるって、たぶん幸せなんだよね?
鍵のかかった扉を開けられるのは、おーさまだけ。
首から下げた、虹色の鍵だけが開けられるんだって。
おーさまはいつも、ノックもせずに部屋に入って来て、むすっとした顔で「歌え」っていうの。
おーさまって、つらいんだって。わたしの歌で、少しでも元気になってくれるといいな。
おーさまに会ったのは、森でわたしが死にかけていたとき。
長雨が続いて、食べられる木の実は全部地面に落ちてしまって。
食べる物を探してあちこちうろついていたわたしは、獣に襲われてあちこちをかじられた。
なんとか獣は追い払えたけど、身動きひとつできずに。
ああ、このまま死んじゃうのかな、って思ってた時に。
馬に乗ったおーさまが、通りかかったのだ。
鷹狩の帰り、だったんだって。
「狩に来て、手ぶらで帰るものあんまりだからな」って。
わたしのことを、まるで獲物のようにつまみあげて。拾い上げて。
傷は治してくれたけれど。
おーさまは、お城の塔の上に。わたしを閉じ込めたのだ。
閉じ込められたことには、ちょっと不満があったけど。
助けてもらった恩返しはしなくちゃいけない。
でも、わたしに何ができるかな?
そう思っていたら、おーさまが「お前はいい声をしているな」って言った。
だから、わたしは歌を歌った。
それから、二日と空けずに、おーさまがわたしの歌を聞きに来るようになったの。
おーさまが塔に来る日は、少し前にぬるま湯の入った桶が届けられるからわかる。
おーさまが来るから、少しでも身ぎれいにしておきなさいってことなんだよね、きっと。
水浴びができないのはちょっと不便だけど、お湯を使えるのはちょっと贅沢。
差し引きだと、おんなじなのかな。
いつもはもっと遅い時間に来るのに。
今日はまだわたしがご飯を食べているときに、おーさまがやってきた。
ごめんね、おーさま。すぐ食べちゃうからね。
わたしがパンをかじっていると、後ろに座って、おいしそうだなってわたしの耳をかじる意地悪なおーさま。
お腹減ってるならわたしのパンをあげるよ? だからわたしの耳はかじっちゃだめなの。
そう言ったら、「お前の方がうまそうだ」って笑うの。
確かに二の腕とか、ちょっとふっくらしてきたかもしれないけれど。
……それはきっと、運動不足なせいだと思うの。
あれ、もしかして、おーさま。わたしを太らせて食べるつもりなのかな?
手が無くなると困るけど、こんな狭い塔の部屋ではそんなに動かなくて済むし。
だから、おーさまがどうしてもっていうなら、あしの半分くらいまでなら食べていいよ?
そう言ったら、「冗談だ」っておーさまは不機嫌そうに笑った。
そんな無駄な献身はいらないんだって。
「だいたい、足を食ったら膝枕ができないだろう」
って、わたしのベッドの上で、わたしの膝を枕にしてごろん、って転がるおーさま。
子守唄を歌ってあげるね。
よく眠れるように。
晴れた日にはベランダに出る。
大きく伸びをして、羽を伸ばして、あーって、声を出して、お日様にこんにちわ。
高い塔の上だけど、たまには鳥がやってくる。
こっそり机にしまっておいて、固くなってしまったパンくずを目当てに。
パンくずを上げるから、代わりにキミの羽をちょうだい?
そう言ったら、色とりどりの羽を落としていった。
……集めてくっつけたら、空を飛べるかな?
ここしばらく、おーさまがやってこない。
忙しいのかな。
小物入れに入っていた針と糸で、ちくちくお裁縫。
よし、かんせー。
机の引き出しにしまっておく。
七日ぶりにやってきたおーさまは、すごく疲れた顔で、不機嫌な顔で。
眉の間にいっぱいしわを作っていた。
怒っているの?って聞いたら、ため息を吐いてわたしを睨み付けて。
「歌え」って。ただそれだけ言った。
だからわたしは、いっぱい歌った。
おーさまが笑えるように。
ゆっくり眠れるように。
わたしのお膝で目をつむっているおーさまの頭に、そっと乗せる。
鳥の羽を集めて作った、羽かんむり。
いつも乗せてる冠は、重そうだから、こっちにしよう?
そんなものいつも乗っけてるから、つかれちゃうんだよ?
そう言ったら。
……首を絞められた。
「お前も俺に、王の資格がないというのか」って。
すごい形相で。
苦しい。
視線で訴えたら、ようやく離してくれた。
難しい話は、わからないけど。
おーさまって、やっぱり、大変なんだね。
けほけほと、小さくむせながら、おーさまの頭をなでなで。
大丈夫、わたしが歌ってあげる。
子供をあやすように、優しく背中を抱いて。
かわいいおーさま。子供みたい。
「毎日お前の歌が聞けないのは残念だ」って、おーさまが帰って行ったあと。
やっぱり忙しいのかなって思った。
だから、塔に来ない日も、おーさまに聞こえるように歌おうと思った。
いつもおーさまが忍んでくる時間に、眠る前の時間に。
ベランダに出て、歌う。
おーさま、聞こえる?
わたしの歌で、ゆっくり眠れるといいな。
次におーさまが来たとき、わたしの歌聞こえた?って聞いたら。
聞こえるわけがないだろうばか、っておーさまが笑った。
じゃあ、もっとがんばろうって思った。
発声練習をして、腹筋を鍛えて、あー、あー、あー。
あー、あー、と声を出して、もう一度調子を確認する。
今日こそは、おーさまに聞こえるように。
がんばってうたうよ!
……がんばったら、おーさまに目立つことをするなって怒られた。
なんで塔の上に住まわせていると思っているんだって。
わたしを塔に閉じ込めたのは、目立たせないためなの?
あと、わたしの歌、ちゃんとおーさまに聞こえたみたい。
塔の歌姫って呼ばれてるんだって、わたし。
歌姫なんて、ちょっと恥ずかしいね、っておーさまに言ったら。
おでこをごちんと小突かれた。
「お前は俺だけの歌姫でいい」って。
口で口をふさがれた。
おーさま、おーさま?
口をふさがれると、わたし歌えないよ?
わたしの胸に顔をうずめて、おーさまは悲しそうに笑う。
「どこにもいかないでくれ」って、子供みたいに。甘えて。
……わたしをここに閉じ込めたのはおーさまなのにね。
わたしは、どこにもいかないよ?
おーさまは、よその国とけんかしてるんだって。
わたしは難しい話はよくわからないけど、みんな仲良くするのがいいよね。
そう言ったら、「そうだな」っておーさまは優しく微笑んだ。
――その日がたぶん、おーさまの顔を見た最後の日だったと思う。
おーさまが来ない。
おーさまだけじゃなくって、ごはんもやって来なくなった。
今日でもう、何日目だろう。
忙しくって、王様が何日も来ないことはあったけれど。
ご飯までやって来なくなるのはちょっと困った。
時々、外が騒がしい。
こんな高い塔の上まで騒ぎ声が聞こえて来るなんて。安眠妨害だよね。
おなかへった。
なけなしのパンくずをベランダにまく。
寄ってきた小鳥をながめながら。
ねえ、小鳥さん。あなたを食べてもいいかしら?
わたし、お肉ってあまり好きじゃないんだけど、背に腹は代えられないと思うんだ。
そう言ってにっこり微笑んだら。
パンくずごときで命をやれるかよ、って飛んで逃げてしまった。
……残念。
でも、パンくず分の義理は果たしてくれたみたい。
小さな木の実や、果実なんかを小鳥が持ってきてくれるようになった。
ありがとう。
これで、もうしばらくの間。おーさまを待っていられる。
――ある日。
ドカドカと重い足音が扉の向こう側から聞こえてきた。
「規定により、前王の遺言を告げる」
それは知らない男の人の声で。
ゆいごんって、何?って聞いたら、「死に際の言葉である」って言われた。
おーさま、死んじゃったってこと、なの?
「前王は、魔族に国を売り渡そうとした罪で、王弟陛下に断罪された」
何の話、なんだろう。難しい話はわたしよくわからないよ。
「前王の遺言である。”幼き翼よ、自由に生きろ”以上である」
あは、閉じ込めたのは、おーさまなのに。今さら自由に、なんて。
「しかし、貴様には前王の心を惑わした魔女の疑いがかかっている。貴様は法廷にて断罪されるだろう」
……。
おーさま。おーさま?
……もう、会えないの?
おーさましか持っていないはずの、虹色の鍵で、扉が開かれて。
腰に剣をぶら下げた男が二人、入ってこようとした。
「……こんな年端もいかない少女が、魔女だと?」
「前王は、こんな子供を愛妾にしていたのか?」
戸惑う二人は、大きな体格が邪魔をして、なかなか部屋に入って来られない。
だから、わたしは。
……おーさまがいなくなっちゃったんなら、もう、待つ必要はないよね。
ベランダに続く扉を開けて。
「何をする気だ、貴様ッ!?」
――飛び降りた。
ごうごうと耳を切る風の音。
ずっと塔に閉じ込められていたから、空を飛ぶのはずいぶんと久しぶりだった。
大きく、羽を伸ばして、はばたいて、上空を目指す。
「――魔物だったのかッ!?」
「あれは、サイレンかっ!?」
塔を横切る一瞬、さっきの兵隊さんたちが騒いでいるのが見えた。
空を目指す。雲を目指す。天を目指す。
おーさま、おーさま?
わたし、歌うよ。
お空の上まで、聞こえるかな?
おーさまの好きだった歌、全部歌ってあげる。
……歌い終わって、最後に地上を見たら。
おーさまが居た。
大きな台の上に。
――首だけになって。
ひどいよね。首だけになっちゃったら、もうご飯も食べられないのに。
だからわたしは、一気に地上まで降りた。
周りの全部を吹き飛ばして、おーさまを拾い上げる。
約束したから、一緒に居てあげるね。
「おーさま、もらっていくね?」
いちおう、周りに声をかけておく。どろぼうは良くないからね。
「王は私だッ。くそ、魔物だーっ! 殺せーっ!」
うるさいな。
なんとなく、顔だけはおーさまに似てる気がする、太った男の人がなにかわめいていたけれど。
ちょっと首をひねったら静かになった。
おーさまの安眠を妨害しちゃだめだよ。
飛んで、飛んで、かつて住んでいた森の中のねぐらを目指す。
幸い、誰にも取られてなかったみたい。
膝枕で子守唄。よく眠れるように、うたってあげる。
おやすみなさい、おーさま。