ふたりめの誕生
夜が近づいてくる。エイベルは王族に挨拶に行った。
その間の短時間は、ブルーノが私の相手をするらしい。
心底嫌そうに、私にミルクを与えている間も読書をしている。
こらっ、危ないってば。そう思って私はブルーノに手を伸ばして……ふわふわの耳を引っ張った。なにこれ、超もふもふ。気持ちいい。
「何をするんだ」
ブルーノは粗雑に私の手をどかす。
ちょっとー、私は赤ちゃんなんだけどっ。
「ほんとうにこれがせいじょさまとは、笑わせてくれる、ただの赤ちゃんじゃないか」
むしろ三歳児とは思えないその口ぶりのほうが、私は笑っちゃいそうだよ。
まあ、いわゆる天才児ってやつなんだろうなあ、彼は。
なんかいかにもIQ高そうな本を読んでいるし。
リルは今は眠っているので、おとなしい。
ムカッと来たので、私はおぎゃあと泣いてみる。
動揺したブルーノが本を落としてアワアワしだした。
「なんだ、なんだ!?」
「おぎゃあああああああ」
「なんで泣くんだ、ミルクはあげたぞ、おしめかっ」
え、ちょっと待って違う。
私は思わずブルーノを蹴飛ばした。
その結果、私を抱えたブルーノはひっくり返り……びっくりしたのか猫の姿に戻っていた。青い色の猫は、まるでぬいぐるみみたい。
大きな黄色の目も、ゼリーでできているかのようにキラキラしている。
「きゃっきゃっ」
私は思わずブルーノの体を触りまくる。うーん、気持ちいい!
ブルーノが涙目になっているのが見えたので、しばらくして手を止めた。
涙目になっているうさぎもかわいいけれど、子供をいじめちゃダメだよね。
いくら舌が回るとは言っても三歳児。
「あーあー」
私はブルーノの頭を撫でてあげた。垂直に立てているしっぽを見るに、どうやら嬉しいらしい。ああん、かわいいよ、かわいいよおおおお!
鼻血を出しそうな私を無視して、とろけそうな顔をするブルーノ。
そんな時、エイベルが息を切らせて帰ってきた。
「赤い宝石を胸に宿した赤子が生まれた……第一騎士団長の息子だっ」
「! 父さん、本当? それって、うさぎの団長の事?」
「そうだ、あの白い大柄なビット騎士団長に、子供ができたのは知ってただろう」
「うんまあ、僕だからね。やっぱ大きいの?」
「まあ、大柄な赤子だよ。生まれたてだから、今はうさぎの姿をしているがそのうち獣人の姿になるだろう」
(何それ、見たい! 生まれたてのうさぎさん!)
「あー! あー!」
私はせかすようにエイベルに向かって叫んだ。
しかし、よく考えてみれば、うさぎの赤ちゃん相手にはさすがに私は触れないのでは。あー悔しい。
「クリスも喜んでる」
「ふんっ、気まぐれに声をあげてるだけじゃないの」
「とりあえず、クリスをビット騎士団長の元へ連れて行こうか、ブルーノ」
「好きにすれば」
「お前も来るんだよ」
「えっ」
あ、本気で嫌そう。ブルーノはしぶしぶ本にしおりを挟んでエイベルの後をついて言った。エイベルは私を抱きかかえ、ゆっくり歩きだす。そしてリルを家に置いたまま、杖で魔方陣を描いて……飛んだ。
一瞬での出来事に、私、口をあんぐり。
目の前には、青い屋根の家が建っていた。
その家は、どこかざわざわしている、あっちこっちにいろいろな獣人が立っていて、私はすごく興奮した。そりゃ、子供が生まれればにぎやかにもなるか。
でもそこに、私が現れたものだから事態はさらに悪化する。
「あれが噂のクリス様……」
「賢者様に拾われたって本当だったんだ」
「黒髪黒目……」
めちゃくちゃ視線を感じるんだけれど!
思わず私は愛想を振りまく。
「笑った……微笑んでくださったぞ……!」
「ああ、クリス様……!」
ちょっと笑っただけなのに、感動の嵐だ。
それも獣人達だから、皆しっぽを動かしたりしてすごく愛らしい、
近寄ってくる獣人達を、触ったりすると彼らは泣き出す。
そんな状態に動揺していると、ビット騎士団長が現れた。
「これはこれは、クリス様……息子に会いに来てくださったんですね」
「だあっ」
「中にお入りください」
上品にほほ笑みビット騎士団長は、長い白い髪をみつあみで一つにまとめた美形の男性だった。でも、かなり大柄で筋肉質なのが服を着ていてもわかる。さすが騎士団長。
声もハスキーですごくかっこいい。
そして、案内された部屋には、大きなうさぎの赤ちゃんがいた。
確かに赤い宝石が胸元に埋まっている。
「あーあー!」
私は彼に向かって手を伸ばす。エイベルが察して、うさぎの赤ちゃんのそばまで近づけてくれた。そして私は彼を触ろうとしたんだけど……あれ? うさぎの赤ちゃんって毛がないんだ。
もふもふできないっ。
「あー……」
思わず泣く私。それを見てあたふたする周りの人々。
「お気に召しませんでしたか?」
ビット騎士団長が心配そうに尋ねた。
私は懸命に首を振って見せる。って言っても赤ん坊だから限界があるけれど。
「あう! あう!」
私の反応に、ホッとしたらしいビット騎士団長。
「この子は、チェリー・ソルトと言います。仲良くしてあげてくださいね、クリス様」
「あう!」
「でもこれで、クリス様だけじゃなく、チェリー君の誕生も祝うことになるね」
「なんか、まざってしまいすみません、賢者様」
「いえ、賑やかなほうがいいですよ」
「よかったな、チェリー」
「あー」
間延びした声を上げるチェリー。なんか、今の声だけで、この子はのんびり屋さんに育つような気がする。おっとりしてそうな印象を受けた。
大きな目は赤く垂れているし、耳も垂れ耳だ。だからなおに、そう感じるのだろう。
ブルーノは退屈なのかいらいらしているのか、チェリーを見ようともしない。
「では、失礼します」
「賢者様、また夜に」
「はい、ビット騎士団長」
そう言うと、またさらさらと杖で魔方陣を描くエイベル。
私達は、また移動した。
**********
私は祭壇の真ん中に、リルと一緒に置かれていた。
あっちこっちで獣人たちが踊ったり飲んだりしている。
チェリーは生まれたてなので、さすがに祭壇にはのせないらしい。
かわりにむすっとしたブルーノがそこに護衛のように置かれていた。
「何で僕まで祭り上げられなきゃいけないのさ」
独り言を決め込むブルーノ。
たぶん、聖なる少女の仲間だからだと決まってると思うけれど。
不機嫌なままジュースを飲んで、やっぱり本を読んでいた。
「クリス様の誕生を祝ってー! 乾杯!」
「仲間ふたりもこの世に生を受けて……あとひとりはどんな存在なんだ?」
ざわつく中、犬の耳をはやした夢かと思うような美貌の男性が歩み寄ってきた。
「王様!」
「あー?」
この人が王様? 金髪に水色の瞳で、少し小柄だ。
温和そうな優しい表情が印象的。いかにも貴族な感じの豪華な服装を身に着けいて、絵本に出てきそう。
「貴女が聖女様なんですね」
「うー?」
「ビター・シュガーと申します。この国を治めさせていただいています」
「あー!」
「ふふふ、元気いっぱいですね。貴女様に出会えて光栄です」
なんて綺麗な声なんだろう! 声優さんも顔負けだわ!
しっとりして色気のある声に、甘い吐息は、若い頃はさぞモテたのだろうと想像がつく。
つややかな長めの金髪も、なでたいぐらい。
金色の耳も、もふもふしたいっ! さすがに王族の耳を無理やり触るのはまずいかな?
そう思いながら耳をじっと見ていると、王様はかがんでくれた。
「耳が気になります?」
「あーあー」
「触っても、よいのですよ」
「!」
私は震える手で王様の耳を撫でる。
ふわふわふかふかして、触り心地は最高だ。
尻尾も降ってくれて、大サービスだ。
なんかもう、泣いちゃいそうだよ。
「王国一の賢者様の家で生活されるようですが、支援はいくらでも致しますからね。……って難しい話は賢者様に伝えたほうがいいですね。でも、貴女様は選ばれし聖女様ですから、きっと意味を理解しているんでしょうけれど」
そりゃ、中身は大人だからね。まあ、それは誰も知らないけれど。
私はにこにこして見せる。王様も笑顔を見せてくれる。うーん、上品な笑顔。
そこに、ブルーノが王様を見つめている。王様もそれに気が付いたらしい。
「ブルーノ君、貴方が運命のひとりです。頼みましたよ」
「僕だけで十分なんじゃない?」
「ふふ、頼もしい言葉ですね」
「ま、ひとりじゃ面倒だからはやくもうひとりも生まれてほしいね。その分負担が軽くなるから」
「それは占いでは三年後になっています。ああ、できれば我が息子であることを祈ります」
王子様が相手かあ、すごすぎるでしょ、それは。
でもまあ、ロマンヌ国とシャロック国の問題を解決するなら、王子様は味方であってほしいのは事実だ。
実際問題まだ子供だから、だれを選ぶとかは考えられないけれど……。
「貴女の健やかな成長を、心から祈っていますよ」
「あー!」
私は両手をぶんぶん振った。
王様は優しく私の両手を握ってくれた。
「さすが王様だ……」
「王子が最後の候補だといいんだけれどねぇ」
「大丈夫だろう、今のところ選ばれるべくして生まれた家に相手は生まれているから」
「賢者様だと第一騎士団の息子ですしね」
民衆がざわざわしている。そしてどんどんお酒の瓶が増えていく。
こんなに飲んで大騒動にならないあたり、平和な国なんだろう。
王様は優雅に私の前から去っていった。
私は見惚れるように彼の後姿を見つめていた。あ、ブルーノが舌打ちした。いーけないんだっ。
「僕がいちばんなのに」
ブルーノがぶつぶつ言い出した。
それを無視して、エイベルが持ってきてくれたミルクを私はブルーノに飲ませてもらう。
今日は特別にちょっと高級なミルクらしい。甘くてコクがあってすごくおいしいなあ。
なんかもう羞恥心とか、考える暇のない状況である。
どんな辱めに合う事より、このもふもふランドでちやほやされるほうが最高に楽しいから、全然平気! 私は眠るリルの上でキャッキャと笑った。