王子、生まれる
あれから三年がたって、私とチェリーは三歳に、ブルーノは六歳になった。
「クリスちゃん、オレね、この前みんなとかけっこしたのー。そしたらね、そしたらね、いちばんだったんだよー」
「すごいねチェリー。チェリーは体が大きいし、運動神経もあるもんね」
チェリーはすくすくと育っていた。同年代で似たぐらいの体格のものはいない。ライオンやクマの子供のほうが小さいという、不思議な状態だ。
「その間延びしたあほのようなしゃべり方などうにかならないのか、チェリー」
「ブルーノお兄ちゃんー」
「言ったそばからっ」
カリカリしているブルーノを見ても、チェリーはのんびり笑うだけだ。
予想はしていたけれど、かなりおっとりした性格に育ったなあ。
『ブルーノもチェリーも、将来有望そうだな』
(ブルーノはぶっ飛んだぐらい頭がいいし、チェリーは物理的に強いもんね)
リルがもふもふの身体で私にすり寄ってくる。
それを、チェリーが嬉しそうにじゃれるように撫でた。リルは、チェリーの性格が好きらしく、かまわれても嫌な顔をしない。まあ、大人からしたらおっとりした子ってかわいいものだよね。生意気なブルーノもかわいいんだけどね。
「リル―おみず飲む? さっき川で汲んできたくみたてだよ」
「チェリーは優しいね。それ、自分のためにくんだんじゃないの?」
「いいの、オレはあしがはやいから、また汲みに行けるし」
「よかったね、リル」
『ああ、礼を言う』
「チェリーリルがありがとうって」
「わあい」
チェリーがぴょんぴょん跳ねている。白い毛がふわふわ揺れてかわいいー。
素直なところは、チェリーの長所だよね、
「そういえば、お妃様のこどもはどうなったんだ? もう生まれるんだろう」
ブルーノがため息をつきながら言った。
そう、もうすぐ王子が生まれるらしいのだ。占いでは、彼こそが最後のひとりらしいけれど、お姫様が生まれるってこともあり得るし、皆が緊張している。
きっと、そろそろなんだろうけれど、もし平民から生まれたらどうするんだろう?
最近は私もエイベルに、簡単な魔術の本を読んでもらっている。
適性があるかはまだ不明らしい。そもそもが、この年齢で本を理解しているブルーノがおかしいそうだ。だよね。
「さあー、わかんないけれど、ぶじうまれるといいよね」
そう言いながら、いつの間にか自分の水を取りに行っていたチェリーは本当に足が速い。
「みんなでみにいこうか」
「チェリー、おしろまではたしかに近いけれど、ダメだよ」
「チェリー坊、お前と違って僕達はそんなに足が速くないんだよ」
「えー、ブルーノお兄ちゃんは移動魔法使えないの? 賢者様なら使えるよー」
「……クリスのそばにいれば、僕達は能力が倍増するってしってたか、チェリー坊」
「そうなのー?」
私も初耳である。そんなハイスペックな能力があるなんて。
聖なる少女として、何があるかは私もまだわかってない。
幼すぎるから、あまり情報を与えないようにしてるんだろうなあ。
「本を読めば、誰でもわかることだ」
「オレ、もじよくわかんないし」
「私も」
「のんきなやつらだな……」
頭を抱えるブルーノ。
「まあ、城ぐらいならクリスがいれば、どうにかなるだろう」
「わあい、あかちゃんうまれるとこ、オレみてみたい」
「それはやめとけ、えぐいぞ」
「えっ、ブルーノお兄ちゃんみたことあるの?」
「知識だけな」
私も知識ではあるけれど、子供にはちょっと……。
と、言うことで、私達は産声が聞こえるのをお城のとある部屋の前で待つことにした。
**********
「転送魔法は、抱き合った人しか飛ばせない。ってわけで、リルにみんなしがみつけ」
「はーい」
元気な私とチェリーの声に、唸るリル。
本当に勝手に移動していいのかなあ。でも、ふたりのお父さんは両方お城の近くにすでにいるし、許可も取れない。
エイベルの家の外で、私達はくっつきあう。
「転送、開始!」
ぎゅん、という音がして視界がぶれる。
よく考えれば、ブルーノの魔法を使っている姿は初めて見る。
たぶんまだ練習中だからだろうけれど、そのせいかすこし酔いそうになった。
そして、気が付けばお城の大きな扉の前に私達はいた。
……んだけれど。
「! なんだお前らは!? って、クリス様達じゃないか」
警備の騎士達に当然バレるわけで。
よく考えればわかることなんだけれど、はしゃいでて考えに及ばなかった。
「どうしてここに? 賢者様と第一騎士団長を呼ぼう」
「えっと、それは」
私がアワアワしているとブルーノが割って入ってきた。
「僕達の仲間が生まれるかもしれないと聞いて、飛んできました」
物理的に飛んできたよね、たしかに。
「なるほど、でも、勝手に来るのはよくないな」
「すみません、けれどどうしても、仲間なきがして」
「オレも、なんかすごいそわそわするんだー」
また、チェリーは軽く飛んでいる。興奮すると彼って飛ぶんだよね。
やっぱりうさぎだなあ。
「まあ、神に選ばれし獣人は、きっと王子の事だろうからなあ……」
うんうん、と頷く騎士。
まあ、実際は誰だかわかんないんだけれどね。
まだ私も、誰が好きってわけでもないし。
それでもチェリーはにこにこして愛想を振りまき、ブルーノは真面目な顔をして扉を見つめていた。やっぱりふたりにとっては、私以上にもうひとりが気になるのかな?
大きな扉は、私達の力では絶対あかないような、重そうな感じがする。
たぶん、何かあった時に備えて、簡単には開かないようになってるのだろう。
そんな事を、私が考え込んでいた時だった。
はっきりと、産声がその場に聞こえた。
急に真顔になるチェリーに、率先して扉の前に行ったブルーノ。
「王子がお生まれになった」
騎士が扉を重そうに数人で開く。
その先には生まれたての子犬が、お妃さまの腕に抱かれてそこにいた。
胸には赤い宝石が埋め込まれている。
「僕らの仲間だな」
「やーっぱり?」
「ブルーノ! なんでここにいる!」
「チェリーも!」
ふたりの父親は、中にいた。多分ふたりの代わりに確認させるつもりだったんだろうな。
『揃ったか』
(そうみたいだね、リル)
『これからは、お前が相手を慎重に選ぶ時期だ』
(正直まだよくわかんない、自分が聖女だって自覚もない)
ふたりがこっぴどく怒られている中で、リルと私は心の会話を続ける。
『この三人の誰を選んだからダメになるってことはない。お前が選ぶ相手なら、きっとこの国を平和にするだろうからな』
(荷が重いよ)
『なあに、お前は動物が好きだろう、平穏も好きだろう。その気持ちだけでも十分だ』
(そういうものなの?)
『人間と獣人の気持ちが両方理解できるのは、お前だけだよ、クリス』
そうなのかなあ……。そう思っているときれいなお妃さまがこっちへおいでと私を呼んでいる。サラサラの甘いピンク色の髪に、ラベンダーの瞳。それに凹凸のはっきりした女性らしい体は、女の子ならみんながあこがれる理想に近いと思った。
出産直後なので、簡素な服装を着ているのに、それでも華やかさはすごい。
「おきさきさま、なんですか」
「ふふ、クリス様、貴女の仲間になる子供が生まれましたよ」
「クリスでいいです」
「クリス様」
「さま、いらないです」
「つけさせてください、クリス様」
(ええ……王族に様付けされるのは結構きついんだけれどなあ)
『聖女様よりましだろう』
お妃さまは、金色の毛にうっすら開いて見える水色の目をした子犬を私に見せた。
「かわいい……」
「あと数時間もすれば獣人になりますから、なでてあげてください」
「そんなにはやく!? チェリーはみっかかかったよ!?」
「よくおぼえてるね、オレと同じとしじゃん、クリスちゃん」
「賢者様に聞いたの!」
いけない! 私普通に意識ばっちりなのバレるところだった。
まあ、当時はさすがに触りたくても触れなかったんだけれどね。
赤子が赤子触るのは結構厳しい。
「数時間するまで三人はお城探索するといいわ。ねぇ、第一騎士団長」
「本当にすみません」
「いいえ、子供同士興味を持つのはいい事よ」
「おしろたんさくっ」
一番はしゃいだのはチェリーだ。ブルーノはなんだかんだで気になるのかそわそわしている。大人ぶらなくていいのに。
「まずはお城ですから、綺麗なお洋服を着せてあげましょうね。今の民服では、この後の誕生パーティでは浮いちゃいますし」
「お妃様、うちのバカブルーノ達のためにそんな。ああ、でもクリスにはいい服を」
あたふたするエイベルに、笑うお妃様。
「わたくしの昔のドレスがたくさんありますから、クリス様にはおしゃれさせてあげれますわ。ぜひ、一番のお気に入りをお持ち帰りになられてください」
「どれす!」
私は思わず目を輝かせる。
友人の結婚式すらない私は、ずっと縁のなかったものだ。
ワクワクした様子の私に、エイベルはどこか嬉しそう。
「クリスが喜ぶのなら、お願いします」
「チェリー、よかったね」
「うん、お父さんー」
チェリーも貴族の子供服が早く着てみたい様子。
「ではまた夜に、パーティをしますからそれまで着替えて探索してくださいね、クリス様」
とはいっても、ドレスでうろうろすると汚しそうで怖いんだけれど。
もらえるとは言っても、大切にしたいしね。まあ、お城は綺麗だろうけれど……綺麗な花がいっぱいある庭も、本当は顔を出したかったなあ。
バラだけじゃなく、季節の花々に、綺麗なちょうちょもいるし。
私達は男女にわかれ、別室へと運ばれていった。




