伝説の始まり
「うわああああ、すごいすごい、どれすがいっぱい」
千着以上あるんじゃないかな、これ。
大きな白いクローゼットには、カラフルなドレスや靴が大量にあった。
袖を通してない、新品にしか見えないものもある。
髪飾りやカバンも、数えきれないほどあった。
「うふふ、クリス様はキレイな黒髪ですから、何色のドレスも似合うでしょうね」
「メイドさん、おせじじょうず!」
「いいえ、クリス様はとても愛らしいですから」
「そんなことないよ!」
確かに前世に比べれば、だいぶ美形になったかもしれないけれど。
それでも仲間になる三人は、もっと美形だ。
「何色が好きですか? クリス様」
「私? ……ピンク」
昔からピンクが好きだったけれど、地味な自分に似合わないと思って、黒い服やベージュ、よくて紺色ばかり身に着けていた寂しい記憶がある。
でも私は今は別人だし、子供だし、素直に好きな色を身に着けても許されるよね!
隣ではリルが居心地よさそうに眠っていた。
きっとふかふかのじゅうたんが気持ちいいのだろう。
「ではピンクのパフスリーブのドレスにしましょうね。ゴムのウエストですから、動きやすいですよ」
「おおお」
私はメイドさんに淡いピンクのドレスを着せてもらった。ふわふわしていて、すごく着心地もいい感覚がする。それに大きなリボンが付いた赤い靴に、白いレースの靴下をはいた。それだけで終わりじゃない。
髪の毛をあ見込みのあるツインテールにして、可愛いピンクのリボンで飾り付けてくれた。胸元にはハートのキラキラしたピンクの宝石のついたネックレス。
「わーすごい! おひめさまみたいっ」
「王子様と結婚すれば、もっと素敵な格好ができますよ」
メイドは囁くように言った。
「すてきなかっこう……」
いけない、いけない。すごい釣られそうになった。
そんな時、扉を叩く音がした。
「ブルーノ、チェリー?」
「ああ」
「そうだよー」
私はメイドさんに扉を開けてもらう。
そこには貴族! って感じの白いフリルのシャツに、しっかりとしたべすとにパンツをそろえたふたりがいた。ふたりとも美形だから、育ちがよさそうに見える。
「チェリー坊とサイズがそんなに変わらないのが腹立つが」
「まあまあ、ブルーノお兄ちゃんは平均サイズだから、気にしなくていいよー」
うんうん、チェリーが大きいだけなんだから、ね。
「じゃあ、たんさくしようー」
「え、本当にやるの? チェリー」
「メイドさんもいっしょだから、だいじょうぶだよ。ね? メイドさん」
「ええ、付いてまいります」
なるほど。確かにお目付け役がいる分にはいいかな?
私は納得すると、そのままお城の中を歩きだす。
すると、気になる絵を見つけた。
「なにこれ」
「聖女様の絵でございます」
「私?」
「まだ見ぬ聖女様を、思い描いたものです」
そこには、黒髪黒目の妖艶な美女がいた。
白いベールのようなものをまとって、全裸だ。
もちろん全年齢な絵ではあるものの、なんだか恥ずかしい。
そこには、三人の手を伸ばす男性が。顔も、種族もわからない。
ただ手だけで男性とわかる、しっかりとした手。
「この伝説をずっと支えに、この国は過ごしてまいりました」
「…………」
私は、なんて言っていいかわからない。
「最近は、聖女様が生まれたことで、人間たちもおとなしいですが、すぐにまたうるさくなるでしょうね。生まれて数年たっても、何もこらないとなれば、意地悪は再開するに決まってます」
「え」
「あ、だからと言って、子供の聖女様がすぐに何かすべきではないのですよ」
「そうなの?」
「体が成熟していない今、動いてケガをされては困ります」
(私、役立たずじゃん)
『そんな事ない、いるだけで威嚇できるんだ』
リルの言葉に移動用に小さくなったリルを抱きしめる。
私は望みに望まれてここに来た。
でも、今の私は何もできないただの子供だ。
「私、つよくなる」
「聖女様」
「クリスちゃん、オレも強くなるよ」
「僕は元から強いけど」
「このくにを、へいわにしてみせる」
私が生まれ変わった意味を、果たして見せるんだ。
獣人も人間も、みんな一緒にニッコリ笑顔!
そんな未来を、私は思い描いていた。
**********
そうこうしているうちに数時間が立った。
「王子の名前が決まったらしいですよ」
「そうなの? メイドさん」
「ええ」
「なんて名前?」
「それはあちらで直接聞かれては」
そう言われて、私はお妃さまのいる部屋に向かう。
そこには嬉しそうな王様もそばにいた。うーん、やっぱりきれいな顔立ちしてるなあ。美男美女の息子である王子様も、大いに期待ができそう。
お妃さまの手には、金髪のかわいい男の子がちょこんと抱かれていた。
「だあっ」
「……か、かわいい」
私はよだれを垂れそうになった。小さな耳が動いてる、しっぽも動いてる。
抱きしめたらつぶれちゃいそうだよ。
「この子の名前は、ショートになりましたの。ショート・シュガーです」
なんてかわいい名前! なんか小柄だし、よく似合う。
「だあー」
なんか私にめっちゃ構ってほしそう。
だから私も伸ばされた手をそっと触る。
すると、きゃっきゃとショート王子は私の手を振り回した。
「こら、ショート」
「かわいい……」
「ショートは、クリス様がお気に召したようですわ」
「こんな弟欲しい……」
「いつでも、会いにいらしてください」
お妃さまの優しい言葉に、私はうんうん頷く。
かわいいかわいい子犬君に、毎日だって会いに来たいね!
「そしてぜひショートを未来の旦那に」
「まだそれは、私わかんないなあ」
「王子じゃ、不満ですか?」
お妃さまの目は本気だ。
「かたがきできめるのは、どうかとおもうし、なによりショート王子にすきなひとができるかもしれないです」
「なるほど、お優しいのですねクリス様は」
そういうわけじゃないんだけれど、やっぱ本当に好きな相手と結ばれて欲しいんだよね。それは他のふたりも同じ。聖女だからととらわれてほしくない。
「あーう」
ショート王子は私に甘えた目を向けてくる。
「なかよくしようね、ショート王子」
「あー」
生まれてすぐ結構あーあー喋れるあたりは、獣人だからなのか、そんなものなのか。
チェリーはほぼ何も話さなかったし、ひとりっ子の私には判断ができない。
「もうすぐパーティをしますから、夜のご飯はそれまで待ってくださいね」
お妃さまの言葉に、私達は頷いた。
**********
「ちょっと、チェリー、寝ちゃダメだって」
「ん……オレ寝てたー?」
「うん、王様のスピーチ中ずっと寝てた」
「えー……」
「だめだよ、ちゃんとしなきゃ。ブルーノはずっと真面目に聞いているし」
「さすがにブルーノお兄ちゃん!」
いや、ほめたたえている場合じゃないよね、真似しようね、チェリー。
私が苦笑いしていると食事の時間になった。案の定食べ物にがっつくチェリー。大きいだけあって、お腹が減る量も半端ない。
「チェリー、食べすぎはよくないよ」
「えー」
「あとで私が、残ったやつ持って帰らせてもらうように言うから」
「ほんとう?」
「私はとくべつあつかいだから、きっとだいじょうぶ」
「じゃあ、ガマンする」
「チェリーはいい子だね」
私は自ら撫でられに頭を下げてくるチェリーを撫でた。
チェリーはストレートに甘えてくれるので、よくなでるチャンスがある。
「まったくチェリー坊はお子様だな」
「うんーオレお子様―」
にこにこするチェリー。
「…………」
素直すぎて嫌味も通じないという。
ブルーノが舌打ちするのがわかった。
「そろそろダンスの時間だ」
「えっ、オレ踊れないよー」
「お前、伝説の仲間に生まれておいてその知識すらないのか」
「私も踊れないから、チェリーといっしょにジュースのんでるー」
「……僕の努力は一体……」
え? ブルーノ、なんか言った?
私とチェリーは邪魔にならないよう隅っこでジュースをチューチュー飲んでた。
ココナッツの入ったそれは、すごくおいしかった。
しかしだ。
「ねぇ、クリスちゃん」
「ん?」
「おしっこ、いきたい」
「どうしよう、おしろのなか、よくわかんないよ」
この状況で声を上げてもきっと誰も気が付かないよね。
仕方がないので、私はチェリーの手を握って外へ出て行く。
廊下はすごいがらんとしていて、聞けそうな相手もいなかった。
でも、こんな豪華な服を借りてる状態でおもらしはまずいだろうし、いくらぽやんとしているチェリーでも気にするんだろうなあ。
と、腕で寝ていたリルに気が付く。
そうだ! リルなら匂いでどこがトイレかわかるかも!
(リル! お願いっ。チェリーのためにトイレを探してあげて!)
『かまわない。まっすぐ行って、その先を突き当り左だ』
「チェリー、道がわかったよ! リルに聞いたの。ついてきて」
「! ありがとう、リル」
『かまわない。お安い御用だ』
「かまわないって!」
「本当に、ありがとう」
チェリーは半泣きだった。そして道を教えると、周りに人がいないのをいいことにも猛ダッシュでトイレに駆けこんでいった。さすが俊足。無事間に合ったらしく、数分後にこにこした表情で私の前に現れた。
「トイレまでキラキラしてたよー」
「え、うそ、すごいー」
『周りが心配するから、早く戻れ』
(はあいー、って、道わかんないかも)
『わたしの後をついて来い』
リルがくるりと背を向けてゆっくり歩きだす。
(ありがとう、リル)
『別に、わたしはお前のためにいる存在だからな』
(リル、大好き!)
『…………』
リル、照れてる? なんかフンッって鼻を鳴らしたけれど……。
ふわふわのしっぽが揺れてるけれど、これって喜んでいるのかな?
そのまま私達はリルを追っかけて部屋に戻った。
そこではまだダンスが続いており、私達が消えたことに気が付くものはいなかった。
なので、私達はまたのんびりおしゃべりしながら新しいジュースに手を付ける。
途中聖女と仲間になるものとして私達は皆の前で自己紹介を改めてさせられたけれど、一番カチンコチンなのがブルーノだったのは、なんだかおもしろかった。