婚約の誓い
ショート王子が五歳になった。朝から誕生日会に、私達は招かれている。
私とチェリーは八歳に、ブルーノは十一歳になった。
相変わらずチェリーはブルーノより大きな体格だ。
それがブルーノにはたいへん不満らしい。
「お前、でかくなりすぎ」
「ごめんー、ブルーノお兄ちゃんー」
「なんなの、巨人目指してるわけ?」
「巨人って強そうだからーかっこいいかもね」
えへへ、と笑うチェリーに言葉を失うブルーノ。
どう頑張ってもチェリーのほうが上手だ。
「それにしても、毎年紹介されるとはいえ、お城のパーティはやっぱり豪華ね。ひらひらのドレス、踏んじゃいそうで怖い……」
「似合ってるよ、クリスちゃん」
「馬子にも衣裳」
「ブルーノお兄ちゃんは素直じゃないなあ……」
苦笑いを浮かべるチェリー。
そこに笑顔で書けてくる、ちょっと大人っぽくなったショート王子。
キラキラの衣装を着て、幼児から少年へと育ち始めたあどけない雰囲気をまといながら笑顔を振りまいている。
「皆来てくれてありがとう、まあ、当たり前だけどね! 嬉しいよっ」
ちょっぴり生意気でわがままだけれど、相変わらずかわいい。
当然女の子にも人気のようで、親衛隊もあるらしい。
それでもなぜか、選ばれし三人であるということが彼にはかなり大きいらしく、私にこだわる様子を見せている。
「どう? ボクカッコイイ? クリスおねーちゃん」
「うんうん、さすが王子様だね! 華があるよ」
「えへへ、当然だよね、皆も似合ってるんじゃない?」
上機嫌のショート王子は嬉しそうにしっぽを振っている。
「パーティには一杯美味しいものを今年も用意したから、沢山食べてねっ、おねーちゃんおにーちゃんっ」
「タッパー持ってきたよー」
「相変わらずだなぁ、チェリーおにーちゃんは。まあ、いいけれどね」
そう言うと、ショート王子は人込みの中に消えていった。
どうやら、人気者は忙しいらしい。
「だって、皆品がいいから残すんだもん。ビュッフェスタイルだから、がっつかないの。もったいないよねー」
「まあ、食べることが目的で集まってないからね。それはチェリーだけだよ」
「えー、そうかなぁ、オレだけ?」
「少なくとも僕は退屈だけれども、選ばれし三人だから参加しているだけだ」
「もっと楽しもうよー? きれいな音楽も聴けるんだよー。ダンスも踊らなきゃだけど……」
ダンスはまあ、もう慣れた。大体いつもの三人と順番にぐるぐる踊っているだけだから、緊張しないし。ただ、どんどん大きくなるチェリーと将来踊るのはちょっと不安……私はいわゆる普通の女の子サイズだから、上に引っ張られる形になるんじゃないかなあ。
「そう言えば、パーティの後は王子様が婚約者とご対面だって。どっかの貴族の令嬢らしいよー」
「パーティで発表しないの?」
「なんか、まだ婚約の話がはっきりきまってないみたいでね―揉めてるみたい」
「なるほど……何で?」
「クリスちゃんがいるからだよ。王族としては、クリスちゃんと王子様がくっついてほしいわけだから」
「……そっかあ」
「でもオレらまだ子供だし、そういうのは早すぎるよね。結婚は十八からだし、男女とも」
本当、まだまだ先の話だよね。
でも、王族ってなると話は別なのかも。
私達は平民だから、結婚は年齢が近づくまで関係ないようなものだしなあ……それに、私達みたいな特殊例以外は、平民は皆恋愛結婚だ。
エイベルも、ビット騎士団長も、恋愛結婚。基本同じ種族の獣人と結婚する確率が高いけれど……なんか、惹かれやすいらしい。
たぶん、ショート王子の婚約者も犬なんだろうなあ……。
可愛いわんこの幼女。絶対美少女を連れてくるよね、見て見たいなあ。
この国に来てから、可愛いもふもふがいっぱいで、毎日が幸せだー。
歩いているだけでも、色々なしっぽが目に入る。触りたい衝動を抑えるのも大変だよお。この可愛いもふもふ達の笑顔は、私が守るっ!
「まあーとりあえずおいしいご飯を楽しもうー」
「そうだね、チェリーの言う通り。私はプリンが食べたい」
「……僕は早く帰りたい」
なんだかんだで私達はパーティを満喫して、楽しく過ごした。
**********
そして、お昼が過ぎる頃にパーティは終わった。
ショート王子は不満そうにメイド達に連れられて行く。
気になる私達は、尾行することにした。
さすがにリルは置いておく。
「ボク、婚約なんかしたくないっ。絶対クリスおねーちゃんの一番の仲間になるんだもんっ、クリスおねーちゃんとくっつくんだもん」
「念には念を押してですよ、ショート様」
「僕が選ばれないと思ってるわけ!?」
「そいうわけでは……」
メイドさんも不機嫌なショート王子に振り回されている。大変だなあ。
ショート王子の前に、上品な白い毛並みの獣人が現れた。
長いサラサラの髪に、長いまつげ。うわーアイドルみたい。
「貴族の娘の中で、犬の獣人で一番かわいく賢い子を選んだんですよ」
「クリスおねーちゃんのほうがかわいいもんっ」
「聖女様と比べないでください、ショート様」
ああ、相手の女の子が泣きそうだよ。
「ショート王子様、わたくし」
「どうでもいい、帰って」
「で、でも」
「ボクは絶対選ばれるから。何なら占ってみてよ」
「占いでは、その未来は誰の相手も見えなくて……」
メイドさん、すごく困っているよ。
眉間にしわを寄せるショート王子も、かわいいんだけれどねぇ……。
相手の女の子は泣き出しちゃうし。
「わたくし、ショート王子様と結婚するのが夢でっ」
「ボクはクリスおねーちゃんと結婚するのが夢だよ」
「…………」
だんまりする相手の女の子。
まあ、気持ちは察する。でもなんで、私にこだわるんだか……。
「でも、王族である以上、婚約者がいないといけないんですよ、ショート様」
「うー、めんどくさいよー、やだよー」
「決まりですから」
「それってクリスおねーちゃんじゃダメなの?」
「え」
「保険なんでしょ? 絶対結婚するわけじゃなくてもいいんでしょ? なら、クリスおねーちゃんを婚約者にしてもいいはずだよ」
「それは……」
私、硬直。すると、王様がやってきて爆笑しながら言った。
「ショート、面白いことを言うね」
「お父様、ダメなの?」
「ダメってことはないけれど、婚約の意味はあまりないよ。破棄されてもいいなら、クリス様……いやクリスさんにお願いしてみるけれど」
ええ……いいの? ありなの? それ。
私以外のメンバーもぽかんとした顔をしている。
「じゃあ、クリスおねーちゃんでてきて。婚約者になって」
あ、ここにいるのバレてるんだ。
私達はしぶしぶみんなの前に姿を見せる。驚いていたのは、相手の女の子だけだ。
バレバレだったんだね。
広いお城の中の赤いじゅうたんの上に私達は並ぶ。
「まあ、婚約指輪は今回はハメないでおこう。ショートを選んだと誤解が起きる。首にぶら下げておいてくれないかな? クリスさん」
「首なら……」
そう言われ、王様は婚約指輪にチェーンを通して私の首にぶら下げてくれた。
「さあ、ショートも首に」
「ボクも首なの?」
「仮ってわかるようにね」
「ぶー」
ショートは指につけたかったらしい。
まあ、首ならいいかなあ……アクサセリーのようなものだし。
「まあ、これでクリスさんが王族に守られてる聖女だってのは、無知なひとでもわかるようなったけれどね。指輪には、刻印が入っているから」
「すごいー」
チェリーがのんきな声を上げた。
「抜け駆けじゃないか……」
ブルーノは不満そうだ。
「皆も指輪をぶら下げるかい?」
「えっ、指輪まだあるの?」
「ショートの事だから、なくすかと思ってね」
「ボクを何だと思ってるの!」
さすがに怒るショート王子の気持ちはわからなくもない。
「これで、選ばれし三人と聖女の証になるだろう」
そう言って、メイドさんに持ってきてもらった二個の指輪をブルーノとチェリーにぶら下げていく王様。
「光栄です」
「ありがとー、王様」
冷静なブルーノと、うきうきした様子のチェリー。
納得いかなさそうなショート王子に、いつの間にか消えている相手の女の子。本当、彼女には悪いことしちゃったなあ……。きっとうきうきしておしゃれもしたんだろうなあ。
「婚約発表はいつするの?」
そう言ったのはショート王子だ。
「まあ、発表会はしない。新聞で発表だ」
「地味―」
「まだ確定していないのに、堂々とすれば傷も広がるだけだ」
「お父様は自信ないんだね」
「お前が選ばれるとは、思っているよ」
「じゃあなんで、ボクとクリスおねーちゃんを堂々と婚約させないの」
「聖女様を独り占めして、選択肢を奪うのはよくないだろう」
「むー……そうなの? クリスおねーちゃん」
「うーん、自由は欲しいかな」
選べって言われても、なかなかねぇ。
正直大人になっても優柔不断な私に決めれる気はしないんだけれど。
だって皆魅力的でもふもふだしっ。
「この指輪に、仲間であることを誓いましょう」
私は思い付きでそう言った。
「選ばれし私達、クリス・リーフ」
「ブルーノ・リーフ」
「チェリー・ソルト」
「ショート・シュガー」
「私達は指輪に、この国を守ることを誓います」
そう言ってみんなで円陣を組み手を合わせる。
私達の使命は、恋愛なんかじゃない。この国を救う事だ。
その様子を王様はほほえましそうに見ていた。
「私達が、皆を幸せにするのよ」
「オレも、最近見習い騎士団の中で出世してきてるんだよー」
「僕だって新しい魔法を覚えた」
「ボクは、おっきくなって、治癒魔法が使える範囲が増えたよ」
「うんうん、皆頑張ってるねっ」
私は上機嫌になった。
ちなみに私も、基礎魔法はばっちり!
最近は水を汲みに行かなくても、魔法で水を注いでいる。これ、かなり便利なんだよねぇ。川なんか、雨の時とか怖いし。
ドライヤーのないこの世界では、温風を出せるだけでもだいぶ違う!
まあ、地味な魔法しか使えないけれど……。
聖女ってだけで、なんでも特別扱いだから、この国ではチートなんだよね。
「これからも頑張ろうねっ皆!」
そう言って、私はにっこり微笑んだ。
皆もそれぞれ彼ららしい表情で頷いた。




